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放課後、学校の廊下で見慣れない顔とすれ違った。崎野沙季。一見ふざけたような名前なのは、両親が離婚し、名字が変わったからだと聞いた。
「あの子見た? 横浜から来た転校生」
「なんというか、愛想無いよね」
「高二になったタイミングで島に移住してきたんでしょ?あっちで何かトラブル起こしたんじゃないの 」
「両親が離婚してんだって、だから愛想ないんだよ 」
瀬戸内海に浮かぶ、 人口が2000人程のこの島で、横浜から来た転校生は、異質そのものだ。
娯楽に飢えたこの島では、噂だけが独り歩きし、やがて収集のつかないほどの作り話へと姿を変えていく。
昇降口まで歩いたところで、図書室の鍵を掛けるのを忘れていたことを思い出した。ポケットからじゃらじゃらと学校の鍵を取り出し、生徒会でも無いただの生徒が、こんなものを持っていて良いのかという疑問を持ちつつ、足早に向かう。
図書室は離れの旧校舎にあるから、滅多に人は立ち入らない。足をすすめるごとに、賑やかだった生徒の声や気配が遠ざかっていき、不気味に感じる。
図書室の古びた木製の扉を開けると、図書室特有のかびた匂いに思わず顔が歪む。四人がけの机が五つと、それを囲むように大きな本棚が並んでいる。西日が差し込み、日にやけた本が乱雑に押し込まれた本棚を照らし、それがやけに眩しく思えた。
早く戸締りをして帰ろうと思い図書室に背を向けると、かたっ、という音が響く。本でも落ちたのかなと思い振り向くと、窓辺の席に、読書をしている人影が見えた。
崎野だ。
肩まで切りそろえた黒髪と、ややつり目気味の大きな瞳が印象に残っている。特別可愛いという訳では無いが、凛としていて、人を寄せつけないオーラがあった。
そっと近づくが、崎野は反応しない。気がついていないのか、それとも意図的に反応しないのか。
「ねえ、崎野だっけ」
「えっ」
崎野は、驚いたように顔を上げる。どうやら僕が居ることに気づいていなかったらしい、不意をつかれたような声をあげていた。
「悪いけど、もうここ閉めるんだ」
「いつもは夜までやっているのに?」
「今日はテスト最終日だから、先生の採点が始まるんだ、生徒は全員帰されるよ 」
「そうなの」
知らなかった、といい席を立ち、読んでいた本を適当に本棚に押し込んでいた。その声は少し残念そうで、僕は、罪悪感を押し殺すように鍵穴に鍵を突っ込んだ。
旧校舎の廊下を二人で歩く。その距離は三歩ほど空いている。それもそうだ、クラスメイトとはいえ、話したことのない女と二人きりは気まづい。歩きを早めて立ち去ろうとした。
「ねえ、ここ以外になんかないの」
その言葉が、僕に向けられたものだと認識するまで、少しの時間を要した。
「なにかって?」
「暇を潰せる場所」
暇を潰せる場所なんて、こんな田舎にあるのだろうか。あるのは漁港と八百屋くらいじゃないか。コンビニさえバスを使って行かなければ行けないのに。
そう悩んでいると、僕の気持ちを汲み取ったのか、彼女は、 スタバとかマックとか、なんでも良いよと付け足けたした。そう言われても、ファストフード店が無いからどうしようもない。
「悪いけど、ここからスタバへ行こうと思ったら、広島まで出ることになる」
「他には?」
「この島に、何かあると思う?」
逆に何があるのと言わんばかりの顔をしている。横浜から来てひと月だ、そう思うのも仕方がない。
「そんなに食べたいなら、材料買って家で作って食べれば良い」
「家には帰りたくないから」
あっけらかんとした顔で答える。何か事情でもあるのだろうかと思ったが、面倒だし関わらない方がいいかと思い、適当な答えを探す。
「それは僕も同じかな」
やや目を見開き、そうなの、と崎野は答えた。それから、彼女は一瞬思考する素振りを見せた後、再び口を開いた。
「この後、暇だったりする?」
「暇だけど…」
すると、崎野は少しの笑みとともに僕に言った。
「少し着いてきて貰いたいところがあるんだけど。」
同世代の女の子から誘われるなんて、僕の人生では無縁だと思っていた。
僕は一つ返事で承諾した。