テラーノベル
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かれこれ、30分は他愛のない話が続いた。
主にほのっちと胡梅さん、顔なじみの二名による、何てことはない世間話だ。
時おり、こちらも会話に加わってはみるのだけど、胡梅さんは一向に目を合わせてくれようとしない。
それでも、最初は目深にかぶっていた綿帽子の位置が、今はおでこの辺りまで引き上げられている。
少しは心を許してくれたのか。
「千妃ちゃ……、望月さんは、穂葉ちゃんと付き合い長いの?」
思いがけず、向こうから話を振られて驚いた。
目は相変わらず泳いでいるが、なんだか嬉しい。
「千妃でいいですよ? ほのっちとは、何年くらいかな? 小5の時だから、五〜六年にはなりますね」
「ほぇ~。 ほのっち……。うぇへへ」
「胡梅さんは……、って気軽に呼んでいいのかな……?」
「いやぁぜんぜん! 胡梅でも、うめっちでも」
「うめっち………」
彼女と友人の付き合いも、実はそれほど長いものではないらしい。
正確に何年と明言されることは無かったが、かつて起こった米騒動に端を発する“人影”がらみの事件を通じ、親交が始まったと。
「懐かしいなぁ………。ふふ」
頬杖をついた胡梅さんは、遠くを見るように目を細めた。
どうにも、腑に落ちない点がある。
まだ知り合ったばかりのため、根っ子のところまでは定かでないが、彼女の為人は何となく把握できた。
人見知りではあるが、じつに愛想が良く、常に他者に対する興味を抱いている。
“元締”を張るからには、そういった部分は必須なのだろう。
言わば外交の先陣に立つわけだから、第一条件として、他所に対する興味なくしては成り立たない。
「見て。 かわいいでしょ?」
「あ、狐の? ぬいぐるみ。 いいですね」
「へへへ」
ただ、彼女の場合はその他者を、公的なものではなく、ごく私的なものとして捉えている節があるような気がしてならない。
相手が氏子であれば、“仲良くなれるかな?”
私のように見ず知らずの相手には、“友達になれるかな?”
そんな風に、人の輪を優しく重んじるヒトが、果たして他人を意のままに操ったりするだろうか?
“友達になれるかな?”
そうした思いが、暴走した結果と考えられなくもないが、今ひとつ説得力に欠ける。
「そろそろ、ちょっと真面目な話する?」
人知れず倦ねていると、スマホをそっと机上に手放しつつ、胡梅さんがそのように提案した。
そう言えばそうだった。
私たちがこの地を訪れた目的は、いま界隈を騒がせている異変について、彼女の判断を仰ぐためだった。
「やっぱり、お耳に届いてます?」
「うん。 ほぼ全国区だからねぇ」
「え、そんなに?」
早速、意外な事実が発覚した。
お稲荷さまの神使たちの異変。 それは地元近隣で起こった騒動ではなく、全国規模の大事件であると。
「最初は下野国……、えっと、栃木県の辺りから始まって、津々浦々って感じだね」
「栃木県………」
「見てもらった方が早いかも」
そう言って、彼女は手元のリモコンを操作し、テレビをつけた。
程なく画面に映ったものは、どこかの竹林を撮影した映像だった。
音声は入力されていないのか、何の音もしない。
いや、たとえ録音されていたとしても、こういった竹林の中なら、静まり返っていても不自然じゃない。 嵯峨野などを歩けば、よく分かる。
「道祖神の眷属が見た映像なんだけど」と、胡梅さんが説明を加えてくれた。
「よく見てて……」
言われるままに注視を続けていると、画面外からふらりと姿を見せた二人組が、竹林の中をゆっくりと横切っていく模様が映し出された。
金髪の女の子と、スーツ姿の若い男性だ。
特に恐怖映像というわけでは無いが、なぜか私の全身に鳥肌が立った。
「これって……」
何事か、早々に勘付いた様子の友人が、口元に手をやって渋い顔をした。
「うん。 妖怪だね」
同じく、神妙な面持ちの胡梅さんが、事もなげに言ってのけた。
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