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新しく出来た寿司屋は中々良い店構えだった。澪も素直に褒めていたし、千里ははしゃいでいた。通されたお座敷は畳も真新しく。部屋からは青笹が美しい中庭の風景が楽しめて、俺も良い店だと思った。

俺達は握りたての寿司に、出来立ての茶碗蒸しに天ぷらと食事を楽しんだ。

帰りは人力車でも呼んで帰るかと流行りのサクラビールの三本目を開けたところで、千里が寝てしまった。


無理もない。

今日は三組ほど千里にお茶を点てて貰った。疲れが溜まっていたのだろう。澪と視線があい、ひとまずは横にそっと寝かせて。澪が自分の羽織りを掛けてやっていた。


その様子を見て三本目のビールの瓶を空にしてから、帰ろうと澪と意見が一致した。


「このサクラビール、さっぱりとした甘めで美味しいね」


食器が片付いた机の上。

向かいに座る澪に、切子硝子の杯を傾けながらそんなことを言ってみた。


「僕は新式焼酎の方が好きやけどな」


そうは言いつつ。こくりと杯を傾ける様子から、それなりに気に入ってるのだろう。

こんな風に澪と酒を酌み交わすなど、半年前は考えも出来なかった。

澪とこんな風に他愛のない会話ですら俺には嬉しく。酒が進んでしまう要因だがそこは、そっと抑えてことりと杯を置く。


「さて、千里が寝てしまったから丁度いい。千里が背負っているものはおおよそ、先ほど話したことに間違いはないだろう。澪はどう思う」


「どう思うも、何も。拾った|野良猫《千里》は……実はかぐや姫やったぐらいの驚きはある。けど、かぐや姫を見世物にしたいとは思ってない」


「かぐや姫か。言い得て妙だな」


そんな例えをするのは千里の血筋。千利休ではなく。《《誰が産んだか》》に起因すると思った。

澪の家ではあえて俺達が話題にしなかった事柄。確定もなしに口にするにはあまりにも恐れ多い。


だから澪は俺の言葉を特に反応することもなく。また一口ビールを口に含んだ。


澪の言った通り。千里はとても眩しい存在になっていた。

千里は二ヶ月前に宗南寺で大勢の前でお茶を点てた。

その姿はとても美しく。十六歳の立ち振る舞いではなく、熟練した舞のように大人顔負けの色香さえ漂わせていた。

かと思えば、あどけない笑顔で抹茶ミルクティーなる飲み物を作り。英語を喋り。俺達が想像も付かない素晴らしい飲み物を人々に振る舞った。


俺と澪はその一件以来、お互いあゆみよることが出来た。


俺達の仲を取り持ってくれた千里には、大変感謝しており、訳ありだろうが、なんだろうが。手を貸したいと思っていたが──逆に手を貸して貰う事になった。

そのことにふと苦笑してしまう。


「兄上、なにを想っているかは知らんけど。兄上こそ、これからかぐや姫は月に返すか。どうするか。

どう思ってるんや」


「そうだな。今しばらくはこの地に止まって貰いたい。けど、かぐや姫が……千里がどうしたいか、はっきりと決めたとき。俺達に要求してきたものが例え『火鼠の皮衣』でも『蓬莱の玉の枝』でも。商人らしくキッチリと望みのものを揃えてやるだけ、かな」


千里がこの先、どうしたいか決まったとき。例えそれが無理難題でも叶えてやりたいのだ。それぐらいには恩を感じている。


「堺の職人は器用やから、それぐらいやったら作ってしまうかもな」


「ならいっそ残りの三つの宝物も作ってみるか」


澪も俺と同じ思いだとわかった。

互いにくすっと笑い、ビールを飲む。

喉ごしに爽やかさ炭酸を感じながら思う。現状、千里は藤井屋お抱えの『茶道の先生』と言う立ち位置に居る。

しかも千里は外国人のお客様とも会話が出来るから、本当に助かる。

なにせ宗南寺の評判が評判を呼び、千里に会いたい。お茶会を開いて欲しいと希望者が殺到した。


それを全て受けるほど馬鹿正直ではない。澪とも相談した上で藤井屋の上顧客。もしくは高額支援者。一部の人達だけに千里を引き合わせると言う方針にした。両親も俺達の経営には文句を言わず納得している。


もちろん。千里にも了承を得ている。むしろ無邪気に微笑み、お茶を点てることが嬉しいと言っていた。


表面的にはそれでいい。しかし違う角度から見たら──俺達はアコギな商人と見えるかも知れないと、俺と同様に澪も自覚はしているのだろう。


千里と言う『かぐや姫』見たさに集まった人達に商談をかける。話がまとまったら『かぐや姫』に合わせる。


その姫は実に無垢。

お茶会のときは姿は普段の男装ではなく、女性の着物を身に纏い。薄化粧までしていた。この表現は些か俗ぽっいが──少女から大人の女性への過渡期。瑞々しい花をみているようだった。

「……古兵の議員様すら虜にするのだから、末恐ろしい」


「ん。何か言うたか?」


「いや」


何もと言いながらビール瓶に手を伸ばして。瓶に残っているビールを澪の杯に入れると、無言で澪も瓶に手を伸ばして俺の杯を満たし。瓶から黄金の雫が杯に一滴落ちた。

澪が静かに空になった瓶を置く。


「さて、この一杯でお開きだな。今日は千里に頑張って貰ったから明日のお茶会はない。ゆっくりと休んでくれと伝えてくれ」


わかったと、返事をした澪の視線は千里に向いていた。

視線を向けられた千里はすやすやと眠っている。

昼間に茶道の申し子だとか、客人を喜ばせていた片鱗はない。


「千里は心からおもてなしをする。相手思いやる心に満ちているから、皆惹かれるんだろうね」


澪が千里から手元の杯へと視線をむけて、静かな声で喋った。


「それもあるけど、付加価値やな。言い方は悪いが花魁と一緒。これだけ金を積んだから会える。特別なおもてなしを受けれる。ある種のステイタス、自慢やな」


「ステイタスね。澪を目的に支援をしているご婦人も多いとか?」


「その言葉そっくり返すわ」


翠緑の瞳が挑戦的に俺を見つめたので、俺はそれをさらりと受け流し。煙に巻く。


「でも、一度見つけてしまったかぐや姫は竹の中に戻してやれない。花魁になった女は普通の女に戻れない。千里は人並み外れた才能を持つと世間に知れてしまった、その千里をただ田舎へと戻すのは危ない。愚行だ」


そうだろう? と微笑みながら続けて言う。


「せめて地位を与えてやる方が身を守れる。特に桐紋の連中には手が出しにくいだろう。そうして、我ら兄弟が背後に控えていると思わせてやる方がいい」


「ほんま、口は達者なことで」


「澪と同じく商人だからね。だからと言って、見世物になどはしない。千里の気持ちを優先して、今しばらくは藤井屋に協力をして貰うで良いだろう。心配しなくても人の心を踏み躙ることはしない。それは商売人ではなく詐欺師。それぐらい心得ているさ」


「そうやな。|山《月》に帰らずもう少し|地上《藤井屋》に居てもらうしかないか」


「あぁ。それとは別に俺が思う最良がある」


少し温くなった残りのビールをゴクっと飲み干してから、ふぅっと一息つくと。

澪も杯を傾ける角度を付け、楽しげに聞いてきた。

「へぇ、どんな?」


「かぐや姫が月にも地上にも留まらず──帝を選ぶ」


ゴホッと澪は咳き込んでから「千里はまだ子供。|帝《男》なんてまだ早いやろ」と、一気に残りのビールを飲み干した。


「十六歳が子供とは俺は思わない。成熟した大人とも言わないが……そうだな。千里が澪か俺に惚れたら」


「商人に帝は似合わんな」


澪はタンっと、空になった杯を机の上に置いた。


「他の帝に掻っ攫われるよりいいと思うけどね。もちろん、これは仮定の話しだ。俺も澪も千里も、それぞれの気持ちが大事だからね。で、ときに澪には誰かいい人は居ないのか?」


「今それを言うかっ」


その反応から良い人は居ないのだろうと思った。お互い仕事が良き相手になっているのだろう。


「しっ。そんなに大きな声を出すと千里が起きてしまうよ」


ぴくりと澪が体を揺らすと千里が「うぅん」と、小さな声を漏らしてころんと、寝返りを打った。

俺も残りのビールを飲み干す。


「ビールも飲んだし。さてと帰ろうか。千里を布団の上でちゃんと休ませてやりたいしね」


「……兄上の嘘か誠かは読みにくい」


それこそお互い様だろう。

千里を守る為と言うのなら、関東などの遠方。

身分がしっかりした家族へと、養子縁組の手続きでもしたらいい。

千里ならどこでも喜んで迎え入れてくれる。それを思いつかない澪ではない。

じゃあ、なぜ手元に置きたがると聞いたら『商人だから』と言う建前が返ってくるだろう。


ひとまずは現状維持だなと思いながら。


──そんなことはないと緩く、首を振るだけにしたのだった。

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