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「すみません……あの時の社長の行動を思い出すと、今でも胸が熱くなって……」
涙を堪えている前田さんの瞳は、一瞬で真っ赤になった。
「ミルクティー、飲みましょ。私もいただきます。本当に……温かくて美味しくてホッとしますね」
前田さんも、気持ちを落ち着かせるようにティーカップに口をつけた。
「すみません。美山さん……お気遣いありがとうございます」
私は首を横に振った。
「続き……聞かせてもらってもいいですか?」
「もちろんです。あの時、社長はお忙しい中にも関わらず、次の日に飛行機で京都に来て下さいました。ちょうど大阪で仕事があったからと言われてましたが、あとで秘書の方に聞いたら、大阪で仕事なんかなくて……私達親子を心配してわざわざ京都まで来て下さったんです」
次の日に早速京都にって……
忙しい合間を縫ってでも駆けつけてあげたかったんだろうな。
祐誠さんの深い深い優しさを感じる。
「社長は、まず自宅で療養中の父に会って下さり、手を握って話しかけてくれました。子どもの頃からうちのお茶を飲んでいたと、昔の思い出話を……とても優しく語りかけるようにしてくれたんです。父は嬉しそうに涙を流して聞いていました。父のあんな穏やかな顔を見たのは、うつ病になってからは初めてでした」
「そうだったんですね……お父様の喜ばれる光景が目に浮かぶようです」
「社長は、母と私に言ってくれました。榊グループの百貨店の京都店で、すぐに茶葉を取り扱ったイベントをするから、ぜひ参加してもらいたいと」
「お茶のイベント?」
「そうなんです。そのイベントで、うちの茶葉を大々的に宣伝し、その場で飲めるカフェコーナーも作り、それに合うケーキや和菓子などの有名店も同じように出張販売してもらえるように、すぐに手配してくれました。カフェ以外でも試飲できるようにし、いろいろ飲み比べてもらいながら、気に入ったものを買っていただけるようにしてくれて……」
「それはいいですね。味がわかれば買いやすいですから」
「本当にその通りです。茶葉を入れる袋にもこだわって、可愛いものからシックなものまで、お客様の好みに合わせて使えるように、たくさん種類を用意して下さいました。おかげでイベントは大盛況。袋が可愛くてお茶も美味しいと、若い世代の方からご年配の方まで、茶葉も飛ぶように売れました」
聞いているだけで、私もそのイベント会場にいるような気分になってワクワクした。
「高級百貨店ということもあり、贈答用の高価なセットもたくさん買っていただいて。そのイベントの内容は全て……社長が1人で数日間で考え出してくれたものでした」
「1人でですか?」
「そうなんです。今回に限っては、全て社長自らが考えると仰ったそうです。それに、社長がコツコツ作り上げた人脈のおかげで、かなりの有名店も参加してくれて、イベントは大成功でした。その後もずっと百貨店にうちの茶葉を置いていただき、有難いことに人気商品になったんです」
「こんなに美味しいロイヤルミルクティーが飲めなくなるなんて……悲しいですもんね。本当に良かったです。社長さんは、この味と前田さんのご家族、どちらも守りたかったんですね」
その言葉に目頭を熱くし、前田さんはメガネを外してハンカチで押さえた。
情がない人間だなんて……そんなこと全然ない。
それどころか、人の何倍も相手への思いやりを持ってる人なんだ。
祐誠さん、すごいよ。
「社長は、美味しいものは絶対になくしてはいけないし、真面目に生きていれば必ず誰かが認めてくれる。そう言って私の肩を叩いてくれたんです。榊社長のおかげで、うちは店を潰さずに済みました」
「本当に……良かったです。とても素敵なお話ですね」
何だか胸がいっぱいになった。
「父もそれからしばらくして元気になり、店に出れるまでに回復しました。今は、母と親戚、従業員も入れてみんなで頑張ってます。私は……社長に恩返しがしたくて、家族に送り出されてここに来ました。ちゃんと入社試験も受けて合格して。秘書として社長にお仕えすることができて本当に感謝しているんです」
笑顔いっぱいの前田さんを見て、私も涙を堪えられなかった。
優しい恩を受け、今度は前田さんが祐誠さんに恩返しがしたくて秘書となり、イベントスタッフになってる。
祐誠さんの溢れる情に、私はどうしようもないくらい心を動かされて仕方なかった。