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日帝
星の降る夜、私は万年筆を握る。
書く内容は何てことのない、取り留めもないような散文ばかりだ。先輩が何も無い所で躓いているのを見ただの、伊太利亜がまたいつものようにピッツァが云々、パスタの茹で加減が云々と垂れ流しているのを横目に書類の山を片していただの。全くもって意味を成さない文章の羅列たちを、私は何十分も、時には数時間をかけて綴る。日記とも呼べないような文章が完成されたとき、私はいつも充足感で満たされる。嗚呼、これで今日も保存できた、と。記憶はいつしか必ず薄れて消えてゆく。それを紙に書いてやっと、一生涯の記憶として自分の中に閉じ込めることができた気がするのだ。何故かはわからない。否、きっとわかるとしてもそれを理解りたくないのだ。今日という、一生の中で一度しか訪れない日を、日常の激流の中に呑まれて消してしまう事が怖い。だから私は夜毎に万年筆を握る。何だ、理解りたくないだのと偉そうに書いておいて、図々しく私は理解っているではないか。まぁ良い、これも自分の中の一つの矛盾点だ。これも書き留めておくことにしよう。些細な事でも書いていけば、この草臥れたノートの中に私という個がその内事細かに再現されていくだろうから。
私は基本、何でも書き留める。先述したような取り留めのない事柄から、日々の気付き、叙情的な事まで。書く内容を定めずに居るというのはなかなかに愉快であるし、後から読み返すと何を書いていたかでその時の心情を図る事も出来る。今日のような長文を書く日ならば心に余裕があったのだろうし、短文ばかりなら心が恐ろしく乱れていたのだろう。後者の例としては、兄と弟を失った日の頃は酷かった。唯ひたすらに憤りと悔みが延々と書き連ねてあった。
生まれてこの方辛い事があった。それは今も変わらない。死を願う日も少なくない。
でも、ここまで生きてきてようやく気付いたのだ。
自分は人生を生きてはいない。
人生を生かされてきたのだ、と。
コメント
1件
あああもうこの文章、美しすぎて泣きそうなんだけど!!😭💕 「人生を生きてはいない、人生を生かされてきた」——この一文で全部持ってかれた…。日記とも呼べないような散文を綴ることで記憶を閉じ込めるって感覚、すごくわかる気がする。書くことで自分を保存しようとする切実さがヒシヒシ伝わってきて胸が締め付けられたよ。無題でも十分伝わるものがある…続きが気になりすぎる!✨