「通りで。おかしいと思ったんだ」
さぶ郎の誘拐事件のあった日の翌朝。
小柳の手元には、向こうの街の警察に正式に依頼して届いたミンミンボウの3人の情報があった。
ミンドリー
SGPD本署所属の警察官。ランク6警視正。兼、特殊部隊SWAT隊長(ランク6)。
最高ランクのため署長同様に人事、組織の方針、内部規範の裁量権を持つ。
法に基づき、公正で真摯な対応を行うため署内外の相談窓口でもある。
SWATとして現場での指揮の他、戦闘、車両、ヘリの技術全てがトップクラス。
伊藤ぺいん
SGPD本署所属の警察官。ランク4警部。兼、特殊部隊SWAT隊員(ランク4)。
ハイランク(上官)のため署員の指導も担当する。
市民対応やギャングとの問題発生時は法を遵守した上で、相手に寄り添い真摯な対応を行う。
SWATではオールラウンダーで、最前線、ラーク警戒、ヘリでの情報取得とアタック、現場指揮のサブなど幅広く対応可能。
安保さぶ郎
SGPD本署所属の警察官。ランク4警部。兼、特殊部隊SWAT隊員(ランク4)。
ハイランク(上官)のため署員の指導も担当する。
伊藤ぺいんと同じく市民対応や仲裁では法を遵守した上で、相手に寄り添い真摯な対応を行う。
SWATではトップクラスではないものの、ヘリでの情報取得と指示、地上での後方支援が行える。
「警官としてもSAWTとしても、全員、向こうの街でのハイランク(上官)じゃねーか」
正直、この街の警察と向こうの街の警察とでは組織力も個々の熟練度もかなりの開きがある。もちろん向こうの街の方が上だ。だからこそ、こちらからの依頼で花沢まるんを指導員として招聘している。
「なんで、わざわざこの街で飲食店なんかやってんだよ」
警官としてのプライドが高い小柳には、資料に書かれた技能を持ちながらそれを活かさず、飲食店をやっている彼らの真意が分からない。
小柳は苛立ちを覚えながらも一つため息をつくと署長に連絡を入れた。
「署長、お時間ありますか?以前ご報告した件で正式にあの3人をこちらに招聘したいです」
前日、大変な目にあったミンミンボウの3人は、朝の日課の後はゆっくりしようと店を開けずに自宅でくつろいでいた。
夕方近くになり、流石に店は開けるかと思った頃、まるんから警察署まで来て欲しいとの連絡があった。思い当たる用件は昨日の誘拐事件だが、それはまるんに報告済みだ。他の用件も断る理由もないので3人は本署に赴いた。
本署では到着した3人をまるんが待っていた。署長から話がある事が伝えられ、そのまま署長室へと案内された。
署長室ではもはや見慣れた小柳と男性警官がいた。おそらくこの男性が署長だろう。案内してきたまるんも同席するようで、席に着いている二人の後ろに立った。
ミンドリーたちが席に座るのを見た後、署長と思しき男性警官が話し始めた。
「はじめまして。LSPD署長の佐々木です。ご足労いただきありがとうございます」
「ミンミンボウ店主のミンドリーです。こちらは家族の伊藤ぺいんと安保さぶ郎です」
挨拶が終わると佐々木署長がすぐさま本題を切り出した。
「早速ですが本題に入ります。お三方を正式にLSPDの指導員として招聘したい」
その申し出は3人にとって寝耳に水である。代表してミンドリーが交渉についた。
「私たちはただの中華料理屋ですが、理由を伺っても?」
「SGPDに正式に照会させていただきました」
先手を打たれたためか、だんだんミンドリー声が低くなる。
「どこで、我々の情報を?」
ミンドリーは目線だけでちらりとまるん見るが、そのまるんは前に座る二人に気づかれないように首を振る。
「移住時に出していただいた書類に基づいて問い合わせただけです。『新規住民の中華料理屋が警察業務に詳しそうなため、指導員として短期間でもいいから来て欲しい。ただし警察業務に関わるので、安全面を考慮し、前の街での職業を照会したい』と」
本人の承諾はないが、調査自体に後ろ暗いところはなく正当なものだ───佐々木署長はそう主張しつつ、話を続けた。
「ジャック・馬ウアー署長でしたっけ?最初はしぶられていましたが、こちらの署員を助けて欲しいと重ねてお願いしたところ、花沢君の件もあったので正式な招聘と判断されたようですよ」
やってくれる───ミンドリーは表情には出さないが苦々しく思った。自分たちの上官、しかも一番上の立場の馬ウアー署長に話が通っている。
だが、自分の知っている馬ウアー署長は署員の事をとても大切にする人だ。今の自分たちの状況を知った上での対応だとすると違和感がある。
「私たちと馬ウアー署長、あなたたちとで認識の齟齬があるようです。一旦こちらから馬ウアー署長に連絡しても?この場で電話しますから」
そう言い、佐々木署長の許可を得ると、スピーカーで馬ウアー署長に電話をかけた。
「おぉ。ミンドリーか。家族での休暇はどうだ?楽しんでいるか?」
電話に出た馬ウアー署長の口振は、とてもじゃないが、休暇中の署員の招聘を受諾したようには思えない。ミンドリーは冷静に話を続けた。
「お疲れ様です。こちらの街の警察から指導員として正式に招聘したと連絡を受けたのですが、そちらにも連絡がいってますか?」
「確かに招聘の依頼が来たので、こちらからある程度の情報を渡した。だが、受けるかどうかの最終判断は本人たちの意向に任せると言ったぞ?」
「そうですか。再度確認ですが、署長命令ではないですよね?」
「ミンドリー。俺をなんだと思っている?休暇中の署員に対して仕事をしろという命令はしないぞ」
「配慮いただき、ありがとうございます。それではこの件はこちらで判断します」
「あぁ。ぺいんとさぶ郎にもよろしく伝えてくれ。あと、おみや………」
馬ウアー署長が余計なことまで言いそうになったので、ミンドリーは最後まで聞かずに電話を切った。
だが聞きたい事は聞けた。
「どうやら、認識の違いがあるようですね?」
そう言われた時、佐々木は少しだけ顔をしかめ、小柳は罰が悪そうに視線を外した。
その様子を観察しながらミンドリーは続けた。
「私たちは確かにSGPD所属の警官であります。ですが休暇中ですし、こちらの警察所属でもありません。指導員としての招聘を受けるかどうかについて、私たちの上司である馬ウアー署長は本人つまり私たちの意向に任せるとのことですが?」
肝心なところを隠して、誤認させようとしたな?───暗にそう言いながら、ミンドリーは交渉の主導権を取りに行く。
「我々を助けると思って是非受けていただきたいのです」
苦々しいような声色ではあるが、それでも引かずに交渉してくる佐々木署長に対して、ミンドリーは端的に答えた。
「お断りします」
「勤務時間や給与については可能な限りそちらに合わせます。それでもですか?」
「はい」
「他のおふたりも?」
これにはぺいんとさぶ郎が「はい」と答える。つまりミンドリーと同じく断る意向だ。
ミンドリーが自分たちの意見を改めてまとめる。
「再三申し上げるように、私たちは休暇中です。理由はプライベートなことなので詳細をお教えする義務はありませんが、警察という職から離れて過ごすことが一番の目的です。馬ウアー署長は休暇の目的もその理由も知っているからこそ、私たちの意向に任せると言ってくれています」
佐々木署長も粘り強く交渉するが、ミンドリーも揺るがない。
「どれほどお願いしても変わりませんか?」
「はい。それともこちらの街には市民に対して職を強制するような法があるのですか?」
ミンドリーからは「もちろん、ありませんよね」という圧を感じる。
馬ウアー署長の「判断は本人に任せる」という言葉を意図して隠したが、その事に気づかれたせいで交渉が難しくなった。これ以上はこちらの印象が悪くなる。
考えた結果、佐々木署長は折れた。
「おっしゃる通りです。こちらの都合であなた達を調査し、半ば騙すような形で招聘しようとしていたことを謝罪します」
「署長!」
「小柳、人材を必要としているお前の気持ちは分かるが、彼らの意思を尊重しろ」
「ですが!」
「………あの、いいですか?」
これまで黙っていたぺいんが、場が険悪になりそうな事を感じ取ったのか割って入った。
「確かに僕たちには譲れない理由があります。まるんのように警官としてサポートすることはできません。ですが、まぁ、出前とか雑談のついでに悩み事とか困った事を聞いてあげるぐらいはできます。困った時はお互い様でしょう?」
ぺいんの提案に佐々木署長と小柳は顔を上げた。
「それでいいのですか?だいぶお言葉に甘える形になりませんか?」
「実際、今までも本署に出前に来た時に車やヘリの運転、市民との関わり方での相談はされています。流石に警察業務に関わる相談は、守秘義務守れよ、一般市民に話すなよと思って、口が軽いことだけ注意して内容についての回答しませんでしたけど」
そこまで話したぺいんは、一度ミンドリーとさぶ郎の方を向いて言葉を続けた。
「ミンドリーとさぶ郎も、これくらいなら僕だけで対応できるからいいかな?出前ついでなら今までと変わらないと思ったんだけど」
ぺいんの言葉にミンドリーとさぶ郎も反論はなかった。
「時間や場所を強制的に拘束されないのであれば、構わないよ」
「さぶ郎も大丈夫だよ」
「二人ともありがとう。佐々木署長もこれでご納得いただけますか?」
警察側からすると断られた上に、ただでさえ悪い印象がさらにひどくなると思っていたので、かなり譲歩してもらった案である。断る理由はなかった。
「配慮と温情、感謝します」
「では、この話はこの辺で良いですか?そろそろ店に戻りたいので」
「出前以外にお店にも来てくださいね」
ぺいんが間に入り、なんとか話はおさまった。
3人は席を立ち、警察署を辞去した。
別れ際、まるんや佐々木署長は申し訳なさそうな顔をしていたが、小柳はまだ納得していないようで厳しい表情をしていた。
若いなぁ───小柳の様子を見たミンドリーはそう思った。きっと成長中なのだろう。あの街で警官として後輩を指導していた時に見たことがある表情だった。
(でも、俺たちにも譲れないラインがある)
相手の意見を聞き寄り添いながらも、こちらの譲れないラインをはみ出さない交渉は、ぺいんならではと思った。ぺいんの提案はミンドリーも妥協案として考えていたが伝え方は異なったろう。
結果、こちらに対しての拘束力がなく自分たちを優先してもよい範囲に納められた。 出前や店であればこちらのペースで対応できる。込み入った話があったとしても理由をつけて断れそうだ。
今後、多少のやり取りは増えるだろうが、やることは今までと変わらない。
さぶ郎もあの場での言葉は少なかったが異論はないだろう。
警察にあの街での立ち位置は知られたが、馬ウアー署長の言葉もあり、休暇中だと釘は刺せた。これ以上の干渉はないと思いたい。
だが、これまでも自分たちの思惑とは別に面倒ごとに巻き込まれることはあった。
そのことに一抹の不安を思いつつも、家族の考えが自分とそう変わらないことにミンドリーは安堵を覚えた。
コメント
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ちょっとずつヒートアップしてく感じがいい...!!