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第4夜は河東碧梧桐と高浜虚子、対立の夜です
霧が出ている。
理由はない。ただ、霧が「そうしているだけ」だった。
「……あれ? さっきまで、こんなに寒かったっけ」
ポートマフィアの下っ端が呟いた瞬間、
足元の影が、影であることをやめた。
銃を構えた男の指が止まる。
引き金を引く“意味”が、抜け落ちたように。
その少し離れた場所で、
河東碧梧桐は石積みに腰を下ろし、ただ海を見ていた。
「撃たないの?」
声は静かで、驚くほど柔らかい。
「……撃つ、はず、なんだが……」
男は困惑している。
恐怖ではない。混乱でもない。
ただ「そうする理由」が見当たらないだけだ。
碧梧桐は小さく息を吐く。
「型があるとね、安心するでしょう
次に何をすればいいか、決まっているから」
そのとき、背後から拍手がひとつ。
「いやあ、これはこれは」
霧の中から現れたのは 太宰治。
楽しそうに、心底楽しそうに笑っている。
「異能を無効化してるわけじゃない
秩序を壊してるわけでもない
……“前提”を剥がしてるんだね」
碧梧桐は振り返らない。
「難しく言うと、そうなるのかな」
「やっかいだなあ。
僕の能力、君の前だと“働く理由”を失いそうだ」
「それは君の異能が悪いんじゃない
世界が、少し説明過多なだけだよ」
太宰は一瞬だけ黙り、
それから、珍しく真顔になった。
「ねえ、君
これ以上続けたら、自分が誰かも曖昧になるよ」
碧梧桐は、ようやく太宰を見る。
「……そうだね」
そして、立ち上がる。
霧が薄れる。
影は影に戻り、
引き金は再び“引き金”になる。
「だから今日は、ここまで」
すれ違いざま、碧梧桐は小さく言った。
「物語はね
壊すためにあるんじゃない
息が詰まったら、外に出すためにあるんだ」
太宰はその背中を見送り、
肩をすくめて呟いた。
「……嫌いじゃないな、そういう破壊」
霧が完全に消えた港には、
誰も倒れていなかった。
ただ、
戦うはずだった理由だけが、落ちていた。
――同・港湾地区
霧が薄れかけた、その瞬間だった。
空気が、ぴしりと音を立てて固まる。
さっきまで曖昧だった輪郭が、急に「決まり始めた」。
潮の匂い。
夜の冷え。
冬に向かう境目の気配。
「――そこまでだ」
低く、よく通る声。
河東碧梧桐の足が、止まる。
背後に立っていたのは、和装の男。
立っているだけで、場が“整う”。
季節が、戻ってくる。
「夜は夜らしく、
港は港らしくあるべきだ」
霧は完全に消え、
代わりに月明かりが、正しく地面を照らした。
太宰治が、思わず小さく息を吐く。
(※この人、空気を“正解”に戻してる……)
「いやあ……来ちゃったか」
碧梧桐は、ゆっくり振り返る。
「……虚子さん」
「君が来ると、季節が乱れる」
虚子は一歩、前に出る。
その一歩で、
海は“冬の海”になり、
風は“夜の風”になった。
「型は人を縛るものではない
人を守る檻だ」
碧梧桐は笑う。
「檻はね、守るけど
飛び方を忘れさせる」
二人の間で、異能が衝突する。
虚子の異能が「秩序」を固定する
碧梧桐の異能が「前提」を剥がす
結果――
世界が、どちらにも決めきれず軋む。
地面に霜が降りかけ、
同時に、その霜が「霜である理由」を失って消える。
「……危ない危ない」
太宰は素早く一歩下がった。
「この二人、思想戦争で街を壊すタイプだ」
虚子は、碧梧桐をまっすぐ見据える。
「自由は、無秩序ではない」
「でも秩序は、自由じゃない」
静かな応酬。
しばらくして――
碧梧桐が、ふっと肩の力を抜いた。
「今日は、君の勝ちかな」
虚子の眉が、わずかに動く。
「退くのか」
「うん。
これ以上やると、
“俳句”も“世界”も割れちゃう」
一歩、下がる。
その瞬間、空間の軋みが収束する。
季節が、正しい位置に戻った。
虚子は追わない。
ただ、言った。
「……型は、いつか君を救う」
碧梧桐は背を向けたまま、手を振る。
「その時が来たら
ちゃんと壊さずに使うよ」
二人が離れたあと、
港は何事もなかったように静まった。
太宰は一人残され、ぽつり。
「……いやあ
あれは殴り合いより怖いな」
月明かりの下、
秩序と自由が、互いを否定せずにすれ違った夜だった。
使うかもしれないな…