テラーノベル
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「はんちゃん、先に帰っといてくれる? 俺、もとちゃんとちょっと話あるわ」
元の姿が遠くなった頃、空がはんちゃんの肩をそっと叩いて先に促した。
「ん? わかった。じゃあね、もとちゃん。ほんまにありがとうね」
はんちゃんの屈託のない笑顔に、「俺こそ、ほんまにありがとう。楽しかったわ」と精一杯の感謝を込めて手を振る。
はんちゃんの姿が雑踏に消えていくのを待って、空がニヤリと口角を上げた。
「で? お前ら、なんかあった?」
「は!? アホかよ! 俺がそんな男じゃないこと、空が一番知ってるやろ」
「……やんな。いや、わかってるねん。正直俺も、告白くらいまでが限度やとは思ってた。まだ会って一日目やしな」
「……『やとは』って何やねん」
「はんちゃんは身長的に気づいてへんと思うねんけど……」
空が「ほれ」と言って、俺のTシャツの首元をクイっと横に広げた。
「え、何。めっちゃ怖いねんけど」
「ほら、これや」
カシャッ、と無機質な撮影音が響く。
差し出されたスマホの画面を覗き込むが、最初はそれが何なのか理解が追いつかなかった。
「え……ダニ!?」
「アホか。あんな綺麗な旅館にそんなもんおるわけないやろ」
……え、嘘やろ。
指先でその場所をなぞってみても、鏡に映ったような鮮やかな赤みが消えるはずもない。それは、言い逃れようのないほど、はっきりとした――。
「キスマーク。……身に覚え、ある?」
「ない、ない!! 身体に触りもしてへんって! 俺ら入れ替わりで寝たり起きたりで、そんな時間なかったし……大浴場で一緒になったくらいや」
「俺、もとちゃんたちの部屋に入った時にすぐ気づいたで。浴衣の隙間から見えてた」
――脳裏に、今朝の記憶がフラッシュバックする。
部屋から出た途端、元が俺にタオルを首からかけた、あの瞬間。あれは……これを誰にも見られんように隠すためやったんか。
「……おめでとう、もとちゃん。両思いやな」
急に感慨深い顔をして、空が右手を差し出してくる。
嬉しくて、混乱して、視界がじわりと熱くなった。
「ありがとう……ほんま、旅行行ってよかったわ」
「え、お前、彼女おらん歴何年やったっけ?」
「……半年、とか」
「好きになるスパン早すぎやろ! 一気に信用できんくなったわ!」
「ふふっ、ごめんごめん」
軽口を叩き合いながらも、今までの恋とは決定的に違うことを確信していた。
この年になって、同性を好きになるなんて。よっぽどの覚悟がないと、こんな言葉は口にできへん。
「ちゃんと付き合えたら、空達に一番に連絡するから!」
「おう、じゃあな」
手を振って別れた後、どっと冷や汗のような緊張が押し寄せてきた。
これ、俺が寝ている時につけたってことは……。
俺を起こす直前、あんなに近くで、元が俺の首筋を吸ったってことか?
「え? なんて聞けばいいん? 俺の肌吸った? って? そんな、ダニ本人に確認するみたいに?なんで好きな人ダニ扱いやねん。失礼すぎるやろ、 いや、これほんまにダニやったらどうするんや……!」
一人になった途端、脳内は大パニックや。いや、もはや「ダニパニック」と言ってもいい。
もしアレルギーが出たら? 旅館にクレーム? あんなに良くしてもらったのに、そんな恩を仇で返すような真似できるわけないやろ。
「え、ほんまどうするん、俺……」
パニックがパニックを呼び、思考は堂々巡りを繰り返す。
けれど、答えは一つしかない。元にそれとなく聞くしかない。もし、もしもこれを元が刻んだのだとしたら。いち早く会って確かめないと、この胸のざわつきは収まらない。次のカフェなんて、具体的な日にちも決まっていないのに、そこまで生殺し状態で待てるはずがなかった。
「いや、ちゃう。あんな軽いノリやなくて、本気で告白せな。そうせんと、俺の誠意も伝わらんやろ」
LINEや電話で済ませるような話じゃない。きちんとお互いの時間を取って、面と向かって気持ちを伝える。そう心に決めて家に帰り、時計の針を何度も確認した。
別れてから一時間以上たってる。元は今、部屋の片付けをしているやろうか。それとも疲れ果てて眠ってるかも。
タイミングを見計らっていたその時、スマホが震えた。
『夜ご飯、一緒に食べへん?』
画面に躍る、元からのメッセージ。嘘やろ。こんなに親友みたいに気軽に誘われるものなん?出会ってまだ二日目の男やぞ、俺。
『ええよ。この前言ってたカフェ行く?』
『ううん、カフェは早朝のメニューがおすすめやから、また今度にしよ』
そうか。なら俺がどこか良い店を……と格好つけてエスコートしたいところやけど、生憎そんな店に心当たりはない。焦る俺に、追い打ちをかけるような一言が届く。
『ご飯作ったから、家来る?』
「行きます!! もちろん、行きます!!」
思わず、独り言が声になって部屋に響いた。あまりの勢いに、スマホ越しに聞こえてしまったんじゃないかと口を押さえる。
『行く! さっき別れた改札まで行けばいい?』
『ううん、もとちゃんのとこまで車で迎えに行くわ。住所教えて』
「はぁ~……めっちゃデートやん! もう、最高……!」
俺は実家住まいで、車も家族と共用や。それに比べて元は、自分で車を所有し、一人暮らしをして、自立している。その潔さが、どうしようもなく格好いい。
俺に対して「恋か憧れか迷っている」なんて言っていたけれど、俺からみた元は迷う余地なんてない。迷いなく物事を決めて、スマートに物事を伝えてくれる元は、恋も憧れも持ち合わせた、惚れ直す要素しかなかった。
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