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若井が帰ったあと、部屋は静まり返った。
冷えたタオルの匂いと、まだ残る血の鉄臭さが鼻の奥に張り付いている。
「……もうやめる」
そう呟いて、机の引き出しを閉めたはずだった。
でも数時間後には、手はまた同じ場所を探っていた。
指先が袋の感触を確かめた瞬間、胸の奥で何かが弾ける。
理由なんてどうでもいい。ただ、またあの感覚に沈みたかった。
数日経つうちに、体は確実に軋みを上げ始めた。
朝、起き上がるだけで全身が重く、関節が軋む。
食欲は消え、代わりに胸の奥で鈍い吐き気が渦を巻く。
鏡に映る顔は、日に日にやつれていった。
夜になると心臓が早鐘のように暴れ、息が浅くなる。
何度も咳き込み、鼻の奥がじわりと熱くなるたび、また血が滲み出る。
そして、気づけばまた床に座り込み、壁にもたれていた。
視界の端が黒く欠け、音が遠のく。
頭のどこかで「やばい」と分かっているのに、体は動かない。
そのとき、ドアを叩く音がした。
「元貴! いるんだろ!」
若井の声が、遠くの海鳴りみたいにぼやけて響いた。
ドアを叩く音が、やがて止んだ。
若井の声も、足音も、全部遠ざかっていく。
静寂だけが残る。
時計の針の音すら聞こえないほど、部屋は重く、淀んでいた。
床に座り込んだまま、膝に額を押し付ける。
呼吸は浅く、胸の奥が痛む。
鼻から垂れる温かいものが唇に触れ、鉄の味が広がった。
袖で拭うと、赤黒い筋が布に滲む。
「……なんで、こんな……」
声はかすれ、誰に向けたのかも分からない。
スマホは机の上で光を放っていた。
若井からのメッセージが、いくつも並んでいる。
でも、その画面を指先でスライドする力さえ出ない。
時間の感覚が消えていく。
窓の外が昼なのか夜なのか、もうどうでもよくなっていた。
気づけば、体は冷え切り、指先は青白くなっている。
孤独は、音もなく肌に絡みつき、肺の奥まで入り込んでいく。
誰も来ない。
助けもない。
ただ、暗闇と自分だけが残っていた。