「では、よろしくお願い致します」
俺は、丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ頼みましたよ。しかし、君は会長に似て立派だね」
「いえ、私などは……まだまだです。父の代から大変お世話になっていて、橋田社長にはこれからも御指導よろしくお願い致します」
榊グループにとって、大切な取り引き相手のやり手社長であり、父の親友。
橋田社長とはアパレル事業の海外展開について話し合っていた。
父と親交が深いおかげで、俺の話を全て前向きに考えると言ってくれた。
確かに、榊グループには良いデザイナー達が多数いて、良いチームが組まれ、自社ブランドは人気のブランドに発展していた。
しかし、海外展開となると、海外に太くて強いパイプを持っている橋田社長の力を借りることがとても重要だった。
このアパレル事業は榊グループにとって、かなり大きな挑戦になる。
必ず、成功させる。
俺の中には強い決意がみなぎっていた。
他にも新しい百貨店の出店計画など、様々な案件を抱えていたが、周りについてくれる優秀な部下達のおかげで全て上手く進んでいた。
榊グループ、百貨店の本店でのパンの大イベントも、前田君がキチンと進めてくれている。
進捗状況も逐一報告が入り、丁寧な彼らしい対応に、イベントスタッフとして迎え入れて良かったと安心していた。
彼の情熱や信念が伝わってきて本当に嬉しい。
ご実家の商売も、今は軌道に乗っているようで……
あの素晴らしい茶葉なら、もう2度とお客様が離れることはないと確信している。
百貨店での売り上げも好調で、俺も、もちろんこの先ずっと愛飲するつもりだ。
前田君の成長を親御さんも喜んでいることだろう。
そして……
時々、彼からパン教室の準備を頑張っている雫のことを聞く。
俺も負けてられない。
そんな風に、彼女にはいつも勇気をもらっていた。
事業の大小はあっても、あくまで動く金額の差があるだけで、俺にとっては全て大切な仕事だ。
どれも失敗はできない。
少しでも手を抜くと、何もかも一気に崩れてしまうような気がする。
どんなことがあっても、祖父、父が築いてきた信頼を俺が壊すわけにはいかなかった。
一人っ子の自分にはこの道しかないと腹をくくったその時から――
俺は、本当の自分を封印すると誓った。
「弱さ」を誰にも見せなくなった。
泣き言を言える相手など、この世に1人も存在しない。
もちろん家族は優しく、いつだって俺の味方で、それは今も変わらない。
感謝を忘れたことなど1度も無かった。
でも、それでも……
家族にさえ甘えてはいけないと、ずっと自分の心を押し殺し生きてきた。
最初の頃はどうしようもない孤独感にさいなまれ、プレッシャーに押しつぶされそうな時もあった。
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