テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「先生っ、ごめんね。ほんとにごめん。僕が来るのが遅れてしまったばっかりに……」
睦月君は私に目線を合わせ、ぎゅうう~っと抱きしめてくれた。
温かい。安心する……。
安堵感が広がると、じわりと涙が浮かんできた。
まだカタカタと震えている手を睦月君がしっかりと包み込んでくれた。「もう大丈夫。僕がついている」
ぽろぽろと流れる涙を睦月君が拭ってくれた。「先生、なにがあっても僕が守るからね」
見ると睦月君のおでこから血が流れていた。
「あ……血が……」
「こんなの平気だよ。多分さっきの男が持っていたナイフがかすっただけ」
「で、でも…睦月君が怪我したら……っ」
「僕は大丈夫。それより、先生に怪我がなくてよかった。もし先生になにかあったら、僕は生きていけないもん」
にこっと笑ってくれた。睦月君の流血は確かにほんの僅かだけれども、それも、身を挺して私を守ってくれたんだ。
「しっかり掴まっていてね」
細い体でも力は男の人だ。へたり込んでいた私をお姫様抱っこしてくれた。
どきっ、とする。
「先生は、僕が命に代えても守るから」
7歳も年下とは思えないほどに頼もしく、カッコいい睦月君に私はドキドキしっぱなしだった。
折り紙の中まで睦月君が運んでくれた。「おとうさん、ちょっといいですか」
「っと……睦月君、どうしたその血はあっ」
お父さんが慌てふためいている。
「額をちょっとかすっただけで、大したことありません。それより――」
私を抱きかかえたまま睦月君がお父さんに言った。「佑里香さん、先ほど、以前から折り紙に嫌がらせを繰り返していたチンピラに襲われました」
「ええっ!? 佑里香、大丈夫なのかっ!?」
「う、うん。睦月君が守ってくれたの……」
唇はパリパリに乾いていて、全然うまく喋れなかった。震えこそ収まったけれど、まだ完全に恐怖は拭えていない。
「睦月君、片付けはこっちでやっておくから、今すぐ自宅へ帰りなさい。佑里香のことをよろしく頼むよ」
「いえ。お父さんもこちらへ来ていただけますか。心配です」
「いやでも」
「一緒に飲みましょうよ。いい日本酒がありますから」
「お。いいねえ。いいのかい?」
「もちろんですよ」
こうして睦月君は私のお父さんのことまでフォローしてくれたため、彼も現自宅と化しているタワーマンションに来ることとなった。
大丈夫なのかな……。お父さん、腰抜かさないかしら。
「ふわああ~。すごい眺めだなぁ~」
父がマンションのリビングから下界を覗き込んで感嘆の声を上げた。
わかる。すごく驚くよね。
「お父さん、飲みましょう」
「おお、いいねえ」
「夕食もありますから。なんでも遠慮なく言ってください」
「ほおお至れり尽くせり!」
父は大喜びだ。
リビングには普段父が好んで食べるようなおつまみは一切なく、お洒落で横文字の一品ばかりが並んだ。落花生とかそういうのではない。
「いやあ贅沢だね~」
睦月君に注いでもらった日本酒を水の如く飲んでいる。おいしいのだろう。おかわりをいっぱいしていた。
「うまーい」
赤ら顔になった父は陽気だ。
「はああもう早く結婚して~」
酔った父は机でうたた寝しながらごちゃごちゃ呟いていた。
恥ずかしっ…!
「ちょっとお父さん、飲みすぎだよ」
「いいだろちょっとくらいぃぃぃ~」
「だめだめ。明日も仕事なのよ。もう寝ましょう」
「ふあーい」
割と素直にお父さんは寝室に行ってくれた。浮かれて飲んで酔っ払うことも想定してお風呂を先に済ませておいてよかった!
私の部屋の方に敷いた布団に潜り込むと、高いびきで眠ってしまった。
はああ……。家に置いてきても大丈夫だった気がするけど。ほんとにもう。
「睦月君、ごめんね。お父さんが迷惑かけちゃって……」
「ううん。お父さんいつも楽しいから僕は大好きだよ」
彼の笑顔にきゅんとくる。お父さんのいい加減なところとか、そういうところひっくるめて私のことを好きでいてくれて、結婚してもいいって人は、地球上に彼しかいない気がする。
「それより先生もお酒どう?」
「私はやめておくね。前の時みたいに酔っ払っても困るし……」
「僕も飲むし、少しだけ飲もうよ」
「じゃあ……少しだけ」
下界を見下ろす位置のリビングは、まるで豪華な宝石箱。綺麗なライトがチカチカ光っていて、くもりひとつない分厚いガラス窓の向こうに広がっている景色は絶景としか言いようがない。
こんな絶景を眺めながら飲むお酒…。地上で汗水たらして働く私には一生無縁の世界だと思っていた。
これが、シンデレラガールってやつなの?
でも私、そういうのに憧れを抱いていたわけでもないし、ぜったいに睦月君と不釣り合いだと思う。
現にもらったシャンパンをどう扱っていいのかわからない。持ち方ひとつなっていない。
「おいしい」
普通に飲むとおいしいシャンパンだった。ほんのりストロベリー味でアルコール度数も低そう。
「先生のこと、もっと知りたいんだ。教えてよ僕に。好きなものとか、趣味とか、いろいろ。なんか、とりとめのない話でもしようよ」
睦月君が笑ってくれた。私はどうして彼の手を素直に取れないのだろう。
このまま結婚したら、きっと一生大事にしてくれるし、幸せな結婚生活になるだろう。わかっているのに、なぜ?
コメント
1件
睦月くん、かっこよすぎませんか……!? あの場面で佑里香先生を抱きしめて「命に代えても守る」って、7歳年下とは思えない覚悟と強さ。おでこから血を流しながら笑顔を見せるところがもう、胸にきますね。 お父さんも交えてのタワマン飲み会、和やかでほっこりしました。「早く結婚して~」って酔っ払う父にちょっと照れてる佑里香先生が可愛い。それでも最後の「なぜ?」の一文が引っかかります。完璧な王子様が目の前にいるのに、彼女が迷う理由――その心理の奥をもっと知りたくなりました。さぶれさん、今回も素敵なエピソードをありがとうございます。
k
87
#復讐
すっこ
2,186
聖次
424
きなこ
1,881