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「……っ!」
吹き抜けの中二階へ続く大階段。その踊り場から、小柄な少女の身体がふわりと宙へ投げ出されていた。
(――フローラ!?)
このイベント――知ってる!ゲーム序盤の重要イベント。レオンが助ければ、王道ハッピーエンドへの恋愛フラグ。逆にアレクが助ければ、あの厄介すぎる隠し〈執着度〉が上昇する。
つまり――。
(レオン! 今こそ王道ヒーローの出番よ!)
(さっさとキャッチして好感度を上げなさい!!)
ところが。
「…………」
肝心のレオンは、まだ私を挟んでアレクと睨み合ったまま。フローラが落ちてきていることに、まるで気づいていない。
(ちょっと!?)
(攻略イベントそっちのけで何やってんのよ!!)
考えるより先に、身体が動いた。レオンの腕を振り払い、アレクの放つ威圧感も華麗にスルー。最短距離で落下地点へ滑り込む。
「今、助けるわーーーっ!!」
思いきり両腕を広げた。
ドスンッ!
「きゃっ!?」
小柄とはいえ、落下の衝撃は凄まじい。耐えきれず、私はそのまま床へ尻もちをついた。
(――セーフ!)
(間に合ってよかった……!)
腕の中を見る。そこには、すっぽりと収まったフローラ。結果的に――見事なお姫様抱っこである。
「怪我はない? どこか痛むところは?」
「あ……っ」
澄んだ瞳が、信じられないものを見るように私を見つめた。
「ありがとうございます……っ」
みるみるうちに、頬が林檎のように赤く染まっていく。深いボルドーのケープに、白いパフスリーブ。チェックのスカート。
(さすが私の最推し♡)
(制服姿までめちゃくちゃ可愛い!!)
フローラは王族に次ぐ強い魔力を持ち、十七歳で飛び級入学を果たした異例の特待生なのだ。
彼女が、ハッと息を呑んだ。
「……バイオレッタ様?」
「え?」
「やっぱり……! 仮面舞踏会の夜、私を手当てしてくださった方ですよね?」
ぱあっと、フローラの顔が輝いた。
「私、ずっと……もう一度お会いしたかったんです!」
「…………えっ?」
勢いよく身を起こしたフローラが、私の両手をぎゅっと握りしめる。
「あの夜も、今日も……私を助けてくださって」
「いや、それは当然というか……」
(可愛すぎる推しが上から降ってきたら、キャッチする以外の選択肢はないから!!)
「あの夜から、ずっと思っていたんです」
「何を?」
上目遣いで私を見つめる。
「私にも……バイオレッタ様みたいな、優しくて素敵なお姉さまがいたらいいなって」
「…………」
今、なんて?
「あの……もしご迷惑でなければ」
もじもじと指先を重ねる。
「親しみを込めて、『バイオレッタお姉さま』ってお呼びしてもいいですか?」
(お姉さまああああああ!?)
(推しからのお姉さま認定!?)
(前世でどんな徳を積んだら、そんな神イベントが発生するのよ!?)
幸福で脳みそが溶けかけた結果、口が勝手に動いた。
「え、ええ! なんなら『ビビ』って呼んでくれてもいいのよ!?」
「……っ! 本当ですか!?」
瞳が、これでもかというほど輝いた。
「では――ビビお姉さまって呼ばせてくださいっ」
(きゃあああああ!!)
(天使の妹ができちゃった!!)
(もう一生養いたい!!)
「ビビお姉さま。これから、ずーっと仲良くしてくださいね?」
「もちろんよ!!」
「嬉しいですっ」
フローラがぎゅっと私の腕へ抱きついた。
(よしっ!)
(これでフローラとの敵対フラグは完全消滅!!)
あとはレオンとの王道ルートへ戻してあげれば、全部解決――のはず。
「…………」
その時。背後から、突き刺さるような冷気を感じた。振り返る。そこには、眉間に深い皺を刻んだアレクが立っていた。
「……おい」
「?」
「いつまで抱きついている。いい加減、離れろ」
フローラは離れるどころか、私の腕へさらにぎゅっと抱きついた。
「嫌ですっ」
「えっ」
あまりにも可愛らしい声で即答した。フローラは私を見上げると、少し不安そうに瞳を潤ませる。
「……もう少しだけ、こうしていてもいいですか? ビビお姉さま」
「もちろんよ!」
「えへへ」
「駄目だ」
「なんであなたが決めるのよ!?」
「ははっ!」
今度はレオンが楽しそうに笑った。
「特待生ちゃん、随分とバイオレッタに懐いたみたいだね」
「はいっ」
フローラは誇らしげに胸を張った。
「だってビビお姉さまは、世界で一番優しくて、世界で一番素敵な方ですから!」
「世界で一番!?」
「はい!」
フローラは一切迷わなかった。
「私を助けてくださった時なんて、後ろから天使の白い羽が舞って見えました!」
「いや、それはたぶん幻覚――」
(だって天使はあなたの方だから!!)
「いいえ、本物ですっ!」
「本物なの!?」
「はいっ。ビビお姉さまですもの!」
(どういう理屈!?)
「へえ……」
レオンが、ふと目を細めた。
「な、何よ?」
「いや」
じっと見つめたあと、少しだけ笑う。
「本当に変わったんだなって思っただけ」
「?」
何の話よ。
その時だった。私の腕に抱きついたままのフローラが、ちらりと男二人へ視線を向けた。
スッ――。さっきまでキラキラと輝いていた瞳から、すべての光が消えた。
「……あら」
声は相変わらず、鈴を転がすように可愛らしい。口元にも、天使の微笑み。なのに。目だけが――怖い。
「お二人とも、まだいらしたんですか?」
バチッ。フローラの指先で、小さな魔力の火花が弾けた。
「…………」
男二人が黙り込む。
(……あれ?)
(今、フローラの目がものすごく据わっているような……)
「おい」
アレクが唸った。
「……割り込んできたのは、お前の方だろ」
「まあ」
フローラが小首を傾げる。
「割り込む?」
そして私の腕を、ぎゅっと抱き寄せた。
「私はただ、大好きなビビお姉さまのおそばにいるだけですよ?」
「…………何?」
「それに、お姉さまもいいと仰ってくださったのに……何か問題でも?」
「…………」
アレクの眉間に、さらに深い皺が刻まれる。
(なるほど!)
(私をアレクとレオンから守ろうとしてくれてるのね!)
(なんて姉思いなの、フローラ!!)
「ふーん」
レオンが口元を吊り上げた。
「特待生ちゃん、見た目よりずっと面白い子なんだね」
「何のお話でしょう?」
「別に?」
レオンが笑う。フローラも笑う。
「…………」
なのに。
(なんでこの二人、笑顔なのに全然楽しそうに見えないの!?)
フローラがくるりと私へ向き直った。
「さあ、参りましょう。ビビお姉さま♡」
100点満点の天使スマイル。
「え、どこに?」
「私が学院をご案内しますね!」
「本当? 助かるわ!」
「はいっ」
フローラは私の腕をがっちり確保すると、上機嫌で歩き出した。
ふと振り返る。
アレクは――険しい顔で、私を凝視。レオンも――なぜか楽しそうに、私を見ている。そして隣では。「ビビお姉さまぁ♡」フローラまで、キラキラした瞳で私を見上げている。
「…………」
(ちょっと待って!!)
(なんでレオンもアレクもフローラも、全員私に注目してるのよーーーっ!?)
ひより
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伊織
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