コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
机に突っ伏していた僕は、うっすらと目を開けて体を起こす。
「元貴、寝てた?」
隣から聞こえたのは、涼ちゃんのやわらかな声だった。顔を向けると、いつも通りの笑顔がそこにあった。
「……うん、ちょっとだけ」
「疲れてるの?最近、眠そうな顔してるよ」
「……そうかもね」
本当の理由は、眠れない夜が続いているからだ。頭の中でぐるぐると巡るのは、涼ちゃんの笑顔、若井の声、三人で過ごした日々、そして、僕のどうしようもない気持ち。静かな夜になるほど、それはますます大きくなって、胸の奥を締めつけてくる。
昼休み、気づけば足は屋上へと向かっていた。いつもより少し強い風が制服の袖を揺らす。誰もいないこの場所だけが、僕の心を少しだけ楽にしてくれる。
フェンス越しに空を見上げると、白い雲が流れていた。その向こうにあるものなんて、何もわからない。ただ、今は何も考えずに、目を閉じていたかった。
気づくとまた、涼ちゃんのことを考えていた。
その笑い声、歩き方、ピアノを弾く時の横顔。
一つひとつが頭から離れない。
気づけば目で追ってしまって、声を聞くたびに胸がきゅっとなる。
でも、それがどれだけ叶わない願いか、僕はもう痛いほどわかっている。
涼ちゃんと若井が自然に交わす言葉や、ふとした瞬間に見せる表情。
そこに僕の入り込む隙間なんてないんだ。
放課後、音楽室に入ると、先に来ていた涼ちゃんと若井が笑いながら話していた。
「この前のコード進行さ、ちょっと変えてみたんだ」
「まじ?見せて見せて」
涼ちゃんが鍵盤を軽やかに弾き、若井がそれに合わせてギターを鳴らす。その音が重なる瞬間、僕の心の奥がわずかに痛んだ。
「元貴、来てたんだ」
涼ちゃんが気づいて手を振ってくれる。僕は、いつものように笑って返す。
「うん」
「ちょうどよかった。一緒に合わせてみようよ」
「……うん、いいよ」
ピアノ、ギター、そして僕の声。それらがひとつに重なるたび、心は温かくなる。けれど、練習が終わって日常に戻れば、そのぬくもりは少しずつ冷えていった。
帰り道、三人で並んで歩く。夕陽が長く伸びる影を足元に落としていた。
「また、どっか行きたいね」
ふと涼ちゃんが口にした言葉に、若井が軽く頷く。
「いいな、それ。水族館とかどう?」
「うん、前にテレビでやっててさ。すごく綺麗だったんだ」
その会話に、僕も加わろうとした瞬間。
「……じゃあ、久しぶりに二人で行こうか」
涼ちゃんがそう言った。声は変わらず優しかったけれど、胸の奥にひんやりとしたものが広がった。
「うん、そうしよ」
若井も、迷いなく応じた。
その様子を見ていた僕は、笑うことができなかった。
「元貴も、また今度どこか行こうね」
涼ちゃんが僕の方を見て、そう言ってくれた。
でもその言葉の奥にある“ごめんね”が、痛いほど伝わってきて、余計に胸が締めつけられた。
帰宅後、スマホを見ると若井からのメッセージが届いていた。
『今日ありがとな。また練習しような』
短くて、気楽なその言葉に、気づけばため息をついていた。
涼ちゃんからもメッセージが届いていた。
『今日は楽しかった。元貴の歌、やっぱり好きだよ』
その一文を見た瞬間、こらえていたものが崩れて、頬を伝う涙を止められなかった。
“好きだよ”
そんなふうに言わないで。
それがどういう意味でも、僕にはもう、受け止めきれない。
求めている“好き”は、そんなやさしい言葉じゃない。もっとずっと、深くて苦しい。
ベッドに横になって、目を閉じる。
このまま全部、夢だったらいいのに。
でも、朝になればまた現実に戻ってしまう。
明日も、二人の隣に立って、何も知らないふりをするのだろう。
そんな自分を、もうやめてしまいたい気持ちと、それでも君たちのそばにいたい気持ちが、胸の中でぐちゃぐちゃになって、眠ることさえできなかった。
僕だけが気づいている。
このままじゃ、壊れてしまうってことに。