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「元貴、ちょっと手貸してくれる?」
そう言って笑った涼ちゃんの声が、まだ耳に残ってる。昨日の放課後、音楽室での話だ。軽音部の準備を手伝ってほしいって言われて、僕は少しだけ戸惑ってから「うん」と頷いた。
嬉しかった、なんて安っぽい言葉じゃ片付けられない。ただ、僕はまた、君の隣にいられる理由をもらえた気がしていた。
放課後の音楽室。
校舎の隅にあるその部屋には、誰もいなかった。少しひんやりした空気の中、楽器のケースを運びながら、ふたりだけの静けさが広がる。
「ありがとう、元貴。若井が来られないから、どうしようかなって思ってたんだ」
「ううん、全然いいよ。僕、暇だったし」
実際には、課題もあったし、友達と映画に行く予定も断った。でも、そんなことは涼ちゃんに言いたくなかった。
「ふふ、助かる。元貴って、ほんと優しいよね」
その言葉がくすぐったくて、でも嬉しくて、僕は思わず視線を逸らした。
優しい、って言葉。君はいつも、誰にでもそう言う。若井にも、僕にも。でも、本当に“君にとって特別”なのは、僕じゃない。
そうわかっていても、その笑顔を見るたびに、心がふわりと揺れてしまう。
「そういえば、文化祭、何やるか決まった?」
涼ちゃんがピアノの椅子に腰掛けて、鍵盤を軽く弾いた。淡い音が部屋に響く。
「うーん、まだかな。クラスで意見が分かれてて」
「そうなんだ。僕のとこは、もう決まりそうだよ。ミニ演奏会みたいな感じでやる予定」
「へぇ、涼ちゃんらしいね」
「そうかな?」
微笑みながら、また小さく音を重ねる。ピアノを弾いている涼ちゃんを見ると、昔の記憶が蘇る。初めて出会ったのは中学の音楽室だった。静かに鍵盤に向き合っていた涼ちゃんの姿に、僕はあの日からずっと惹かれている。
その気持ちは、今も変わっていない。むしろ、どんどん大きくなっていく。
そのとき、音楽室のドアが開いた。
「おーい、まだやってんのか?」
若井だった。乱れた髪と、軽く息を切らせた顔。僕の視界に入った瞬間、涼ちゃんの顔がぱっと明るくなったのがわかった。
「若井、来てくれたんだ!」
「悪い、遅くなって」
「ううん、来てくれて嬉しい」
そのやりとりを見ながら、僕は何も言えずに立ち尽くしていた。
やっぱり、この場所に“僕の居場所”はないのかもしれない──そんな想いが、胸の奥でふくらんでいく。
「元貴、これ一緒に運ぼっか」
涼ちゃんの声に呼び戻されて、僕はぎこちなく頷いた。若井と涼ちゃんが並んで歩いていく後ろ姿を見つめながら、なんとか笑顔をつくってその後を追った。
帰り道。三人で並んで歩いていたけど、話すのは涼ちゃんと若井ばかりだった。
会話の合間に、涼ちゃんが時々僕の名前を呼ぶ。
「元貴はどう思う?」
「元貴って、そういうとこあるよね」
そのたびに、胸が少しだけあたたかくなって、でも、同時に冷たい風が吹き込んでくる。
僕は、“友達としての元貴”として呼ばれているだけだって、ちゃんとわかっている。
でも、それでも、その声が嬉しいって思ってしまう僕がいる。
名前を呼ばれるたびに、ほんの少し希望を持って、ほんの少し苦しくなる。
「また明日ね」
校門の前で手を振る涼ちゃんに、「うん」と返す。若井と並んで帰っていくその背中を、僕はひとりきりで見送った。
家に帰って、部屋にこもる。
ベッドの上で天井を見つめながら、ため息を吐いた。
“ただの友達”としてしか見られていない。それなのに、どうしてこんなにも苦しいんだろう。
君が笑うたび、名前を呼ぶたび、視線をくれるたび。僕はそれに救われて、でも同時に、壊されていく。
こんな想い、どうすればいいんだろう。
スマホを手に取ると、グループLINEに涼ちゃんからのメッセージが届いていた。
『今日はありがとう、二人とも助かった!また練習しようね』
それにすぐ、若井が「おう、またな」と返していて。
僕は、一瞬だけ返事を打ちかけて、画面を閉じた。
今、何を送ればいいのか、わからなくなってしまった。
その夜、眠りにつくまでの間、何度も涼ちゃんの声が頭の中で響いていた。
“元貴、ありがとうね”
“元貴って優しいよね”
“元貴って、そういうとこあるよね”
その言葉のすべてに、僕はどれだけ意味を込めてしまっていたんだろう。
僕は今日も、知らない顔をして、君の隣にいた。
“ただの友達”として、何気ないふりをして。
でも本当は、何気ないその言葉のひとつひとつに、揺れながら生きている。