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第4話 ルシディティ
ピッ……、ピッ……、ピッ……。
聞き慣れない音が聞こえる。
とても、規則的な音。
順番に、感覚を取り戻していく。
音の次に感じたのは、鼻を突く、ツンとした消毒液の匂い。
右手の甲からは、冷たい薬液が血管を這い上がってくるような特有の感覚があった。
(……生きてたんや、僕)
重い鉛のようなまぶたを、ゆっくりと開ける。
ぼんやりとした視界の先には、真っ白な天井。
鼻の下には酸素を送る細いチューブが通されており、少し息を吸うだけで喉の奥がカラカラに乾いているのが分かった。
________視線を動かすと、ベッドの横には心電図のモニター。
頭上からは、鎮痛剤や栄養剤など、何本もの点滴の管が僕の腕へと繋がっている。
「……ん、」
少し身じろぎした途端、肋骨のあたりに固定されたギプスから鋭い痛みが走る。
その微かな衣擦れの音に、ベッドの足元あたりで、ガタッ! とパイプ椅子が倒れる音がした。
「……ッ、副隊長!? 目ぇ、開いた!! レノ、キコル! 早く先生呼んでこい!!」
「うおおおお副隊長おおお!! 生きててよかったっすううう!!」
……視界が鮮明になるにつれ、ベッドの周りを囲むむさ苦しい顔ぶれがはっきりと見えてきた。
第3部隊の面々が、病室の定員を完全にオーバーした人数で押し寄せている。
みんなボロボロに泣きそうな顔だ。
そして、その群衆を掻き分けて、一人の小柄な影がベッドに縋り付いてきた。
「わあああああん! 保科副隊長ぉぉぉ!!」
通信オペレーターの小此木ちゃんだった。目はウサギのように真っ赤に腫れ上がっている。
「バイタル消えた時、本当に心臓止まるかと思いました……ッ! もう、本当に、生きててよかったですぅぅ……ッ!!」
「……アホちゃうか。こんな点滴ぐるぐる巻きの重病人捕まえて、どんだけ大人数で押しかけとんねん」
僕がカニューラ越しに掠れた声で苦笑すると、小此木ちゃんはさらに「うわぁぁん」と声を上げて泣き出してしまった。
「……ごめんな。通信越しに、怖い思いさせてもうて」
点滴の繋がっていない方の手で、頭をポンポンと撫でると、カフカたちもつられて鼻をすすり始めた。
……改めて、ぐるりと病室を埋め尽くす部下たちを見回す。
(……ああ。誰一人、欠けてへん)
「……ほんま、みんな無事でよかったわ」
ポツリと、心の底から安堵して零したその一言に。
「「「それは副隊長(あんた)ですよ!!!」」」
カフカ、レノ、キコルをはじめとする全員から、鼓膜が破れんばかりの完璧なユニゾンのツッコミが飛んできた。
「ちょっ、お前ら声デカいって! 副隊長がまた死んじゃうだろ!」
「カフカ、アンタが一番うるさいのよ!」
「先輩、お願いですから少し静かに……!」
「うわぁぁぁん副隊長ぉぉぉ!」
「あーもう、やかましいなぁ君ら……」
……..口では呆れながらも、いつもの第3部隊の騒がしさが戻ってきたことに、自然と口角が緩んでしまう。
マスクの下で、ひっそりと笑みを深めた、その時。
「——チッ。どいつもこいつもピーピーうるせぇな。託児所かよ」
病室のドアを面倒くさそうに開けて入ってきたのは、見慣れた前髪の男——第1部隊隊長、鳴海弦だった。
「な、鳴海隊長!? なんでここに……(隊員の1人)」
「あぁ? 立川に忘れ物取りに来ただけだ。勘違いすんなよ。」
鳴海隊長はズカズカとベッドに近づくと、点滴だらけの僕を見下ろして鼻で笑った。
「……ダッサ。たかが怪獣一匹相手に三日も寝込むなんて、随分とヤワになったもんじゃねぇか、おかっぱ」
「……ははっ。わざわざ立川まで嫌味言いに来るなんて、暇な隊長もいたもんですねぇ」
僕が意地悪く笑い返すと、鳴海隊長は「ふんっ」とそっぽを向きながら、
持っていた小さな紙袋を僕のベッドのサイドテーブルに乱暴に置いた。
_________中から覗いていたのは、病院の売店で売っているような、やたらと高級そうなゼリー飲料の詰め合わせ。
「……別にテメェのためじゃねぇ。防衛隊の戦力値(スコア)が下がるのがウザいだけだ。」
「さっさと治して前線に戻れ。寝たきりのジジイじゃ目障りだからな」
それだけ言うと、彼はひらひらと手を振って、嵐のように病室を出て行った。
…….忘れ物なんて、ここに頻繁にくるわけないんやし、あるわけないやろ。
このゼリーも、きっと全部自腹。
…….素直やないなぁ、あの人。
そんな賑やかな面々に囲まれていた、その時。
「……お前たち。面会は短時間にと、あれほど言ったはずだが?」
凛とした、よく通る声。亜白隊長だった。
その姿を見た瞬間、カフカたちは「ひっ」と息を呑み、
「副隊長、また来ます!」「絶対安静ですからね!」と蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
小此木ちゃんも慌てて涙を拭いて敬礼し、部屋を出ていく。
急に静まり返る病室。
亜白隊長は静かにベッドの傍まで歩み寄ると、
倒れていたパイプ椅子を直し、そこに腰を下ろした。
「…….おかえり、保科。」
「ただいまです、亜白隊長」
「…もー、ほんま勘弁して欲しいわ、あのひよっこども」
はは、と照れ隠しに、冗談を込めて笑う。
「みんな、いくら何でも大袈裟や……..って、亜白隊長?」
彼女が、少し肩を震わせていることに気づいて、ぴたりと言葉を止める。
「…….2ヶ月だ。」
「はい…….?」
「お前が倒れてから、2ヶ月。あの反応は大袈裟なんかじゃない。」
「…..短時間に、と私は皆に言ったが、」
「もし、私があの場にいたら同じように側で泣いて、隣に居続けるだろう。」
「…………..こんな、チューブだらけの男にそんな告白みたいなんしちゃって大丈夫です〜?」
僕が自嘲気味に言うと、
亜白隊長は、僕の右手の甲——点滴の針がテープで痛々しく固定されている箇所を見つめた。
そして、ゆっくりと自分の両手で、僕のその手を包み込んだ。
ひんやりとした彼女の手が、かすかに震えている。
「……死ぬかと思った。」
静かな、けれどひどく重たい声。
「……私のいないところで、私がいないせいで、
お前が死んだら、私はどうしていけばよかったんだ…….っ。」
「…….いや、違うか。」
声色が変わる。
いつもの「隊長」の声になって、僕をしっかり見据えて。
「助かったんだから、かけるべき言葉はこっちだろうな…」
「?」
「隊長不在の立川を守ってくれて、ありがとう。」
「大怪獣を死人なしで討伐してくれて、ありがとう。」
「…….生きていてくれて、ありがとう。保科」
「、、、、、、っっ!」
世界一嬉しくて、求めていた言葉だった。
さっきまで、点滴で冷たくなっていた手が、
繋がれた所からあったかくなっていく気がした。
そこから、伝わる体温。
僕の胸の奥をじんわりと温めていく。
「ただし、一つ。」
ワントーン低くなった亜白隊長の声に、ビクッとする。
「……一人で死地に飛び込むような真似をしたそうだな。」
「うっ……、それ、は….」
「________二度目は許さない。」
ぴしゃり、と言い切られた。
「今度死ぬことがわかって下がらなかったら、私が保科を撃つ。」
「なんや、その “死んだら殺す” みたいな理屈…….矛盾してません……?」
痛切な叱責だった。
当然だ。それも覚悟のうちで死の賭けに出た。
でも、それより、
心底ホッとしたような……少しだけ泣きそうな目の前の瞳に、
僕は負けてしまった。
「……しゃーないですね。そんな顔されたら、這ってでも早く復帰せなあかんなぁ」
僕の手を握る、亜白隊長の手の力が、
………縋るように強くなったような気がした。
ちなみに、
『「……ダッサ。たかが怪獣一匹相手に三日も寝込むなんて、随分とヤワになったもんじゃねぇか、おかっぱ」
「……ははっ。わざわざ立川まで嫌味言いに来るなんて、暇な隊長もいたもんですわ」』
↑ここの時の会話で、
「たかが怪獣1匹って、、、全く銃が効かない、異例の大怪獣だぞ」
…と、あの場にいた全員(鳴海と保科を除く)が口に出さずツッコミを入れたのは言うまでもない。
おーわーり!
ここからは作者の戯言なので読み飛ばしていいです!!
タイトルの「ルシディティ」は、
認知症や精神疾患、あるいは昏睡状態にある人が、一時的に正気や意識の明晰さを取り戻す状態を指す、そうです。
保科は最後の命の灯火で元気に喋ったわけじゃないけれど、調べた時に何となく語感がはまって選びましたっ!
今まで、あまりこういうあとがき書いてこなかったんだけど、最近自我がどんどん前に出てくるようになっちゃって、
自分の書いた作品(もちろん原作者様の作った世界観とキャラクターで成り立っている)が、
もっと人に認められたいなぁ、と思うようになってきたんです。
……まあつまり、何が言いたいのかというと、
ハートとかコメントとかしてって!っちゅーことです。
ちゃんちゃん!!(強制終了)
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コメント
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昨日の夜中1時にあげたのに起きたら500?! もうほんとにありがたいけど、見てくださってる方睡眠時間を削らぬよう、、、

保科、皆に愛されてるなあと思いました!鳴海が素直じゃないのも彼らしさが出ていて良かったです。そして何より保科が助かって良かったです!