コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
~YUTO side~
紗那が出ていったあと、乃愛が転がり込んできた。
このまま乃愛と暮らしてもいいと思っていたが、1週間もすると嫌気が差した。
乃愛は何もせずリビングのソファに寝転がってスマホばかり見ているのだ。
「なあ、腹減ったから何か作ってよ」
「えー? やだぁ。だって乃愛、料理できないもん。あ、このバッグ可愛い~買っちゃお」
優斗はうんざりしていた。
(あーくそ。こういうとき紗那は素直に言うこと聞いてくれるのにな)
優斗は食品棚からカップラーメンを取り出し、湯を沸かす。
(ていうか、起きたらメシできてるのがフツーだろ)
優斗はイライラしながら沸いた湯を注ぐ。
蓋をしてスマホを手に持ちゲームをしながらふっと笑った。
(まあ、いいか。同居すればぜんぶ母さんがしてくれるしな。乃愛も俺の母さんに教育されれば何とかやるだろう)
突如インターホンが鳴り、乃愛がパタパタと玄関まで出ていった。
「どうもー、〇×▽ピザで~す」
「はぁーい。お待ちしてましたあ!」
優斗は目を見開いて「は?」とぼやいた。
乃愛が嬉しそうにテーブルで箱を開封すると、ピザの匂いが瞬く間に充満した。
「きゃあ、美味しそ―」
「え? お前いつの間にピザ頼んだの?」
「さっき。バッグ買うついでにオーダーしといた」
乃愛は綺麗にネイルした手でピザを掴んで「あーん」と口を開けて食べた。
それを見た優斗はしばらく呆気に取られていたが、次第に表情を歪ませた。
「いや、ピザ頼むなら言ってよ。俺、カップ麺に湯入れたじゃん」
「うん、優くんはそれ食べればいいでしょ。乃愛はピザ食べるから」
「は? なんだそれ」
「これ、乃愛のお金で買ったの。何か問題ある?」
乃愛はピザをもぐもぐしながら2枚目を手に取った。
(まじこいつ、何言ってんだよ? そこは俺に食べるか訊くだろ?)
優斗がじっと見ていても乃愛はまったく気にするそぶりを見せず、次々とピザを頬張った。
(いやいや、訊くだろ? 食べるかってフツー訊くだろ!)
優斗はだんだん苛立ってきた。
しかし乃愛はきょとんとした顔で優斗に訊ねる。
「どうしたの? 優くん。カップラーメン冷めちゃうよ?」
優斗は唖然とした。
(俺にはこれを食えと?)
結局、乃愛はピザをすべて自分で平らげ、優斗はカップラーメンをすすったのだった。
乃愛は背伸びをしたあとソファにごろんと寝転がる。
そして、あろうことか優斗にきゅるんとした目を向けて言った。
「ねえ、優くん。えっちしよ」
優斗は驚愕のあまり固まった。
そして、次第に苛立ちが募ってきた。
(バカなのか? こいつ。こんな目に遭ってそんな気になれるかよ)
優斗が無言で不機嫌をアピールしたら乃愛は「つまんなーい」と言ってスマホをつつき出した。
その様子を見て優斗は表情を歪める。
(くそっ、こいつは早く母さんに教育してもらわないとだめだ)
優斗はすぐに電話をかけて、母にすべてを話した。
すると母はすぐにこちらへ来ると言ったのだ。
(とりあえず母さんになんとかしてもらうか)
優斗はにやりと笑った。
そして1時間ほど経った頃、優斗の母が訪れた。
乃愛を見た母は一瞬真顔だったが、じっくりと上から下まで観察したあと、よそゆきの愛想笑いを浮かべた。
「まあ、あなたが乃愛さんね。はじめまして」
優斗母を見た乃愛はきょとんとした顔になった。
乃愛が挨拶を返さないので、母は表情を引きつらせる。
「おい、俺の母さんだぞ。お前、挨拶しろよ」
優斗が問い詰めると、乃愛は「なんで?」と軽く返した。
優斗は絶句し、優斗母は目を見開いて驚愕している。
(嘘だろ? 紗那はすぐに頭を下げて挨拶したぞ? どういう神経してんだ? この女)
ふたりの様子を見た乃愛は、あっと思いついたように声を発した。
「優くんのお母さん、とりあえず座ります?」
乃愛はソファに手を向けて、優斗母に言った。
優斗母は眉を引きつらせながらソファにドカッと座り込んだ。
「優くん、あたしメイクしてくるね」
そう言って乃愛は洗面所へ向かった。
乃愛がいなくなって母がいきなり優斗に詰め寄った。
「乃愛さんは挨拶もできない子なの?」
「そうみたいだ。母さんが教育してよ」
「当たり前よ。山内家の嫁になるなら厳しくしないと」
優斗と母は乃愛と話し合いをする計画を練る。
そして乃愛が着替えを済ませてばっちりメイクをして戻ってくると、優斗は彼女を床に正座させた。
乃愛は意外にもすんなり床に座った。
優斗母がソファに座り、上から見下ろす形になっている。
どちらが優位に立っているか、思い知らせるためだ。
「さて、乃愛さん。あらためて挨拶するわ。あたしは優斗の母よ」
母が優越感満載の顔でそう言うと、乃愛は「ども」と軽く会釈をした。
優斗母は愛想笑いをしながらこれからのことを淡々と語る。
優斗と結婚したら同居すること。
祖母の介護を手伝うこと。
平日は仕事をして家事は夜にすること。
父は食の好みがうるさいので、これから山内家の料理の味を覚えてもらうこと。
「家賃や光熱費は折半でいいわ。昼間は仕事があるでしょうから家事はまとめて夜にしてもいいのよ。おばあちゃんはヘルパーの人が来るからあなたは休日だけ面倒みてくれればいいの。親戚の集まりが年に10回くらいあるわ。料理が苦手でも大丈夫。あたしがみっちり仕込んであげるから!」
優斗母は嬉々として語る。
乃愛はきょとんとした顔で聞いている。
優斗は満足げに笑っている。
しばらく母の話が続き、ようやくひと息ついた頃、乃愛が控えめに手を上げた。
「あのー、それって、嫁にメリットひとつもないですよね?」
優斗も母も「は?」という顔で固まった。
乃愛は口もとに人差し指を当てて宙を見上げる。
「だってぇ、仕事してるのに同居して全員分の家事やって介護? しかもお金まで取られるの?」
乃愛は優斗と母に目を向けてさらっと告げる。
「それって嫁じゃなくて奴隷だよねー」
それを聞いた優斗は急に慌て出した。
「乃愛、お前その言い方…」
「てゆーか、優くんは家で何するの?」
「は……?」
すっとんきょうな声を上げる優斗の代わりに母が答える。
「優斗は男よ。男の役割は外で仕事をすること。女は家を守ると昔から決まっているでしょう?」
すると乃愛が「やばっ」と声を洩らした。
「優くんママ、頭の中アップデートしたほうがいいですよぉ」
「なっ……」
「だって嫁は仕事して家のこともするのに、男は仕事だけでいいなんて」
乃愛はきゅるんっとした顔で言い放つ。
「優くんただの役立たずじゃーん!」
優斗母は眉を吊り上げ、引くついた顔になった。
それでもどうにか怒りを表に出さないようにしている。
「あなた、息子をバカにしないでちょうだい」
「だってお母さんが女のことバカにしてるんでしょー」
「乃愛さん、年配者にはもっと丁寧な言葉遣いをしなさい。うちの近所は礼儀正しい人たちばかりなの。あなたの態度だと評判が悪くなるわよ。困るのはあなたなのよ?」
優斗母の言葉を聞いた乃愛はますます目をぱっちりさせて訊ねる。
「えー? なんで乃愛が困るんですかぁ?」
「ご近所を歩けなくなるでしょう?」
「別に優くんの実家の近所を歩いたりしないのでご心配なくー」
乃愛はにこっと笑って返した。