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舞台となった訓練場で―――
私とオリガさんは、距離を取って対峙する。
しばらくお互いに無言で沈黙を続けていたが―――
彼女が一歩、片足だけ動いた。
そしてこちらへ向けて片手をかざすと、周囲の
空気が震え、軽い地響きが起こる。
「……!」
バトロワや主観視点の射撃ゲーム、FPSで
いうところの射線上に入ったと直感した私は、
視線はオリガさんへ向けたまま、その場から走って
退避する。
彼女の手から放たれた魔法―――
最初は小さな火かと思ったそれは、射出元の手から
離れるのに比例して大きくなり、私のいた場所では
1メートルくらいの火柱となった。
確かオリガさんは火魔法と風魔法を使うとか……
それなら、見てわかる通りこれは火の方なのだろう。
それが本格的な開始の合図となったのか、観客が
いっせいに沸き上がった。
「鳥と魚とマヨの人ー!!」
「あと貝もー!!」
「かつー!! ふらいー!! 天ぷらー!!」
声の方向に目をやると、どうやら今回は孤児院の
子供たちも来ているようだ。
それとレイド君とミリアさんが、当然のように
保護者枠として困った顔をしながら、彼らと
一緒にいる。
しかし全部食べ物に結び付けて覚えられて
いるのか……
もしかして自分、それ以外ない人になってる?
見ると、レイド君もミリアさんも注意している
ようだけど……
まあ聞く事はないだろうな。
ところ変わって、会場の最上段で―――
観戦している2人のうち若い方が、それを見て
意見を交わす。
「ずいぶんと慕われているんだな」
「まぁな。
だからあんまりやり過ぎると、恨まれちまうぞ?」
その問いには答えず、クラウディオは魔法が放たれた
先に視線を送る。
舞台の上では、火魔法を放った側、避けた側が
体勢を立て直し、再び向き合っていた。
「しかし、ギル君やルーチェさんを見て思っていた
事ですが……
あなたも杖は使わないんですね」
「……?
何でそんな物が必要なの?」
意味がわからない、というような回答を彼女は
返してきた。
地球での魔法使いのイメージは、杖、もしくは
短めの棒を持って、そこから魔法を放つイメージ
なのだが……
確かに直接手から放つ事が出来るのであれば、
道具はむしろ邪魔だろう。
「で? あなたからは何もしないの?」
挑発っぽく言ってくるオリガさんに、私は無言で
真上、空を見上げる。
「?? 何してんだ、シンは」
「上に何か……?」
観客席から、疑問の声が聞こえる。
上には何も無い。だが―――
これは無意味な行動ではない。
ジャンさんに言っていた、『コケおどし』の
ための布石だ。
「私との戦いの最中に―――
よそ見なんて、ずいぶんと余裕なのね?」
彼女はすかさず第二の攻撃を放ってきた。
しかし、それは肉眼では見えず―――
「!!」
地上をなぞるようにして、つむじ風……
いや、小さな竜巻のような物がこちらへと
向かってくる。
砂埃を巻き上げているので何とか視認出来るが、
問題はそのスピードだ。
「ちょ……っ!?」
野球で、ホームベースに飛び込むようにして
頭から水平にスライディングし、その場から
離れた。
それを会場の最上段から見ていたギルド長が、
かつて彼女と戦った時の事を思い出し、口を開く。
「地を這う風魔法、か―――
相変わらず厄介なモン使いやがる」
「風刃じゃないだけマシだろ。
ぶつかってもあんたくらいの身体強化があれば
転ぶくらいだし」
それを聞いたジャンドゥは、表情を変えず―――
しかし複雑な心境で舞台の上の2人を見つめる。
(その身体強化すら使えないのがシンだからな……
当たれば大ケガは免れないかも知れん。
とにかく避け続けろよ……!)
「んー、やっぱりわかっちゃうか」
自分の風魔法をかわされたオリガは、腰に両手を
あてて、地面に伏したままの彼を見下ろす。
「ふうっ」
何とか風魔法を避けた後、立ち上がった私は―――
また上空を見上げた。
さすがに気になったのか、彼女が質問してくる。
「鳥でもいるの?
そうやって相手の気になる事をして、視線を
反らさせる―――
くらいの事は私にもわかるんだけど?」
そんな手は通用しない、とでも言いたげに、
オリガさんは片方の手の平を上に向けて話す。
「これはどうも……
しかし、追撃はしてこないんですね?
私が倒れている時―――
いくらでも攻撃出来たでしょうに」
「その手はくわないわよ。
クラウとあれだけの打ち合いをしたあなたが、
あれだけ大げさに転ぶなんて考えられないもの。
どうせ何か、待ち構えていたんでしょう?」
いや、風魔法で攻撃イコール、カマイタチのような
切り裂くものをイメージしたので……
結構本気で避けたんだけどな。
「それに、私には反射もある。
待ち構えての反撃なら、あなたより数段上だという
自信はあるわ。
もしまだ何か隠し持っているのなら―――
出し惜しみしないでかかってくるのね」
一瞬ドキリとするも、悟られないよう表情を
固定する。
確かに隠し持っている物はあるが、まだ気付かれる
わけにはいかない。
「それを言うなら、オリガさんも様子見なんて
止めたらいかがです?」
「様子見?」
「おや、違うんですか?
先ほどの風魔法、単発でしか撃てないのなら
話は別ですが。
あれが連続で来たら、ちょっとマズいと
思っていたんですよ。
近距離の打ち合いや回避はともかく―――
全力での移動は苦手でしてね」
クラウさんの武器攻撃も単発だし―――
ギル君&ルーチェさんの合体魔法も、基本的には
単発だった。
恐らく、魔力を練るか溜めるチャージ時間が
必要なのだろうが……
と、それを聞いたオリガさんはクスッと笑って、
「へー、いいコト聞いちゃった♪
それならこんなのはどう?」
そう言うと彼女は両手を広げて、手の平を
上に向け……
そこにつむじ風が巻き起こる。
「げ。同時にだと……
アイツ、あんな事出来たのか?」
試合を見下ろしていたギルド長は思わず声を上げる。
「俺もオリガも、あんたと以前やり合った時の
ままじゃねぇって事。
そりゃ新しい手の一つや二つ作ってるっての」
得意気に話すクラウディオに、ジャンドゥは
首を傾げ、
「いやだってお前、さっきの試合は」
「ちげーよ!
新しい手を使う前に負けちまったんだから
仕方ねーだろ!!」
オリガの前の『テスト』を指摘しようとした
ギルド長に、言葉の途中で彼は猛反発する。
すると彼はフー、と一息ついて、
「そーかそーか。
そりゃあ残念だったな。
じゃあ俺が後で、その新しい手とやらを
見てやるよ」
「う……っ!?
と、とにかく『テスト』なんだからそっちに
集中してくれよ。話はその後だ」
誤魔化すようにクラウディオは顔を反らすと、
視線をそのまま舞台上の2人へ向けた。
「さてと。
ご注文の連続攻撃、お届けに上がりましたぁ♪」
オリガは両手に風魔法をまといながら、顔には
微笑を浮かべて対戦相手に言葉を放つ。
「参りましたね、どうも」
こちらとしては、まだ布石が完全に終わって
いないのだが―――
そうも言っていられない。
一発目は避けられるだろうが、その後は……
とか考えている内に、魔法が放たれた。
「……んん?」
放たれたのは放たれたのだが―――
それは二発同時。
私を挟み込むように、左右に別れて私に
向かってくる。
私は腰を低くすると、両手を地面に付き、
陸上競技のクラウチングスタートのように、
ダッシュでオリガさんへと走り出した。
「うえっ!?」
その行動にオリガさんは驚いたようで―――
私の視界の中で一瞬近付いたかと思うと、彼女は
慌てて距離を取り、遠ざかった。
同時に後方、私がいた場所で2つの魔法が
ぶつかり合ったであろう音が聞こえ、一応
回避成功した事を理解する。
いや、ダメでしょうこれは―――
時間差を置いての攻撃ならともかく、これでは単に
二方向から一ヶ所へ同時攻撃を仕掛けただけ。
前後挟み撃ちならともかく、もし私が魔法を使える
人間ならば、前方正面の射線がガラ空きという事に
なり、勝負は決まっていたかも知れない。
もしくは、私が遠距離魔法を使えないとの
想定で……?
しかし、私の情報もある程度はわかっているはず。
それにしてはあまりに不用意だ。
計算して避けたと思われても後々厄介なので、
わざとふらついて、すぐに姿勢を立て直す。
「ふ、ふふん!
よくぞ今の攻撃を避けましたね!
(やっべーワイバーン落とした事あるんだった。
やっべーワイバーン落とした事あるんだった)」
余裕のセリフとは裏腹に、オリガさんは滝のような
汗を流すが……
もしかしたら、本当に今の一撃で決まると思って
いたのかも知れない。
どうやら先ほどのクラウディオさんとは違って、
長期戦に持ち込むつもりは無い―――
つまり全力で来ているという事か。
だが、こちらは心理戦を仕掛けているのだ。
もう少しこちらに付き合ってもらわなければ。
クラウディオさんとの戦いは、彼が接近戦メイン
だったので、それに付き合うほどの戦闘能力が
無かった私は、短期戦を望んだが―――
魔法が使えない私は、混戦にでもならないと
あの能力を誤魔化せない。
なので長距離戦は、どうしても時間が必要に
なってしまう。
「威力を半減させて、攻撃を二手に分けただけか。
発想は悪くねぇんだが……
タイミングをずらして撃てば、イケたかも知れん」
会場の最上段で―――
ギルド長は冷静にオリガの攻撃を分析する。
「そんなモンなのか?」
クラウディオが聞き返すと、彼はアゴを撫でながら、
「複数同時だが一回で終わる攻撃と―――
時間を置いて連続で攻撃されるのと……
お前ならどっちがされて嫌な攻撃だ?」
初老の男の質問に、若者はしばし考え、
「長期戦になるのは構わねぇが―――
精神にクルのは後者だな」
「まあそういう事だ。
特に、相手の動きを予測してそこに攻撃を
先回りさせる事が出来れば……
この上なく面倒な戦闘を強いられる事になる」
もっとも、別々に意識して魔法を放つのは
そう簡単な事じゃないだろうが―――
という言葉を飲み込み、彼は観戦モードに戻った。
そしてまた舞台上の2人は、軽い
膠着状態に入り―――
「……?
また上を見上げているの?
もうその手は通用しないって言ってるでしょ」
オリガさんの言葉を無視するように、私はチラチラと
上空へ視線を送る。
「早く出しなさい、奥の手を!
それが何であれ―――
私の『反射』で弾き返してあげるわ!」
そして、再び彼女の攻撃が始まる。
遠距離前提で、彼女の方から間合いを取って
くれるので―――
避けるのにそれほど苦労はしない。
しないが……
一発でもそれをもらえばこちらがゲームオーバーな
わけで、精神的にはギリギリの綱渡りだ。
火魔法、風魔法、火魔法―――
それらが飛んでくる度に、避け、体勢を立て直し、
そしてまた上空を見る。
「……くっ! このっ! このぉっ!!」
だんだんと彼女もイラついてきたようで、攻撃の
間隔が狭まり、その分狙いがアバウトになって
きたのを感じる。
ここらが頃合いか……
それまでもわざと無様な感じで避けまくって
いたが―――
ここで地面にべちゃっと突っ伏して、体を横に
したまま転がった。
同時に、フトコロに入れていた物を意図的に落とす。
「!? あれはレイドの……!」
試合の舞台を見下ろしながら凝視していた
クラウディオは―――
『それ』を見て、思わず声を上げた。
「隠し持っていたのか。
だがコレでバレちまったな。
……さて、どうする、シン?」
クラウディオの隣りでギルド長は腕組みしながら、
この先の展開を見守る。
「ねえアレ、レイドが使ってた物じゃないの!?」
孤児院の子供たちを引率していたミリアが、
同じく一緒にいる彼に確認するように聞く。
「そりゃ―――
アレを教えてくれたのはシンさんッスから……
持っててもおかしくはないッスよ。
でも隠し持っていたって事は、奇襲狙いだったって
事ッス。
つまり、もうその手は使えないッス……!」
若い男女のやり取りに、孤児院の子供たちは
息を飲んで―――
舞台の上の男女の方に視線を移した。
「そういえばあなた……
レイドに『誘導弾』を教えたんでしたっけ。
彼のその魔法なら王都で見たわ」
オリガさんは、私が持っている得物―――
ブーメランに視線を固定したまま語る。
「でも残念ね。
こうして持っているのがバレた以上―――
対応は可能……!
もし隠し通したままだったら、私の『反射』も
間に合わなかったかも知れないけど、
こうして知った以上は無意味だわ」
勝利宣言とも取れる物言いに、私は反応せず―――
右手にブーメランを、そして左手を上を見ながら
空へと伸ばす。
そこで広げた手の平を握り締め、何かを操作する
ような仕草を繰り返した後、視線を対戦相手へと
戻した。
すると会場中がざわつき―――
オリガさんも足を止め、明らかに動揺し始めた。
「……何!?
今、何かしたの……?」
それまで連続で来ていた攻撃は、まるで魔力が
尽きたかのように沈黙へと転じ―――
次の私の行動を模索しているのがわかる。
「どうしたんだよ、オリガ!?
上……上に何かあるのか?」
それを見ていたクラウディオも上空へと視線を
向けるが、そこには暑い日差しと青空―――
それに雲が混じっている光景があるだけだった。
「なるほどな」
ぼそりとつぶやくギルド長の言葉を彼の耳は逃さず、
即座に聞き返す。
「何だ? 一体何があるってんだ?」
「……お前も王都でアレは見た事があるだろ。
レイドが披露した『誘導弾』―――
あの時、レイドは何発持っていたか
覚えているか?」
その質問にクラウディオは少し考え込み、
「確か、え~っと……
10発は無かったんじゃねーかな。
自信ないけど」
それを聞くとギルド長は空を見上げて、
「そうだな。
それくらいは携帯可能ってわけだ」
それにつられて若い男も空を見上げ―――
「!!
まさか!?」
彼は急いで視線を空から、舞台にいるオリガへと
向けた。
「ちょっ、じょ……冗談でしょ?」
オリガさんの表情からはすでに余裕は消え―――
困惑を通り越して、狼狽しているのがわかる。
どうやら私の心理戦、というかハッタリにうまく
乗っかってくれたようだ。
私が今持っているブーメランはひとつだけ。
ただ、彼らは王都でレイド君のブーメランを
見ているはず。
複数所持出来て、連続で放てる。
しかも時間差もある程度付ける事が可能―――
それをレイド君に教えた私が、ずっと上空を
気にしていた、その答え……
さらに現物として、隠し持っていたブーメランが
目の前に出てきたのだ。
果たして、彼女はそれをどう理解するのか?
オリガは―――
対戦相手の想像以上に、酷くうろたえていた。
(ま、待って……!
つまり今、この会場の上空には―――
あの男の『誘導弾』が待機しているって事?
肉眼では見えないけど、ワイバーンすら撃墜した
事のある人間……
見えなくなるほどの上空で待機させていても
おかしくは―――
それにあの魔法をレイドに教えた、いわば師匠とも
言える人物。
その威力も扱える数も、レイド以下というのは
ありえない……)
「あ、あの……大丈夫ですか?」
さっき以上に彼女は油汗をかいているように見え、
私は思わずオリガさんに声をかけた。
しかし、それは耳に届いていないようで……
(だ、大丈夫……なはず。
私にはまだ切り札、『反射』がある……!
クラウが頑張ってくれた分……
このままじゃ終われない!
絶対に一回は『反射』を決めてみせる……!)
対戦相手には当然、彼女が何を考えているのかは
わからない。
しかし、今までにないほど意識を集中させ始めて
いるのは伝わっていた。
「……!」
攻撃を止めた?
いや、もっと威力の高い魔法の準備か?
ちょっとマズイな……
彼女が行動を止めたという事は、こちらの意図を
読み切った可能性もある。
私は体の前に短剣のようにして、ブーメランを
構えた。攻撃ではなく防御のために。
何が来る?
火魔法か風魔法、それとも別の奥の手があるのか?
はたまた火と風の混合魔法か?
この試合、まだどちらも決め手に欠けているように
見えるだろうけど―――
魔法が使えない私の精神はガリガリ削られていって
いるのだ。
そろそろこの綱渡りも限界に近い。
攻撃の手が無くなっている今、体力は回復出来るが、
内心と心臓はすでに悲鳴を上げたくなっている。
ていうか自分は戦闘タイプじゃないんだし……
正直、ジャンさんとやり合うよりはマシかとも
思っていたけど―――
彼はこっちの事情を全部わかっていた上で、
だからなあ。
「『反射』を……
一撃でいいから……」
「何が来る……何が……」
にらみ合う事、およそ1分かおそらくそれ以下……
しかし体感的には5分かそれ以上に感じるくらい、
お互いに動けないでいた。
彼女の動きを、一挙一動見逃さないように
見ていたが、ふとオリガさんの口が開き、
思わず身構える。
「……き……」
き……?
何を言い出すのかと脳をフル回転させようと
思ったその時―――
「……きゅう……」
「え?」
妙な言葉を残したかと思うと、オリガさんはそのまま
前のめりに倒れた。
何があったのか、起きたのかわからず―――
それはギャラリーも同じだったようで、会場内が
ざわつき始める。
「そこまで!!
試合終了だ!!」
ひときわ大きな声が会場の最上段から響き―――
「って事は……
シンさんの勝ちッスね!?」
「よ、よくわからないけど、そうなんじゃない?」
レイドとミリアが勝者を認定すると、一緒にいた
子供たちもそれを合図に騒ぎ始めた。
「肉と魚の人の勝ちー!!」
「マヨー!!」
「ふらいー!!」
そして会場もようやく、立っている側を勝者、
倒れている側を敗者と認識し、
「何かわからんが、シンの勝ちだ!!」
「やっぱりシンが勝ったぞー!!
よくわからんが!!」
と、賞賛だか何だかわからない言葉をかけられ、
勝者は、敗者の仲間が駆け付けてくるまで、
立ち尽くしていた。
「……あ、あれ? ここは……」
あれからすぐ、オリガさんは支部長室に
運び込まれ―――
クラウディオさんとギルド長、
レイド君にミリアさん、そして私が
部屋に集結していた。
「良かった、やっと目を覚ましましたね」
彼女が目を覚ました事で、私もホッと
胸を撫で下ろす。
続けてクラウディオさんも心配だったのか―――
すぐ彼女が寝ているソファの前を占拠するように、
腰を落とした。
「オ、オリガ!
大丈夫か!?」
しばらくオリガさんは無言で彼の顔を見ていたが、
それでようやく状況を認識したようで、
「あー……負けちゃったんだ、私」
そう言うと、視線を落とし―――
ただ私も何が起きたかわからず、それを彼女に
説明する。
「あの、どうして倒れたんですか?
私はまだ攻撃していなかったはずです」
それを聞いた同室のレイド君・ミリアさんは
顔をお互いに見合わせ、
「え!?
シンさんが何かやったんじゃないッスか?」
「確かに、いきなりオリガさんが倒れたように
見えたんですけど」
疑問の空気が充満する中、部屋の主が口を開く。
「この場合オリガの自滅……
いや、シンの作戦に付き合い過ぎた、
ってところだな」
すると、2組の男女の視線が私を同時に貫く。
「いえ、確かにスタンバイというか布石は
仕掛けていたんですが……
というか自滅って?」
その問いの答えというように、ジャンさんは
オリガさんの方を向き、
「オリガ。
自分が意識を失う前、何をしていたか
覚えているか?」
彼女はゆっくりと身を起こすと、寝ていたソファに
腰かけるように動いて、
「確か……『反射』を狙っていたと思うわ。
前方、そして上空に意識を集中させて……
誘導弾がいつ来るかもわからなかったし。
でもそれが?」
要は完全にカウンター狙いになっていたという事か。
だけど、どうしてそれで突然倒れたんだ?
疑問に思っていると、一番の年長者が会話を
継続する。
「確か『反射』は任意発動だったか。
しかし、いつでも発動出来るようにするには、
常に意識を常時警戒状態にしておかなければ
ならない。
つまり―――」
あ、意識を張り詰めている時間が長過ぎて、
緊張の糸が切れたのか。
それで自滅、と……
それを聞いた彼女は、キッと鋭い目つきをした
表情で私を指差しながら向き直り、
「それよ!!
どうしてあなた、攻撃しなかったの!?
ずっと待ってたんだからね!?
最後の最後まで魔法を使わないなんて
ありえないわ!!」
理不尽にも程がある、が―――
最後まで攻撃らしい攻撃、つまりは魔法を
使わなかったと見られたのは確かだ。
それは、あの試合を見ていた人間は誰しも思う
事だろう。
「そういや、俺の時も身体強化しか使わなかったな。
これじゃ『テスト』にならねえ―――
この場合、どうしたもんかねえ?」
続けてクラウディオさんも疑問を呈し、
不穏な空気が室内に漂う。
しかし―――
ギルド長がその空気を一変させた。
「何だ、お前ら。
シンの魔法を見たかったのか?
それなら今から的でも何でも用意してやるから、
見て行ったらどうだ?」
彼の言葉に、クラウディオさんとオリガさんは
きょとんとした表情になる。
しかし数秒後、正気に戻ったかのように2人は
口々に抗議し始めた。
「な、何よ!
だってどう考えたっておかしいでしょ!?」
「俺の時はともかく、オリガの時は魔法で決着
してねーんだから……!」
それを聞いたジャンさんが頭をガシガシとかいて、
「あのなぁ。
『模擬戦』形式を希望したのはお前らだろうが。
魔法で決着?
いつ誰がそんなルールを決めた?」
それまで黙って聞いていた若い男女も参戦し―――
「そうッスよ!
負けたからって、後でルールどうこう言うのは
筋違いッス!」
「そうよ!
だいたい、勝手に倒れたのは
オリガさんでしょう!」
その剣幕にもう一方の男女は押されるも、
やはり納得いかないらしく、
「ぐ……!
で、でもよぉ……!」
「そ、そんなの常識じゃないの……」
トーンは落ちたが―――
理解は出来ても、どうしても認められないという
感じか。
そこでギルド長が大きくため息をつき、
「そりゃあ常識じゃねえよ。
単なる『固定観念』だ。
当然だ、当たり前だと決めつけて―――
自分で自分の選択肢の幅を狭め、
行動を縛り付けた。
まだ若いんだから、その頭の固さを
何とかするんだな」
とどめを刺されたかのように、その言葉を聞いて
2人はうなだれる。
「……フー……
確かに、これ以上は何を言っても恥の上塗りね」
「オ、オリガ……」
クラウディオさんが彼女を慰めようとしている事は
わかるが、どう声をかけたらいいかわからず―――
オロオロしているように見える。
そんな彼に対しオリガさんは、ポン、と頭の上に
手を置いて、
「なーにしょんぼりしちゃってるのよ。
反省会でも開いて、次に生かしましょう。
幸いここには―――
美味しい料理がいっぱいあるようだし、ね?」
そう言って立ち上がると、彼女の前に
ひざまずくようにしていた彼も同時に
腰を上げる。
「そうだなー……
まずはその前にひと風呂浴びるとすっか」
「あのー……」
話を切り上げようとされるも―――
こちらはまだ肝心な事を聞いてないので、仕方なく
彼らを呼び止める。
「?? まだ何かあるの?」
「……何だよ」
2人して当惑した表情を隠そうともせずに返して
くるが、そもそもここに来た理由―――
「それで、私の『テスト』の方は……」
そう言うと、室内の私以外の全員がそれぞれ顔を
見合わせ、
「ハッハッハッ!!
そうだな、そうだったな。
すっかり忘れていたぜ。
オイ、お二人さん。
それで『テスト』の結果は?」
豪快にジャンさんが笑い飛ばし、バツが悪そうに
男女はこちらを上目づかいに見て―――
「あーもう! わかったわよ!
実力はじゅーぶん! よーくわかったわ!」
「負けた俺たちがどうこう言えねーよ。
カンベンしてくれって、もう……!」
苦笑しながら、もう一組の若い男女が
彼らを擁護する。
「ギルド長、もうそのくらいにしてあげるッス」
「あんまりイジワルしちゃダメですよ」
そうして敗者の2人は、自嘲気味に口元を歪め―――
支部長室を後にした。
残されたのは同じ町のメンバーだけになり、態度も
くだけてくる。
「シンさんもお疲れさまッス!」
「おかげで大盛況でした!
今後は、訓練とかも一般公開したいですねー。
あ、でも今回は暑さ対策とか出来てなかったので、
もっと会場として機能するよう改築を……」
その時、パンパン! と手を叩く音が聞こえ、
「言いたい事はいろいろとあるだろうが、
そういう事は後で酒の席を用意するから
そこでな。
まずは後片付けが先だ」
ここの最高責任者の言葉で、ミリアさんは
仕事モードに戻り、
「そうですね。
まだ細々とした物が残ってますし……
ほらレイド! 行くわよ!」
「えぇ~、もう少しゆっくり……
いだだだだ! わかったッス!」
ミリアさんに耳をつかまれて、レイド君は
引きずられるように拘束される。
「俺とシンは、今後のギルド本部への対応を
これから話し合うから」
「?? それは?」
私の質問に、ジャンさんはこちらへ視線を寄越し、
「この後も、こういったイチャモンが来たら
どうするかって事だ。
今回の件、クラウディオとオリガが本部へ
話を持ち帰れば、しばらくは大人しくなる
だろうが……」
なるほど……
いろいろと考えているんだな、と思うのと
同時に―――
今話さなければならないほど重要な話とも
考えられない。
つまり、2人きりで話す事があるという事だろう。
そして若い男女が部屋から退出すると、決められた
かのように私とギルド長は対峙して座る。
「まあお疲れ様だったな、シン。
ところで―――
オリガへのコケおどし、ハッタリだが……
『誘導弾』があると見せかけた、
で合っているか?」
さっそく想定の質問に入り、私もそれに答える。
「そういう事ですね。
さんざん、上空を気にしているように見せかけて、
その後で偶然、遠距離魔法で使う武器を落とした
ように演じる。
もちろん、自滅するまでは想定外でしたけど……」
ジャンさんはアゴに手を当てて目を閉じ、
「アイツの『反射』ってのはホント厄介なんだぜ。
それが出る前に決着がついたってのは幸運としか
言いようがねえ。
それとも―――
『反射』についても、何か策があったとか?」
「最終的には結局、混戦に持ち込んで能力発動、
くらいしか考えられなかったです。
ただまあ、ある意味ギルド長の指摘通りと
言いますか」
私の説明に、彼は首を傾げ―――
その疑問の解消のために言葉を続ける。
「言ってたでしょう?
『当然だ、当たり前だと決めつけて―――
自分で自分の選択肢の幅を狭め、
行動を縛り付けた』」
「……フム?」
「私が最初から上空を気にしていて―――
彼女はその理由を当初、視点誘導だと
推測しました。
でもその後、私はブーメランを落とした。
それだけで、『上空を気にしている私』は、
『誘導弾を上空に待機させている』と、彼女は
錯覚したんです。
人は、自分に都合のいいように物事を繋げます。
同時に、自分で導いた答えは疑いません。
ギルド長の言う通り、自分で自分の行動を
縛ってしまったんですよ」
そう話し終えると、ジャンさんは頭をいったん
下へ向けて深く沈め、
「なあ、お前さんが一般人の世界って―――
どんな物騒な世の中だったんだ?」
「あちらの国々の中では、平和ボケとかいわれる
国でしたけど……」
「絶対ウソだろ!!」
「ウソ通じないじゃないですかー!!」
それからしばらく、アラフィフとアラフォーの
男2人の間で、不毛なやり取りが続いた。