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~CHIAKI side~
「うわあ、これはやられたね」
行きつけのバーの店長が、スマホ画面に表示された紗那と乃愛の写真を見て困惑の表情をした。
千秋はカウンターテーブルに座って辛口のカクテルを飲みながら真顔で宙を見つめている。
店長は眉をひそめながら訊ねる。
「誰がやったか、見当ついてる?」
「ああ」
千秋は短く返答した。
「彼女は大丈夫かな? 会社に行きづらいんじゃないかな」
千秋はカタンとグラスをテーブルに置いて、黙ったまま立ち上がる。
そしてそのまま店を出ていこうとした。
千秋の背後から店長が声をかける。
「どうするの?」
訊かれた千秋は宙を睨みつけながらぼそりと言う。
「ひとりずつ地獄に送ってやる」
店長は額に汗を滲ませながら苦笑した。
「あーあー、千秋怒らせちゃったな。知らねー」
マンションに帰り着いて10階の部屋へ向かう。
インターホンを押したら紗那が出てきた。
「こんばんは、千秋さん。こんな遅くにどうしたんですか?」
紗那は泣いていたのか目を腫らしている。
それを見た千秋は思わず彼女を抱きしめた。
「え? 何、どうかしました? もしかして酔ってるんですか?」
「酔ってない」
「じゃあ、何? いきなりこんな夜中に来て、まさか……」
千秋は顔を離し、紗那の顔をまっすぐ見つめて言う。
「俺の前で強がらなくていい」
すると紗那は目を見開いたまま、ぼろぼろと大粒の涙をこぼした。
「あれ? うそ……なんで、止まんな……」
すると千秋の手が伸びて、紗那の頬に触れた。
彼は指先で紗那の涙を拭い、それから彼女の髪を撫でた。
「大丈夫。誰もいない。思いきり感情ぶつければいい」
「誰もって……千秋さんがいるじゃない」
紗那は泣きながら苦笑した。
しかし、千秋がぎゅっと抱きしめると、紗那は嗚咽を洩らしながら訴えた。
「どうして……なんで、こんなことばっかり……私が、何をしたって言うの?」
千秋は黙って紗那を抱きしめながら頭を撫でる。
「もう、いやだよ……つらい、よお……」
紗那はぐすぐすと泣きながらその胸中をぶちまける。
今はどんな慰めの言葉も彼女には響かないと千秋はわかっていた。
ただ、彼女の気持ちが落ち着くまでひたすら待った。
しかし、彼の胸中は静かに怒りの炎が燃え上がっていた。
(許さない。この子を泣かせた奴ら全員、必ず報復する)
その晩は紗那の部屋にそのまま泊まった。
そして千秋はキッチンで朝食を作った。
彼の怒りの炎は落ち着くこともなく、むしろさらに燃え上がっている。
それを紗那の前では出さないように、完璧な笑顔を作っていた。
朝食の匂いに誘われて紗那がリビングへ顔を出す。
彼女は泣き腫らした目をしていたが、ダイニングテーブルの料理を見て笑った。
「わっ、味噌汁がある。これ作ったんですか?」
「日本にいるとき祖母が教えてくれたから」
千秋は穏やかな口調で答えた。
「いただきます」
味噌汁を飲んだ紗那はほっこりした表情でため息をついた。
「美味しい。幸せ」
「少しは心が楽になった?」
「寝て起きたら落ち着きました」
落ち着くはずなどないだろうが、紗那はこれまでも頑張って気を取り直してきたのだろうと千秋は察している。
「しばらく会社を休んだらどう?」
「そういうわけにはいきません。いろいろやらなきゃいけないことがあるので」
「君は真面目だな」
「当たり前のことをしているだけです」
「逃げてもいいんだよ?」
「逃げるのは、まだ早いと思います。もし、どうしようもなくつらくなったら、また慰めてくれます?」
紗那が上目遣いで訴えるように見つめてきたので、千秋は真っ赤になって両手で顔を覆った。
「千秋さん……?」
すると彼は少し顔を上げて目線だけ紗那に向けて言った。
「いくらでも」
紗那は安堵したように微笑む。
それを見て、千秋の胸中の炎はさらに燃え盛ったのだった。