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出会いは、最悪だった。
「………………なぁ」
……?
「なぁ、ってば」
……なんだよ。
「かわいいかおだな、おまえ」
は?
「おにんぎょうさんみたい」
……なに言ってんだ、こいつ。
「おれ、ももぐみのわかいひろと」
……。
「おまえは?」
……。
「ねぇねぇ、なまえ」
……もとき。
「え?」
おおもりもとき。
「……へー。かわってるなぁ」
なにが。
「もとき……って……おとこみたいななまえじゃん」
…………は?
「あれ?おまえ……」
ばっ……
やめろ!
「もしかして、おんなのこじゃない………」
おい!
なにす……
やめ……パンツ見るなー!
「………あ。あれ。………………ついてる……?」
~~~~~…………っ!!!
「おまえ、おとこ!?………………ぐはぁっ!」
「あ!せんせー!」
「もときくんがひろとくんのこと、ぼこぼこにしてるー!」
「ぼこぼこー!」
「ちょ……元貴くん!?滉斗くんをたたくのはやめなさい!元貴くーん!…………」
出会いは、最悪。
……最悪だった、なのに。
「なーもとき、そとでいっしょにあそぼーぜ」
「……いかない。ほん、読んでるから」
「ふーん、じゃおれもいっしょによも」
俺がどれだけ冷たくあしらっても、
素っ気なくしても、
若井は全然変わらなくて。
「もとき、あしたのえんそく、おべんとういっしょにたべよう!」
「さっき、女の子たちといっしょにたべるやくそくしたからむり」
「へー。じゃ、女の子たちにおれもいっしょにたべていいかきいてみよっと」
何をしてもめげなくて。
へこたれなくて、
懲りなくて。
「もとき、これあげる!」
そんなある日の、帰り道。
幼稚園の門を出た所で、若井が俺に何かを差し出してきた。
「なに?これ」
「ブラックサンダー!おれのとっておきのだいこうぶつのブラックサンダー!もときにあげる」
「なんで?」
「だって、きょうはばれんたいんだって」
「……バレンタイン?」
「おかあさんが、いってた。すきなひとにチョコをあげるひだって。だからおれのとっておきのだいこうぶつのだいじなブラックサンダー、もときにやる!」
「……。いらない」
「へっ?なんで?えんりょすんなって」
「ちがう。バレンタインのチョコっていうのは、ふつう女の子が男の子にあげるものなの」
「へー。そうなんだ?でもべつにいいじゃん。おれはもときがいちばんすきだからもときにあげるの」
「……いらないって……」
ほとんど押し付けるように手渡された、小さな黒いチョコレート菓子。
金色の折り紙で、不器用なラッピングまでされていた。
「…………はぁ。わかった。しかたないからもらってやるよ。いらないけど。いらないけどね」
「おう!じゃあな!」
俺はいつも自分の家の車で送迎されてたけど、若井は幼稚園のバスで園まで通っていた。
その日も、俺に手を振ってバスに乗り込もうとする若井に、一人の女の子が近付いて、こっそりチョコを手渡してたのが分かった。
それが車の窓から見えた時、何故だかひどく、……気分が悪かったのを覚えてる。
あれから。
バレンタインが来る度に、綺麗にラッピングされた宝石みたいなチョコレートを、幾つも幾つも。
数え切れない程もらったけど。
あの時、彼に差し出された、くしゃくしゃの折り紙に包まれた小さなチョコ菓子以上に、きらめいて見えたものなんて無かった。
出会いは最悪。
だったのに、どうして。
どうして?
いつからだろう。
いつから俺は。
若井以外は、どうでも良くなってしまったんだっけ。
若井しか、見えなくなってしまったんだっけ………………
「隣、いい?」
言いながら、元貴が俺の隣に腰を下ろす。
今日の元貴は、全身黒ずくめ……ではなかった。
てろっとした柔らかい質感の白いシャツに、ゆったりとしたシルエットの黒いパンツを履いていた。
「いい天気だなー」
「……ん」
「大丈夫だった?昨日。飲ませすぎちゃったね」
「いや……なんか、ごめん」
「なんで謝るの?」
「寝ちゃって……」
「いいよ。無防備な寝顔が見られたし。昔、小2くらいの時、若井が俺の家に泊まりに来たことあったじゃん。憶えてる?」
「なんとなく」
「その時と全然、寝顔が変わってなかった。おでこ出して寝てる顔が」
「……」
楽しそうに言う元貴に、何て答えたらいいのか分からなくて、俺は曖昧に頷いた。
ふと、沈黙が落ちる。
ざぁっ、と風が木の葉を揺らす音がした。
ベンチに座る俺達の足元に落ちる木漏れ日も、ゆらゆら揺れる。
気持ち良さそうに、中庭を散歩している人たち。
お見舞いに来ているのか、小さな子供連れの家族が楽しそうに遊んでいるのをぼんやり眺めていたら、元貴がふいに「驚かないんだな」と言った。
「……何が?」
「俺がここにいること」
「ああ……」
ふぅ、とひとつ、息を吐いて、
「なんとなく、ね。……ここに来る途中で、思い出してた事があった。そう言えば元貴は、親戚が病院をやってるって言ってた気がする、って。多分それが、ここ……なんだよな?」
「……」
「元貴だよな?親父を転院させてくれたのは。それぐらいのコネがなきゃ、こんな病院に、こんなに急に、こんなに簡単に入れる筈が無いことくらいは、俺でも分かる」
「……。怒ってるね、若井」
呟くように、元貴が言う。
「学費も?」
「……」
「どうして……」
やっぱり、そうだったのか。
予感が確信に変わってしまった。
もう一度、ふぅ……と深く、息を吐く。
「どうして、そんなこと」
「勝手にしたのは悪かったよ。でも、喜んでくれると思ったから」
「……嬉しいワケ、ないだろ。大学には俺から話して、返金してもらえないか訊いてみる」
「え……」
「払ってもらっても、返せるあてがないよ。もう、退学する決心がついた。大学には行かない。就職しようと思ってる」
「若井」
「親父の治療費は……ちょっと、母さんと相談するから。待ってて。あと、これ」
俺は自分のリュックから、少々くしゃくしゃになってしまった封筒を出して元貴に渡した。
「これ……」
「昨日、ママに渡してくれたみたいだけど。返す」
「タクシーは?」
「乗ってない。昨日は店から走って帰った」
「……」
元貴は、長い時間、黙って俺を見つめていた。
一旦、俺が返した封筒に目線を落として、もう一度俺を見てから、抑揚の無い低い声で、「そんなにイヤ?」と言った。
「何が?」
「俺と関わるの」
「……えっ?」
「昨日、言ったよね。……元貴には関係ない、って」
「あ、あぁ……。言ったかな……?けどそれは」
「そうやって、また俺から逃げようとするの」
「ちょ……」
待って。
待ってくれ。
なんの話だ?
「子供の頃、俺、病気で入院してたでしょ?それがここ。この病院に入院してたんだ」
「え……」
「若井の言う通り、ここは俺の親戚の病院だからね。小3のあの時、入院して、若井に会えなくてしんどかったけど……退院したら今まで通り一緒にいられると思ったから、治療も頑張ったのに。ようやく退院出来た時に、お前がいなくなってて」
「……」
「どこを探してもいなくて。あの頃俺がどれだけ……。どんな思いだったか。知らないよな、お前は」
元貴が、ゆっくりと立ち上がった。
「もう一度会えたら。もしまた、若井にもう一度会う事が出来たら。もう二度と、絶対に、手放したりしない。……そう決めて生きてきたんだよ、俺」
「……どういう……」
意味なのだろうか。それは……?
「誰といたって、誰がそばにいたって、誰もお前の代わりにはならなかった。お前が俺を『とくべつ』なんて言うから、だから俺も……。先に俺をつかまえたのはお前なのに。なのにまた、俺から離れて行こうとするの?」
「……違う」
違う。そうじゃない。
よく分からないけど、元貴が何かを誤解していること、だけは分かる。
別に離れたいとか。
関わりたくない、とかじゃなくて。
ただ。
元貴から金を貰ってしまったら、その瞬間、
「友達」じゃなくなってしまう気がしたから。
「対等」でいたかったから。
俺にとって元貴は店の「お客様」とかじゃなくて、すごくすごく大事な「友達」だったから。
だから、チップなんて……
金なんて受け取りたくない。
「援助」なんてしてもらいたくない。
ただそれだけなのに。
「……悪いけど」
元貴が、ふ、と笑う。
いたずらっぽく。
でもどこかが痛んでいるように、切なげに。
「俺は、お前を逃がす気は無い。お父さんの会社の方の負債も、もう援助する手続きを進めてるから。さっき、病室でお父さん達にも話してきたよ。じきにうちの弁護士から連絡が行くと思う」
「なっ……元貴!」
「会社も家も、これで手放さなくて済むと思うよ。……お二人とも、すごく喜んでたなぁ」
「……っ!」
「もう手遅れだよ、若井。ごめんね」
「だから、返せないんだって……!返せない金なんて借りたくないんだよ、元貴!」
「いいんだよ。返さなくていい」
「そんなワケには……」
「治療費と会社の負債と卒業までの学費と……まぁ、トータルで、1億円くらいかな?」
「いちおく……!?」
俺にとっては大した額じゃないんだけど、と元貴がやや申し訳なさそうに前置きした上で、
「若井やお父さん達にとって、返せる額じゃないのは分かってるよ。だから、初めから返してもらうつもりなんて無かった。でも若井のことだから、すんなり受け取らないんだろうな、ってのも予想はしてた。そこで、ひとつだけ。条件がある」
「条件……?」
「若井をくれる?俺に」
ざぁっ、と風がまた、木々を揺らす音がする。
俺の前に立っている元貴の、昨夜はしっかりセットされていた黒髪も、無造作に乱れて、さらさらと風に揺れた前髪が、まつげに落ちる。
あの香水のにおいが、また香る。
「俺が欲しいのは、『若井滉斗』だけなんだ」
「…………なに、言って…………」
「もう、憶えてないほどずっと、ずっと昔から。……若井だけ、なんだよ」
遠くで、はしゃぐ子供の声が聞こえる。
元貴が言っていることが、俺には、よく理解出来なくて。
「何でもあげる。俺が持ってるものならなんでも。だから若井を全部、俺にくれる?」
ただ、元貴の催眠術師のような、不思議に濡れて光る黒い瞳を見つめていることしか出来ない。
「……少し、考えてみてね。返事はまぁ……あんまり待たせないで欲しいかな。今夜にでも」
「……今夜……?」
「今日も出勤でしょ?店の方に遊びに行くよ。明日は土曜だから学校休みだよね」
「そう、だけど……」
「なら、黒服の若井サン。俺と、アフターに行く約束をしてくれませんか?」
「アフター?」
「お店のお仕事が終わった後に、お出掛けするってこと」
「な、お、俺はキャストさんじゃない……」
「黒服もアフターに行くこともあるよ。まあ、大抵はキャストのアフターに同伴する形だけど。キャストの女性よりも素敵な、黒服の若井サンと、アフターご一緒したいなって」
「……なんだよそれ……」
力が抜けて、思わず笑ってしまった俺に、元貴も笑って、
「冗談だよ、冗談。…………やっと笑ってくれた」
「えっ?」
「あ、アフターの予約は本当。仕事の後、予定空けといてよ?わかった?」
「はいはい。分かった」
じゃあまたね、と手をあげて元貴が帰っていく。
「……またね、か」
一人になったベンチで思う。
子供の頃は、次に会う約束なんてしなかったっけ……。
毎日会えるのが当たり前だったから。
腕時計を見る。
そろそろ家に帰って、支度して、日が暮れたら出勤の時間だ。
なんか、今夜、元貴に何か……の返事をしなきゃいけない……?みたいだけど。
とにかく一旦、考えることはやめにして。
俺はベンチから立ち上がった。
ようちえんのころ
ばれんたいんに
ひろとくんにブラックサンダー⚡を
もらったもときくん
多分
21歳になった今も
そのブラックサンダー
大事に持ってる気がします