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第二章 1
Ⅰ
ー『ねぇ、お母さん。』
ぼくは、病院のベッドで眠るお母さんに言った。
『どうしたの?ーーー。』
お母さんが優しい声で言った。
でも、表情は変わらない。
『お父さんは、今どこにいるの?どうして帰ってこないの?』
ぼくは、お父さんとお母さんの2人と住んでいた。
なのに、ある時からお父さんは帰ってこなくなった。
それからは、元々身体があまり良くないお母さんが、働くようになった。
家でも、1人でいることが多くなった。
『お父さんはね、長い旅に出かけたのよ。』
『長い旅?』
その長い旅がなんなのかは、その時はわからなかった。
でも、いつも誤魔化していたから少しでも知れたことが嬉しかった。
でも、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『お母さん?起きてよ。また、何か話そうよ。お母さん!』
お母さんが目を覚まさなくなった。
お母さんはほんの少したりとも動かない。
お母さんの手を握る。
いつもより、冷たい。
僕は、それが何なのかわからない。
なぜ、起きないのか。
なぜ、動かないのか。
なぜ、手が冷たいのか。
わからない。
でも、
寂しかった。
お父さんがいない今、
お母さんだけが頼りだったから、
そんなお母さんが目を覚まさなくなったら、
僕は…
『起きてよ……』
1人、孤独だ。ー
僕は、目を覚ます。
目を開けても、暗い。
顔に何かが当たっている。
『・・・』
琥珀さんだ。
僕は、
琥珀さんの胸で眠っていたんだ。
恥ずかしくはあるけど、
僕の中には、悲しみの方が強くある。
久しぶりに見た夢。
僕の本当のお母さん。
僕の母。
今の僕にはわかる。
多分、父も。
なくしてしまったんだ。
僕の両親。
気になってはいたけど、
夢を見れば見るほど、
怖くなっていた。
そうなんじゃないかと、思ってしまっていた。
本当の親は、
小さい頃に亡くなっていたんだ。
そして、
昨日も大切な人を2人もなくした。
僕のせいで。
琥珀さんは、そんな僕を元気づけてくれた。
でも、事実は変わらない。
僕に、居場所をくれたのに、
僕は、剣士所なんて言ってたけど、
本当の名前を知らない。
所詮、その程度だったんだな。
僕は、皆に優しくしてあげたかった。
でも、周りの方が優しかった。
僕は、どうすればいいのかわからない。
ー『甘ちゃん、よく頑張ったね、』
『甘ちゃんは弱くなんてないと思うよ?』
『そんなことはないよ。琥珀はもっと、何もできなかったから。昨日、あの人に言われてわかった。ううん、知らないふりをしてだだけでわかってたの。琥珀が足手まといでしかないって、』
『でも、甘ちゃんは悪い人に立ち向かえるでしょ?琥珀には、できないことだよ、』
『甘ちゃんはね、ずっと誰かを救いたいと思っているし、ちゃんと行動までできる強い人なんだよ?』
『でも、甘ちゃんは救えなかった時、全て自分のせいだと思っちゃうみたい。』
『違うよ、甘ちゃんが救わなきゃいけなかったわけじゃないでしょ?周りにも、助けられたかもしれないのに、行動できなかった人がいる。その人たちは?もっと悪くない?』
『でも、甘ちゃんは見捨てなかった。自分が弱いと思っても、誰1人見捨てなかった。なのに甘ちゃんは優しい子だから、全てを1人で抱え込みすぎちゃうんだよ。でも、それは、自分が辛いだけで、損をするだけなんだよ?』
『よく、頑張ったね。辛い時も、苦しい時も、諦めず立ち向かってえらいよ。そんな子の彼女になれて、守ってもらえて嬉しいよ。いつも助けてくれて、優しくしてくれて、隣にいてくれて、本当にありがとう。』
『泣いてもいいんだよ、辛かったね、苦しかったね。辛いことを愚痴っても、琥珀にちょっと悪いことをしてもいいんだよ?いっぱい頑張ったから、いっぱいわがままになってもいいんだよ?琥珀に甘えてもいいんだよ。ね?』
『琥珀になら、我慢しないで?何も気にせず、やりたいようにして?』ー
琥珀さんの暖かくて優しい言葉。
思い出すだけで泣きそうになる。
ずっと、そう言って欲しかったから。
ずっと、辛かったから。
苦しかったこと全てを認めてくれたようで、
嬉しかったから。
きっと、この子となら、
強くなれる気がする。
強くならないと。
琥珀さんは、僕が守る。
僕は、眠っている琥珀さんを見てそう決意した。
2
今日も、仕事だ。
少し、不安はあるけど、
悲しんでいても何も変わらない。
だから行こう。
僕は、剣士の集まる所へ行く。
警察署の進化版であるなら、
剣士署と言った方が正しいだろうか、
そんなことを考えながら準備をする。
と、
『よう!銅!』
如月さんがこちらに手を振って来た。
『おはようございます、如月さん。元気そうで安心しました。』
如月さんは笑顔で元気そうだった。
『あぁ、悲しんでてもよ、あいつらが生き返るわけじゃないんだ。悲しんでても余計に辛くなるだけ。なら、元気でいようぜ!』
如月さんもまた強くなろうと、変わろうととしているのかもしれない。
『でも今日はどうなるんだろうな。3人で見回りは流石にあぶねーと思うが…』
そうだ、今、第1隊は3人しかいないんだ。
それに、
琥珀さんは戦わないので、実質2人だ。
『第2隊と一緒になるんでしょうか、』
第2隊は1人が亡くなり、数人は大怪我で戦える状態ではないだろう。
『そうなるだろうな。ま、とりあえず朝礼に向かおうか。』
如月さんが言う。
僕たちは、事務所へ向かう。
『しばらくは私、鬼塚が指示を出す。』
鬼塚さんは、厳しそうだった。
『第1隊は2人が死んで第2隊も1人が死んだ。第2隊は3人が重傷を負って今日は休むそうだ。だから如月、お前は今日第3隊に入れ。』
『はい、承知しました!』
如月さんは少し、緊張していたようだ。
『鬼塚さん、名前の通り怖いですね。』
僕は、如月さんに向けて小声で言った。
『鬼塚様は、幸の鳥島防衛グループのトップなんだ。』
如月さんが恐ろしそうに言った。
様をつけるくらい、偉い人なんだ。
『最後に、昨日のことだが、どうやら北崎の家族が悪いヤツらに捕まって、脅されていたみたいだ。家族は、無事に救出された。』
家族の命を使って脅されていたんだ。
人々のために戦っていた人を、脅して悪いことをさせるなんて…
『朝礼は終わりだ。見回りに行け。だが、銅…だったか、お前はここに残れ。』
え?
なんだろう、
怖い。
『はい。』
皆が外に出て行く中、僕はそこに残った。
『銅…』
如月さんの寂しそうな顔と声。
『僕は大丈夫です。気にしないでください。』
僕は少し笑顔を作って言った。
『本当だな、信じるぞ。』
如月さんはそう言って、出て行く。
皆が、出終わった。
僕と琥珀さんと鬼塚さん以外は。
『なぜ、お前を残したか、わかるか?』
鬼塚さんの圧が強い。
なぜか、
なんとなく、思い当たることはある。
『東雲さんも鷹也さんも、僕のせいで殺されてしまったからでしょうか。』
1番、いわれそうなことを言ってみる。
『違う。それらは自分を守れなかったアイツらの責任だ。』
なら、なんだ?
『僕が昔、犯罪を犯したからでしょうか。』
『そうだな、それもある。防衛剣士隊とはそう言う犯罪者を、牢屋へぶち込むための仕事だ。』
剣士って、そんな仕事なのか?
それは、言い方が良くない気がする。
『それなのに、犯罪者がなぜ、剣士隊として働いているのか。まず、なぜお前がここにいて、剣を持ち、剣士隊として戦っているのか、それについて聞きたかったからだ。』
それは…
『鷹也隊長が誘ってくれて、僕は剣士として…』
『鷹也か。アイツは、犯罪者を仲間にするなんて剣士失格だな。でも、アイツはしん…』
『鷹也隊長は立派な剣士でした!失格だなんてことは…』
『犯罪者が何を言う。さっきお前は自分のせいで殺されたと言っていたが、たしかにそうかもな。自覚があるならなおさらだ。』
…っ
昔の僕については夢で少し見た。
あれは、たしかに犯罪だ。
だけど…
『僕は、罪のない人々を守りたくて…』
『だからなんだ?守るためなら犯罪を犯してもいいと?勝手なことをして、人を傷つけて、何かあった時は責任をとれるのか?』
『・・・』
その通りかもしれない。
いや、その通りだ。
今、言われてわかった。
どうすることもできない。
『でも、剣士隊はそんな僕を認めてくれたと…』
如月さんがそう言っていた。
皆も、僕を認めてくれていたようだった。
『ソイツらが勝手に認めただけだ。ここのトップである私は1度も認めていない。まず、お前を剣士隊に入れた覚えはない。』
だめだ。
何を言っても返される。
何倍にもして、
僕が言い返せないように。
『甘ちゃん…』
琥珀さんが心配そうに言った。
『そこの女も、なぜそこにいる?戦いもしないのに。まず、剣士は男しか認めていない、それに、ここには18歳以上からしか剣士になれないのに…鷹也は本当に勝手なことをしてくれたようだな。』
剣士に男性しかいなかったのはそういうことか。
いや、今そんなことはどうでもいい。
とうとう、琥珀さんのことまで言われた。
どうすればいい?
そっちがその気なら、
こっちだって、
『たしかに僕がしたことは犯罪です。でも、僕が助けなかったら?僕が戦わなかったら?その被害者を誰が助けてくれるのですか?剣士だけで、全てを守りきれるのですか?』
僕も、強気に出る。
『犯罪を犯しておいて助けたと?それを、周りの人が見た時、どう思われるのかを考えたことはあるか?』
『でも、命には変えられない。命の方が大事だと思います。』
『もし、お前の近くで誰かが武器を持ち、戦っていたら、お前はどう思う?お前は人狼だからわかりにくいかもしれない。だが、普通の人は怖いと思うんだ。お前が、誰かを守るために戦っていると、誰がわかる?お前を信用できると、誰が思う?』
『たしかに、僕の周りは僕を、怖いと思うかもしれません。ですが、剣士だって絶対信用できるとは思えません。それに、』
僕は、鬼塚さんの顔をまっすぐ見る。
『僕を信じられる人は僕だけです。だから、僕が守りたいと思えば守ろうとすることはできますし、誰かを助けたいと思えば助けようとすることはできます。絶対に裏切らないと誓えば、裏切らない。僕を信じてくれる人は僕だけで十分です!』
『ふん、そんなのは周りに影響されて変わるだろう。裏切らないと思っても、北崎のように、大事な人を人質にされて、脅された時はどうなるだろうな。』
っ!
そうだ、
もし、琥珀さんが人質にされて脅されたら?
…裏切るかもしれない。
『もっとよく考えて発言するんだな。』
だめだ、
失敗した。
何も思いつかない。
何を言っても返されるだろう。
『何も言うことはないのなら、もう帰れ。お前はもう、ここにいらない。』
『…くっ』
悔しい。
僕は、涙を流した。
『気持ちだけじゃ、何もできないぞ。』
鬼塚さんはそれだけ言って、部屋を出て行く。
僕の居場所は、ここじゃなかった。
僕に、人を守る資格なんてなかった。
僕なんかが、人を助けられるわけがなかった。
『甘ちゃん…』
琥珀さんが心配してくれた。
でも、
僕は…
『何をしてんだよ!銅を泣かせるなよ!』
!
今の声は…
如月さんだ。
『あんなに頑張って、人のために自分を犠牲にできる人なんて銅くらいしかいないのに、剣士に1番必要な人が、必要ないだと!』
僕は顔を上げた。
如月さんが鬼塚さんに怒鳴っていた。
『アイツは剣士として戦う資格がない。お前も同じだろ。昔、親を殺したお前も、ここにいる資格はない。』
如月さんまで、
『じゃあ、なぜ銅にだけ言ったんだ!なぜ俺は今まで許された!そんなのは卑怯だ!』
『なら、お前もやめろ。ここに必要ない。人狼自体、いらないんだよ。』
だめだ、
そんなのは許さない。
止めないと。
『答えになってないぞ。俺が訊いてるのは、なぜ銅にだけ言ったのか、なぜ俺は今まで許されたのかだ!』
『人狼2人と話したくなかっただけだ、お前もいずれ辞めさせるつ…』
『嘘だ!それが本当ならもっと前から、俺を辞めさせてたはずだ。銅にだって、もっと早く言ってたはずだろ!』
そうだ、
なぜ、今になって。
『銅の本当の気持ちを、剣士としての資格があるかを試した。結果はノーだ。』
『なぜ?』
『アイツは、私の言葉に対して何も言い返せなかった。』
『どういうことだ?』
鬼塚さんが部屋に入る。
如月さんも入ってきた。
『たとえば、犯罪を犯してでも守ることが大切だと思うなら、その犯罪で、どう変わるのか。剣士と何が違い、どんな利点があるのかを伝えることが大切だ。だが、お前は答えられなかった。つまり、深く考えず、直感で考えていただけなんだろう。』
!
そうか、
だからか。
だからなんだ。
『でも、銅は記憶喪失で、昔のことがわからないんだ。それじゃ不利だよ。』
『なら、今はなぜ戦う?』
鬼塚さんがこちらを見て訊いてきた。
今は、なぜ…
『今は、苦しむ人々を助けたいから…』
『違う、そうじゃない。助けたいと思ったのはなぜだ。それを答えろ。』
助けたいと思った理由は…
『僕は記憶喪失で何もわからなかったのですが、昔の話を聞いたり夢で見たりして、すごく辛かったんです。僕が人狼だから、周りの人のほとんどから酷い扱いを受けたんです。僕はその辛さを知ってしまったから、誰かに僕と同じように、辛い思いをして欲しくなかったから助けたいと思いました。』
『まぁ、普通の答えだがいいだろう。』
なんとか認められたようだ。
『次は、罪を犯してでも守ることが大事だと思った理由はなんだ。』
『だから、それは…』
如月さんが止めようとする。
『今のお前なら、答えられるんじゃないか?』
なんだろう、
『先ほどと同じように、辛い思いをしたからこそ、誰かに辛い思いをしてほしくなかった。たしかにルールは大事ですが、ルールを守るだけじゃ、人を守ることは難しいどう思います。だから、ルールを破ってでも戦ったのだと思います。』
『最後に、お前は剣士として戦う覚悟はあるか?』
『はい、僕はここで強くなって、皆を守れるようになりたいです。まだ子供だと思われているとしても、僕は絶対に負けない!剣士として戦う覚悟は出来ています!』
これでいいだろうか。
でも、本当のことだ。
『合格だ。』
『え?』
『本当はもっと期待していたが、今は仕方ない。お前を剣士として認める。明日からもここに来るといい。』
認められた。
考えに考えてなんとか出した、わかりにくい言葉。
でも、それが、
認められたんだ。
『ありがとうございます。』
しかし、鬼塚さんはすぐに部屋を出ていった。
『よかったじゃないか、銅!』
如月さんがこちらへ走ってくる。
『僕は、ちゃんと言えてたかな、』
『あぁ!ちゃんと言えてたぞ!』
良かった、
これからも、剣士として戦える。
それが嬉しかった。
3
『今日はもう、帰っていいぞ。』
『え、どうしてですか…』
鬼塚さんに帰っていいぞと言われてしまった。
『鬼塚様!どうしてですか!』
如月さんも必死に言う。
『昨日のこととかあるだろ?今日は休め。そして、明日またくればいい。』
『・・・』
鬼塚さんは気を使ってくれたみたいだ。
『もうお昼だし、食堂でなんか食ってからでもいい。』
と、いうことで、
食堂で昼食をとる。
如月さんは焼肉丼を、
僕は、
『焼肉丼、オススメだぜ?』
如月さんが勧めてくる。
『じゃあそうしよう。』
そして、2つの焼肉丼と、琥珀さん用の和定食をそれぞれ食べた。
『なぁ、銅!』
如月さんに呼ばれた。
『何かありましたか?』
『銅、訓練施設にいかねぇか?』
そういえば、訓練施設があったんだったな。
あれ?
あの時、初めてここにきた時も如月さんもいたよな。
何をしてたんだ?
『如月さん、初めてここに来た時、如月さんもここに…』
『あぁ、あの時は休みの日でさ、ここは休みの日とかでも来ていいんだよ。』
そうなんだ。
僕も強くなりたかったんだ。
僕は琥珀さんを見る。
琥珀さんは笑顔で、頷いてくれた。
『僕は訓練施設に行きます。』
『よしゃ!じゃ、行こうぜ!』
そういうことで訓練施設へ行く。
色々設定して、
また、あのアンドロイドが出てくる。
僕は、剣を構える。
そして走り、剣を振るう。
相手のレベルを上げ、何度も戦う。
敵レベル 攻撃力.強 防御力.強 速さ.強
戦闘時間 0分47秒
それなりに戦った中で1番の記録だった。
『銅、なかなかやるな!』
如月さんが言う。
敵レベル 攻撃力.鬼極強 防御力.鬼極強 速さ.鬼極強
戦闘時間 1分26秒
最上級をあっさりと、クリアしていた。
鬼極強とかもうよくわからない、
このレベルをクリアするのは、剣士として長く戦かった人でもかなり難しいらしいのに…
『皮肉にしか聞こえない。』
『昔の銅なら1分くらいで倒せるだろうけどな。』
昔の僕は一体何者なんだよ。
1体だけならなんとかなるけど、複数を相手にすると途端に難しくなる。
そして、隣には…
『もうムリ〜』
琥珀さんも、アンドロイドと戦っていたが、
疲れているようだ。
『どうだ?もう少し続けるか?』
如月さんが訊いてきた。
正直、かなり疲れている。
けど、コツを掴んできた気がする。
『少し休んだらもうちょっとだけしようかな。』
『銅、やる気だな!』
まだ、ほど遠くとも、
如月さんのようになりたい。
『よし!』
僕は、立ち上がる。
さぁ、もっと速く!
複数のアンドロイドと戦う。
『じゃあな!銅!』
『はい、お疲れ様でした!』
如月さんと別れて、
僕は少しゆっくりする。
少しは、強くなれただろうか。
琥珀さんに頭を撫でられる。
心地よい。
安心できた。
『僕たちも帰ろうか。』
『うん、』
僕と琥珀さんはベンチから立ち、帰ろうとした。
と、
『まだここにいたのか。今まで自主練してたのか?』
『わぁ!あ、ああすみません!あ、いえ、申し訳ございませんでした!』
急に誰かが声をかけてきた。
急のことで驚いてしまった。
声がした方を見ると…
鬼塚さんが立っていた。
先ほどの声は鬼塚さんだった。
『すまん、驚かせたようだな。どうだ、なんかコツを掴めたか?』
『は、はい!少しではありますが、コツを掴めた気がします!』
緊張する。
鬼塚さんはなんか怖いんだよな。
『そうか。ふっ、そんな緊張することはない。別に、かしこまらなくてもいいぞ?』
鬼塚さんは少し、笑顔を見せてくれた。
鬼塚さんは普段はそれほど怖い人ではないのかもしれない。
『そうだ。スマホ、持ってないだろ。』
そう言って、鬼塚さんがポケットからスマホを取り出した。
そして、
それを、僕の前に差し出した。
『これ、やるよ。仕事でも使うだろうし、』
え?
『いやいやいやさすがに受け取れませんよこんな貴重なものを2つもなんてとても…』
僕は必死に両手を横に振りながら言った。
『遠慮しなくていい。これも仕事だと思えばいいさ。』
そう言ってまた差し出す。
僕は恐る恐るそれを受け取った。
初めてのスマホ。
重厚感がある。
『とりあえず設定などをして、すぐ使えるようにしよう。』
そう言って、鬼塚さんに教えられながら設定する。
パスワードなどを決めて入力していく。
そして。
『これで設定はおわりだ。これで2つともすぐに使える。あとは…これが電話でこれがメールだ。だけど、こっちを使えば無料で両方ともできる。追加をしたければこうすればできる。』
知らないことばかりで混乱する。
だが、鬼塚さんがわからないことも丁寧に教えてくれた。
『大体はこんなもんか。何かわからなければさっき言ったところに電話すれば教えるから、まぁ今日はもう帰れ。』
鬼塚さんがポケットに手を入れて言った。
『長い間、丁寧に教えていただきありがとうございました。』
僕は頭を下げて、言った。
琥珀さんも、頭を下げた。
鬼塚さんは何も言わずに手をあげて、どこかへ行った。
さて、帰ろう。
今日は、久しぶりに琥珀さんが借りている家まで帰ることに。
僕と、琥珀さんは歩く。
4
帰っている途中。
と、
『やぁ!』
女性の声が聞こえた。
なんだろう?
すぐ近くにある家の方から聞こえた。
そっちを見ると。
⁉︎
家の庭で剣を振るっている女性が見えた。
『え?』
何をしているんだ?
『はあ!』
そう言って、また剣を振るっていた。
危ない人?
さぁ、どうしよう。
危険だよな。
よし、止めよう。
『あの、そこの君!』
女性が僕の声に気づいたようで振り返る。
『剣、危ないから…』
『え”‼︎見られた‼︎』
女性が大声で言った。
どうしよう。
『落ち着いてくだしゃい!』
盛大に、大声で噛んだ。
『うぐっ!あははははははは‼︎』
そして、盛大に笑われた。
悪い人ではなさそうだ。
『あ、あの〜、』
『あはは、ごめんなさい。私、笑っちゃって、あはは!』
まだ笑っていた。
『その剣、どこで手に入れたのですか?』
『あ、えと、これは〜、』
女性は剣を見せながら、
『私のパ…こほん、私の父が木で作ってくれた剣なの。』
よく見ると、銀色に塗られてあるけど木っぽい作りだった。
『そうですか…では、先ほどは何を…』
『み、見なかったことに…アレ?もしかして君、いっぴきおーかみじゃない?』
昔の僕は有名みたいだ。
『え、えと、まぁ、そ…』
『やっぱり‼︎』
女性が近づいてきた。
この人は元気だなぁ。
『あ、はい…』
僕は、完全に勢いに押されていた。
『あの!』
『はい!』
びっくりして、自然と返事をしてしまった。
近いな…
『私に、剣術を、戦い方を教えてください!』
『え”ぇ”!』
驚いた。
まじか…
『このあと時間ありますか?』
まぁ、今日は早めに帰れたからな。
『まぁ、ありますけど…』
『やたっ!』
女性は喜んでいた。
『あ、私は桜乃.美亜[サクラノ.ミア]!』
『僕は、銅.甘です。』
僕も自己紹介をする。
『え?いっぴきおーかみじゃないの?』
え、
本名じゃないですけど、
多分…
本名を知らなかった。
『周りからはそう呼ばれてたみたいだけど、僕は今、銅甘と名乗ってます…』
『そうなの‼︎』
そんなに驚かないで…
『えと、戦い方を教えてほしいんですよね?』
『はい!お願いします!』
何から教えればいいんだ?
『あ、木剣がこっちにあと1本あるから待ってて!』
そう言って、奥にある倉庫へ走っていく。
そして、
倉庫から、木剣を持ってきた。
『はい!甘の剣!』
そう言って、木剣を渡された。
え?今、
甘って言った?
『教えてください!甘師匠!』
もう、わけわからん!
うーん…とりあえず、
『僕と戦ってみましょうか。』
『ええ‼︎』
『遠慮なく来てください。』
戦ってみないとわからないからなぁ。
僕は、木剣を構える。
『って!後ろの子だれ‼︎』
今気づいたの⁉︎
騒がしいな。
『この子は琥珀さんです。ちょっと怖がりなので、この状態で…』
『2対1なんてズルい!』
人の話を最後まで聞いてくれない…
『琥珀さんは戦わないので1対1です!』
ちょっと疲れた。
『じゃあ行きますね!』
桜乃さんがこちらに剣を構える。
でも、動かない。
なら、
僕がいく!
僕は、桜乃さんに近づく。
と、
『うわァァァァァァ!』
桜乃さんは倒れた。
『まだ、何もしてないですけど…』
『こわあァァァァァア!むりむりむり!私の負けです!許してください!死にたくないですぅぅぅぅぅ‼︎』
『・・・』
かなり疲れた。
『戦ってみないと、アドバイスとかできないので…』
『ううううううう!』
泣くなよ!
こんな時間がしばらく続いた…
『い、いいい…いきますよ……』
桜乃さんは、震えていた…
『僕は攻撃しないので…来てください…』
まずは、攻撃の方から見てみよう。
桜乃さんが、木剣を構える。
と、
視界から、桜乃さんが消えた。
『え?』
気づくと、目の前にいた。
!
僕は、急いで攻撃を防ぐ。
速い!
攻撃が次々と襲ってくる。
話が違うじゃないか!
僕は、バランスを崩しそうになる。
桜乃さんは、その隙を見逃さなかった。
『やべ!』
なんとか、避ける。
!
まだ、終わらない。
スコン!スコン!スコン!
次々に攻撃がくる。
『やあ!』
どちらにしても、僕に攻撃させる隙がないな。
『はあ!』
強い攻撃がきた!
僕が持つ木剣に力強く押し付けてくる。
『よし、終わりです。』
だが、やめない。
あれ?
桜乃さんの顔を見てみる。
『こわ!』
僕に殺意があるのかな?
『終わりです!もうやめて?もういいストップ‼︎』
『あ、』
桜乃さんの手が止まった。
なんとか止められた。
危うく殺されるところだった。
『どうですか!』
どうって、
『殺されるかと思うほど強かったです!』
『そんなことはないでしょ〜』
自覚ないのか…
『それで、どこをどう直せばいいのかな?』
『直すところなんてないです!』
本当になかった。
『なんだよそれ!』
本当に、
今の僕に教えられることはありませんよ!
『そうなると…防御力はどれくらいかを見ておきたいな。』
さっき怖がっていたしな、
『あ、もうそろそろ帰らないと〜』
急に帰ろうとし始めた。
『じゃあ、また次の時に見てみようか。』
そのまま家のドアへ向かって行く。
マジで逃げる気かよ。
『逃げるようじゃ、強くなれないですよ。』
そう言った途端、桜乃さんの動きが止まる。
そして、
『強くなりたいよ!でも、怖いじゃん!』
まったく、
『最初はゆっくり始めていくから大丈夫だと思いますよ。』
『ほんと?』
『ほんとですよ。さぁ、始めましょう。』
僕はまず、かる〜く木剣を振るう。
『えい!』
バシッ!
僕が振るった木剣を跳ね返した。
『そうそう、そんな感じです。』
もう一度、違うところからゆっくり剣を振るう。
次のも跳ね返した。
次は少し速く振るう。
そうして、
少しずつ速く振るっていく。
と、
『うわぁ!』
まだそれほど速くないところで、桜乃さんが逃げた。
『もう無理!ダメ!』
どうやら、防御の方が苦手のようだ。
まぁ、1人でずっと素振りだけをしていたのならこうなるか。
相手がいなければ防御することはない。
逆に、素振りをずっとしていたからあんな攻撃ができたのかも。
『桜乃さん、今の君に必要なことは、対戦で防御をしながら戦う力だと思います。』
『ずっと1人でしてきたからかな、誰かに剣を向けられたことなんてなくてね。えへへ、』
疑問に思っていることをまず、訊いてみよう。
『桜乃さんはなぜ、剣を振るうのですか?』
これを知っておいた方がいいかもしれない。
『私は、本当の両親に捨てられてちゃって、いじめられたこともあってしばらく孤独だったんだ。でも、今の優しい親と出会えて、幸せにもなれた。だから、そんな優しい人を守ってあげたくて、だから強くなりたいの!』
今の桜乃さんを見れば、とてもそんな過去があったなんて思えない。
でも、桜乃さんは黒い髪だが、緑色の目を持つ人狼だった。
きっと、辛い過去を忘れようと、心配かけないようにと、無理矢理元気な人を演じているのかもしれない。
なら、
『わかりました。一緒に強くなりましょう。』
僕は笑顔で言う。
『はい!よろしくお願いしますね!甘師匠!』
桜乃さんが手を差し出した。
僕も手を差し出す。
そして握手をする。
桜乃さんが、今までで1番の笑顔を見せた。
5
『また明日〜!』
桜乃さんと別れ、家に向かって歩く。
桜乃さんは、見えなくなるまで手を振り続けていた。
もう、あたりは暗くなってきた。
『甘ちゃん、浮気?』
『え?』
琥珀さんが言った。
琥珀さんの顔をよく見てみると、ちょっと拗ねているみたいだった。
『なんでそうなるんだよ〜』
戦い方を教えただけだよ。
それに、
すぐ隣にずっと、琥珀さんいたじゃん。
と、
前から、
足音が聞こえてきた。
そして、暗闇から、
あの時の男!
僕は、琥珀さんを庇うように手を広げた。
『やぁ、また会えたね。』
男が言った。
『君は、誰ですか?』
僕は警戒したまま、言う。
『僕かい?僕は…レイン。』
それは本名なのか?
やはり、怪しいな。
『そう警戒しないでくれよー、まだ君に悪いことしてないでしょー。』
男はヘラヘラとしている。
だけど、
『腰にあるのはなんだ。それ、剣じゃないか?それで何をする気だ?』
剣を持っている。
レインという男、かなり危険だ。
『違うよ。これは剣じゃなくて、刀だよ。』
!
レインが刀を鞘から少し抜く。
そこに、月を反射し怪しく光る刃がみえる。
僕は、銃を手に持った。
『まぁまぁ、待ってくれよ。僕は君を傷つけたいわけじゃない。コイツはただの護身用だ。』
『そんなものをどこで手に入れた。』
刀、そんなものが簡単に手に入るはずがない。
『それは簡単さ。刀も剣もないなら作ればいいだけ、だろ?』
それも作ったのか?
そんな簡単に作れるものじゃないはずだ。
『そこまでして、護身用だとは思えないな。』
『あまり信用されてないなー、まぁ仕方ないか、』
そんなものを持っていて、信用なんてできるはずがない。
『一体、何がしたいんだ?』
男はニヤリと笑った。
『君の弱点について伝えておこうと思ってね。』
僕の、弱点?
『君は自分から攻撃をしない。相手からの攻撃を受けてから戦うようにしているみたいだね。』
それは…
『目覚めてから少しの間は、君から攻撃していたのになぁー。また、戻ったんじゃないか?君は、敵にも優しくしようとしてるように見える。それじゃあ、近いうちに殺されちゃうよ?』
見ていたのか。
でもそれは、
『せめて、僕から傷をつけたくはないからです。』
自分から傷をつけることは良くないと思ったから。
先に手を出すのも相手からではないと僕が悪くなる気がしたからだ。
『まず君は半年ほど眠っていたみたいだけど、今の君はあまりに弱すぎる。』
っ!
ストレートに言われると辛いな…
『昔はあんなに強かったのに、今は…あれが本気か?』
『・・・』
本気、
僕の本気は、
『自分が弱いと思ってないか?戦うことが怖いと思ってないか?それじゃ、強くなんてなれないよ。』
…そうかもしれない。
僕は、自分が弱いと思っている。
僕は、戦うことが怖いと思っている。
『僕は思うんだ。本当に人が傷つけ、殺し合うことが悪いことなのかと。』
それは、言わなくてもわかる。
『人を傷つけることは悪いことだ。』
だが、レインは笑った。
『君も、善人を救うために悪人を傷つけているのにか?』
『それは…』
なんと言えばいいのかわからなくなった。
『たとえば、他の動物で例えてみようか。多くの動物は縄張りを作って、入ってきた敵を追い払うか、殺すまで戦う。殺さないと、自分が、大切なものが殺されるかもしれないからだ。』
レインが横の林の方を見て言った。
そこは今真っ暗だけど、きっとそういうことが起きているのかもしれない。
『君は、犯罪を犯すような人でも優しくしようとする。でも、その必要があるとは思えない。要は、今の君のままじゃあ近いうちに死ぬことになるだろうから、死ぬくらいならいっそ殺すかしたほうがいいってことさ。』
『たとえ極悪人だろうが、僕が殺されそうになろうが、そんなことをしてはいけない!』
人を殺すことはしたくない。
そんなことをしてはいけない。
『それはなぜだ?悪いことをした人が本当は悪くないとでも思っているのかい?でも、犯罪を犯しただけでそいつはもう悪者なんだ。君も、誰かのために戦ったのに犯罪者として扱われたんだ。』
それは、
『悪いことをしたのには、何かしら理由があるかもしれない。僕だってそうだ。それを勝手に何もかも悪い人だとは思いたくないし、正しいことを教えることも大切だと思う。』
『なるほど。君は悪人を善人に変えたいということか。ははは!君らしい答えだ。』
レインは何かを考えているようだった。
『僕が今から人を殺しに行くと言ったら、君はどうする?』
突然、レインが冷たい声でそう言った。
『その時は止める。』
本気なんだろうか。
『なら、君が止められる状態じゃなかったら?』
『それは……』
どうすれば、
どうすればいい?
『はい、時間切れ。もし、本当にこんなことがあったら、手遅れになってたよ?』
…手遅れ、
『一時期君がしていたみたいに、銃を使うなりした方がいい。その方が、人が助かる。』
その通りだと思った。
『人を救うためには、犠牲も必要なんだよ。』
そして、レインはこちらへ歩きだす。
!
気づくと、すぐ真横にいた。
『そうすれば、昔の自分だって超えられるさ。』
そう言って、レインは暗闇に消えた。
鬼塚さんから言われたばかりなのに、ちゃんとしたことを何も言い返せなかった。
『人を救うためには、犠牲も必要。』
僕は、レインの言ったことを繰り返し言った。
本当に、それでいいのだろうか。
そんなことを考えながら、家に着いた。
手を洗い、着替えて、夕食を食べて…
・・・
手には先ほどのスマホが、
気になる。
僕のスマホになったんだ。
電源を入れる。
スマホの画面が光る。
『おぉ!』
感動する。
こんなものを手にするなんて、思っても見なかった。
スゲーなコレ!
指をスライドさせれは、それに合わせて画面が動く。
1つのアプリをタップすると、アプリが開かれる。
このアプリは、無料で電話やメールができるんだっけ。
名前はフルネームにしている。
アイコン?
コレはなんだろう。
カシャッ!
!
気づくと、琥珀さんが何かをしていた。
琥珀さんのスマホの画面を覗くと…
『・・・』
僕の横顔が映されていた。
『甘ちゃんの写真ゲット!』
写真を撮っていたのか。
琥珀さんは嬉しそうに言った。
琥珀さんは使いこなしているみたいだ。
これかな?
僕もカメラを開く。
カシャッ!カシャッ!
よし、琥珀さんの写真をゲットした。
琥珀さんの驚いた顔が映し出された。
『また撮られた〜』
琥珀さんは悔しそうに言った。
と、
ピロン♪
!
スマホに、琥珀さんから何かが送られた。
{甘ちゃん、琥珀だよ。送れてる?}
と、メッセージが届いていた。
僕も、何か送ってみよう。
{甘です。琥珀さんからメッセージが届きましたよ。こちらも送れてるかな?}
と、送ってみた。
そして、すぐに、
{届きました♡}
と、琥珀さんから返事が来た
届いたみたい。
本当にすごいな。
電話もしてみよう。
琥珀さんに電話をしてみる。
プルルルルル、と僕のスマホからなるとともに、
琥珀さんのスマホから音楽が流れた。
そして、
「もしもし?甘ちゃん?」
スマホから、琥珀さんの声が聞こえてきた。
隣に座っているから普通に聞こえてるんだけどね。
「琥珀さん、聞こえてるかな?」
僕も、スマホに向けて声を出す。
「甘ちゃんの声、聞こえてるよ。』
どうやら、こちらの声も聞こえているみたいだ。
なんなんだよこれ!
薄い板みたいなものなのに、こんなこともできるなんて…
技術ってすごい。
僕はかなーり感動していた。
6
Ⅱ
今日は、
第2隊の2人と他の隊からも1人入り、6人で見回りに行くことになった。
『俺は第2隊の上峰.司[ジョウミネ.ツカサ]だ。』
上峰さんは少し怖そうだ。
『次は私だな。私が第5隊に所属している島田.有希[シマダ.ユウキ]だ。よろしくな!』
島田さんはガタイが良く、優しそうだった。
そして、あと1人は…
『ぼ、僕は第2隊の、岡野.晴人[オカノ.ハルト]です、よろしくお願いします…』
岡野さんは自信がなさそうに言った。
僕と如月さんも自己紹介をして、今日の見回りポイントへ行く。
今回は水族館や桜の道公園のあたりだった。
ここは小洒落たお店が多くあって、見ているだけでも楽しめそうだ。
でも、遊びに来たわけではない。
気を引き締めないと。
『今日も頑張って行こうな、みんな!』
島田さんが言った。
『おう!平和のために頑張ろうぜ!』
如月さんも言う。
『はい、頑張りましょう!』
僕も言う。
『は、はい!頑張ります!』
岡野さんも緊張気味に言った。
が、
上峰さんは何も言わない。
『上峰さんも、頑張ろうな!』
島田さんが言った。
でも、
『んなの、言われなくてもやるに決まってんだろ。』
上峰さんは冷たく、目を合わせないままそう言った。
剣士にもこんな人はいるんだな。
やはり、怖そうだ。
その後も、特に会話はしないまま、時間だけが過ぎていった。
お昼の時間だ。
『よし、お昼を食べようか!』
島田さんが言う。
その声に、上峰さんだけか答えなかった。
昼食。
皆で食べようとしたが…
上峰さんだけか別のところで1人で、食べていた。
『上峰って、そっけないな。なんかあったのか?』
如月さんが言った。
その通りだと、誰もが思っただろう。
僕も思った。
『あまり、話しかけたりしないほうがいいかもしれないな。』
島田さんが言った。
1人の方が良いのかもしれない。
でも、今は同じグループとして働いている以上、放っておくわけにはいかない。
『あの時、第2隊で起きたことが原因でしょうか?』
『まぁ、そうかもしれないな。岡野さん、今までの上峰さんはどんな人だったんだ?』
島田さんが岡野さんに訊いた。
『あ、えっと、今までの上峰さんはここまで冷たくはなかったと思います…』
やはり、あの時のことが原因なんだろう。
『仲間である以上、あのままにしてはおけないんじゃないか?』
如月さんが言った。
やはり、放ってはおけない。
『そうだな。悪い、放っておいてはいけないよな。』
島田さんがそう言って立ち上がる。
その後、皆も立ち上がり、上峰さんのところへ行く。
『上峰さん、宜しければお隣よろ…』
『いいわけねーだろ、あっち行けよ!』
・・・
島田さんの言葉を最後まで聞くことなく断った。
『じ、上峰さん、いつものように皆で…』
『は?嫌に決まってんだろ!』
『ですが…』
『お前みたいなのを見てるとイライラすんだよ!お前、剣士に向いてねーんじゃねえの?』
岡野さんの言葉に冷たく、酷いことを言った。
『おいおい、同じ仲間に流石にそれはないんじゃないか?』
如月さんも言う。
が、
『はぁー、うっせえな、お前らなんか必要ねーんだよ!』
そう言って、上峰さんが席を立ち、
外へいく。
『待ってください!』
僕と岡野さんが止めようとしたが、如月さんに止められた。
『今の状態じゃ、追いかけても意味ないと思うぜ?仕方ないが、1人にさせた方が良いだろうな。』
如月さんが言った。
予想外のことに混乱していた。
どうすればいいのかわからない。
『私が無線で伝えよう。』
そう言って、島田さんが無線を取り出した。
岡野さんは悲しそうな表情をしていた。
7
それから、上峰さんを探しながら見回りをする。
と、
『あそこ、なんか様子がおかしくねーか?』
如月さんが言う。
如月さんが見ている先に…
男がいる。
近づいて見てみると。
『あっ!』
そこに、
包丁を持った男がいた。
その包丁の刃が、
小さな女の子の首元に突きつけられていた。
『まずい、あの女の子を助けないと!でも、どうすれば…』
島田さんがそう言った。
どうやって?
人質がいるので下手に近づけなかった。
『こんな時、どうすりゃいいんだ?』
如月さんも、
いや、皆がどうすればいいかわからないようだった。
『・・・』
方法は、なくはない。
僕にしかできないかもしれないが。
『僕がこの銃で、男の右腕を撃てば助けられるかもしれません。』
右腕を撃てば、包丁を落とすかもしれない。
だけど、それは、
賭けである。
『それは…大丈夫なのか?』
最悪、腕に当たらず、女の子が殺されてしまうかもしれないし、女の子に弾丸が当たるかもしれない。
でも、他にいい方法は思いつかない。
『とりあえず、無線で伝えよう。』
島田さんが無線を取り出し、今の状況を伝えた。
そして、複数の隊が向かってくれることになった。
だが、
様子を見て判断するしかないとのことだった。
この状況では、どうすることもできないのだろう。
相手が油断をしない限り、チャンスはない。
でも、そんなのを待ってはいられない。
『どうすれば…』
岡野さんも心配そうだ。
まずい、移動しようとしている。
車で移動されたら追いつけない。、
最悪、もう見つけられないかもしれない。
でも考えても、いい案は浮かばない。
ん?
包丁…
『僕、とりあえず行ってきます。』
『銅!大丈夫なのか?』
皆が心配そうに見てくる。
『わからないです。だけど、行かないと。』
あの子が怖がっている。
僕は、向かう。
『琥珀さんは、そこに隠れてて。』
僕は琥珀さんに、近くの自動販売機に隠れるよう言った。
『おい!近づくなと、言っただろ‼︎』
包丁を持った男が、近くにいた人たちに怒鳴る。
僕は、近づいた。
試してみるか…
と、
男が、こちらに気づいた。
『おい!コイツが殺されたくなければ、それ以上近づくな‼︎』
僕はその場で止まる。
『お前、剣士かよ!今すぐ、持ってるもの全てを捨てろ!』
・・・
僕は、剣をその場に置いて、銃に手をかける。
そして、
銃もその場に置いた。
『それで全てか?』
僕は、手をあげて何も持っていないことをアピールした。
『剣士ごときが俺を止められると思うなよ!コイツの命がかかってんだ!下手なマネはすんなよ。』
男は、女の子を乱雑に扱った。
僕は気づかれないよう、ゆっくり深呼吸をした。
『君は、何が要望でこんなことをしたのですか?』
男がサッとこちらを見た。
『喋るな、お前には関係ねぇよ。』
・・・
『じゃあ、なぜそんなに悲しそうなんで…』
『喋るなと言ってるだろ‼︎』
男が怒鳴る。
その目に、悲しみが見えた。
男が近づいてきた。
『お前、調子に乗るなよ。剣士だからってヒーローぶるなよ。お前に、何がわかるんだよ!』
男の様子が気になる。
やはりだ。
やはり、この男は悲しいんだ。
僕は黙ったまま、悲しそうな顔をする。
『なんだよ、なんなんだその顔は!俺をおちょくってんのか?舐めてんのか!ああ⁉︎』
『辛いから、そんなに悲しそうなんじゃないのですか?僕には君の辛さをわかってやれないけど、でも…』
『そんなことはどうだっていいんだよ!黙れよ。悲しくなんてねぇんだよ!』
『こんなことをしたら、君が損をすることになる。そんなことをさせたくないんだ。』
『損をするなんて、んなことはわかってんだよ!でも、させたくないなんて嘘なんだろ?お前みたいなの、信じられるわけねーだろ!』
そうだ。
僕も、
『僕も、人を信じられない。人は嘘をつけるし、簡単に騙せる。人とはそんなものなんです。』
僕もまだ、心から信じられる人は…
琥珀さん、
あの子なら、信じられるだろうか。
『俺を!あんな奴らと一緒にするな‼︎』
男が大声をだした。
『今、君がしていることがどういうことかわかって…』
『だから、黙れよ!お前に何がわかるんだよ‼︎』
相手は、なかなか引き下がらない。
でも、
僕も引き下がらない。
『黙ってなんかいられません。関係のないその子を苦しめてしまったら、君を苦しめた人と同じことをしているのと変わらないんですよ!君がその子を殺してしまったら、もっと苦しむことになるんですよ!それでもいいんですか!』
『っ!わかってんだよ、そんなことは…でも、悔しかったんだよ!俺の全てをバカにされて!全てを取られて…辛かったんだよ……』
男が、涙を流しながら言った。
『僕には、君がどれほど辛かったのかはわかりません。僕が体験したわけではないですし、辛さの感じ方は人それぞれですから。でも、それがとても辛いことは僕にもわかります。今までよく頑張りましたね。』
僕は、優しく言った。
男は、女の子をはなしてしゃがんだ。
そして、泣いていた。
後ろから、島田さんと如月さんが来た。
『大丈夫だ。まだ、君ならやり直せる。』
島田さんが男に言った。
『スゲーよ銅!』
如月さんは僕の頭をガシガシと撫でてくる。
『あの人が持っていたものがナイフではなく包丁だったので、本当に悪い人ではないんじゃないかなって思ったんです。』
今までの多くの人はナイフを使っていた。
だが、この人は違った。
それが、少し気になっていた。
『それだけで行ったのか?』
正直、そうだった。
でも、
剣士として、人を守る以上…
『あの女の子が怖い思いをしている以上、早くあの場にいないといけない気がして…試してみようと思ったんです。』
最悪、近づいただけでってこともあるかもしれない。
今回のようになってくれなかったら、
それこそ詰みだ。
そう考えると…
今になって、安心した。
その途端、足の力が抜けたような感覚がした。
僕はそのまま、尻もちをつく。
『銅!大丈夫か!』
如月さんが心配してくれた。
遠くから岡野さんも心配そうな顔をして近づいてきた。
『だ、大丈夫ですか?銅さん…』
『はい。安心したらちょっと、腰が抜けてしまって…』
頭をかきながら笑って言った。
こちらの方はなんとかなった。
だけど…
『すまん、俺が1人にした方がいいなんて言って止めたから…』
その後も上峰さんは見つからなかった。
8
18時ごろ。
もう、仕事も終わる時間になった。
しかし、見つけられず。
剣士署にも戻ってないそうだ。
『銅、あとは俺たちが探すから帰っていいぞ。』
夜の見回りを担当する方々が言った。
『申し訳ございません。よろしくお願いします…』
僕は頭を下げて言った。
仕方ない、帰ろう…
気になるけど、僕はまだ上峰さんのことも島のこともあまり知らないので、任せよう。
今日は…
桜乃さんは、待っているのかな。
とりあえず行ってみよう。
『おそ〜い、』
桜乃さんは庭で待っていた。
『どれくらい待ってました?』
『5時間くらい?かな。』
え、そんなに待ってたの?
『ごめんなさい…』
『いいよいいよ、これから教えてくれれば全然OK!』
やはり、元気だな。
だけど…
『もう、ほとんど真っ暗ですよ?』
全然見えない。
『あはは!どうしよ、』
こんなに暗くなってしまったら教えられそうにない。
でも、
今日は特に遅かったとはいえ、仕事がある時は、もう薄暗い頃に終わるので…
大したことできないかも。
『明日は早くこれる?』
『明日も仕事があるから…今日より少し早くならいけると思う。』
どうだろうか?
『うーん、また明日でもいいかな?』
まぁ、そうするしかないよね…
『あぁ、今日はごめんね。明日は早めに行けるよう頑張るから。』
『気にしないで!私に付き合わせちゃってるんだから。それじゃーねー!』
桜乃さんが手を振った。
僕は、桜乃さんに背を向けて歩きはじめる。
結局、今日は何もしないまま帰ることになった。
……
僕は、桜乃さんの方へ、また振り返った。
『あの、桜乃さん。』
僕は、桜乃さんに話しかけた。
『ん?どしたの?』
どうなるかはわからない。
でも、一応訊いてみよう。
『桜乃さんは、剣士になりたいと思ってたりしますか?』
『知らないの?女性は剣士になれないんだよ?』
鬼塚さんが言っていた。
女性が剣士になることは認められていないと、
つまり、女性は剣士にはなれない。
だけど、
桜乃さんは、剣士に向いていると思った。
だから、
『もし、なれるとしたらなりたいですか?』
少しして、
『なれるのなら、なってみたいな。人を救う仕事ってカッコよくない?』
そうか、
まだ、18歳以下である僕が剣士として認められた。
そして、
18歳以下であり、女性である琥珀さんも認められている。
なら、
『わかりました。』
僕は、もう一度別れを告げて歩き出す。
やってみないとわからない。
でも、
やってみるだけの価値はある。
9
僕と琥珀さんは再び歩く。
『あの子を剣士に入れるのかい?』
!
暗闇から、声が聞こえた。
その声は知っている。
『レインか、』
草地を歩く音。
そして、
闇から人影が見えて、
『覚えててくれたんだね、嬉しいよ。』
僕の前に、立った。
『今日は何のようだ?』
するとレインは笑顔を見せて、
『まずは、君の言う通りだったところもあったってことについて謝罪しよう。』
レインはそう言って、頭を下げた。
『今日の、あの包丁を持った男とのやり取りを見て思ったんだ。』
今日のも見ていたのか。
『銃を撃てば、もっと速く終わっただろう。でも、あの男は本当に悪い人というわけではなかった。君の選択は間違っていなかったと思う。』
僕の勇気は無駄ではなかった。
少し、安心できた。
『でも、今回は運が良かっただけ。世の中には、命の重さがわかっていない人が多くいる。今日のは少し、無理やりだったんじゃないか?最悪、君が現れたことで人質も君も、殺されていたかもしれない。』
それは、
僕も思ったこと。
だけど、他に良い方法は思いつかなかった。
『君も、少しわかったんじゃないか?』
僕は頷く。
色々と、わかったこともある。
助けたいというだけで行動することの危険性。
もっと、慎重に考えて行動しないと、
『まあ、わかっているのならこの話はこれくらいにしよう。次は、僕の予想だけど、琥珀ちゃんについて僕が考えたことを話そうか。』
琥珀さんのこと?
『君は、琥珀さんが人狼だと思うかい?』
人狼だと言われて、酷い扱いを受けたんだ。
人狼なんだと僕は思っている。
『琥珀さんは、人狼だと思います…』
髪は銅色、目は琥珀色。
なら、人狼…
?
『僕の予想では、琥珀さんは人狼ではないと思うね。人狼なら、嫌なことがあっても立ち向かえる力がある。そして、人狼は孤独に生きようとする者ばかりだ。でも琥珀さんは、戦うことが苦手みたいだし、君と一緒にいたがるみたいだ。』
人狼ではないなら何だ?
『琥珀さんは人狼ではなく、「負け犬」だ。』
は?
悪口?
何だよそれ。
僕は、レインを睨む。
『僕のことを睨んでも意味はないよ。僕がつけたわけじゃないからね。可哀想だけど、一部の理解している人はそう呼んでいるんだ。』
負け犬。
酷い名だ。
『負け犬と呼ばれている人は、髪や目の色が黒や茶色ではない人。だけど人狼とは違い、能力や筋力は普通の人間と同じなんだ。だから人狼のような力がないのに人狼だと思われて酷い扱いを受ける、可哀想な人なんだよ。』
それは…
『つまり、髪や目の色が違うだけの普通の人ってことだよ。』
そんな…
琥珀さんがあれほど辛い思いをしていたのは全て、
勘違いだったと?
無駄だったと?
『人狼って言葉は、人間に化けた狼ってことで嘘をついている、という意味があるそうだ。だから、こっちも酷い意味なのさ。』
何もかもが酷い。
『他には、髪を他の色に染めたり、カラコンをつけたりして人狼を装ったり、逆に普通の人間のように振る舞うような人もいる。そんな奴らを「化け狐」と呼んでいるよ。』
『・・・』
僕と琥珀さんも化け狐として生きれば、もっと楽に生きれるだろうか。
『化け狐になれば、楽になれると思ってないか?頭を染めたり、カラコンを手に入れることは、かなり難しいんだ。化け狐は、犯罪を犯すような人から人気なんだよ。だから、化け狐が現れないように、美容師で頭を染めることは禁止されているし、お店でカラコンを売ることも禁止されている。』
犯罪、
人狼が、普通の人間のフリをして…
そんなこともあるだろう。
『でも、裏でこっそりと製造、販売をしている人がいる。そして、それを高値で売り、それを買う人がいるのさ。』
と、
レインが、琥珀さんを見た。
そして、歩み寄ると、
『琥珀ちゃん。君は、甘くんを殺そうとする化け狐スパイじゃないよね?』
琥珀さんに、冷たい声で言った。
そうか、
人狼のように振る舞って、信じ込んだ人狼を殺す。
そんな使い方もできるのか…
琥珀さんは、身体を震わせて怯えていた。
でも、
僕は、何もできなかった。
今までのは演技で、騙すためだったら?
そんなことは信じたくない。
僕は、琥珀さんを信じると決めたんだ。
だから、
『琥珀さんは悪い人ではありません。夢で昔、琥珀さんが辛い思いをしていたことも知っている。それが、騙すための演技だったとは思えない。』
しかし、
レインは納得していなさそうだった。
『夢が、本当に正しいものなのかはわからないだろう?君が眠っている間に、細工をされたのかもしれない。人狼は知能が高いから、それなりの演技をしてきたのかもしれない。多くの人狼は、簡単に人を信じたりはしないんだ。だからいつも孤独なのさ。』
でも、僕の周りには僕を信じてくれる人狼がいる。
『それでも、僕は信じる。信じるときめたから、孤独でいたくないから。』
僕は、それだけを言って琥珀さんの手を握る。
そして、歩く。
『騙されてはいけない。人は平等ではないのに、命の数は平等に、一つだけですから。』
何を言われようとも、もういい。
孤独は自由だが、寂しい。
誰かと笑い合える方が幸せだ。
たとえ、裏切られても、
信じてみたいんだ。
希望を、自ら捨てたくない。
-はぁ、
やはり、簡単にはうまくいきませんね。
彼らの後ろ姿を見る。
もう、暗闇に消えてしまった。
『信じることで何が変わるのかを、僕に見せてくださいね。』
別の生き方をする人狼の、
その結末が、楽しみだ。
強い風が、被っていたフードを脱がす。
月の、眩しく感じるその光が、
僕の、
赤い髪と青い目を照らした。-