テラーノベル
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⚠注意:死ネタ・特殊設定あり
本作は「8番出口」を舞台とした二次創作です。
一部キャラクターの死亡設定を含みます。
ハッピーエンドをお求めの方はご注意ください。
足元から伝わる硬く冷たいタイルの感触。等間隔に並んだ蛍光灯がチカチカと神経を逆なでするような音を立てて白濁した光を投げかけている。
「は?……ここ、どこだ……?」
独り言のつもりで溢れた言葉は出口のない通路の先へと吸い込まれて消えた。隣に立つおらふくんも困惑した様子で周囲を見渡している。どこまで行っても曲がり角の先にはまた同じ光景が続いている。そんな空間がバグを起こしたような奇妙な感覚。
「……なんか、既視感あるところやね」
おらふくんの声には、いつもの明るさが少し欠けていた。彼は不安を紛らわせるように壁に貼られた黄色い看板を指さす。
たしかに言われてみれば見覚えがある。嫌というほど画面越しに見てきた、あの脱出ゲームの舞台そのものだ。
「あ、……8番出口……」
「え? でも、あれってフィクションやろ? ゲームの話やんか」
おらふくんは乾いた笑いを漏らすが、その視線は泳いでいる。現実味のない無機質な通路。ポスターの並び、非常口のサイン、訴えかけてくるような静寂。
「そう、なはず……。……だよな?」
二人が数歩踏み出すと目に飛び込んできたのは壁面に無造作に貼られた一枚の看板だった。 鮮やかな黄色に、太く、冷徹なフォント。
「異変があったら引き返せ」
その一文を目にした瞬間、MENの背筋に嫌な汗が伝う。画面越しに見ていた実況の記憶が濁流のように脳内に流れ込んできた。
「……本当に、全てがそっくりだな」
あまりにも精密に再現された場所にMENは知らず知らずのうちに足取りが重くなるのを感じた。
しかし、隣を歩くおらふくんは努めていつもの調子を崩さないように拳を軽く握って前を向く。
「まあまあ! 2人おるし、さくっと終わるやろ!」
その言葉は自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。確かに一人でこの無限ループに放り出されるよりは、誰か居るだけマシなのかもしれない。
「……そうだな。他のメンバーたちも急に俺らがいなくなって心配してるだろうしな」
ドズルさんや、ぼんさん達の顔が浮かぶ。いつもの楽しく賑やかで騒がしい日常。そこへ帰るための条件は、たった一つ。異変を見逃さないこと。
「おん! 行くで、MEN。がんばるぞー!」
おらふくんの威勢の良い掛け声が通路に反響した。
二人が何度目かの角を曲がった後に感じた。 おかしい。 あまりに何も起こらなすぎる。
この場所を象徴する、あの無表情に歩き続けるおじさんの姿さえも見当たらない。
だが、壁に掲げられた案内表示の数字だけは着実にカウントを刻んでいた。
【 7番出口 】
「……異変が全然おこらへんね」
おらふくんの声が水面に石を投げたときのように通路に波紋を広げる。 彼の手元は心なしかさっきよりも力なく揺れていた。
数が戻っていないということは正解のルートを進んでいるということだ。喜ぶべきはずなのに、かえって得体の知れない不安を煽る。
「逆にあってるのか不安になってくるわ、w」
「その気持ちは分かる、w」
MENも無理に口角を上げる。 「間違ってはいないはずだ」と自分に言い聞かせるが、もし、この「何もないこと」自体が異変だったとしたら?もし、自分たちが気づかないほどの変化が始まっていたとしたら?
そんな疑念を振り払うようにMENは一歩、また一歩とタイルを踏みしめる。
「……次クリアすれば、8番出口だな」
「あっという間だったなぁ」
その声には、ようやくこの無機質な迷宮から解放されるという安堵が混じっていた。
「ほんと……そ、……え、?」
返そうとした言葉が喉の奥で氷のように固まった。
心臓が嫌な跳ね方をする。視界の端から世界の色がじわじわと書き換えられていくような強烈な違和感。
「MENどないした?…………え、?」
MENの異変に気づいたおらふくんが、その視線を追うように前方を向く。そして彼もまた言葉を失った。
自分自身の目を疑った。 ずっと異変が起きないのはおかしいと思っていた。
だからといって、これは───。
「MEN! おらふくん!」
通路のちょうど真ん中。 逃げ場のない一直線の廊下で、おんりーが立っていた。
彼は穏やかな表情で楽しそうに、こちらへ向かって手を振っている。 「ここ」にいるはずのない姿。
(───これは、ないだろ)
冷たい空気が二人の肺を凍りつかせる。 微笑むおんりーの背後で蛍光灯が一度だけ激しく瞬いた。
おらふくんが震える足を一歩だけ後ろへ下げ、MENの服の袖を強く握りしめた。
「め、MEN……引きかえ、さないと……」
その声は掠れており、今にも泣き出しそうだった。 ルールは明快だ。異変があったら即座に引き返す。
「……そ、そうだな」
MENは短く応えた。だが、視線はどうしても前方の影から離れない。
脳が、本能が、「あれは本物のおんりーじゃない」と警告しているのに瞳に映る彼の仕草は見覚えのある仲間のそれだった。
「2人とも? なんで俺を無視するの、……?」
おんりーの声が無機質なタイルに反響して二人の耳に響いてくる。 少し寂しげな人間味に溢れたトーン。
「「……っ、」」
二人の肩が同時に跳ねた。
耳を傾けたらダメだ。 これはこの世界が二人の記憶の奥底から引きずり出した最も効果的な擬態だ。
理屈では分かっている。なのに、二人の視線は吸い寄せられるように彼を振り返ってしまった。
「お、んりー……」
「……MEN! 俺、話したいことが、」
おんりーが少しだけ距離を詰める。
「……」
「MEN?」
「ああ、ごめん。……それで、話はなんだ?」
MENの口から無意識に言葉が溢れ出た。
「MEN……! その、おんりーは……!!」
おらふくんの悲痛な叫びが狭い通路にこだまする。
分かっているんだ。ここにいてはいけないことも。 この”おんりー”が自分たちの知っている相手ではないことも。
それでも、その声を無視して背を向ける勇気がMENにはなかった。
「……おらふくんは引き返してくれ」
おらふくんが息を呑み、目を見開いてMENを見上げる。
「でも、それだとっ、……! MENはどうするん!? 一緒に帰らな……!」
おらふくんの必死な訴えを遮るように前方の彼が小首を傾げた。その動きは、あまりにも残酷なまでに”おんりー”だった。
「おらふくん?」
名を呼ばれ、おらふくんの言葉が喉に詰まる。 聞き慣れていたその響きが今は何よりも鋭い刃となって二人の心を切り裂いていく。
「……っ、お、んりー……」
おらふくんの足が止まってしまう。このままでは二人とも偽りの安らぎに飲み込まれてしまう。
「おんりー。おらふくんはドズぼんを迎えに行ってくれるんだってよ」
「2人を?」
おんりーが不思議そうに目を瞬かせる。
「迷子になってんだってよ」
「ふふっ、あの2人らしいね」
おんりーが口元を緩めて柔らかく笑った。 その笑顔は、かつて何度も見たことがある笑顔そのもの。 一瞬、ここが8番出口であることを忘れそうになるほどの。
「……ああ。そうだな」
乾いた声で同意する。 一歩も動けずに立ち尽くすおらふくんの背中を最後に一度だけ力強く押した。
「じゃあ、おらふくん。……あとは頼んだ」
託した言葉は短かったが、そこには「戻ってあいつらに伝えてくれ」という言葉にできない全ての想いを込めた。
「……っ、ぅ、ん。わかった……」
背後で必死にタイルを蹴って遠ざかっていく足音が聞こえる。 おらふくんが角を曲がり、その気配が完全に消えるまでMENは決して振り返らなかった。
(……やっと、引き返してくれたな)
静寂が戻った通路で小さく息を吐いた。
おそらく、もう二度とあの賑やかな現実に戻ることはできないだろう。自分はこの住人として偽物のおんりーと共に永遠に続くループの中に溶けていくのだ。
「MEN?」
不安そうにこちらを覗き込んでくる、おんりー。 その瞳には悪意も何一つとして存在しない。
「ああ、ごめん。おらふくん迷子にならないか心配で」
MENは努めて穏やかに、いつものように小さく微笑んで見せた。
「あははっ、確かに! おらふくんならありそう」
おんりーが楽しげに笑い声を上げる。 その屈託のない反応がMENの胸を締め付けた。
「……おんりーは、俺と居ような」
「うん……! MENと2人っきりだね!」
おんりーが嬉しそうに顔を綻ばせる。
「……あぁ、そうだな。ほんと、嬉しい」
MENは、ゆっくりとおんりーの方へ歩み寄った。
“例え、偽物でも”
MENは目の前に立つおんりーの細い肩に、そっと手を置いた。指先から伝わる感触は驚くほど温かくて、柔らかい。この場所が作り出した精巧な異変だとは思えない程に。
「俺もっ、! 嬉しい……!」
おんりーが顔を輝かせる。その無邪気な瞳に映る自分は、きっと酷く歪んだ顔をしているのだろう。
現実の世界では二度と聞くことのできない声。
二度と触れることのできない温もり。
あの日、冷たくなった彼を見送った時からMENの中の時間は止まったままだった。
「……おんりー、愛してる」
喉の奥に溜まっていた熱い塊を吐き出すように告げた。
「急にどうしたのっ……!?///」
おんりーが驚いたように頬を染め、照れくさそうに視線を泳がせる。その仕草の一つ一つが記憶の中にある「彼」を正確になぞっていた。
「……伝えたくなって」
“本物のおんりーがいた時に”
あの日、共に笑い、常に隣にいるのが当たり前だった日常の中で。
喉元まで出かかっては気恥ずかしさに負けて飲み込み続けていた言葉。
「伝えられなかったから」
「??」
おんりーは不思議そうに首を傾げている。
彼にはMENの「結末」など分からないのだろう。 だけど、それでもいい。例え 同じ景色を永遠に繰り返すだけの出口のない場所だとしても。
MENは、おんりーを壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。 腕の中に確かに感じる温かさと重み。
“ここは天国と地獄、どちらなんだろうな”
遠くで蛍光灯がジジ……と音を立てて消えかかる。 おらふくんが引き返したはずの通路の先は深い闇に包まれて見えなくなっていた。
足音はどこにも向かわない。 MENは偽りの安らぎの中に深く沈んでいった。
暗い、暗い場所にいたような気がする。 身体が軽くて、自分が誰だったのかも忘れかけていた深い眠りの時間。
けれど、不意に視界が開けた。 気がつくと全く見覚えのない真っ白で無機質な通路に立っていたんだ。
「あれ……? ここ、どこだっけ」
首を傾げても上手く思い出せない。
でも、不思議と怖くはなかった。だって、向こうから俺の大好きな二人の足音が聞こえてきたから。
「MEN! おらふくん!」
名前を呼んでから思いきり手を振った。 二人の顔を見た瞬間、胸の奥がじわっと温かくなるのを感じた。
ああ、そうだ。俺は二人に会いたかったんだ。
ずっと、ずっと……。
おらふくんは泣きそうな顔をして走って行ってしまった。迷子になったドズさんとぼんさんを迎えに行くんだって。らしいな、って思わず笑っちゃった。
でも、俺の隣にはMENが残ってくれた。
『おんりーは俺と居ような』
MENがそう言ってくれた時は世界が鮮やかに輝き出したみたいだった。 MENの手は凄く温かくて、俺の肩を抱く力は少し震えていたけれど、それもなんだか愛おしくて。
「うん……! MENと2人っきりだね!」
ここは静かで誰も邪魔しに来ない。 外の世界があるのかなんて、どうでもよくなっちゃった。
MENがここにいてくれる。俺のことを見て、俺の名前を呼んで「愛してる」って言ってくれる。 それだけで、これ以上の幸せなんていらないんだ。
『伝えられなかったから』
MENは少し悲しそうな顔でそう言ったけれど俺は笑って首を振る。 いいんだよ、MEN。今、こうして伝えてくれたんだから。
ここがどこだって関係ない。 俺はMENの胸に顔を埋めて、力いっぱい抱きしめ返した。
もう、離さないよ。 ずっと、ずっと二人で歩いていこうね。
「MEN、だーいすき!」
見上げた天井の蛍光灯が祝福するかのようにジジ…っと白く光った。
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