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本当に、何もかも取り上げてられてしまって、世間から隔離されていたから。 ほんと可哀想でならない😢
涙に濡れた芹の瞳はあまりにも真っ直ぐで、結葉は胸の奥が息苦しいぐらいにチクチクと疼かされてしまう。
「でも……お兄ちゃんはきっと結葉ちゃんの異変に気付けたってことだよね? だから結葉ちゃんもお兄ちゃんを頼ってここに来たんでしょう?」
――違う?
言外にそう含められて、結葉は思わず言葉に詰まった。
たまたま実家で想に再会したあの日――。
想は結葉を一目見るなり、結葉自身が誰にも知られたくなくてひた隠しにしてきた結葉の異変に気付いてくれた。
その上で、いつでも相談してこいと手を差し伸べてくれた。
言葉に詰まった結葉を見て、芹が小さく吐息を落とす。
「お兄ちゃんって昔っからそう言うところあったよね……。あたしも何度もお兄ちゃんに助けられたから分かる」
「……うん」
芹の言葉に結葉がうなずいたのを確認すると、彼女はもう一度だけ結葉をそっと抱きしめてくれて。
「あたしも……結葉ちゃんの力になりたい」
言って、芹が涙に濡れた瞳で、真剣に結葉を見つめてきたから、結葉も目頭が熱くなった。
「あのね芹ちゃん。実はね、私。もう芹ちゃんに助けられてるんだよ?」
「え……?」
「ほら。芹ちゃんが想ちゃんの連絡を受けてすぐにここへ来てくれたから。それだけで私、すごくすごく救われてる……」
結葉の言葉に芹がキョトンとする。
そんな芹に結葉は、想に告白したのと同様、近場だと旦那と遭遇しそうで外に出るのが怖いこと。
だからと言って一人留守番のためにアパートに残ると、夫が連れ戻しに来るのではないかと不安に押しつぶされそうになって縮こまってしまうこと。
それらを包み隠さず話した。
***
結葉の告白を聞いて、ようやく何故兄が自分をアパートに呼び寄せたのかが分かった芹だ。
「結葉ちゃん……」
芹は結葉の名前を呼ぶと、彼女をもう一度ギュウッと抱きしめた。
「あたしの仕事ね、残業なしで十七時半には終わるの。お兄ちゃんが残業とかになって寂しい時は遠慮なく呼んで? あ。携帯番号、昔のとは変わってるから教えるね――」
番号は、元カレと別れた時に心機一転したくて変えてしまった芹だ。
床に置いた鞄からスマートフォンを取り出すと結葉のほうへ持ってきて。
「……結葉ちゃん?」
てっきり結葉も同じように携帯を取り出して自分に教えてくれるものだと思っていた芹は、結葉が困ったように眉根を寄せるのを見て戸惑った。
「あの……ごめんね、芹ちゃん。私、携帯持ってないの……」
泣きそうな顔で結葉に言われて、芹は息を飲んだ。
もしかして、結葉の旦那の支配は、彼女が外部と連絡を取る手段まで奪うような徹底ぶりだったのだろうか?
(奥さんに足枷をはめて監禁するような人だもん。きっとそうだよね)
そう思って。
「――ちょっと待ってね」
芹は手にしたスマートフォンを操作して、着信履歴を開いた。
そのまま一番上にある想の番号をタップすると、兄に電話をかける。
『もしもし?』
ガヤガヤと喧騒が聞こえてくるところを見ると、想はまだ外にいるらしい。
車に乗り込んでいないならチャンスだ!と芹は思った。
「お兄ちゃん! お使い、もう一つ追加ね――」
この家には固定電話がない。
結葉が携帯を持っていないのは問題ありまくりだ。
そう思った芹は、想に結葉用の携帯電話を契約して帰るように持ちかける。
「お兄ちゃん、免許証もクレジットカードもいつも持ち歩いてるでしょう? すぐ契約できるよね?」
言えば、『あ、ああ』と芹の勢いに押され気味の、想からのやや気後れした返事。
「全くもう! お兄ちゃんったら何でそんなことに気付けなかったかな⁉︎ 頼むよー。結葉ちゃんとの連絡手段ないとか問題ありまくりじゃない!」
芹は、しっかりしているようで抜けたところのある兄にお小言を言うと、小さく吐息を落とした。
『あー、ホント俺、ダメだな。気付いてくれてサンキューな、芹』
だが、そんな芹に素直に謝ってくれた上、礼まで述べてくる兄の声を聞きいていたら、毒気を抜かれてしまう。
芹は
「あー、もう、いい。分かったからちょっと待ってて?」
言って、想と通話を繋げたまま結葉に向き直る。
「結葉ちゃん、スマホ、使ってたことあるよね? 確か昔、あたしとも時々ラインしてたもんね?」
そう問いかけたら、「三年以上前だけど……」と不安そうに結葉が瞳を揺らせて。
芹はにっこり微笑んで
「なら問題ない。そんなに変わってないもん」
言って、「使ってたのはアンドロイドだっけ?」と畳み掛けた。
結葉がうなずくと、「お兄ちゃん、機種はアンドロイドのね?」と、有無を言わせぬ調子で想に付け加えた。
『了解』
通話口から聞こえてきた想の声に、
「あ、あのっ、でもっ」
結葉が慌てて言い募ろうとしたら、芹に人差し指を立ててシーッと制されてしまう。
「そういうわけでお兄ちゃん。可愛い機種選んで来てね? 結葉ちゃんに似合うやつ!」
フンッと鼻息も荒く電話口に告げた。
想が『善処します』と小さく笑う声が聞こえてきて、結葉が何かいう前に「よろしくね」と、芹は通話を切ってしまった。
***
結葉は、もう何年もキッズ携帯しか扱ったことがない。
いきなり昔みたいに自由に色んなことが出来るスマートフォンを渡すと言われても、戸惑ってしまって。
「芹ちゃん……私」
オロオロと眉根を寄せる結葉に、芹は「お兄ちゃんがスマホを持って帰って来たら、とりあえずライン入れよ? そうしたら昔みたいにメッセージのやり取りも出来るし。何より繋がってる相手とは通話料とか気にせずお話し出来るの、素敵じゃない?」
言って「楽しみ!」と微笑んだ。