前回の続き↓
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少年を見かけることはなくなった。
もう、遠くの戦地へ行ってしまったのだろうな。
メイムは1人そんな事を考えながら夜道を歩いていた。
今日はやけに月明かりが眩しい。暇な夜の散歩に丁度いい。
目的もなく適当に歩いていると前方から人…ではなく神が歩いてきた。
「お前…神だな?」
無視して通り過ぎようとしたところで話しかけられる。
「そうだけど。」
「こんなところで神とすれ違うとはな、」
「うん、奇遇だね。」
適当に流してさっさと通り過ぎようとしたメイムにその神がまた声をかける。
「っ!お前、確か…」
(めんど…)
この流れは初めてではない。メイムにとっては実に面倒なものなのだった。
「つい最近生まれた、あの名も無き神ではないか?確か己が何の神かも分からないとのことの…」
「そうだね。」
「ならば最近噂を聞いたぞ。何やら人間の男児と交流しているそうではないか。」
「…もう交流は無いよ。多分。」
「それは…近頃の人間達の状況から見るに…
出征か?」
「…そうだけど。」
その話題を出さないでほしい。
「全く…人とは愚かだな。争いでしか物事の解決法を知らないのか…」
「争いへの精神=愚かさではないよ。苦肉の策という言葉もある。
私から見るに貴方はまだ衆愚の中にもいる誠実な人間を知らないように見えるな。」
「…貴様、先程から目を瞑っていたがまだ生まれて10年と少ししか生きていない身分で目上の神に敬語すら使えぬのか?」
「…」
「私が”まだ衆愚の中にいる誠実な人間を知らない”?愚をわきまえろ。私には貴様が醜い世間を知らない子供のように見える。」
「いや、知ってるからこそ私は今こうして貴方に意見を述べられている。
貴方が噂で聞いた少年は、純粋で誠実な子だったよ。」
「…人は短い一生の分、些細なことで変貌を遂げる。その少年が必ず死ぬまで誠実とは限らない。」
…こいつは、少年がいずれ衆愚共同然になるとでも言っているのか?
「現に貴様が変貌を遂げているではないか。神の身でありながら人と仲良くし、服まで人に寄せるなど…異変だ。」
...、
「その少年も相手が神と分かっていて関わりを持とうなど…」
邪な考えでもあったのではないか?
は?
とてつもない黒い感情とともに、少年の言葉がフラッシュバックする。
—僕も、貴方が好きです—
メイムの固く握った拳が、夜風を切った。
「ふーッ、ふーッ」
静寂な夜に荒い息がよく響く。
足元には己が着ている服の一部だったものがずたずたにされ落ちていた。
(あーあ、せっかくの服を…)
腹部と太ももの真ん中にある一文字の赤い線から赤い液体が滴り落ちる。
服を切られたとき肌まで届いてしまったようだ。
(…なんで、手が出たんだろ。)
—暴力を振るうとは…っ、なんと野蛮な!
貴様も所詮!人間と同様だ!!—
無意識だった。
何がここまで感情を動かしたのか、メイムには分からなかった。
(あの程度の皮肉に腹を立てたのか?今更あんなもの聞き慣れたはず…)
少年との関係に嫌味を言ってくる神などこれまでに何人もいた。
(…いや、私は少年の感情を貶されたのが許せなかったんだね。)
ー邪な感情でもあったのでは?ー
思い出すだけでも腸が煮えくり返る。
(先程までの一連の行動…
確かに人間らしい行動と言えるかもね。)
「衝動」
この感情があるからこそ時に人間は愚かな判断をし、時に成功へ導く。
「はーーッ…」
「血を止めなきゃだねー」
メイムは落ちている服の布端を拾い、月明かりの下、どこかへ歩き出した。
あの時から何度冬を巡っただろうか、メイムは何百回目の 春を迎えた。
それはメイムだけではない
「春風が心地良いのぅ」
横からふわりと微風が来る
「久しいね、稲荷の神。 」
「全く…妾の真名は『宇迦之御魂神』と教えたであろう?」
「貴方が初めそう名乗ったのでしょ。」
「あれはそちに警戒されぬよう『使いの狐』の方を名乗ったのじゃ。
わざわざ地位を下げてまで孤独なそちに話しかけたのじゃぞ?」
「ふふっ、そりゃどうも。」
メイムは座っていた桜の樹の枝から立ち上がる。
「名乗るといえば…そちにも疑問がある。
あの少年…そちと親しかったあやつじゃ。
何故『メイム』と名乗ったのじゃ?」
「貴方と初めて会ったとき知らない神が私に向かって言ってたから。」
「うむ…そうなのじゃがな、そちも気づいておったろう。
『命夢』『迷夢』『迷霧』『名無』…そちの名には数多の皮肉が込められておるはずじゃ。決して気分の良いものではない。」
そう、もちろん皮肉には気づいていた。しかし同時に納得もしていた。
「今の私にはこの言葉が合っていると受け入れていたからね。 でも…
これはもう私の名だよ。変えるつもりはない。」
春風に遊ばれる桃色の桜の花弁の中、メイムの琥珀色の瞳がよく目立つ。
その目は芯の通った力強い目だった。
(綺麗な瞳じゃのう。)
「少年が私をメイムと呼んだ。 ならもう『名無』じゃない、
私の名は『メイム』だよ。」
「…好きなのじゃな、あの少年が…」
「うん、そうだね。」
そういったメイムの表情はいつもの微笑の微笑みとは違う、母性のようなものに溢れた表情をしていた。
「…少年は、そちに恋していたぞ? 」
「うん、そうだね。でも私が少年に恋心を抱くことは無いから安心しな。」
「それは安心した。神と人間との恋路など、時の流れが違いすぎて報われぬ。
まあ、その一瞬のひとときに愛し合うかは本人たちの判断じゃが… 」
「…少年に思わせぶろうとは思ってないよ。
もっとも、人間の中では最高位に好きだけどね。」
「ふふ、時の流れとは恐ろしく早いものじゃなぁ。 あの大戦から、もうすっかり人々も復興しておる。 」
「土地を復興するのはいいけど、
あの出来事を完全に消してはいけないよ。」
「人間は知らないとまた同じ道を歩んでしまう。」
「…そうじゃの。」
今の時代、神たちはあまり人間達に干渉できなくなった。
人間は自分達の力で平和を築いていかなければならないのだ。
「では、妾はそろそろ村の神社に戻ろうかの。」
「そう、)
「あとお主、その破けた服をそろそろ直したらどうじゃ?」
そうだね。考えとくよ。」
「じゃあね。宇迦之御魂神」
「おや?珍しいのう、妾を真名で呼ぶとは…」
「次会うのは何年後か分からないからね。」
「ふふ、時の流れは早いからのう…
さらばじゃ。」
ふっ…と隣から気配が消える。
隣を見ると視界には可憐に散る花弁しか残っていなった。
「ふう…ん?」
視線を下に向けると17歳程の少女達が楽しそうに歩いていた。そしてその近くを腹の部分が開いた服を着た女性が歩いていく。
メイムは少女達とが履いているスカートと女性が着ている服に目を向ける。 数秒間凝視してから目を閉じる。
目を開けたとき、ズボンの裾はあの少女達が着ているスカートのように折り込みが入っており、腹の部分は端の乱雑な切れ跡が綺麗に揃えられていた。
(よし、これで良いんでしょ?稲荷の神。)
(…少年、もうどちらにせよ 君はこの世から居なくなる時代になったよ)
「…」
―何言ってるんですか!僕は貴方の記憶の中でずっと生き続けるんでしょう!?―
「!?」
咄嗟に振り返る。居るはずがない。
しかしメイムは安堵の表情をする。
「…あぁ、そうだね。 」
「君は私の中にずっといるんだった。」
メイムは胸の上に手を添えながらそう呟いた。
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End
コメント
2件
ファッ、、、可哀想過ぎる、、、、