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リビングに行くと、炎帝が正座をして自身の愛読書を読み込んでいた。
「あ、お帰りなさい」
愛読書に栞をそっと挟むと、炎帝は帰ってきた三人に声をかけた。
「修復、完了致しました。ですが、シワが少し残ってしまいまして」
そう言って炎帝は、ページの端がほんの少しだけシワになっている部分を青年に見せた。
青年的には、その程度なら全く構わないと言いたげな顔なのだが、本が命と同じぐらい大切な彼にとっては、少しのシワも許されないのだろう。
「ですので、この本と全く同じ物を用意させて頂きました」
そっと穏やかに微笑んで、炎帝は、湾華が持ってきた本を差し出した。
「す、凄い…。ありがとうございます!」
青年は驚きと嬉しさでいっぱいになった。
「あ、妹さんが帰って来るまであと、二分ですよ。炎帝兄さん、どうしますか?」
和華が小首を傾げて炎帝に尋ねた。
和華は、炎帝の事も尊敬しており、“炎帝兄さん”と読んでいる。実に可愛らしい事だ。
だが、その後ろで立っている炎加の機嫌は、いまだに治っていないようだ。
「この依頼は、妹さんにバレないように。と言うのが条件です。ですので、もう帰りますよ」
嫉妬に燃える炎加を知ってか、少し愉快そうに微笑み、炎帝は和華にそう言葉を返した。
「では、依頼主様、私達はこれで」
炎帝がそう言った瞬間、彼ら三人は、まるで颯爽と駆け抜けるチーターのように走り出した。依頼主の青年に、もう一度感謝を言わせる隙を与えぬように。
ドール達が退出してから、青年は驚きの余り突っ立っていた。
それから数秒もすると、玄関扉が開く音が聞こえる。
「ただいま~」
どうやら青年の妹が帰って来たようだ。
「お、おかえり~」
たどたどしく青年は妹が持っている荷物を受け取り話しかけた。
「あれ?何で私の本が2冊もあるの?」
リビングにある2冊の本を見て、妹は怪しそうに青年に目をやった。
「いや、ちょっと、その〜、色々あって」
青年の言葉に妹はさらに眉間にシワを寄せ、青年に疑いの目を向けた。
「そ、そうだ!和菓子買ってきたんだ」
青年は、必死に目を逸らしながら話題を変えようとした。
「ふぅ~ん。本の事は今は良いや。何買ってきたの?返答次第では殴る」
この妹、結構凶暴だ。
「わらび餅と羊羹」
目を逸らしながら青年は独り言のように呟いた。
「……。食べる。よこせ!」
少し黙ったかと思うと、嬉しそうに笑いながら妹は青年に向かってそう言葉を発した。
「はい!」
命拾いした青年は、胸を撫で下ろす暇も無く、妹のために皿を出して、準備し始めた。
一方、事務所に着いたドール達は、しっかりとクーラーの風に当たって涼んでいた。
「炎加、思いは口にしないと伝わらないよ」
湾華が和華には聞こえないように細心の注意を払いながら炎加へ警告した。
今は、自身の姉との連絡よりも、親友の恋の方が大切なようだ。と言っても、和華自身は、恋だとか、愛だとかはまだ余り理解していないようだが。
本日も無事に、【超緊急依頼:本の水没】は、解決されたようだ。