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 果樹園の要塞化が進み、壁の補強や見張り台の設置は完了した。木材と土を組み合わせた頑丈な壁は、素人がそう簡単に突破できる代物やない。見張り台からは周囲を一望でき、キッズたちを使った外側の見張りも機能しとる。もし敵が近づけば、それとなく知らせてくれるようになっとる。これで、そう簡単には襲われないはずや──そう思っとった。
 けど、不安は消えんかった。喉の奥に棘が引っかかったような、じわじわと広がる不快感が胸に巣食っとる。この果樹園は、ただの農園やない。【ンゴ】スキルを上手く扱えずに追放されたワイが、必死の思いで何とか再起した場所や。ここを失うことは、すなわち全ての終わりを意味する。ワイにとって、ここは唯一の砦や。


「ナージェさん、今日の市場で変な噂を聞いたんだけど」


 夕方、ケイナが果物の仕分けを終えた後、険しい表情で戻ってきた。日が傾きかけた空の色が、彼女の顔を微妙に赤く染めている。普段は冷静な彼女の眉間に刻まれた皺が、ただ事やないことを物語っとった。手にはリンゴの入った籠を下げたままやが、それを置くことも忘れた様子や。


「変な噂やて?」


「うん。『街に見慣れない余所者のチンピラが増えた。何やら果樹園の情報を集めているようだ』って」


 ワイは目を細め、無言のまま天を仰いだ。


 ついに来たか。


 人っちゅうのは、欲深いもんや。他の街の商人連中やチンピラ共。そいつらの目が、この果樹園に向かうのは時間の問題やった。安定供給されるリンゴは庶民に人気やし、金持ち向けのマンゴーは一級品や。それだけで十分に目をつけられる理由になる。


「それだけじゃなくて、最近また奴隷商の奴らが果樹園のことを探ってるみたい」


 ケイナの声が、夕暮れの風に乗って耳に届いた瞬間、ワイは無意識に拳を握りしめた。


 奴隷商──。


 思い出すのも腹立たしい。あいつらは、かつてケイナを虐げとった連中や。あいつらにとっちゃ、ケイナはただの”商品”。使い潰すだけの道具やった。


 胸の奥が煮えくり返るのを感じながら、ワイは唇を噛んだ。そういう連中のやり口は、嫌というほど知っとる。最初は様子を見て、分が悪いと判断すれば退いたように見せ、確実に勝てるタイミングを伺い、最後には根こそぎ奪い去る。息の根を止めるように、じわじわと追い詰めてくる。今回も、そういうつもりなんやろ。


「……やっぱり、まだ諦めてなかったんやな」


 自分でも驚くほど低い声が漏れた。


「それどころか、最近になってレオンやリリィって人が合流したとか」


「……なるほどな」


 最悪や。


 ワイの頭の中で、二つの名前が鈍く響く。レオン。リリィ。どちらも、厄介極まりない。


 かつての──仲間やった。


 レオン──剣術スキル持ちの脳筋野郎。剣一本で道を切り開く戦闘狂で、戦場では頼れる存在やった。けど、それだけや。強さこそ正義、弱さは罪、そんな価値観で生きとる。戦えるうちは仲間、そうでなくなったら容赦なく切り捨てる。ワイらがパーティーを組んどったのは、互いに利用価値があったからに過ぎん。


 そしてリリィ──火魔法スキル持ちの策士。あいつの炎は、ただの火力任せの魔法と違う。火球を放つだけやなく、温度を自在に操り、範囲を絞り、点で焼き切ることもできる。極細の炎で縄を焼き、ロウソクの火のようにふわりと灯し、あるいは爆炎で一帯を吹き飛ばす。ワイが見てきた限り、あいつの魔法は「ただ燃やす」やなく、「どう燃やすか」がすべて計算されとった。


 奴隷商と組んだということは、狙いは明白や。ワイらの果樹園そのものを奪うつもりやろ。前に会ったときは、『取り分8割』とかで交渉してきよったな。それをワイが断った腹いせに、武力行使するっちゅうわけか。


「どうする?」


 ケイナの声が、わずかに震えとった。


 無理もない。この果樹園は、ワイらにとってただの土地やない。ただの耕地でも、収穫の場でもない。ここは”家”や。逃げ場を失ったワイとケイナが、ようやく手に入れた安息の地や。それをまた奪われるかもしれんと思えば、不安になるのも当然や。


 ワイは唇を引き結び、一度、深く息を吸った。胸の奥まで冷えた空気を入れ、心を鎮める。焦りや動揺なんて無意味や。ただ、やるべきことをやるだけや。そう思いながら、ゆっくりと答えた。


「やることは決まっとる」


 ワイは見張り台に登り、じっくりと果樹園の外を見渡した。


 夕焼けが空を赤く染め、果樹の葉は橙色の光を受けてちらちらと揺れとる。けど、その美しさに見とれる余裕なんてない。この静寂は、決して平和の証やない。むしろ、不自然なほどの静けさや。まるで、何かが息を潜めとるみたいやった。


 木々の影が長く伸び、風がわずかに流れを変える。ほんの僅かや。でも、その僅かな変化こそが異変の兆候やった。


 ──おるな。


 もうそこまで来とる。


 ワイは拳を握りしめると、背後のケイナに向き直った。彼女は、この静けさの意味を理解しとった。


「さらに防備を固めつつ、実際の防衛をシミュレーションするで。実戦は近い」


 ワイの声は、自分でも驚くほど冷静やった。いや、むしろ冷たかった。


 この果樹園を、ワイらの”家”を、そう簡単に奪われてたまるか。


 敵はもうそこまで来とる。


 ──戦いの幕が、ついに上がる。

謎スキル【ンゴ】のせいで追放された件www ~なお、実はメチャ便利な能力やった模様~

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主様天才ですか…?フォロー失礼します!次のストーリーも楽しみです!

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