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――恒一視点――
目を覚ました時、
世界は、異様なほど静かだった。
戦場の音がない。
警告も、爆音も、ない。
あるのは——
規則的な電子音と、白い天井。
「……」
身体が、重い。
だが、生きている。
それだけは、分かる。
喉が乾き、
声を出そうとして、失敗する。
「……民間人は……」
ようやく絞り出した言葉。
返事は、
一拍遅れて返ってきた。
「……確認中です」
その言い方で、
十分だった。
――司令部――
回収品一覧が、
無機質に表示されている。
破損した端末。
財布。
鍵。
どれも、
瓦礫の中にあったはずのもの。
そして——
《身分証明書》
学生証。
小さな画像。
角が欠け、
表面に細かい傷がある。
だが——
赤黒い血が、名前の部分を覆っていた。
「……」
恒一は、
息を呑んだ。
「……生きてる……んですよね……?」
問いは、
誰に向けたものか分からない。
「生命反応は確認されています」
少しだけ、安堵しかける。
だが、
続く言葉が、それを打ち消した。
「鑑定結果が出ました」
画面が切り替わる。
《血液鑑定:一致》
《DNA照合:一致》
血液は、学生証所持者本人のもの。
「……っ」
「大量出血の痕跡があります」
「応急処置がなければ、生存は不可能でした」
——敵が、助けた。
殺すためではない。
生かすために。
恒一は、
何も言えなかった。
まだ、
その人物が誰なのかは、
口に出されていない。
だが——
もう、偶然では済まない。
その時。
《INCOMING SIGNAL》
短い警告音。
司令部の空気が、
一気に張り詰める。
「暗号通信です。
敵勢力フォーマットと部分一致」
解析が進む。
座標。
侵入経路。
時間情報。
「……威嚇通信です」
参謀が、低く言った。
「数時間後の再攻撃を示唆しています」
モニターに表示される。
《TIME CODE》
05:42:18
さらに——
《PRIMARY INTEREST》
《UNIT:SHIRANUI》
「……俺を……」
恒一は、
画面を見つめたまま呟く。
「……呼んでる……」
誰も、否定しなかった。
――敵側視点――
独房区画。
照明は、一定。
時間を感じさせない設計。
担架が、
無音の床を滑っていく。
乗せられているのは、
捕獲された民間人。
識別コードだけが、
割り当てられている。
名前は、ない。
「生命反応、安定」
「出血点、制御下」
黒と紫のモビルスーツのパイロットが、
それを見下ろしていた。
ヘルメットは、外さない。
——顔を見せる必要がない。
「独房へ」
命令は、短い。
扉が、閉じる。
音もなく。
世界が、切断される。
――戦闘準備区画――
数時間後に迫る戦闘に向け、
艦内は静かに動いていた。
ロングヘアの男は、
整備台の前で足を止める。
ヘルメットのロックを解除する。
乾いた音。
長い髪が、肩から背中へと流れ落ちた。
感情を削ぎ落とした顔。
古い傷。
疲労の影。
整備モニターに、
独房の映像が映る。
捕らえた民間人。
霧は、すでにない。
——知らない顔。
記憶を探っても、
一致しない。
完全な他人。
それでも、
視線が一瞬、止まる。
理由はない。
「……予定通りだ」
彼は、
再びヘルメットを手に取る。
格納庫。
苔色の量産型モビルスーツが、
整然と並ぶ。
角のない頭部。
簡素な装甲。
消耗前提の機体。
「各員、戦闘準備を完了させろ」
ロングヘアの男の声が、
格納庫に響く。
奥には——
一機だけ、異質な存在。
黒と紫の専用機。
細身の機体。
兜を被ったような頭部。
顔は、最初から存在しない。
「隊長」
整備士が声をかける。
「レイヴン隊長」
「武装、最終確認を」
拘束用ワイヤー。
非殺傷弾頭。
捕獲前提の構成。
「問題ない」
レイヴンは、
機体を見上げる。
兜の奥は、闇だ。
「——出撃準備」
「数時間後、接敵する」
「目的は一つ」
間。
「白い機体を、生きたまま確保する」
苔色の量産機が、
一斉に起動音を上げた。
――恒一視点――
医療ブロックの天井を、
見つめていた。
捕まったのが、
誰なのかは、
まだ分からない。
だが、
血の付いた学生証と、
鑑定結果が、
それを許さなかった。
数時間後、戦闘が来る。
敵は、準備を終えている。
友人は——
どこかの独房にいる。
「……」
恒一は、
拳を握る。
霧の向こうで、
戦争は、静かに牙を剥いている。