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#ご本人様とは一切関係ありません
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あんにんどう腐(ゆ腐)
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さくら(皇千ト君最推し)
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正直Tくんこんな男やめておきなさい!笑と思ってしまいますが、やっぱり2人にはハッピーになってほしいです🥺 最初の頃のダークな関係も切なくてめちゃくちゃ好きだったので、このまま終わってほしくない気持ちもあり、でも幸せになってほしい気持ちもあり…続きが待ちきれないです!
うわあ……第8話、すごかったです。ルイがようやく「好きだ」って認めるシーン、胸が締め付けられました。カノンじゃなくてタイキなんだって、自分の中で答えが出た瞬間の「比較にもならなかった」って言葉が重くて。でもタイキの「遅いんだよ」が全部正しくて、傷つけた自覚があるから何も言い返せないルイの無力さが痛いほど伝わってきました。アダムの静かな優しさも沁みますね…。次が気になります。
カノン宅のマンションを出たあと、ルイはしばらく真っ直ぐ歩けなかった。
夜風が思ったより冷たい。
飲んだ酒の熱が少し残っているはずなのに、胸の奥だけが妙に静かで、逆に落ち着かなかった。
住宅街の通りは人も少なくて、遠くで車の走る音だけが薄く聞こえる。
街灯の下を通るたび、自分の影が長く伸びて、また縮んだ。
カノンの部屋を出る時、ちゃんと礼を言えたのはよかったと思う。
あの場で何も言わずに帰るのは、さすがに違った。
でも今、頭の中に残っているのは、最後のやり取りじゃない。
あの距離だ。
カノンが本気の顔で近づいてきた時。
逃げずに、冗談にも戻らず、真っ直ぐにこっちを見ていた時。
その呼吸が触れそうなところまで来た瞬間。
はっきり、浮かんだ。
タイキ。
ルイは歩きながら、小さく舌打ちしそうになる。
「……最悪」
声に出しても、何も軽くならない。
カノンは優しい。
ちゃんと見てくれる。
気も遣う。
言葉にできないところまで拾う。
押しつけない。
傷つけないように引くこともできる。
今日だってそうだ。
ルイが言葉にできないことを、ひとつずつ拾った。
“優しくした理由”を聞いて、逃げようとしたら見抜いて、でも責めなかった。
本気だと見せて、最後の最後でちゃんと止まった。
こっちが答えに触れたとわかった瞬間、追い詰めずに戻してくれた。
あんなの、十分すぎるくらいだ。
普通なら、そっちに揺れてもおかしくない。
むしろ、揺れない方がおかしい。
ルイは信号で足を止める。
赤い光が、濡れてもいないアスファルトを鈍く照らしていた。
ポケットの中でスマホが腿に当たる。
取り出す気にもならない。
なんでカノンじゃないんだ。
不意に、その言葉が胸の奥から浮かぶ。
本当にそう思う。
カノンは分かってくれる。
優しい。
近くにいても苦しくない。
言葉にしづらいことを、言葉にしなくても受け取ってくれる。
今日のあの部屋で、少しだけでも心がほどけたのは本当だ。
じゃあ、なんで。
なんでタイキじゃなきゃ駄目なんだ。
ルイはそこで初めて、歩道の向こうに映る自分の影から目を逸らした。
答えは、もう出ている。
カノンが近づいてきた時、止めたのは理性じゃない。
ルールでも、遠慮でもない。
タイキの顔が浮かんだからだ。
比較にもならなかった。
考える余地もなかった。
その瞬間に、自分の中で誰が特別かなんて、全部出ていた。
信号が青に変わる。
ルイは歩き出す。
でも足は重い。
カノンじゃない理由を、ひとつずつ考えてみる。
カノンは優しい。
でも、タイキみたいに胸をざらつかせない。
カノンは分かってくれる。
でも、タイキみたいに一言で呼吸を乱されない。
カノンは隣にいられる。
でも、タイキみたいに“他のやつの隣にいるだけで腹が立つ”ことがない。
それは、どっちが上とか下とかじゃない。
相性とか、タイミングとか、そんな綺麗な話でもない。
ただ、自分の感情が向く先が最初から一つしかないってことだった。
ルイはゆっくり息を吐く。
今さらだ。
ほんとに、今さら。
タイキが他の誰かと笑っているだけでイラついた。
モデルと近い距離で撮られて、見ていられなかった。
アダムと飯に行って、少し楽そうな顔をしてるだけで腹が立った。
優しくしたら逃げられて、焦って。
控室で「俺、お前の何なの」って聞かれて、答えられなくて。
そのくせ、いなくなるのは嫌で。
そこまできてまだ、“独占欲”とか“執着”で誤魔化そうとしてた自分が馬鹿みたいだと思う。
違う。
もっと面倒で、もっと単純だ。
タイキだからだ。
タイキが欲しい。
タイキに見てほしい。
タイキに避けられるときつい。
タイキに優しくすると、自分まで揺れる。
タイキが他に向くと腹が立つ。
それが全部。
ルイは歩きながら、片手で顔を覆った。
「……好きだ」
出た声は、自分で思ったより低かった。
夜の中に落ちて、すぐに消える。
でも、その二文字は消えなかった。
胸の奥に、そのまま残る。
好きだ。
タイキが。
口にした瞬間、少し楽になるかと思った。
でも実際には逆だった。
言葉にしてしまったことで、今までのこと全部が一気につながる。
最初のキスも。
“もう止めよう”と言われた夜も。
そこからエスカレートした触れ方も。
“来い”と呼ぶようになったことも。
優しくしたら逃げられたことも。
アダムに向けた嫉妬も。
全部
好きだったからだ。
好きだったくせに、やり方を間違え続けた。
その事実まで、一緒にのしかかってくる。
ルイは眉を寄せた。
好きなら、もっと別のやり方があっただろう。
こんなふうに相手を追い詰めるんじゃなくて。
呼べば来ることに甘えるんじゃなくて。
悲しそうな顔をさせる前に、止まれただろう。
でも止まらなかった。
怖かったからだ。
タイキが離れるのが。
何でもない顔に戻って、そのまま二人の間からそういう温度が消えるのが。
だから先に囲った。
離れにくくした。
支配にすり替えた。
好きだと認めるのが遅すぎたせいで、やり方が全部歪んだ。
ルイはもう一度、小さく息を吐いた。
「……ほんと最悪」
でも、それでも。
認めた今なら、ひとつだけはっきりしている。
なんでカノンじゃないのか。
なんで他の誰でも駄目なのか。
タイキじゃなきゃ、意味がないからだ。
タイキと同じ夢を見てきた。
同じ教室にいて、同じオーディションをくぐって、同じグループでここまで来た。
隣にいることが当たり前すぎて、失う想像をしなかった。
その“当たり前”が崩れそうになって、初めて自分がどれだけ深くそこに依存していたか思い知った。
ただ隣にいてほしいだけじゃない。
ただ近くにいてほしいだけでもない。
タイキに、ちゃんと自分を向けてほしい。
できれば、同じだけ。
無理でも、少なくとも“何でもない”では終わらせたくない。
そこまで考えて、ルイは足を止めた。
マンションはもう見えている。
エントランスの明かりが、夜の中にぼんやり浮いていた。
ここまで来て、ようやくわかる。
カノンが言ったことも。
アダムにムカついた理由も。
優しくした時に、タイキの反応が刺さった意味も。
全部、好きだからだ。
ルイはオートロックの前で立ち止まったまま、しばらく動かなかった。
好きだと認めたからって、急に何かがうまくなるわけじゃない。
むしろここからの方が面倒だ。
タイキはまだ怒っている。
当然だ。
“もう行かない”って言われたまま、何も返せていない。
好きだと自覚したところで、自分がしてきたことは消えない。
それでも。
今までみたいに、誤魔化したままはもう無理だ。
ルイはようやく鍵を取り出した。
金属が触れ合う小さな音が、やけに鮮明に聞こえる。
「……タイキ」
名前を呼ぶ。
今度は、さっきより少しだけ自然だった。
好きだ。
その言葉はまだ重い。
痛い。
でも、もう逃げ道にはならない。
カノンじゃない。
アダムでもない。
誰でもなく、タイキだ。
それだけは、はっきりしてしまった。
ルイは小さく目を閉じてから、オートロックの数字を押した。
扉が開く。
夜の静けさの中で、ルイはようやく一歩だけ前に進む。
自分が壊してきたものも。
これからちゃんと向き合わなきゃいけないことも。
全部抱えたまま。
それでも今夜、ひとつだけ確かなことがある。
ルイはもう、自分がタイキを好きだという事実から逃げられない。
翌朝のスタジオは、いつも通り忙しかった。
照明。
床を踏む音。
音源の頭出し。
スタッフの「おはようございます」が飛び交う空気。
何も変わっていない。
少なくとも、外側から見れば。
でも、ルイの中だけは、昨日までと明らかに違っていた。
好きだと認めてしまった翌朝。
その状態で、初めてタイキを見る。
それがこんなに面倒だなんて、思っていなかった。
ルイがスタジオに入ると、タイキはもう来ていた。
鏡の前で軽くストレッチをしながら、アダムと何か話している。
アダムが短く返して、タイキが少し笑う。
それだけの光景。
それだけなのに、ルイの足がほんの一瞬止まる。
タイキが笑っている。
それを見た瞬間、胸の奥が少しだけ熱を持つ。
昨日までも見ていた顔だ。
ずっと前から知っている顔だ。
でも今日のそれは、全部違って見えた。
笑う時に少しだけ細くなる目。
前髪の隙間から見える額。
ストレッチで上がった腕に浮く筋。
アダムの声を聞く時に、ほんの少しだけ身体を向ける癖。
今まで見えていなかったわけじゃない。
ただ、“見る側”として見ていなかっただけだと、ルイは今さら思い知る。
「おはようございます」
スタッフに声をかけられて、ルイはようやく我に返った。
「あ、おはようございます」
自然に返す。
自然に笑う。
表のルイは、ちゃんとできる。
でも視線だけは、勝手にタイキの方へ向く。
タイキも、気づく。
視線が合う一瞬手前で、タイキは目を逸らした。
早い。
迷いがない。
その避け方が、ルイの胸に小さく刺さる。
やっぱり、距離を取られている。
昨日までと同じ。
いや、昨日までより、こっちがそれを強く受け取ってしまう分だけ、余計にきつい。
「ルイ、おはよー」
カノンが軽く手を上げる。
「おはよう」
「顔、眠そう」
「寝てない」
「うわ、正直」
カノンが笑う。
その軽さに、ルイも少しだけ口元を緩めた。
でもカノンは、その奥を見ている。
昨夜、自分の部屋で何があったかを知っている目。
何も言わない。
ただ、知っているだけ。
それが今のルイにはありがたかった。
「じゃあ、位置ついてください!」
スタッフの声で、五人がばらける。
タイキはアダムの隣に自然に入った。
ルイはその少し斜め後ろ。
鏡の中で全員が並ぶ。
ルイは前を向いたまま、視界の端でタイキを追う。
タイキの身体の向き。
息の取り方。
カウントの取り方。
全部知っているはずなのに、今日だけはやけに鮮明に見えた。
好きだと自覚しただけで、こんなに見え方が変わるのか、とルイは内心でうんざりする。
曲が入る。
身体は自然に動く。
仕事は仕事だ。
それは崩れない。
でも、立ち位置の移動でタイキが少し前に出るたび、ルイの目はそれを拾う。
アダムがタイキに何か短く言って、タイキが小さく頷く。
そのやり取りまで拾ってしまう。
アダムは、気づいていた。
ルイの目が、前よりずっと露骨にタイキを追っていること。
タイキがその気配を察して、余計に正面しか見ないようにしていること。
アダムは何も言わない。
ただ、タイキの横に自然に立つ。
それが守るみたいに見えて、ルイはまた胸の奥がざらついた。
休憩に入る。
タイキはすぐにタオルを首にかけて、壁際へ移動する。
いつもなら誰かが近くにいても自然なのに、今日はそこにも薄い膜がある。
ルイはその背中を見ていた。
気づけば、また見ている。
(……何やってんだ)
自分に苛立つ。
でも止まらない。
「ルイ」
不意に、隣からカノンが小さく呼ぶ。
「ん」
「見すぎ」
ルイはそこで初めて、少しだけ顔をしかめた。
「うるさい」
「うるさくなるくらい見てるから言ってんの」
カノンは笑う。
でも、その声には本気で止める気はない。
ただ、気づかせるだけ。
ルイは小さく息を吐いて、壁に背を預けた。
少し離れたところで、タイキがアダムと並んでペットボトルの水を飲んでいる。
アダムが何か言って、タイキがまた少しだけ笑う。
その顔に、ルイの視線が吸い寄せられる。
タイキは、気づいている。
たぶん、ずっと。
でも、見ない。
見ないことで距離を守っている。
それが分かるからこそ、ルイは余計に何もできなくなる。
好きだと分かった翌日に、急に何かできるほど器用じゃない。
謝るにも、話しかけるにも、どこから始めればいいのかわからない。
だから結局、見ているだけになる。
それが今のルイには、情けなくてたまらなかった。
仕事からか帰宅したあと、タイキはしばらく玄関で動けなかった。
靴を脱いで。
リュックを置いて。
部屋の明かりをつけて。
いつもの流れのはずなのに、今日はやけに疲れていた。
身体じゃない。
たぶん、神経の方だ。
スタジオでルイの視線を感じた。
前よりずっとはっきり。
見られてる、と思った。
しかも、ただ見てるんじゃない。
何かが変わった目だった。
それが何かまでは分からない。
でもタイキは、鏡越しでも、視界の端でも、その熱をちゃんと拾ってしまった。
「……なんだよ」
小さく漏れる。
キッチンで水を飲む。
冷たいはずなのに、全然落ち着かない。
距離を置いたのは自分だ。
避けたのも自分だ。
それでいいと思っている。
いや、思おうとしている。
だって、離れなきゃ無理だ。
あのまま近くにいたら、また引っ張られる。
優しくされただけでぐらついて、最低だって思いながら好きだって自覚して、もっとぐちゃぐちゃになる。
だから距離を守る。
そう決めた。
でも。
好きなのも、本当だった。
タイキはソファに座り込んで、後頭部を背もたれに預ける。
ルイから離れた。
でも、好きだ。
それがこんなに面倒だとは思わなかった。
スマホが震える。
アダムだった。
アダム
“今日、ちゃんと食った?”
タイキは思わず少しだけ笑う。
本当に、アダムはこういう聞き方をする。
重くしない。
でも、放ってもおかない。
親指で返す。
“まだ。今からなんか食う”
少しして、すぐ返ってくる。
“えらい”
タイキは吹き出した。
“なんだよ、それ”
小さく呟く。
そのたった一言で、少しだけ肩の力が抜ける。
アダムの優しさに、ちゃんと救われてる。
それは認めるしかなかった。
でも、そこでまた別の顔が浮かぶ。
ルイ。
今日のスタジオで、ずっと自分を見ていた顔。
何も言わないくせに、視線だけがやたらと追ってきた。
「……ルイ、何してんだろ」
ぽつりと、出る。
言った瞬間、胸の奥が少し痛む。
わけがわからないのは、こっちだ。
距離を置いているのに、ルイのことばかり考えてしまう。
あんなに振り回されてきたくせに、今さら視線ひとつで落ち着かなくなる。
タイキは顔を覆った。
「無理だろ、これ……」
でも、それでも。
距離は守るしかないと思っている。
好きだからこそ、今までみたいな関係に戻るのは無理だ。
好きだからこそ、ちゃんとしないまま近くにいるのはもっと無理だ。
アダムのメッセージ画面を見ながら、タイキはもう一度だけ小さく息を吐く。
“ありがと”
それだけ送る。
すぐに既読がつく。
返事はまだ来ない。
でも、それだけで十分だった。
優しい人が隣にいる。
それは救いだ。
それでも、心の真ん中にいるのはルイだという事実は、少しも変わらなかった。
カノンが家に帰った頃には、0時を回りかけていた。
玄関の明かりをつけて、靴を脱ぐ。
部屋はさっきまでルイがいた空気を少しだけ残して、静かだった。
スマホを見る。
ゴイチからの返信は、この前ルイが家に来た日の夜で終わっていた。
自分が”大丈夫、ありがとな”
と返した後。
ゴイチ
“ならいい”
とだけ返ってきていて、自分も既読にしたまま。ゴイチとのLINEはいつもそんな感じで終わってる。
カノンは少し笑う。
「素っ気な」
そう呟きながらも、その素っ気なさがむしろゴイチらしくて、胸の奥がじんわりあたたかくなる。
翌日。
スタジオの入り時間は午後からだった。
カノンがロビー近くの自販機で飲み物を買っていると、後ろから低い声がした。
「湿っぽい顔してる」
振り返る。
ゴイチだった。
カノンは一瞬だけ目を見開いて、それから笑った。
「何それ。ひど」
「違うか」
ゴイチはそう言って、隣の自販機に小銭を入れる。
いつも通りの顔。
でも、よく見てる目。
カノンは缶コーヒーを受け取って、少しだけ肩をすくめた。
「……俺、失恋したっぽい」
ぽつりと、そう言う。
ゴイチはすぐに返した。
「知ってる」
カノンは思わず吹き出す。
「知ってたんかい」
「だいぶ前からな」
「うわ、最悪」
「お前がわかりやすすぎるだけ」
ゴイチは缶の蓋を開けながら、あっさり言う。
カノンはその横顔を見て、少しだけ黙った。
この人は、本当にずっと見てたんだなと思う。
ルイのことを見ていた自分も。
そこから少しずつ、自分でも認めたくなかった感情に気づき始めたことも。
「この前さ、ルイの飲み行った日」
カノンが前を見たまま言う。
「ちゃんと踏み込んだんだよね、一回」
ゴイチは何も言わない。
先を促すでもなく、ただ聞いている。
「でも。ちゃんと、フラれました」
「ルイには、やっぱりタイキ」
なんの気ない声でそのセリフとは裏腹にいつも通り明るく笑うカノン。
ゴイチの手がほんの少し止まる。
でも、それだけ。
「そっか」
短い返事。
軽くもない。
重くしすぎもしない。
カノンはその「そっか」に、少しだけ救われる。
「痛いけど」
小さく笑う。
「わかってよかった気もする」
ゴイチが缶を傾ける。
「お前、そういうとこちゃんとしてるよな」
「何それ」
「見切りつけるとこじゃなくて、ちゃんと見届けるとこ」
カノンは少しだけ目を細めた。
「褒めてる?」
「半分」
「残り半分は?」
「不器用」
その返しに、カノンはまた笑う。
寂しいのは本当だ。
昨日の夜、ルイが自分じゃなくタイキを選んだことは、ちゃんと胸に残っている。
でも今、こうしてゴイチと話していると、その痛みが全部ひとりのものじゃなくなる。
「ゴイチ」
「ん」
「ありがと」
ゴイチはこっちを見ないまま言う。
「まだ何もしてねぇ」
「してるよ」
カノンは缶を胸の前で持ち直す。
「こうやって普通にいてくれるだけで」
ゴイチはそこでようやく少しだけ目を向けた。
「そりゃ仲間だからな」
その言い方が自然すぎて、カノンは一瞬だけ言葉を失う。
それから、少し困ったみたいに笑った。
「相棒じゃなくて?」
「まぁ、合宿同室組の相棒?」
「なんだそれ」
「知らねぇよ」
ゴイチはいつも通りそう返す。
このいつもの適当さが今のカノンにはちょうど良くて。 その声は少しだけ柔らかかった。
カノンはその横に並ぶ。
失恋したっぽい。
たしかにそうだ。
でも、完全に落ちる前に、ちゃんと隣に立ってくれる相棒がいる。
それだけで、思っていたよりずっと立っていられる気がした。
この日の練習が終わる頃には、スタジオの空気も少し疲れていた。
大型ライブ前。
何本も通して、細かい修正を重ねて、最後の最後までスタッフの確認が続く。
メンバーもそれぞれ汗を拭いて、水を飲んで、帰る支度を始めていた。
「じゃあ今日はここまでで!」
「明日、入り午後からです!」
「おつかれさまでしたー!」
スタッフの声が飛ぶ。
カノンが「やっと終わったー」と肩を回して、ゴイチがその横でバッグを持ち上げる。
アダムは静かに「おつかれ」と言って、少し離れた場所でまだ荷物をまとめていた。
タイキは鏡の前でタオルを首にかけたまま、しばらく動かなかった。
疲れていた。
身体もそうだし、たぶんそれ以上に神経の方が。
今日のルイは、ずっと見ていた。
あからさまじゃない。
でも、前よりはっきり分かるくらいには。
だから余計に、落ち着かなかった。
「タイキ」
低い声が落ちる。
肩がわずかに揺れる。
振り返ると、ルイが立っていた。
少し離れた場所。
でも、その声だけで距離は十分近い。
タイキはタオルを握り直した。
「何」
ルイは周りを一度だけ見た。
ゴイチとカノンはもう先に出るところで、アダムも少し離れたスタッフと何か短く話している。
まだ人はいる。
でも、二人の会話までは届かない。
ルイはタイキを見て、言った。
「今日、来い」
タイキの目が冷たくなる。
「もう行かないって言っただろ」
間髪入れずに返す。
ルイは黙る。
でも引かない。
タイキはその沈黙ごと切るみたいに、低く続けた。
「また同じことになる」
声が少しだけ低くなる。
「お前の気分で呼ばれて」
「お前の気分で終わって」
「俺が帰る」
ルイは一歩近づいた。
タイキの言葉を遮るように。
「違う」
タイキが止まる。
ルイの声は低い。
でも、昨日までとは違った。
「……違うんだよ」
タイキの胸が少し強く鳴る。
何が違う。
そう思うのに、喉がすぐには動かない。
ルイは少しだけ眉を寄せた。
「昨日」
短く息を吐く。
「カノンの家行った」
タイキの目が一瞬動く。
ルイはそのまま言う。
「キスされそうになった」
タイキの心臓が一瞬跳ねる。
「……は?」
思わず、素の声が出る。
ルイはタイキを見る。
真っ直ぐ。
それから静かに言った。
「でも」
少し間。
「止めた」
タイキは何も言えない。
ルイは続ける。
声は低い。
でも、逃げていない。
「その時」
少し目を細める。
「浮かんだ顔」
短く言う。
「お前だったから」
スタジオの空気が、ほんの一瞬だけ静かになる。
タイキの呼吸が止まる。
胸の奥がドクンと鳴る。
でも。
タイキはすぐに顔を逸らした。
タオルを握る手に力が入る。
「……だから何」
低く言う。
ルイの目が少し細くなる。
タイキは続けた。
「それ」
小さく笑う。
でも笑ってない。
「俺に言う必要ある?」
ルイは何も言わない。
タイキの声が少しだけ荒くなる。
「カノンの家行って」
「キスされそうになって」
「でも止めました」
ルイを見ないまま言う。
「で?」
少し間。
タイキはゆっくり顔を上げる。
目が少し揺れている。
「それで」
声が低くなる。
「俺が浮かんだなら」
ルイを真っ直ぐ見る。
「なんで今まで」
短く息を吐く。
「俺にあんなことしてたんだよ」
ルイの胸の奥が強く鳴る。
タイキは続ける。
声が震えている。
「呼び出して」
「好き勝手して」
「俺が何も言わないの分かってて」
少し目が赤い。
「それで」
少し間。
「今さら」
小さく言う。
「来いって?」
ルイは動かない。
言葉を探す。
でも、すぐには出ない。
タイキは小さく笑った。
でも、その顔は苦い。
「……遅いんだよ」
その一言が落ちた瞬間。
ルイの胸の奥が、強く締まった。
タイキの表情に、その言葉に。
ルイは一度、床に視線を落とす。
短く息を吐く。
(傷ついてんのは、俺じゃねぇ……)
自分にそう言い聞かせる。
息を吸う。
「……だよな」
ぽつりと、ルイは溢した。
タイキの眉がわずかに動く。
ルイはゆっくり顔を上げる。
真っ直ぐにタイキを見た。
その顔はどこか、寂しそうに笑っている。
「遅いよな」
少し間。
ルイの喉が動く。
もう逃げないみたいに。
ようやく、そこに立つみたいに。
「今更」
低い声。
「お前のこと好きだなんて」
わずかに苦く笑う。
「気付いた俺は、バカだ」
二人だけになりかけたスタジオに、ルイの静かな声だけが響いた。
タイキの目が見開く。
言葉が出ない。
呼吸だけが浅くなる。
好き。
その言葉を、ルイが自分に向けて言うなんて、思っていなかった。
今さら。
遅い。
その通りだと思う。
なのに、その一言だけで胸の奥が乱される。
タイキは唇を結んだ。
怒りも、傷も、全部まだそこにある。
簡単に許せるわけじゃない。
でも、今のルイの顔は初めて見る顔だった。
取り繕っていない。
言い訳でもない。
支配でも、独占でもない。
ただ、遅すぎる本音をそのまま出した顔。
「……っ」
タイキは視線を逸らす。
何か言わなきゃいけない。
でも、何を返せばいいのかわからない。
好きだと言われた。
でも、そこまでにあったものは全部消えない。
ルイはそれ以上近づかなかった。
もう一歩も。
ただ、その場に立ったまま続ける。
「だから来いって言った」
声は低い。
でも無理に押す響きじゃない。
「今回は」
少し間。
「ちゃんと話す」
それだけ言って、ルイは黙る。
タイキの返事を待つみたいに。
今までみたいに奪いに行くんじゃなく、ちゃんと待つみたいに。
でもタイキは、すぐには動けなかった。
胸がうるさい。
頭も、心臓も、全部がうるさい。
「……知らねぇよ」
やっと出た声は、小さかった。
ルイが少しだけ目を細める。
タイキは続ける。
「そんなの、急に言われても」
声が掠れる。
「俺が今、何て返せばいいか……」
そこで言葉が切れる。
泣きたいわけじゃない。
でも、感情の置き場がない。
ルイはその顔を見て、唇の端を少しだけ引き結んだ。
追い詰めたのは自分だと、今はっきり分かる。
だから何も言わない。
その時。
スタジオの外の廊下で、遠くにスタッフの声がして、現実が少しだけ戻ってくる。
二人とも反射みたいにそちらへ意識を向けた。
その一瞬の隙間で、タイキは深く息を吸う。
「……今日は無理」
ルイが視線を戻す。
タイキはまだ揺れた目のまま、それでも真っ直ぐ言った。
「行かない」
少し間。
「でも」
喉が動く。
「聞いた」
それだけ。
ルイは返事をしない。
でも、その言葉をちゃんと受け取った顔をした。
タイキはバッグを肩にかける。
逃げるみたいじゃない。
でも、まだここに立ち尽くしているのは無理だった。
「帰る」
短く言って、背を向ける。
ルイは呼び止めない。
今はもう、呼び止める資格がないことも、追えばまた壊れることも、分かっていたから。
タイキの背中がスタジオを出ていく。
ルイはその場に立ったまま、しばらく動かなかった。
好きだと言った。
ようやく。
遅すぎるくらい遅く。
でも、言ったからって何かがすぐ変わるわけじゃない。
むしろここからだと、ルイは今さら思い知る。
⸻
同時刻
スタジオ一階の入り口
アダムはポケットに両手を突っ込んだまま、ビルを見上げていた。
夜の空気は少し冷えていて、エントランス前のガラスに街灯の光が鈍く映っている。
他のメンバーはもう帰った。
ゴイチもカノンもいない。
スタッフもほとんど出てきた。
でも。
ルイとタイキだけ、まだ残っている。
アダムは小さく息を吐く。
帰ろうと思えば帰れた。
自分がここにいたところで、何かが変わるわけでもない。
それでも、足が動かなかった。
(ルイとタイキ……スタジオに残ってる)
ただそれだけ。
でも、今はそれだけで十分だった。
アダムはそのまま外壁に背中をつける。
冷たいコンクリートの感触が背中越しに伝わる。
視線はときどき入口へ向く。
とりあえず、待機。
それだけだ。
もし何もなく二人が別々に出てくるなら、それでいい。
もしタイキの顔がまた少しでもしんどそうなら、その時は声をかける。
それ以上でも、それ以下でもない。
アダムは静かに立ったまま、ビルの上の階を見上げた。
夜の中で、明かりの残るスタジオの窓がひとつだけ、まだ消えていなかった。
スタジオのドアを押して外に出た瞬間、夜の空気が肌に触れた。
熱を持った身体には少し冷たくて、でも頭の中のざわつきは少しも冷めない。
タイキはリュックの紐を握ったまま、まっすぐ歩こうとした。
その時だった。
一階の入口脇。
外壁に背をつけるみたいにして立っていた影が、ゆっくり顔を上げる。
アダムだった。
ポケットに両手を突っ込んだまま、静かにタイキを見る。
駆け寄ってこない。
驚いた顔もしない。
ただ、そこにいる。
タイキの足が一瞬止まる。
「……なんで」
やっと出た声は、少し掠れていた。
アダムは視線を外さないまま、短く返す。
「なんとなく」
それだけ。
追及しない。
“何があった”とも聞かない。
“大丈夫か”とも言わない。
その代わり、アダムは壁から背を離して、自然にタイキの少し前へ歩き出した。
「帰るか」
低い声。
タイキはしばらく立ち尽くしていたけれど、結局、その背中についていく。
二人の間に会話はない。
でも、沈黙は苦しくなかった。
アダムは何も聞かず、触れず、ただ歩調を合わせてタイキの少し前を歩く。
タイキが立ち止まれば止まれる距離。
でも先に行きすぎない距離。
それが今のタイキには、ありがたかった。
タイキが出ていったあと、スタジオは急に広くなった。
さっきまで確かにそこにいた気配。
言い合った温度。
「遅いんだよ」と言われた時の顔。
全部がまだ残っているのに、本人だけがいない。
ルイはその場から動けなかった。
鏡の前。
照明の残る床。
片づけられた機材。
スタッフももういない。
「……好きだ」
自分で口にした言葉が、遅れて胸に返ってくる。
やっと言った。
今さら。
遅すぎるくらい遅く。
でも、言ったからって許されるわけじゃない。
タイキの目を見ればわかった。
揺れていた。
でも、それ以上に傷ついていた。
ルイは一度、床へ視線を落とす。
(傷ついてんのは、俺じゃねぇ)
自分に言い聞かせる。
タイキが言ったことは全部正しい。
呼び出して。
好き勝手して。
何も言わないのを知っていて、そこに甘えて。
そのくせ、今さら“好きだ”なんて。
「……バカだろ」
小さく漏れる。
自嘲でも、諦めでもない。
事実みたいな声だった。
ルイはゆっくりと鏡の前まで歩く。
照明に映る自分の顔を見る。
疲れている。
整ってはいるのに、今はどこにも余裕がない。
タイキに“遅い”と突きつけられて、初めてその遅さを真正面から食らった顔だ。
追いかけようと思えば、追いかけられたかもしれない。
階段を駆け下りて。
名前を呼んで。
もう少し何か言えたかもしれない。
でも、できなかった。
今のタイキに必要なのは、自分の言葉をこれ以上重ねることじゃないと、さすがにわかったからだ。
ルイは鏡の中の自分から視線を外した。
静かなスタジオ。
ほんの少し前までタイキがいた場所へ、無意識に目が向く。
いない。
その不在が、妙に重い。
「……タイキ」
名前を呼んでみる。
返事はない。
当たり前だ。
でも、呼んだことで少しだけ現実味が増す。
好きだと認めた相手に、今は一番遠いところへ行かれている。
ルイは短く息を吐く。
遅い。
本当に、その通りだ。
それでももう、誤魔化せないところまで来た。
だから次は、逃げずに話すしかない。
許されるかどうかじゃない。
それ以前に、自分が何をしてきたかを、ちゃんとタイキの前で引き受けるしかない。
ルイは照明をひとつ落とした。
広いスタジオの半分が暗くなる。
残った明かりの中で、ルイはしばらくもう一度だけ立ち尽くした。
タイキがいない空間が、思っていたよりずっと寒かった。
外に出ても、タイキの足取りは重かった。
何も聞かず、触れず、ただ歩調を合わせてアダムはタイキの少し前を歩く。
街灯の下、二人の影が長く伸びている。
しばらくして、タイキがぽつりと口を開いた。
「アイツさ」
声は静かだった。
「ほんと、ふざけてる」
アダムは何も言わない。
ただ、少しだけ速度を落とす。
タイキは続けた。
「人の気持ち無視してさ……」
そこで言葉が詰まる。
「散々好き勝手やってきたくせに」
声が少し震える。
止めようとしても、感情があふれてくる。
タイキ自身にも、もう止められない。
「いまさら……」
目から涙がこぼれ落ちる。
一度出たら、もう無理だった。
「すきだ、なんて……」
その言葉と一緒に、タイキの足が止まる。
手で顔を覆う。
でも、涙は指の隙間からこぼれ落ちて、アスファルトを濡らした。
アダムは静かにタイキを見る。
それから、一歩だけ前に出る。
「タイキ」
低い声。
そのままタイキの近くまで身体を寄せる。
片方だけ、肩に優しく触れる。
肩を貸すように。
でも、抱きしめるんじゃなく。
あくまでタイキが寄りかかれるだけの場所を作るみたいに。
タイキの頭が、ふらつくみたいにアダムの肩口へ落ちる。
アダムはそこから動かなかった。
ただ、泣きじゃくるタイキを静かに受け止めたまま。
「ア、ダム……」
鼻を啜りながら呼ぶ。
「うん」
アダムは静かに前を見たまま答える。
「おれ……」
ひっ、と喉が鳴る。
うまく呼吸ができない。
それでもタイキは、絞り出すように言う。
「ルイがすきだ……」
その言葉を落としたあと、タイキはとうとう声を出して泣いた。
アダムは目を閉じる。
そして、そっと肩を撫でる。
「うん」
少し間を置いて。
「知ってる」
その返しに、余計なものは何もなかった。
慰めるための嘘も。
自分の気持ちを差し込む気配も。
“だったら”の続きを求める温度も。
ただ、知ってる、とだけ。
その一言が、タイキの胸の奥をまた揺らす。
「っ……、アダム……」
泣き声混じりに、もう一度呼ぶ。
アダムは何も急かさない。
肩を貸したまま、ただそこに立っている。
静かな街灯の下。
遠くを走る車の音。
冷たい夜気。
その中で、ただ二人の影だけが長く伸びていた。
タイキはアダムの肩口に顔を押しつけたまま、涙を止められなかった。
好きだ。
ルイが。
認めたくなかった。
気づきたくなかった。
でももう無理だった。
あんなふうに言われて、揺れないわけがない。
遅いと分かっているのに、嬉しい自分がいて。
嬉しい自分に腹が立って、苦しくて、どうしようもなくて。
全部がぐちゃぐちゃのまま、涙だけが出る。
アダムはそのぐしゃぐしゃを、何も整えようとしなかった。
ただ、崩れていい場所でいるみたいに、黙ってそこに立っていた。
しばらくして、タイキの呼吸が少しずつ落ち着いてくる。
アダムは静かに言う。
「今日はもう、考えなくていい」
タイキは返事をしない。
でも、肩に預けたまま小さく頷いた。
「泣くだけ泣け」
低い声。
やわらかいのに、ぶれない。
タイキは目を閉じたまま、また少しだけ涙をこぼした。
その夜、タイキは初めて、自分の気持ちを声にした。
そしてアダムは、その言葉を奪わず、曲げず、ただ受け止めた。
それだけで、夜は少しだけ持ちこたえていた 。
タイキの頭の重みが、肩にかかっている。
泣き声は少しずつ小さくなっているのに、呼吸はまだ不安定で、時々ひっく、と喉が鳴る。
アダムはそのたびに、肩に置いた手の力をほんの少しだけ調整する。
抱きしめない。
強く撫でない。
慰めすぎない。
ただ、ここにいていいと伝わる程度に、静かに支える。
それだけでいいと、自分に言い聞かせる。
でも。
タイキが本当にルイを好きなんだと、知っているから。
さっき、タイキは泣きながら言った。
ルイがすきだ。
あれは迷いじゃなかった。
苦しさの中から落ちた、どうしようもなく本当の声だった。
アダムは目を閉じる。
知っている。
タイキがルイを目で追う時の呼吸。
ルイのことになると、怒っているくせにどこか逃げ切れない顔になること。
他のメンバーと同じ“仲間”の温度ではないと、ずっと前から気づいていた。
だから、自分の気持ちを言った時も、答えを求めなかった。
求めたところで、返ってこないからじゃない。
タイキの心の真ん中がもう別の場所にあると、知っていたからだ。
好きだから傷つくなら。
好きだから壊れるなら。
せめて、そこに向かう前に一度支える役は自分でいたいと思う。
アダムは小さく息を吐く。
ルイが並ぶ気がないなら、俺が並ぶ。
その言葉は、声にはしない。
今ここで言ったら、タイキの泣き方が変わってしまう気がしたから。
アダムはただ、肩を貸したまま前を見た。
しばらくして、タイキの涙がようやく落ち着いてきた。
泣き止んだというより、もうこれ以上は出ないところまで出し切ったみたいな顔だった。
目元は赤く、鼻も少し詰まっていて、声を出せばすぐにまた崩れそうな危うさが残っている。
「……ごめん」
タイキが、アダムの肩から少しだけ顔を離して言う。
アダムは首を振った。
「謝るな」
「でも」
「謝るとこない」
言い切ると、タイキは少しだけ唇を噛んだ。
街灯の下、二人の影がまだ長く伸びている。
夜は静かで、遠くの車の音だけが薄く通り過ぎていった。
「歩けるか」
アダムが聞くと、タイキは小さく頷く。
「……うん」
でも、その声にはまだ芯がなかった。
アダムはそれ以上何も言わず、タイキの少し横に並ぶ。
近すぎない。
遠すぎない。
何かあればすぐ支えられる距離。
二人はまた歩き出した。
最初の数分は、ほとんど会話がなかった。
タイキは時々鼻をすすり、手の甲で目元を拭う。 アダムはそれを見ても何も言わない。
ただ、歩幅だけを合わせる。
その沈黙が少しだけ落ち着いてきた頃、タイキがぽつりと口を開いた。
「……みっともな」
アダムは前を向いたまま返す。
「誰に」
タイキは少しだけ苦く笑う。
「全部に」
「主語でかいな」
その返しに、タイキは本当に小さく笑った。
泣いた直後みたいな、不安定な笑い。
でも、少しだけ呼吸が整う。
「アダム」
「ん」
「さっき……」
タイキは言葉を探すみたいに少し黙る。
「好きって、俺、お前の前で言ったな」
「言った」
「最悪だ」
「そうか?」
「そうだろ」
タイキは顔をしかめた。
「…アダムの気持ち知ってんのに」
アダムはそこで少しだけ目を細めた。
「だから何だ」
タイキが足を少し止めそうになる。
でも、アダムは歩幅を変えない。
「それに関して最悪かどうかは 」
声は静かだった。
「それは俺が決める」
タイキは何も言えなくなる。
アダムは続ける。
「今のお前にとって大事なのは、そこ気にして縮こまることじゃない」
少し間。
「ちゃんと泣いたことの方」
タイキの喉が小さく動く。
言い返せない。
というより、言い返す気力がもうない。
「……お前、ほんと」
「ん」
「ずるい」
アダムは肩をすくめる。
「便利な言葉だな、それ」
「だってそうだし」
「じゃあそれでいい」
その返しに、タイキは少しだけ息を吐いた。
夜道を曲がる。
コンビニの明かりを横目に通り過ぎる。
住宅街に入ると、周りはさらに静かになった。
「ルイ、何してんだろ」
不意に、タイキがまた漏らす。
アダムはすぐには返さない。
少しだけ考えてから言う。
「考えてるんじゃないか」
「何を」
「自分の遅さ」
タイキの足がほんの少しだけ乱れる。
図星みたいな言い方だった。
タイキは少し黙って、それから小さく言う。
「……遅いよな」
「うん」
アダムは否定しない。
「遅い」
その一言が、逆にタイキを少し楽にした。
慰められたら、きっともっと苦しかった。
「でも」
アダムは続ける。
「遅いって言えたのは、お前だけだろ」
タイキが顔を上げる。
「ルイに」
低く、でもまっすぐな声。
「刺さる言葉、ちゃんと選んで言えたのは」
タイキは視線を落とした。
刺したかったわけじゃない。
でも、あの時はあれしか出なかった。
遅い。
本当に、それしかなかった。
「……俺」
タイキの声がまた少しだけ揺れる。
「どうすればいいか、わかんねぇ」
アダムはそれに、すぐ答えを出さなかった。
「今は、決めなくていい」
「でも」
「今決めたら、たぶんどっちに転んでも雑になる」
タイキは黙る。
雑にしたくない。
たぶん、それが一番近い気持ちだった。
ルイを簡単に許すのも違う。
でも、全部切るような決断を今の感情のままでしてしまうのも違う。
好きだから、余計に。
やがて、タイキの家の近くまで来る。
マンションの明かりが見えるところで、アダムが足を止めた。
「ここでいいか」
タイキも止まる。
「……うん」
まだ目は赤い。
でも、さっきより少しだけ立っている顔になっていた。
アダムはタイキを見て、最後に静かに言う。
「今夜はもう、ルイのこと考えなくていい」
タイキは少しだけ笑った。
泣き疲れたあとみたいな、弱い笑い。
「無理だろ、それ」
アダムもそこでわずかに口元を緩める。
「だろうな」
短い沈黙。
タイキはポケットの中で鍵を握る。
「……ありがと」
今度は、さっきよりちゃんとした声だった。
アダムは頷く。
「おやすみ」
「うん」
「寝ろよ」
「母親か」
「今日はそれでいい」
タイキはまた少しだけ笑って、それから背を向ける。
エントランスへ向かう後ろ姿は、まだ完全には軽くない。
でも、ひとりで崩れていた時よりは、少しだけまっすぐだった。
アダムはその背中が見えなくなるまで、その場を動かなかった。