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「どうですか?」
「確かに……すごく狙いやすくなったと思うわ。
こんな物だけで変わるものなのね」
訓練場で、オリガさんは自分の腕に付けた『それ』を
見ながら感想をしみじみと述べる。
『武闘会』から一週間―――
オリガさんとクラウディオさんは、
まだこの町にいた。
あの後、ジャンさんが「お前らもシンから何か教えて
もらったらどうだ?」と、余計な……いや、年長者と
して貴重なアドバイスを彼らにしたところ、こうして
私に何かしら学ぶ事になったのである。
「シンさん、自分らも使ってみましたけど……
コレすごいですね」
「ギルもわたしも、命中率が見違えて上がりました」
続けて、ギル君とルーチェさんのコンビも、成果を
報告しにやってきた。
「それは良かったです。
もともと君たちに勧めようと
思っていた物ですので」
彼らに渡したのは―――
腕に装着する、輪っか状の木製の照準器だ。
とは言ってもたいしたものではなく、単に腕を
前に伸ばした時に、その上を覗き込めるように
固定化した物である。
輪の中には中心に向かって、上下左右から4本の
細い棒が突き出ており、その真ん中を狙う。
実にアナログだが……
「攻撃を外しても、これがあればすぐに修正が
容易になったわ。
ただの木の輪っかが、こうまで役に立つなんて」
どんな攻撃も当たらなければ意味は無い。
まして相手に近付かれたら終わる遠距離魔法は、
命中率の向上は何においても必須、優先課題。
遠距離攻撃、飛び道具が主体の3人は、この照準器を
とても気に入ってくれたようだ。
「これも、シンさんの村にあった物なんですか?」
ルーチェさんの問いに、私は首を縦に振る。
村というか、あちらの私が生まれた世界にあった
物というか概念だから、ウソにはならないだろう。
「元々は練習用でしたが、便利だという事で、
そのまま使うようになったらしいです」
へー、と3人が同様の反応をし、
「これだけでも、この無名の町に来た甲斐が
あったというものです」
照準器に触れつつ、オリガさんが何気なく話した
言葉に―――
違和感を覚えて聞き返す。
「あれ? この町って名前無いんでしたっけ?」
それを聞いたギル君・ルーチェさんコンビは、
「いやシンさん、知らなかったんですか?」
「正確には、無いわけではないのですが……
でも、商人の方とか、頻繁に別の土地に行く
必要の無い人は、案外わからないものですよ」
そのやり取りに、オリガさんも加わり、
「ここは一般的になら、『ドーン伯爵領・西地区』と
呼ばれていますわ。
冒険者ギルドであれば、王都の本部からも―――
『ドーン伯爵領・西地区ギルド支部』という
呼び方が普通ですね」
確かに今まで、〇〇の町とかいった感じで、
名前を聞いた事は無かったな……
そういえば以前、ギルド長に書いてもらった
手紙にも
『西地区ギルド長:ジャンドゥ』
と記してあったっけ。
(05・はじめての りょうしゅさま)
そのジャンさんはというと―――
オリガさんの相棒(と私は思っている)である
クラウディオさんに稽古を付けていた。
「よーしよし、そうだ。
力でそのまま返す事がだいぶ無くなってきたな」
「流す、ってヤツか……
確かにコレなら、俺より身体強化が上のヤツ
相手でも対応出来そうだ」
以前、私が知識として提供した事を、彼に伝授
しているようだ。
「どう? 調子は」
オリガさんがクラウディオさんに近付くと―――
彼は目ざとく照準器を見つけて、
「お前の方こそどうだ?
その、ヘンな道具は」
「コレ自体は単純な作りの物だけど、あると
無しとじゃ大違いだわ。
もうコレ無しじゃ私、生きていけなさそう……♪」
オリガさんは別の意味に取れそうな怪しげな
笑みを浮かべ、ペットか小動物に対するように、
輪っかを撫でる。
パートナーのその姿を、彼は苦笑しながら見つめ、
「あーあ、俺にも無いかなあ……
特に距離取られると一方的になるってのが、
やっぱりキツいわ。
なあ、シン……さん。
俺にもオリガみたいな物、もらえないか?
レイドの使う媒体でもいいんだが、俺は風魔法は
からっきしだからなあ」
近接主体の彼の気持ちはわかる。
格闘ゲームでもそうだが、近距離パワータイプは
近付くまでが大変だからな……
ブーメランが一番いいんだろうけど、アレは風魔法が
前提という『設定』だし―――
そういえば、ジャンさんが使う投石はどうだろうか?
「ギルド長、クラウディオさんに小石を投げるのは
教えないんですか?」
すると、ジャンさんはこちらの声に気付いて
振り返り、
「んん?
いや、教えるような物でも無いだろうアレは。
ただ投げるだけなんだし」
続けて、クラウディオさんも反応し、
「そりゃ石を投げるくらい俺にも出来るけどよ……
わざわざ教えてもらわなくたって出来るし、
そもそも支部長と俺とじゃ威力が違う」
まあそれはその通りなんだろうけど―――
改良の余地はあると私は見ていた。
以前、ギルド長の訓練を見せてもらった時、
確かに小石を投げるだけで、木の幹を貫通した
威力はすごいと思うが……
私が気になったのはその『投げ方』、今風に言えば
モーションだった。
ただ上から振りかぶり、下に大きく素早く手を下げて
投げるだけ。
横投げもあるにはあったが、基本的には上半身のみで
投げるやり方しかない。
「ええと、こんなのはどうでしょうか?
わかりやすく見せるため、身体強化は
最小限に抑えますが―――」
正確には抑える、ではなく使えないのだが。
私は訓練用の小石をひとつ手に取ると、的へ
狙いを定める。
「……んっ?」
「おお?」
ジャンさんとクラウディオさんは私の一挙一動を
見ていたが、その構えを見たところで一緒に驚いた
ようだった。
私が投げるモーションは、野球のそれ。
上半身だけでなく、下半身も使い―――
全身を使って前方へ石を放つ。
魔法の無い世界で洗練された、投げる物に速度を
持たせる効率的な投げ方。
そして石は10メートルほど先の的まで届いた
ものの、大きく外れ……
投げ方を見せるだけだし目的は達したと自分で自分を
誤魔化す。
「投げる前に、魔力を全身に行き渡らせる―――
まあ私自身よくわかってはいませんが、身体強化が
使える人なら出来るらしいです」
「一時的な魔力操作か。
面白いやり方だが―――こうか?」
ジャンさんが補足説明というかこじつけのために
彼らに説明してくれる。
そして見よう見まねで彼が小石を持ち、私と
同じ投げ方―――
軸足を中心にして体をひねり、踏み込むと同時に
片手から『弾』が発射される。
そして被弾した的は……
破裂でもしたかのように粉々に砕け散り、その
残骸を以て威力を周囲に伝えた。
「うわー……」
「さすが、武器特化魔法の使い手……」
それを見ていたギル君・ルーチェさんは驚きと
感心の声を上げ、
「何ボーッとしてんのよ、クラウ。
あなたもやってみれば?」
「う、うっせえな!
今やろうと思ってたんだよ!」
オリガさんに促され、クラウディオさんも
小石をつかむと―――
私と同じポーズを真似ようと思い出しているのか、
体の各所を見渡す。
「えーと、まずはこうですね」
私はクラウディオさんの前に立って、ゆっくりと
投げる動作を行う。
それを見た彼はまずは石をつかんだ手を
胸の前に置き、体の真下に置いた片足をひねり、
その動作を上半身へと伝えて、片手に遠心力を
かける。
「てやああああっ!!」
彼の手から離れた小石は、的にぶつかり……
ジャンさんのように派手に破壊こそ出来なかったが、
それでも一部を破壊して―――
衝撃を吸収された石は地面に転がった。
「威力はそこそこだが、速度は申し分無いな。
準備段階の動作が大きいのが難点だが……
これなら、相手が距離を取っても十分けん制として
使えるだろう」
ジャンさんがアゴに片手をあてて、彼の『投石』を
評価する。
「こ、こりゃすげえ……
これを俺がやったのか?」
自分のした事が信じられない、というように、
彼は一連の動作を終えた片手をじっと見る。
さすがに身体強化を使うと威力がケタ違いだな……
再戦要求とかされたらどうしよう、どう断ろうかと
いろいろと考えを巡らせていると―――
「やったじゃない、クラウ!
これでもっともっとあなたは強くなるわ!!」
オリガさんが賞賛の言葉をクラウディオさんに
かける。
本心から喜んでいるであろう彼女の顔を見て、
単なるパートナーではないんだろうな、と思う。
ただまあ、身内の色恋沙汰をイジるくらいなら
ともかく……
ヨソのギルドのそういう関係にまで口を挟む
つもりは無い。
と、黙ってその光景を眺めていると、
「そういや、いい加減お前ら結婚しないのか?」
自分が躊躇しているというレベルを飛び越えて、
ギルド長が場の空気を一刀両断する。
「んなっ!?
だ、だってオリガは貴族様だぜ!?
平民の俺なんかと……!」
「身分は関係無いっていつも言ってるでしょ!
生まれだけで偉そうにしている男どもなんかより
よっぽど……じゃなくって!!
わ、私とクラウは別にそんな関係じゃ……」
実にわかりやすい若い男女の反応を見て―――
アラフィフとアラフォーのオッサン2人はもどかしい
表情になり、ギル君とルーチェさんはカップルとして
『先輩』のような、余裕の微笑を浮かべる。
わたわたと慌てるかつての対戦者を見るのは
楽しいが、一応ここで助け船を出す。
「しかし、『テスト』は終わったわけですが……
お二人とも、王都へ報告に戻らなくても大丈夫
なんですか?」
その言葉にすがりつくようにオリガさんと
クラウディオさんは反応し、
「も、もともと正式な『テスト』ではなかったので」
「一緒に来た連中の何人かは戻ったから、結果だけは
本部に上がっていると思うけど」
ああ、そういえばジャンさんも正式なものではない、
イチャモンみたいな物と言ってたし―――
その辺は問題無いと言えば無いのか。
「あのー、オッサ……ギルド長ー!」
「まだ訓練中ですか?」
そこへもう一組の男女―――
レイド君とミリアさんがやってきた。
「おう、稽古は一通り終わったから別にいいぞ。
何の用だ?」
レイド君は持っていた書類に視線を落とし、
ミリアさんはサポートするようにその書類の
端をつかむ。
「えっと……例の、次の武闘会へ向けての対応や、
新しく改築する個所の検討が終わりましたッス」
「それで、一通り確認して頂きたかったのですが」
……?
何か、言い足りない事があるとでも言いたげな
感覚が耳に残る。
「それならすぐに行くが……
どうした?」
ジャンさんも、その用件以外に何かあるのを
察したのか、改めて聞き返す。
2人は言うかどうか迷っていたようだが、意を決した
ようにレイド君から口を開いた。
「あの詰め所に、この町から一番近い東の村から、
相談したいという人が来てるッス」
「基本的にギルドが扱う案件ではないのですが、
かと言って伯爵様や国の扱う案件かと言うと……」
詰め所……というとアレか。
確か卵用の鳥の飼育施設を再利用したヤツで、
ギルドの冒険者と伯爵様の私兵が合同で待機
していて、相談に乗っているはず。
しかし、ギルドでも伯爵様でも扱わない案件って?
「とにかく聞いてみよう。
シンもご苦労だったな、今日はもういいぞ」
と、ジャンさんが私へ向かって言った言葉に対し、
レイド君とミリアさんは同時に首を横に振る。
「え~と、どっちかって言うとッスねえ」
「これは、シンさんにも聞いて頂いた方が
いいかと思います」
「??」
まあ、取り敢えず訓練が終われば特にする事も無い。
私は彼らの提案を受ける事にした。
いつもの支部長室に入ると―――
30代くらいの、短髪・中肉中背……
腕回りの筋肉はそこそこあるが、戦闘というよりは
肉体労働向けのような体付きの男性がいた。
「あ、あの、初めまして。
オラ、この町の東にある村の村長の息子、
ザップといいますだ」
立ち上がってペコリと一礼する彼に、
初対面のこちらも頭を下げて、
「冒険者ギルド支部長、ジャンドゥだ」
「冒険者ギルド所属、シンです」
そしてソファに座ろうとするも、その前に彼が
身を乗り出し、
「おお! あ、あなたがシン様ですか!
すぐに来て頂けるとは……」
その反応に、私は案内してくれた若い男女に
視線を移すと、
「ま、待ってくれッス!
シンさんはまだ何も知らないッス」
「とにかく落ち着いてお話ししてください。
大丈夫ですよ、シンさんは優しい方ですから」
……?
自分がどういう評価なのかはともかくとして、
この人が用があるのは私という事なのだろうか。
とにかく座り、前にいるザップさんと私が対峙、
その両脇にギルド長とレイド君&ミリアさんが座る
構図となる。
「シンに用ってのは―――
盗賊や人さらいの類か?
いや、それならどちらもウチか軍の案件か」
取り敢えずジャンさんが口火を切り、話を促す。
「そ、そういうワケではねぇんですけど……
とにかくご相談を、と思いまして」
村長の息子と言っていたけど、お世辞にも口が
うまいとは思えない。
ここはある程度、聞き出す努力が必要だろう。
「東の村と言いますと……
ここからどのくらいのところにあるんですか?」
ザップさんは、どう答えたらいいのか迷っている
らしく―――
代わりに、ミリアさんが答える。
「ここから一番近い村、ですね。
歩いて1日ほどの距離にあります」
それを聞いて、私は彼の方へ向き直り、
「そうでしたか。
あの、緊急事態とかでは無いんですね?」
「は、はい」
しつこいようだが、そこは非常に重要なので
聞いておかなければならない。
次いでここの最高責任者が口を開く。
「ヤバい案件か?」
「い、いえ、それほどのモンでもないんですが」
それを聞くと、ギルド長はソファの背もたれに
背中を押し付け、
「それなら村長の息子のお前さんじゃなく、
誰か適当な使者を寄越せば良かっただろう。
村の代表として来たって事じゃないのか?」
「そ、そうです。
村全体に関わる事だべ……です」
さすがにジャンさん、『真偽判断』を使わずとも、
問い詰めるように話を聞き出していく。
しかし尋問ではないのだから……
私からも、彼の緊張をほぐすように話しかける。
「んーと……
私に何かして欲しい事がある、という事で
合ってますか?」
コクコクとうなずく彼に、ようやく目的が見えてきた
ような気がするが―――
今度は、何をして欲しいのかを具体的にしなければ。
「戦闘訓練とか……
戦い方を教えてくれ、って事ですか?」
すると今度はザップさんは首を横に振る。
「それじゃわかんないッスよ。
緊急事態じゃない、戦闘魔法を教えてくれでも
ないとなると―――」
「あ! もしかして……
料理を教えてください、とかですか?」
レイド君の後に、場を和ますためかミリアさんが
イタズラっぽく話を振ったが―――
彼はブンブンと首を縦に振り、室内の全員が
注目する。
「え? まさかの正解?」
予想外の事だったのか、彼女はきょとんとした目で
疑問を投げかけ、それをギルド長が否定する。
「いやいや。
それこそ、何もお前さんじゃなくて
良かっただろう」
そう―――
村長の息子という、それなりの地位のある人間が
来たという事は、意味があるはず。
さすがにジャンさんはそれを見逃さない。
それに対するザップさんの答えは―――
「こ、この町に来て……いろいろと知りましただ。
料理も、お風呂も、トイレも、足踏み踊りも……
そのどれか1つでもいいから、オラの村に教えて
欲しくて、来ましただ!!」
それまでガマンしていた事を全て吐き出すような
迫力で―――
その頭を、テーブルより下に思えるくらいに
深々と下げる。
一同はその剣幕に押されて一瞬怯むも、いち早く
冷静になったギルド長が仕切り直し、彼に詳しく
話を聞き出す事になった。
―――10分後―――
「フム。要するに―――
落ちた客足を取り戻したいので、この町で
やっている事をどれか取り入れたい、と」
腕組みをしながら、ジャンさんは要望をまとめる。
ザップさんの話を要約すると、こういう事だった。
彼の村はこの町に一番近く、王都、もしくは伯爵家へ
行くまでの拠点の一つとして、それなりに利用されて
いたのだという。
そういう意味で、ザップさんの村は……
この町に来るまでの前段階、本格的な補給の前の
休憩所のような役割を果たしていた。
それが、夏前あたりから客足が減り始め―――
常連であった冒険者や商人から話を聞いたところ、
・この町で新しいサービスが次々と始まった事、
・また肉や魚も安価で食べられる上、見た事の無い
料理も提供されるようになった事
これらの理由から、多少無理をしてでもこの町に直接
行くようになり―――
彼の村は無視されるようになってしまったらしい。
「確かに、ここ数ヶ月でこの町のサービスは、
異常なほど発展しましたからね……」
「下手をすると王都以上ッスよ、ココ」
それらを誕生と同時に享受してきた男女は、
改めてそのハイレベルなサービスを認める。
「そ、そんな事になっていたんですか」
さすがに私も、驚きと後味の悪さを隠せない。
「シ、シン様を責めているわけではねぇだ!
ただ、オラたちもそのサービスの一部でも
出来たら、と思って来ただよ」
「……現状、どれくらい厳しいというか、
苦しいでしょうか?」
あくまでもこちらの機嫌を悪化させまいと必死に
なる彼に、取り敢えず今の状況を問う。
するとザップさんは目を伏せながら―――
「同情を誘うつもりはねぇだが……
このままの状態が続けば、来年には
子供を奴隷として売り払う家が
出てくるかも知んねぇだ」
その発言に対して、ギルド長・レイド君・ミリアさん
3名の顔色がさっと変わるのがわかった。
「そ、それはちょっと放っておけませんねえ」
「だがシンの責任じゃねぇぜ。
そこまでお前さんが気に病む話でもない」
一応、ジャンさんがフォローに入ってくれるものの、
かと言ってそのままにしておくわけには―――
それは恐らく、私とギルド長、レイド君と
ミリアさんの共通認識になっていた。
「……人口はどのくらいの村なんでしょうか」
私の問いに、ザップさんの表情はパァッと明かりが
付いたようになり、
「ひゃ、百人はいなかったと思いますだ」
という事は、働ける年齢の人はその6・7割だと
仮定して……
だいたい50人くらいは動かせるという事か。
「近くの地形……
川とか山とかはあります?」
「ありますだ。
川は歩いて30分程度のところに、山は小高いのが
その川向こう、歩いて1時間ほどですだよ」
そして他2・3、彼から情報収集を行い―――
「……わかりました。
明日、もう一度ギルドまで来て頂けますか?」
「で、では―――
引き受けてくれるだべかっ!?」
身を乗り出して聞いてくるザップさんには悪いが、
私は片手の手の平を彼に差し出すように見せて、
「とにかく考えてみます。
ただ、確約は出来ません。
ぬか喜びさせてしまう可能性もありますので……」
その答えに、ザップさんはガックリと
意気消沈する。
だが、ひとまず冷静にトーンダウンして
もらわないと。
その後、彼はミリアさんの案内で―――
何度も頭を下げて部屋から退出した。
そしてすぐにミリアさんが戻ってきて、4人で
先ほどの話の続きが再開される。
「う~ん……
まさかこんな事になっていたとは」
正直、うかつだったと言わざるを得ない。
ここだけ異世界レベルのサービスを
提供しているのだ。
こうなる事は当然予想するべきだった。
頭を抱える私に対し、若い男女は助け船を出す。
「仕方ないッスよ。
そこまで考えてやる義理はねーッスから」
「別に、シンさんが悪意をもってやろうとした
事ではありませんので」
ただ、結果としてこうやって迷惑をかけてしまって
いるのだ。
それは『大人』の行為ではあるまい。
……待てよ。
迷惑をかけてしまっているのは―――
東の村だけなのか?
「も、もしかして……
東の村以外にも、同じ状況になっているところが」
私の疑問に、男女は『うっ』と同時に声を上げるが、
ギルド長が首を左右に振って否定する。
「いや、その心配はねぇだろ」
「ど、どうしてですか?」
私の問いに、ジャンさんは深くソファに腰をかけ、
「要は距離の問題だな。
この町から一番近い村―――
ってのが原因になっている」
彼の意図が読めず、私はレイド君とミリアさんに
視線を向けるが―――
彼らも何を言っているのかわからないようだ。
それを察したのか、ギルド長は説明を継続する。
「東の村はこの町から歩いて1日の距離だ。
次に近いのは、伯爵邸まで1日半―――
他はそれ以上かかる。
冒険者なら、魔物や盗賊に襲われる
リスクも考えて、1日はガマンして
強行出来ても……
2日3日となると無理な話だ。
補充や休憩を絶対に取らなきゃならん」
「な、なるほど……」
「それは商人も同じ……
いえ、もっとですね」
私とミリアさんはジャンさんの言葉に納得するが、
一人レイド君はポカンとした顔で―――
「?? それが何で、東の村以外は心配無いって
話になるッスか?」
「何でアンタがわかんないのよ!」
若い男女の部下のやり取りに、ギルド長はポリポリと
頬を人差し指でかいて、
「いや、レイドは身体強化による移動速度アップが
使えるから、却ってわからんのかも知れん。
つまりだな。
ある目的地へ向かっていたとして……
目の前に休憩出来る拠点があったとする。
だが、もう少し頑張って1日歩けば、
その拠点とは比べ物にならないほど―――
大浴場や美味い食事にありつけるところまで
行ける。
その場合どうする? って事だ」
実にわかりやすい説明だ。
それを聞いたレイド君も合点がいったようで、
「そうッスね。
それなら、多少無理してでもそっちに向かうッス」
「1日かそこらなら確かにそうするでしょうね。
だけど、それ以上に日数がかかるとすれば、
目の前の休憩所を素通りするという選択肢は
ないでしょう」
ミリアさんが付け加えるように言うと―――
私もようやく、他の離れた村々に問題は無いという
結論に落ち着き、ホッと胸をなで下ろす。
「それでよ、シン。
地形とか川とか聞いていたのは、やっぱり―――」
コクリ、とうなずくとギルド長へ答える。
「下水道の設備をまず最優先で考えています。
アレさえあれば、生活様式が格段に向上
しますから」
ウンウン、と横で聞いていた若い男女は同意し、
ジャンさんは話を進める。
「となると、その工事のために……
連れて行くのは50人くらいか?」
私は首を左右に振って否定し、
「火魔法や土魔法なら、ザップさんの村にも
使える人はいるでしょうし―――
何よりこちらで全部作ると、整備とか維持とかも
全てこちらでやるようになってしまいます。
そのあたりは任せられるようにしませんと」
フムフム、とレイド君は相槌を打ち、ミリアさんも
後に続いて発言する。
「そうですね。
それに、いきなりそれだけの人数を連れて
行かれては、町の運営に支障が出てしまうかも
知れませんし……
それで、東の村では―――
どれだけの物を作るつもりなんですか?」
この町と同じ物を、どれだけ……
という意味だろう。
多分、一部かその程度だと思っているの
だろうが―――
「出来れば、この町で作った物を全部、ですね。
魚や貝の養殖用の水路も作りたいですし、
卵用の鳥の飼育施設も」
私の言う事に、隣り同士で座っている男女2名は
目を丸くして驚き、
「いやいやいや!
シンさんが欲の無い人ってのは
知ってるッスけど!」
「その村が商売敵になるかも知れませんよ?
それでも大丈夫なんですか?」
まあ当然の反応というか心配というか―――
私はひと呼吸おくと、彼らに対し、
「ちょっとそこは考えが違うかも知れません」
「―――フム?」
ジャンさんもその辺は気になっていたようで、
2人からテーブルへと、視線を3方向からの
中心へ移す。
「確かに、同じ事が出来るという事は、競争相手に
なる可能性もありますが……
同時に、予備として機能してくれる期待も
出来ます」
「予備ッスか?」
理解出来ないのか、それとも意味がわからないのか、
レイド君が疑問の声を上げる。
「例えば、ですね。
この町で魚や鳥や貝を料理して出している
わけですが……
もしこの魚や鳥が捕れなくなった、もしくは
足りなくなる事態が起きた場合―――
その村でも魚や鳥を確保出来ていれば、融通して
もらう事も考えられます」
「そうだな……
東の村までは1日だし、輸送に問題は無い。
何かあった時のためだと考えれば、心強くはある」
ジャンさんは片手をテーブルの上に置いて、
納得するように語り、レイド君もミリアさんも
それに同調してうなずく。
ただ、自分自身の本音をもっと言えば、
『この町以外にも早く普及して欲しい』―――
これに尽きる。
トイレや浴場、料理等は自分の手を離れてもやって
いけると思うが、鳥や魚の供給は未だに私一人の手に
かかっているという現状は、正直好ましくない。
文字通り、マンパワーに限界がある。
貝は養殖出来たが、魚は大きくなっただけなので
漁そのものは止めたわけではない。
鳥も、肉に使う分は遠出で確保している状況だ。
「供給元はいくらあっても困りませんからね。
念のため、風魔法を使えるリーベンさんを
連れて行きたいと思っています。
それと、一夜干しを教える必要もあるので
メルさんも……
あと、孤児院の警備を頼んでいるあの3人、
カート君・バン君・リーリエさんも同行して
もらいましょう。
確か彼らは、火魔法と土魔法を両方とも使えます
ので、下水道や水路作りに協力してもらえれば」
それを聞いていたミリアさんが事務職の顔に戻り、
「そうですね。
あと、職人さんたちも連れて行くとなりますと……
結構な人数での移動となります。
シンさんがいれば大丈夫だと思いますが、さすがに
全員をシンさん一人で護衛するのは無理があると
思いますので、ギルドから何人か―――」
そのまま4人で会議のような話し合いに突入し、
人選が詰められていった。
―――翌日―――
「ど、どういう事だべか?」
約束通り、冒険者ギルドへ再び赴いたザップが
見たものは―――
10人以上からなる、それぞれが荷物を持ったり
背負ったり……
いかにもな長距離移動の準備を終えた集団だった。
「あ、ザップさん」
彼を見つけた私は、手を振りながら近付く。
「じゃ、これから行きますので。
道案内をお願いします」
展開の早さに驚いたのか、彼はオロオロと辺りを
見回し、その把握に慌てふためく。
「で、でも……
お礼とか、お金の話がまだだべ……ですが」
「もちろん、対価は頂きます。
ただ、今後この町とそちらの村は協力関係に
なってもらわないと困りますので……
無茶な要求とかはしませんよ。
取り敢えず行きましょう」
要求というか、個人的にやってもらいたい事は
あるのだが……
実はあの人選の後、いくつか新たに考えた事が
あったのだ。
これはジャンさんとの相談の上で決めたので、
知っているのはギルド長と私の2人きり。
こうして、私は密かに新たなプランを胸に―――
東の村へ行く事になった。