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今日は藤井屋でのお茶会もなく、お手伝いもないお休みの日。

いつも通り。私は和室に居て本日は臣様から頂いた夫人雑誌『花ノ友』を読んでいた。


この雑誌には流行りの服装から、職業夫人の紹介。

新作キネマの案内に今月は麗人。社交界の華『椿姫』様の巻頭特集があった。


「舞踏会かぁ。どんな場所だろう。椿姫様お人形みたいで綺麗だな」


モノクロの写真でも椿姫様は美しかった。

しかも椿姫様の瞳は青いという。とても素敵で憧れてしまう。


ほぅとため息をついて、ほかの記事も読んでいく。


臣様はその他にも色んな本を私にくれた。大衆雑誌に、童話集、西洋料理の本、古典物語、歴史書。中には英語の本もあった。


それらを読んで、藤井屋でのお茶会で出会う人達のことを思えば日々。私はいかに山の中で、世間知らずだったのだろうと思うばかり。


「私、このままでいいのかな」


すると頭の中で『いい訳がない』ともう一人の私がすぐに返事をした。

『皆様みたいに立派な人達にならなくては』と、鼓舞してくる。

しかし具体的にはさっぱり思い浮かばない。私に何が出来るのだろうかと首を捻るばかり。


それに私を追っている桐紋の人達のことを解決していない。

ここ二ヶ月何もなくて、向こうが諦めてくれたのかも知れないと、都合よく思うようになっていたけど。


「そんな訳ないよね……」


私が去ったあとの家も滅茶苦茶にされたとはいえ、気掛かりだと思ったとき。和室に澪様が現れた。


澪様はいつもと違うお姿。

いつもは鮮やかな着物を好まれるのに、本日は薄墨の朝もやのようなしっとりとしたお姿だった。


落ち着いた色を纏われると、臣様と雰囲気が良く似てると思った。


「澪様。そのお姿、今日は私もお休みですが澪様もお休みで?」


「そう。今から出掛けようかと思う。千里も着いておいで」


「私も一緒に? 藤井屋のお仕事とかですか?」


「違う。墓参り。ここ最近忙しくて行ってなくてな。帰りにカフェで好きなもの食べさせてあげるから行こ」


カフェ! まだ行ったことが無かった。

澪様と臣様には昨日のように、お食事処には良く連れて行って貰えていたけど、カフェはまだ無かった。一瞬、心が湧き立つがお墓参りという言葉に雑誌を閉じて佇まいを直す。


「お墓参りなんて、大事な場所に私が一緒に行ってもいいのでしょうか?」


「あかんかったら最初から誘わない。ほら、玄関で待ってるから用意しろ。着物は男でも女でも千里が好きな方を選んだらええわ」


澪様はじゃ、と玄関に向かわれた。


そんな急にと思いながらも私も勢いよく立ち上がって、一瞬。迷ってから──せっかく誘って頂いのだから、行ってみようと出掛ける準備をするのだった。


「お、お待たせしましたっ」


準備を整えて急いで玄関に向かうと、澪様は玄関に腰を降ろして何か本を読んでいた。それを閉じて私の方を見て、びっくりした表情を浮かべた。


あぁ。そうか。私が藤井屋のお客様から洋服と帽子。靴の一式の贈り物があったのは言ってなかった。

今着ている、白いワンピースの洋服はお墓参りでも失礼にならないと思ったのだ。

こんな機会じゃないと着る機会に恵まれないと思って思い切って着てみた。

それに短い髪でも洋装ならなんとか、少しでも女らしく見えるはず。

変だったらつばの広い帽子を被ってしまえばいい。


「お、お待たせしました。さぁ、行きましょう」


玄関の靴箱の奥。こっそりと置いておいた靴を取り出して履いてみるとピッタリ。

トントンとその場で足踏みをすると、裾がふわりと広がって楽しい。その場でついくるくると回る。


洋服の着やすさと軽やかさにふふっと笑ってしまうと、澪様も草履を履いて私の横に立った。


「千里」


「はい。なんでしょう?」


ぱっと澪様を見上げると鼻をきゅっと摘まれた。


「!?」


「いきなり女らしくなるな。一瞬でも帝でも、ええかもと思ったしまった僕に謝れ」


いきなり鼻を摘まれて、驚いて手足をバタバタさせてしまったので澪様が何を言っているか聞き取れなかった。

それでもこの仕打ちはちょっと理不尽な気がして、両手で澪様の手を跳ね除けた。


「はぁ。な、何をするのですかっ。意地悪です!」


「はいはい悪かった。すまん。あとでカフェでライスカレーでもオムレツでも、なんでも奢ってやるから。あと、絶対に知らん男に付いて行くな。声を掛けられても無視をしろ。ええな?」


それは小さな子供が迷子にならないようにと、注意する口調だと思ってしまった。

……洋服。似合わなかったのかな。まだまだ子供っぽいと思われたのかなぁと思いながら「はい」と返事をして、家を出るのだった。


外に出ると良い天気で、帽子があって良かったと思った。帽子を被り澪様に尋ねる。


「澪様。どこまで出掛けるのですか?」


「西区の方まで。電車で行ってもええけど、人混み嫌いやし車を呼んだ。大通りにもうそろそろ、到着していると思う」


西区。あまり馴染みがなくピンと来なかった。

そうだお墓参りと言っていた。澪様のご両親は現在。では、ご先祖様かと思っていると澪様が懐から懐中時計を取り出して、時計を見ながら呟いた。


「今日、墓参りに行くのは僕の乳母の人──静子って言う人の墓。その人はキリスト教徒の人でな。西区草部にはキリスト教徒のお墓があるから、そこに行く」


「澪様の乳母の方……」


「静子さんは子供好きで明るい人やったから、千里みたいな子供が来たら喜ぶわ」


翠緑の瞳が優しく私を見つめた。

また子供扱いされてしまったが、今度はさほど気にならず。静子様が喜んでくれるならいいと思った。


「そうだったら、嬉しいです」


澪様は首を縦に振った。

そして大通りへと向かい。予約していた車に乗り込んだ。

私は車に乗るのが初めてで緊張したけど、乗り心地は良く。ぎゅんぎゅんと景色を追い越していくのが気持ち良かった。

途中、車を止めて貰って澪様は花屋で花を購入された。

その手に抱えていたのは白や桃色のお花が鮮やかな花束。まるで楽屋挨拶の手土産みたい。


車の中に戻って来た澪様に素直にキリスト教徒の方は仏花ではなく、明るいお花を備えるのがしきたりたのかを聞いてみた。


すると澪様がお花を見つめながら、静かに教えてくれた。


キリスト教徒の方への備えるお花は、私が思った通りであっていること。

静子様はお花が好きだったから、いつも華やかなお花を選んでいること。

静子様は澪様の髪や瞳の色に偏見を持つことなく。実の息子のように、大変可愛がってくれたと懐かしそうに教えてくれた。


澪様はそれ以上は語らなかったが、静子様は今でも大切な方には違いないのだろう。


私は今の話を聞いて凄く納得した。

澪様が持っていた|十字架《ロザリオ》。

澪様の羽織や庭のお花。

昔飲んでいたと言うミルクティー。

そして立派な商人になるという約束。


これは全て静子様との思い出。

静子様と言う方は澪様にとって、本当の母親以上に母親のような存在だったのだろう。


そんな大事なと引き合わせてくれることに、澪様が私を信用してくれていると思うと嬉しくなった。

窓から外を見れば、街の建物は姿をひそめて木々が多くなっていた。爽快な空の青さと緑。

宇治ではもっと濃い色合いをしていた。けど今は爽やかなこの景色もいいなと思うようになっていた。


そうしていると、車が止まった。

周りはのどかな場所で田畑が広がり、木材のどっしりとした家が並んでいた。その田畑を切り開くように、緩やかに山裾へと細く伸びている道があった。


澪様は運転手の方に一時間後に、またここに迎えに来て欲しいと交渉をして車を降りた。

私も後を追うように外に出ると、土と水の生き生きとした香りに目を見張った。


「澪様、ここは凄く気持ちの良い場所ですね。風もさわかです」


「堺の水の匂いとはまた違うな。単純に田舎ってこともあるけど。それより帽子、飛ばされないようにな」


言われて、きゅっと帽子のつばを持つとよしよしと、澪様が私の頭をポンポンと撫でた。


「この緩い坂の上にお寺があって、そこにお墓がある。ところで靴というか、踵は問題ないか?」


「踵ですか? 特になにも問題ありません。さぁ、澪様。静子様に会いに行きましょう」


率先して伸びやかな坂へとたたっと歩き出すと、澪様が転ぶなよと花束片手に歩き出した。

お茶会もいいけど、こうやって自然の中を歩くのはとても久しぶり。心がずっと晴れやかだった。


坂の上まで、すいすいあがると鳥居が見えた。

一礼してから端をくぐるとそこは手水舎。東小屋。そして本堂が見えた。

その両脇に墓跡があり。仏様の像が見えて、山に優しく抱かれたお寺だと思った。


「はぁ。そろそろ、この坂がキツイな。年かな」


坂を登り切った澪様が横でふぅっと深呼吸した。


「何を言うのですか。澪様はまだまだお若いです」


「千里に言われてもなぁ」


澪様ふっと軽く笑いながら、手水舎へと向かった。

まずは手を清め。

本堂にお参りしたあと、お寺から手桶と柄杓。箒にちりとりをお借りして、墓地へと向かった。


私はてっきり、十字架のお墓が並んでいると思いきや。縦長の石が並ぶ、普通の墓地だった。

澪様によると個人への祈りと。キリスト教の神様にも祈りを捧げてくれるのが、ここのお寺の特徴だと教えてくれた。


墓地は太陽が高いせいもあって、怖い印象はなく。山に馴染むような静謐さに包まれていた。


澪様がその中を静かに進み、足をぴたりと止めた。

そこが静子様のお墓だと思った。


「このお墓が……静子様のお墓。凄く綺麗ですね。身内の方が通っているのでしょうか」


すっと澪様に近寄り。手入れをされている墓石を見て、私の両親のことをふと思う。両親のお墓はお寺様に預けてあるからきっと問題はない。でも、そろそろ私もお墓参りをしなくてはと思った。


帽子を取ってから澪様を見つめる。


「親戚は遠縁。旦那は戦争で亡くなって、子供も流行り病で亡くなったらしいから……ここに来る人はあまりおらんかもな。その代わりに僕が永代供養費を出して綺麗にして貰ってる。あの人、綺麗好きなやったから」


澪様の表情はいつもより穏やかな気がする。


「そうなんですね。だったら静子様はきっと、心安らかですね」


「どうやろうな。せっかちな人やったから、今もあっちでバタバタと千里みたいに動き回ってる思う」


「わ、私。バタバタとなんかしてません!」


「前に庭で頭にカマキリくっ付けて大騒ぎしていたのに?」


翠緑の瞳が楽しそうに私をみてきた。


「頭にカマキリは誰でも大騒ぎします!」


「本当の男やったらそんな大騒ぎせぇへんけどな。さ、それより花を二つに分けるから。千里はその間、墓石の周りを簡単に掃いてやって」


澪様が笑いながら花束を二つに分けて、お参りの準備をするので嫌とは言えず。もうっと、息を吐き出しながら箒を手に取る。


澪様はいつもこうやって、さくっと私をからかう。でも悪い気はしないと言うか。私にお兄様がいたらこんな感じなのかと思ったとき。


澪様が私のお兄様。

それはとても素敵だけども……。


「……お兄様──?」


小さく声に出してみると、喉に魚の骨が引っ掛かるような違和感を感じた。なにかもっと違うような。


なぜ、そのように感じたのかは自分でもよく分からず。

とりあえず箒を動かして、墓石の周りを掃くことに専念した。

男装大正浪漫〜堺の街に香る恋と茶香譚〜

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