テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「アンナ、腕を見せて!」
皇宮の自室へ戻るなり、私はアンナの袖を捲った。
「少し赤くなってるじゃない! すぐ侍医を呼んで、薬を――」
「お医者様が必要なのは、私じゃありませんよっ!」
「……は?」
呼び鈴へ伸ばした手を、アンナにぎゅっと掴まれる。
「何を言ってるのよ。私はどこも怪我なんて――」
「怪我の話をしてるんじゃないんです!」
「え?」
「お嬢様ったら、ここ最近の自分の様子を全然分かってないんですから!」
「何よ、急に」
「朝食は半分以上残しちゃうし!」
「それは最近忙しくて、食欲が――」
「吐き気止めのハーブティーばっかりガブガブ飲んでるじゃないですか!」
「それは……ちょっと胃が疲れてるだけで……」
言い訳を並べる私を、アンナがじーっと見つめる。
「……お嬢様」
「何?」
「最後に、月のものが来たのって……いつですか?」
「……え?」
思考が止まった。
(最後に……?)
記憶を遡る。先月……?いや――。
(……そういえば、最近ずっと来てない……?)
「ずっと気になってたんです。お嬢様……赤ちゃんができたんじゃないですか?」
「そ、そんなはず……」
避妊薬なら、ちゃんと飲んでいた。ちゃんと――。
(……あ)
思い出した。薬を飲むのが、だいぶ遅れた――あの日。背後から抱きしめてくるカイル殿下の温かさに負けて。
『明日の朝一番で飲めば……いいわよね』
(うそ……)
(まさか、あの一回の飲み遅れで……!?)
***
アンナの火傷の手当てを終えたあと。診察を終えた侍医が、告げた。
「ご懐妊でございます。まだ初期ではございますが……」
「……本当に?」
「はい。間違いございません」
自分の平らなお腹へ、そっと両手を重ねる。
(ここに……)
(本当に、私の赤ちゃんが……?)
脳裏をよぎったのは、前世の苦い記憶だった。
何度も病院へ通った。何度も祈るような気持ちで、検査結果を待った。
そのたびに期待して。そのたびに、何も変わらない現実へ突き落とされた。やがて元夫とは心がすれ違い――最後には、あっさり裏切られた。
(あんなに欲しかったのに……)
(前世では、どれほど願っても叶わなかったのに……)
「…………っ」
世羅 鈴🎨🎤
414,952
花月夜れん
3,156
ひより
9,620
#ロマンスファンタジー
Jasmine
1,008
じわりと、胸の奥から熱いものが溢れ出してきた。
(……嬉しい)
完全に計画外だった。それでも――やっと私のところへ来てくれた。だからこそ。
(……絶対に、失うわけにはいかない)
(私一人なら……シナリオに抗って賭けに出てもよかった)
(でも、この子の命まで危険にさらせない)
これまでだって、起きる出来事は同じでも、その先の未来は変えてきた。カイル殿下を、信じていないわけじゃない。昨日だって、彼の気持ちは痛いほど伝わってきた。
(本当は――離れたくない)
(今日の花火だって、一緒に見たい)
でも――。
(この世界のシナリオまで、信じることはできない)
昼間の庭園の光景が、鮮明に蘇る。ゲームと同じ建国祭。カイル殿下に寄り添う聖女シェリー。そして――原作のソフィアを待つ、処刑エンド。
「妃殿下?」
侍医の声に、ハッと顔を上げた。
「初期ですので、どうかご無理をなさらず――」
「侍医」
「は、はい」
「このことは……口外無用よ」
「……え?」
侍医が目を瞬く。
「ですが、皇太子殿下には真っ先にご報告を――」
「殿下にも、よ」
一瞬、胸が痛んだ。 いつもみたいに、嬉しそうに笑う彼の顔が、ふっと浮かんだ。 想像しただけで、決意が揺らぎそうになる。 私は膝の上で、ぎゅっと拳を握った。
「……かしこまりました。他言はいたしません」
侍医は戸惑った様子だったが、深く頭を下げると部屋を出ていった。扉が閉まる。
「……やっぱり、そうだったんですね……」
すぐにアンナが近づいてきた。
「ええ」
もう一度、お腹へ手を添える。
(何があっても)
(私が、この子を守り抜く)
「アンナ」
「はいっ?」
私は顔を上げた。
「今すぐ荷物をまとめて」
「……え?」
「花火が上がる頃に――皇宮を出るわ」
「ええええええっ!?」
コメント
1件
うわあ……この展開、胸にくるものがありました。アンナが袖捲って問い詰めるシーンからもう、なんか「きっとそういうことか」って予感が走って、実際に妊娠が判明したときのソフィアの「嬉しい」って一言で全部持ってかれました。計画外なのに、それでもちゃんと喜びが溢れてきたのが痛いほど伝わってくる……。そしてすぐに「この子を守る」って切り替える強さも好きです。もちろん、カイル殿下に知らせず逃げる決断には「あっそっちか!」ってなりましたけど、シナリオが書き換えられない不安が、彼女の選択を切なくも納得させてくれます。次の話がもう待ちきれないです。