テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
見上げれば、中二階へと続く大階段の踊り場で、一人の少女が宙に浮いていた。彼女の身体が重力に従い、地面へと叩きつけられようとしていた。
(――フローラ!?)
私の「最推し」のヒロイン。 原作なら、ここで攻略対象であるレオンかアレクが彼女を颯爽と助け、運命の恋が芽生える重要シーンだ。
けれど、今の二人は、彼女の異変にまったく気づいていない。
考えるより先に、身体が動いた。私はレオンの腕を振り払い、アレクの放つ威圧(黒いオーラ)を潜り抜け、最短距離で彼女の落下地点へと滑り込んだ。
「今助けるわっ!!」
衝撃に備えて足を踏ん張る。 ふわりと、フローラのケープと髪が宙に広がった。
次の瞬間、私の腕の中に、温かくて柔らかな重みが飛び込んでくる。
「……っ!」
私はよろけて、床にしりもちをついた。
(――間に合ってよかった!)
私はフローラを、完璧な「お姫様抱っこ」の形で受け止めていた。腕の中の天使は、ぽかんと口を開けたまま、信じられないものを見るような瞳で私を見上げている。
「……怪我はないかしら? 痛いところは?」
「あ……ありがとうございますっ……」
フローラの頬が、見る間に林檎のように赤く染まっていく。彼女は細い腕を私の首に回し、潤んだ瞳でじっと私を見つめた。
エミリア子爵家令嬢、フローラ。
肩まで届くふわふわとしたミルクティーブロンドに、曇り一つない澄み渡った水色の瞳。その小柄で華奢な佇まいは、可憐な小鳥のような美しさだ。
(さすが私の推し♡ 制服姿も最高に可愛いわ!)
(深いボルドーのケープと、白のパフスリーブ……似合いすぎよ。まるでお伽話から抜け出してきた小さな魔法使いね!)
低い身分ながら王族に匹敵する最高純度の魔力を持ち、17歳で飛び級の特待生として入学した異例の天才。
そして――王子と公爵に愛されたがゆえに、バイオレッタを含む「悪役」たちに嫉妬され、虐げられる運命の少女。
(大丈夫よ、フローラ)
(私があなたのこと、これからもずっと守ってあげるわ!)
「あの……」
フローラが、おずおずと口を開いた。
「私ずっと、バイオレッタ様とお話ししてみたかったんです」
「……えっ?」
「親しみをこめて、バイオレッタお姉様とお呼びしても?」
(今、なんて言った?)
(お姉様?)
(推しに『お姉様』なんて呼ばれるイベント、前世の徳を全部使い切っても足りないわよ!)
「え、ええ……ビビでもいいわよ」
「では、ビビお姉さまと呼ばせていただきますね」
(きゃー、かわいい妹ができちゃったわ!)
(もう一生養いたい……!)
フローラはふと顔を上げた。 次の瞬間、彼女の瞳から一切の光が消えた。背後にいたアレクとレオンを、氷点下の眼差しで射抜く。
「……あら、まだいらしたんですか? お姉さまと私の時間を邪魔するなんて、無作法な方々」
(あれ? 今、フローラが握ってる魔法の杖から、バチバチって不穏な魔力の火花が見えた気が……)
「おい、……割り込んできたのはお前の方だ」
アレクが低く唸ったが、フローラは一ミリも動じない。それどころか、私の腕に抱きつく力を強めた。
「わあ、面白いねえ」
レオンが愉快そうに目を細めた。
「まさかあの大人しいって評判の特待生ちゃんが、こんな牙を隠していたなんてね」
「さあ、行きましょう、ビビお姉さま♡」
フローラは私の腕をがっちりとホールドすると、意気揚々と歩き出した。
(……え!?)
(何かが決定的に、ゲームのシナリオからズレている気がするんだけど!?)
***
魔法学院の講堂。
その中央には、生徒の魔力を吸い上げ、属性と強度を色と数値で可視化する「魔力水晶」が鎮座していた。
「次……ウィステリア伯爵令嬢」
私の番が来た。右手で水晶に触れる。けれど――水晶は冷たく黙り込んだまま。ピクリとも、光の破片すら宿さない。
「……魔力、ゼロ。測定不能……ではなく、皆無!」
教師の声が響く。講堂を埋め尽くすように嘲笑が溢れ出した。
「ウィステリア伯爵家の『無能』令嬢だ」
「公爵様の婚約者の座が泣いているわ」
「あれでは、ただの歩くお飾りではなくて?」
嘲笑の嵐の中、私は俯いて――必死に笑いをこらえていた。
(よし、完璧よ!)
(このまま無能として見放されれば、アレクも私への興味を失うはず)
そうすれば婚約は破棄され、私は静かに隠居生活を送れる。
ゲームのバイオレッタは、この「魔力ゼロ」が原因で周囲から疎まれ、その反動でフローラへの嫌がらせを加速させていく。その果てに待つのは、断罪と処刑エンド……。
(私は絶対にそんな道は選ばない)
(無能のレッテルこそが自由へのパスポートよ!)
ガタッ!!
最前列の椅子が派手な音を立てて倒れた。
「――おい」
心臓を直接掴まれるような、重く、鋭い声だった。
アレクが、周囲の空気を凍りつかせるほどの殺気を放ちながら、水晶の前へと歩み寄る。
「ベ、ベルシュタイン公爵……!? まだ貴方の番では……っ」
顔を真っ青にした教師を、彼は視線だけで黙らせた。
アレクは水晶を、まるで親の仇でも見るように鋭く睨みつけた。彼の背後からは、光さえ呑み込むような赤黒い魔力のオーラが、巨大な獣のように立ち昇っている。
「……今、バイオレッタを笑ったのは、どこのどいつだ?」
(なんで私を庇ってるの!?)
#溺愛
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!