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#ご本人様とは一切関係ありません
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あんにんどう腐(ゆ腐)
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#ご本人様とは一切関係ありません
さくら(皇千ト君最推し)
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ルイの部屋は、静かだった。
鍵を閉める音。
照明をつける音。
冷蔵庫を開ける音。
そのどれもが、やけに空っぽに響く。
ルイは上着をソファの背に放って、そのまま座り込んだ。
背もたれに深く身体を預ける。
目を閉じる。
でも、静かになればなるほど、頭の中はうるさくなる。
遅いんだよ。
タイキの顔と一緒に、その言葉が何度も浮かぶ。
今更、お前のこと好きだなんて気付いた俺は、バカだ。
自分で言ったくせに、その声まで耳の奥に残っている。
ルイは片手で顔を覆った。
「……最悪」
もう何回目かわからない独り言。
好きだと認めた。
やっと。
ようやく。
でも、その事実は少しも救いにならなかった。
むしろ、今まで自分が何をしてきたかを、余計に鮮明にするだけだった。
好きなのに。
好きだったのに。
呼び方も、触れ方も、全部間違えた。
気づくのが遅かったせいで、タイキに与えたのは安心じゃなくて、苦しさの方だった。
ルイはテーブルの上に置いたスマホを見る。
画面は暗い。
開けば、タイキとのトーク履歴がある。
ずっと前から残っている短い文面。
来い。
そればかりだった。
理由もない。
説明もない。
命令みたいな言葉。
ルイはその画面を開きかけて、やめる。
今、何を送る。
ごめん?
違う。
話したい?
それも違う。
好きだ?
もっと違う。
どの言葉も遅い。
どの言葉も足りない。
ルイはスマホを伏せた。
今夜送っても、たぶんただの自己満足になる。
タイキの傷を軽くするんじゃなく、自分が少し楽になりたいだけのメッセージになる。
それがわかるから、送れない。
部屋の中を見回す。
静かだ。
タイキのいない部屋。
今夜は誰も来ない。
自分も呼ばない。
その当たり前が、前よりずっと重い。
あの時。
最初に“来い”と送った夜。
あの一言で来ていたことに、どれだけ甘えていたのかを今さら思い知る。
呼べば来る。
来たらそこにいる。
帰る時には何も言わない。
その繰り返しを、どこかで“まだ繋がってる証拠”みたいに思っていた。
でも違った。
繋がってたんじゃない。
タイキが黙って耐えていただけだ。
ルイは短く息を吐く。
「……バカだろ、ほんと」
誰に向けた言葉かも、もうわかっている。
カノンの顔が浮かぶ。
真っ直ぐだった目。
「どうする?」と聞いた声。
近づいてきた呼吸。
そこではっきり浮かんだのがタイキだったことを思い出す。
あれが答えだ。
好きだ。
間違いなく。
それでも、好きなら何でも許されるわけじゃない。
むしろ逆だ。
好きだと認めたからこそ、もう今までみたいにはできない。
ルイはソファから少し前屈みになって、両手を組んだ。
次、どうする。
今までならそこで答えは単純だった。
呼ぶ。
会う。
近づく。
でももう、そのやり方はできない。
タイキにまた“来い”と言っても、あれは届かない。
届いたとしても、壊すだけだ。
ちゃんと話す。
そう言った。
はじめて、そう言った。
だったら、本当にそうするしかない。
言い訳じゃなく。
欲望でもなく。
嫉妬でもなく。
自分が何をしてきて。
何に今さら気づいて。
どれだけ遅かったかまで含めて。
ちゃんと。
ルイはそこで、ようやく小さく目を閉じる。
“好きだ”なんて言葉と一緒に。
ルイは深く息を吐いた。
許されたいわけじゃない。
でも、もう逃げたくはない。
遅い。
本当に遅い。
それでも、今ここでまた曖昧にしたら、もっと最低だ。
静かな部屋の中で、ルイはスマホをもう一度手に取る。
画面はつけない。
ただ、その重さだけを手の中で確かめる。
今夜は送らない。
照明をひとつ落とす。
部屋が少し暗くなる。
ルイはソファに深く沈み込み、目を閉じた。
カノンが家に帰った頃には、部屋の空気はもうすっかり静かだった。
玄関の明かりをつけて、靴を脱ぐ。
ついこの前、ルイがいたはずの部屋はもういつもの広さに戻っている。
ローテーブルの上は片づいている。
空いた缶も、焼き鳥のパックも、もうない。
それでも、まだルイと話していた気配だけが少しだけ心の中に残っていた。
カノンはソファに腰を下ろす。
深くもたれた瞬間、身体の力が少し抜けた。
疲れていた。
たぶん、気持ちの方だ。
スマホを手に取る。
ゴイチのLINEを開く。
そこに並んでいる短いやり取りを見て、カノンは少しだけ目を細めた。
羽目外すなよ
終電逃すなよ
大丈夫か
どれも短い。
説明もない。
でも、全部ちゃんと見てる文だ。
カノンは小さく息を吐く。
「……相棒すぎんだろ」
独り言みたいに呟いて、少しだけ笑う。
胸の奥にはまだ、うっすら寂しさが残っていた。
ルイに踏み込んで、答えを見て、自分でもそれを受け止めた夜。
傷ついてないわけじゃない。
でも、その傷をひとりで抱え込まなくていい場所があることを、ゴイチの短い文面が思い出させてくれる。
カノンは親指で返信欄を開いた。
少しだけ迷う。
どこまで言うか。
どう言うか。
でも、結局こういうことを隠したままにする方が、あとで余計に面倒になるのを、カノンはもう知っている。
しばらく画面を見つめてから、ゆっくり文字を打ち始める。
“この前、ルイを家に呼んだ日”
“俺、キスしようとした”
送る前に一瞬だけ止まる。
それでも、消さなかった。
送信。
小さな音。
既読がつくまで、思ったより早くなかった。
その数秒だけで、少しだけ鼓動がうるさくなる。
やがて、既読。
そして、すぐに返信が来る。
ゴイチ
“そっか”
カノンはその短さに少しだけ笑う。
責めない。
驚かない。
まず受け止める。
本当に、ゴイチらしい。
少しして、また通知が来る。
ゴイチ
“後悔してんの?”
カノンはスマホを見つめたまま、ソファに背中を預ける。
後悔。
そう聞かれると、すぐに“してない”とも言い切れない。
あの瞬間、踏み込んだことは本気だった。
ルイの中に誰がいるのか、ちゃんと確かめたかった。
それで答えは出た。
だから必要だったとも思う。
でも。
「……ちょっとだけ」
ぽつりと呟いてから、そのまま文字にする。
“ちょっとだけ”
送る。
今度は、既読がつくのも返信が来るのもすぐだった。
ゴイチ
“そしたらその分、俺に奢れ”
カノンは思わず吹き出した。
「は?」
声に出る。
画面を見直す。
そのまま次のメッセージが続けて届く。
ゴイチ
“相棒料金な”
“まぁ、相談料ってやつ”
カノンはスマホを持ったまま、ひとりで笑った。
さっきまで胸の奥に残っていた重さが、少しだけ軽くなる。
慰めるんじゃない。
深刻にもしない。
でも、ちゃんと受け止めたうえで笑わせにくる。
この距離感が、ほんとにちょうどいい。
カノンはすぐに返す。
“高くつくなー”
数秒後。
ゴイチ
“失恋会、やろうぜ”
カノンの目が止まる。
その続きが、また来る。
“お前の奢りだけど”
カノンはその文面を見たまま、しばらく動かなかった。
失恋会。
その言い方が、少しだけくすぐったい。
少しだけ恥ずかしい。
でも同時に、救われる。
ちゃんと失恋として扱ってくれる。
大したことなかったみたいに流さない。
でも、深刻ぶって抱え込ませもしない。
失恋会、やろうぜ。
お前の奢りだけど。
その軽さの中にある優しさが、いちばんずるい。
カノンは少しだけ唇を噛んで、それから親指を動かした。
“失恋会って言い方やめろ”
送る。
すぐに返る。
ゴイチ
“じゃあ”
“相棒慰労会”
「何それ」
また声に出る。
笑うしかない。
「意味変わってなくない?」
ゴイチ
“変わってる”
“お前が失恋したやつじゃなくて”
“ちゃんと踏み込んだやつの会”
カノンはその文を見たまま、少しだけ目を細めた。
ちゃんと踏み込んだやつの会。
ああ、と思う。
ゴイチは、ほんとにそういうとこだ。
失恋したことを笑ってるんじゃない。
傷ついたことを雑にしてるわけでもない。
ちゃんと踏み込んだ自分を、まず認めてくれている。
だから余計に、胸の奥があたたかくなる。
カノンはスマホを持ったまま、ソファに横向きにもたれた。
「……ありがと」
打って、送ろうとして、やめる。
それだとなんか、負けた感じがする。
照れくさい。
だから少しだけ文を崩す。
“その会、焼肉な”
送信。
既読。
すぐに返ってくる。
ゴイチ
“肉、いいな”
ゴイチ
“決定”
その一言に、カノンはとうとう目を閉じて笑った。
「ほんと、何なんだよ……」
胸の奥の少し寂しいところに、その言葉がじわっと沁みる。
ルイのことで揺れて。
踏み込んで。
区切りをつけて。
それでも完全に平気なわけじゃない、そんな夜。
そこにこうして、何でもない顔で座れる居場所みたいな言葉を投げてくる。
ずるいのは、たぶんこっちだと思う。
ゴイチが優しいことを知っていて、つい甘えてしまうから。
カノンはスマホを胸の上に置いた。
部屋の中は静かで、さっきまでより少しだけ落ち着いている。
ルイに向けた気持ちは、ちゃんと痛かった。
でももう、自分の中では終わらせる方向に向かっているのもわかる。
その代わりみたいに、別の場所が少しずつあたたかくなっている。
相棒料金。
失恋会。
焼肉な。
決定。
そんな短い言葉のやり取りだけで、救われる夜があるんだな、とカノンは思う。
スマホがもう一度震える。
ゴイチ
“ちゃんと寝ろよ”
カノンは思わず、また吹き出した。
「最後それかよ」
でも、その最後の一言がいちばんあたたかかった。
カノンはゆっくりと指を動かす。
「お前もな、相棒」
送信。
既読。
返事はすぐには来ない。
たぶん、もう寝る準備でもしてるんだろう。
あるいは、文面見て少しだけ笑ってるかもしれない。
カノンはスマホをテーブルに置いて、ソファに深く沈み込んだ。
今日はいろんな意味で、長い夜だった。
でも最後に残ったのは、失った感じより、ちゃんと誰かに受け止められてる感じの方だった。
そのことに、少しだけほっとしながら。
カノンは目を閉じた。
仕事終わりの焼肉屋は、平日なのにそれなりに賑わっていた。
換気ダクトの音。
肉の焼ける匂い。
ジョッキのぶつかる音。
店員の「お待たせしましたー」が飛び交う中で、二人だけのテーブルには、どこか妙な落ち着きがあった。
ゴイチは向かいの席で、トングを持ったまま淡々と肉を焼いている。
カノンはその手元を見ながら、ビールのジョッキを指先でくるくる回していた。
「で」
ゴイチが肉をひっくり返しながら言う。
「ちゃんと聞かせろよ」
カノンは少しだけ肩をすくめた。
「聞く気満々じゃん」
「そりゃそうだろ。失恋会なんだから」
「だからその言い方やめろって」
そう返しながらも、カノンは少し笑っていた。
ルイにキスしようとした日のこと。
カノンは前の日のLINEではざっくりしか送っていない。
だから今日は、ちゃんと話すつもりで来ていた。
ジョッキを持ち上げて一口飲む。
喉を通る冷たさで少しだけ息を整えてから、カノンはぽつぽつと話しはじめた。
ルイを家に呼んだこと。
飲み直して、話をして、ルイが自分の中の答えに少しずつ近づいていったこと。
“優しくした理由”を言葉にしきれないルイを見て、背中を押したくなったこと。
それで最後、自分から踏み込んだこと。
「で、近づいた瞬間だけど」
カノンは苦く笑う。
「ルイには、俺のこと見えてなかったと思う」
ゴイチは肉を焼く手を止めなかった。
でも、ちゃんと聞いている顔をしていた。
「そっか」
短く返す。
その“そっか”が妙にやさしくて、カノンは少しだけ目を伏せた。
「うん」
「で、止められた」
「うん」
「ちゃんと?」
「ちゃんと、優しく」
ゴイチはそこで初めて少しだけ眉を上げた。
「それきついな」
「きついよ」
カノンは笑う。
でも、その笑いには少しだけ痛みが混じっていた。
「雑に扱われた方が、逆に楽だったかも」
「それは嘘」
ゴイチがすぐに返す。
カノンが顔を上げる。
「お前、雑に扱われたら普通に腹立つタイプじゃん」
あまりにもその通りで、カノンは吹き出した。
「何それ、分析やめて」
「事実」
ゴイチは焼けた肉をカノンの皿にのせる。
「ほら。食え」
「相変わらず焼くのうまいな」
「失恋会だからな」
「また言った」
でもそのやり取りの軽さが、ありがたかった。
カノンは肉を口に入れる。
熱い。
でもおいしい。
しばらくして、ゴイチがふと聞いた。
「後悔してんの?」
カノンは箸を止める。
その問いは、昨日のLINEでも聞かれた。
でも、こうして向かい合って聞かれると、少しだけ重みが違う。
「……ちょっとだけ」
正直に答える。
「ちょっとだけ?」
「うん」
カノンは視線を落とした。
「ルイがどうなるか分かってて踏み込んだわけじゃないけど、結果的に答え合わせみたいになったし」
ジョッキの縁を指でなぞる。
「でも、しなかったらしなかったで、たぶんずっと引っかかってたと思う」
ゴイチは小さく頷いた。
「だろうな」
「だから、後悔してるかって言われたら……ちょっとだけ、って感じ」
「じゃあその分、俺に奢れ」
ゴイチが何でもない顔で言う。
カノンは思わず笑う。
「出た」
「相談料な」
「だから、たけぇな」
「お前が勝手に失恋したんだろ」
「言い方最悪」
そう言いながらも、カノンの頬は少しだけ緩んでいた。
ゴイチは、こういう時にわざと笑わせる。
真正面から“しんどかったな”なんて言うより先に、変な方向から空気をずらす。
でも、軽くしてるだけじゃない。
ちゃんと全部わかった上でやってるのが分かる。
だから、余計に助かる。
肉を追加で頼んで、二杯目のドリンクを頼む頃には、話題も少しずつ変わっていった。
ルイの話ばかりじゃ、さすがに自分がしんどい。
それをゴイチもわかってるみたいに、少しずつ別の話を挟んでくる。
「カノンってさ」
ゴイチがふと聞く。
「これまでにルイ以外で恋愛とかしてきた人?」
カノンはジョッキを持ったまま目を瞬かせた。
「何その急な聞き方」
「いや、なんとなく」
「なんとなくで人の恋愛遍歴掘ろうとすんな」
「じゃあ聞かねぇ」
「いや、聞くなとも言ってないけど」
その返しに、ゴイチが少し笑う。
カノンは少しだけ視線をずらした。
「ちゃんと付き合った人は、いるよ」
「へぇ」
「何その“へぇ”」
「いや、知らなかったから」
「そりゃわざわざ言わないし」
カノンは箸でキムチをつつく。
「でも、なんか……こんな感じではなかったかも」
「こんな感じ?」
「もっと普通」
少し考えながら言葉を探す。
「会いたいとか、楽しいとか、そういうのはあったけど」
小さく息を吐く。
「ルイみたいに、見てるだけでざわざわするとか、あんまなかった」
ゴイチはその言葉を黙って聞いていた。
「だから余計に、自分でもちょっとびっくりした」
カノンは苦く笑う。
「俺、こんな面倒くさい感じになるんだ、って」
そこで少しだけ空気がしんみりする。
店のざわめきが遠くなったみたいに感じる一瞬。
その空気を見て、ゴイチが口の端を上げた。
「泣きたきゃ泣けばいい」
からかうように言う。
カノンが顔を上げる。
ゴイチは真顔のまま続けた。
「俺の胸を貸してやろう」
しかも、その言い方が無駄に偉そうだ。
わざとふざけてゴリラみたいな顔で言うから、カノンは吹き出した。
「やだよ! 何その顔、ゴリラじゃん」
「何だよ」
「いや、慰め方が雑すぎんだろ」
「優しさだろ」
「ゴリラの優しさじゃん」
「ゴリラに謝れ」
笑いながら返すゴイチに、カノンはしばらく笑いが止まらなかった。
涙は出ていない。
でももし今、ちょっとだけ泣きそうだったとしても、この人はこうやって笑わせてくるんだろうなと思う。
それがありがたかった。
「ほんと、ずるい」
カノンがようやく笑いながら言う。
「何が」
「そうやって空気変えるとこ」
ゴイチは少しだけ肩をすくめた。
「お前が沈みすぎると面倒だから」
「ほら、そういう言い方」
「事実だろ」
「そうだけど」
また笑う。
そのやり取りの中で、胸の奥の痛みが少しずつ丸くなっていくのが分かった。
完全になくなるわけじゃない。
でも、ちゃんと人に話して、ちゃんと受け止められて、それで笑えるところまで戻ってこれる。
それだけで、ずいぶん違った。
「で?」
カノンが二杯目を持ちながら聞く。
「失恋会の締めは何するわけ」
ゴイチが少し考えるふりをして、言う。
「焼肉追加」
「ただ食いたいだけじゃん」
「相棒慰労会だからな」
「うわ、まだそのタイトル引っ張るんだ」
「気に入った」
「センスないなー」
「お前よりある」
「ないない」
そんな他愛もない話で、失恋会は盛り上がっていた。
ルイのこと。
自分のこと。
ゴイチの変な励まし方。
仕事の愚痴。
新曲の話。
次のオフに何食うかとか、そんな話まで。
気づけばカノンは、来た時よりずっと楽に笑っていた。
向かいで肉を焼くゴイチを見ながら、カノンはふと思う。
この人といると、ちゃんと呼吸が戻る。
それが今夜はいちばん大きかった。
ジョッキが二杯目に入る頃には、焼肉屋の空気もだいぶゆるんでいた。
肉の焼ける音。
グラスのぶつかる音。
隣のテーブルの会社員たちの笑い声。
そのざわめきの中で、カノンはもうすっかり話し込んでいた。
「いや、マジであの時のルイの顔、ちょっとずるかったんだって」
「どんな」
「なんかこう……普段なら絶対そんな顔しないのに、ちょっとだけ困ったみたいな」
「へぇ」
「で、こっちが本気って言ったら固まんの。意味わかんないだろ?」
笑いながら、でもちゃんとその夜のことを思い出してる顔だった。
ゴイチは向かいで肘をついて、ジョッキを片手にそんなカノンを見ていた。
ただ、それだけ。
茶化すでもなく。
急かすでもなく。
何か大きな言葉をかけるでもなく。
ルイの話をしながら笑えているカノンを見て、ゴイチはふっと小さく笑う。
安心したような、やわらかい顔だった。
その視線に気づいて、カノンの方が先に眉を寄せる。
「何、その顔」
思わず突っ込まずにいられなかった。
ゴイチは少しだけ目を細める。
「いや」
ジョッキを軽く持ち上げる。
「本当に好きだったんだな、と思ってさ」
カノンの手がほんの少し止まる。
ゴイチは穏やかに、優しく笑っていた。
「お前がルイのこと話してる顔見てると、伝わってくるから」
少しだけ間。
「本気だったのが」
その言い方が、やけに真面目で。
やけにまっすぐで。
カノンは一瞬だけ言葉を失って、それからすぐに視線を逸らした。
「やめろよ、急なしんみりモード」
横目に逃がすみたいにそう言って、ジョッキに口をつける。
冷たいビールが喉を落ちる。
でもごまかしきれないくらい、胸の奥が少しだけ熱かった。
ゴイチはそれ以上追わなかった。
「しんみりっていうか、確認」
「何の」
「お前がちゃんと失恋したってことの」
「最低だな、その言い方」
「でも合ってんだろ」
「合ってるのがムカつく」
そう返すと、ゴイチが小さく笑う。
その笑い方がやけに落ち着いていて、カノンは余計に照れくさくなった。
それから先、カノンが何杯飲んだかなんて、もうよく覚えていない。
ジョッキが何度か入れ替わって。
肉がなくなればまた頼んで。
気づけばカノンは、ルイの話を延々としていた。
あの時こうだったとか。
昔からこういうところがあったとか。
ああ見えて変に優しいとか。
でも自分のことになると鈍いとか。
タイキのことになるとわかりやすいとか。
ほんと面倒くさいとか。
それでも、好きだったとか。
ゴイチは文句も言わずに、ずっと付き合った。
相槌を打って。
時々笑わせて。
時々、ほんの少しだけ真面目に聞いて。
「で?」
「うん」
「それでお前は?」
「いや、そこなんだよ!」
カノンが熱っぽく語れば、ゴイチは焼けた肉を皿にのせながら聞く。
カノンが急に黙れば、「食え」とだけ言ってご飯を寄せる。
ちょっとだけ沈みそうになれば、「あ。泣く?」ってまたあのゴリラみたいな顔で言って、カノンを笑わせる。
最高の相棒が、カノンの横にいた。
はずだった。
翌朝。
カノンは自室のベッドで目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝日がやたら眩しい。
薄く開いた目に、それがまっすぐ刺さる。
「っ……」
眉を寄せる。
(頭、痛った……)
喉も少し乾いている。
身体は重いし、シーツの感触もなんだか妙にあたたかい。
(そういや、昨日飲みすぎたな……)
ゆっくり瞬きをする。
天井を見上げたまま、記憶を手繰る。
焼肉。
ビール。
ルイの話。
ゴイチの顔。
失恋会。
そのあと――
(帰り……どうしたんだっけ)
寝ぼけ眼のまま、シーツの上に手を滑らせる。
スマホを探すつもりだった。
指先が、何かに触れる。
やけにあたたかい。
しかも、柔らかい布じゃない。
筋張っていて、でも人の体温がある感触。
「ん?」
カノンの手が止まる。
「んん!?」
ゆっくり、横を向く。
二度見した。
自分が掴んでいたのは、やけにあたたかい腕だった。
昨晩、最高の相棒だった奴が。
自分のベッドで、横にいた。
ゴイチはまだ眠っている。
片腕を頭の上に投げ出したまま、信じられないくらい普通の顔で。
カノンの頭の痛みが、一瞬だけ別の意味で吹き飛んだ。
「……は?」
朝の静かな部屋に、ちいさく間の抜けた声だけが落ちた。
朝日がカーテンの隙間から差し込んで、部屋の中をじわっと明るくしていた。
カノンはベッドの上で、横にいる人間を二度見したまま固まる。
やけにあたたかい腕。
見慣れた顔。
昨晩、焼肉屋で失恋会につきあってくれていた相棒。
ゴイチ。
数秒の空白のあと、カノンは勢いよくベッドから飛び起きた。
「はっ!?」
シーツがばさっと揺れる。
枕がひとつ床に落ちる。
「何!?」
「どういうこと!?」
動揺を隠しきれないまま、カノンは布団を胸まで引き上げて座り込む。
その騒がしさに、今度はゴイチがうっすら目を開けた。
薄目のまま、焦点の合ってない顔でカノンを見る。
ベッドの端に座って、完全にパニックになってるカノンと目が合う。
ゴイチは眠そうな顔のまま、ひとこと。
「……うるさい」
間。
それから、ぼんやり部屋を見回して。
「あー、お前ん家だな」
寝ぼけた声でそう言う。
「いや、そうだよ!!」
「そこじゃなくて!!」
カノンが即座に突っ込む。
ゴイチはまだ半分寝ているみたいな顔で、枕に頬を押しつけたまま答えた。
「酔ってたから送った」
「送った、で終わらせんな!」
「んー……」
「んー、じゃない!」
ゴイチはそのまままた目を閉じかける。
「寝んな!!」
カノンの声が部屋に響く。
ゴイチは眉を少しだけ寄せて、面倒そうに片目だけ開けた。
「いいだろ、騒ぐな…」
あくび混じりの声。
「…隣で寝るぐらい」
さも本当に何でもないことみたいに言う。
カノンは一瞬、言葉を失った。
「……は?」
「合宿でも同室だっただろーが」
サラッと言うゴイチ。
その言い方があまりにも自然すぎて、余計に腹が立つ。
「いや、そういうことじゃないだろ!」
「何が」
「何が、じゃないだろ!」
カノンは布団を握りしめたまま、わたわたとゴイチを指差す。
「なんで俺のベッドで普通に寝てんの!?」
「せめてソファとかあるだろ!?」
ゴイチはそこでようやく少しだけ身体を起こした。
髪は寝癖で少し跳ねてるし、声もまだ眠そうなのに、顔だけは妙に落ち着いている。
「ソファ短い」
「知らん!」
「お前のベッド広い」
「それも知らん!」
「ちゃんと端で寝てたぞ」
「そういう問題じゃねぇ!」
カノンが叫ぶたびに、ゴイチの反応がいちいちマイペースすぎる。
それが余計にカノンを騒がせた。
「ていうか、帰りどうしたんだよ!」
「俺、全然覚えてないんだけど!」
「あー……」
ゴイチは軽くこめかみをかく。
「店出て、お前ちょっとふらついてたから」
「……うん」
「タクシー乗せて」
「うん」
「ここまで送って」
「うん」
「水飲ませて」
「うん……?」
「そのまま寝た」
「端折るな!」
ゴイチは小さく息を吐く。
「細かいな」
「細かくもなるだろ!!」
カノンは頭を抱えたくなった。
自分だけがめちゃくちゃ騒がしい。
ゴイチは全然気にしていない。
この温度差が最悪だ。
ゴイチはそんなカノンを見て、少しだけ笑った。
「ま、相棒の特権ってことで」
手をひらひらさせて、また枕に頭を落とす。
「はあ!?」
「静かにしろよ、朝から元気すぎ」
「元気じゃねぇよ!」
「元気だろ」
「動揺してんだよ!」
「同じようなもんだろ」
「違うわ!」
カノンはもう、突っ込み疲れてきた。
でも疲れてるのはこっちだけで、ゴイチは本当に何でもない顔をしている。
それどころか、また寝そうだ。
「おい」
「ほんとに寝んな」
「一回ちゃんと説明しろ」
「説明しただろ」
「足りてねぇ!」
「送って、寝た」
「短ぇんだよ!」
ゴイチはそこでようやく少しだけ起き上がって、目をこすりながらカノンを見た。
「じゃあ何」
「俺がお前抱えて階段上がった話とか聞きたいの」
カノンの動きが止まる。
「……え」
「鍵どこって聞いたら、お前ポケット探しながら“相棒しっかりして〜”って言ってた」
「最悪……」
「あと水渡したら、ちゃんと飲めなくてちょっとこぼした」
「やめろ言うな!」
「タオルで拭いた」
「それ以上言うな!!」
ゴイチはそこで少しだけ笑った。
完全に面白がっている笑いじゃない。
でも、たぶん少しは楽しんでいる。
カノンは顔を覆った。
「もう無理……」
「消えたい……」
「大げさ」
「大げさじゃない!」
「別に減ってねぇよ、お前の何かは」
その返しに、カノンは指の隙間からゴイチを見る。
ゴイチはあくまで落ち着いていた。
変に意識した顔もしないし、からかいすぎもしない。
ほんとに“送って、そのまま寝ただけ”くらいに思ってる顔。
それがありがたいような、悔しいような。
「……お前、なんでそんな平気なんだよ」
ぽつりと漏れる。
ゴイチは少しだけ首を傾けた。
「何が」
「だから、その……」
「人ん家で、同じベッドで寝るとか……」
言いながらカノンの声がだんだん小さくなる。
ゴイチは数秒だけ黙って、それからあっさり言った。
「相棒だからだろ」
真顔だった。
あまりにも真っ直ぐで、カノンはまた言葉に詰まる。
「いや、だから……」
「お前があの状態で一人にすんの嫌だったし」
そう言って、ゴイチは肩をすくめた。
「ソファで変な体勢で寝て首痛くなるのも面倒だった」
「最後の一言で全部台無し!」
「でも本音」
「知ってる!」
ゴイチはそこでふっと笑って、もう一度だけ枕に顔を埋める。
「あと十分」
「何が!?」
「寝る」
「寝るな!」
「じゃあお前も寝ろよ」
「寝れねぇよ、こんな状況で!」
「寝れる寝れる」
「寝れん!!」
朝の部屋に、カノンの声だけがやたら響く。
その真ん中で、ゴイチだけが異様に落ち着いていた。
相変わらずマイペース。
全然気にしてない。
だからこそ、カノンだけが一人でめちゃくちゃ騒がしい。
それが腹立たしくて。
でも、ちょっとだけ救われる。
昨夜、失恋会に付き合ってくれて。
帰りも送って。
水まで飲ませて。
そのまま隣で寝てたくせに、朝になったら何でもない顔して「相棒だから」で済ませる。
ほんと、何なんだよ。
カノンは布団をぎゅっと握りしめたまま、ゴイチを睨む。
ゴイチはその視線を受けながら、薄目で少しだけ笑った。
「何」
「……むかつく」
「知ってる」
その返しまで落ち着いていて、カノンは結局また叫ぶしかなかった。
「だから寝んなって言ってんだろ!!」
朝のコメディみたいな騒ぎの中で、ゴイチは「はいはい」と言いながらも全然起きる気配がない。
カノンはそんな相棒を見ながら、頭を抱えた。
最悪な朝だ。
この俺の煮え切らない気持ちをどうにかしてほしい、とカノンが頭を抱えてるとゴイチはようやく身体を起こした。
寝癖のついた髪のまま、片膝を立てて肘を乗せる。
まだ少し眠そうなのに、顔だけは妙に穏やかで。
しかもその無垢な顔のまま、ふっと笑った。
「変な男に慰めてもらうより安心だろ」
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでくる。
ベッドの上のシーツも、カノンの跳ねた髪も、ゴイチの肩も、妙にやわらかく照らしていた。
カノンは布団を胸まで引き上げたまま、眉を寄せる。
「なんだよ、それ……」
半分呆れて、半分ほんとに意味がわからなくて、思わずそう突っ込む。
ゴイチは眠そうに頭を掻いた。
「いや、実際昨日、酔っ払ったお前に絡んできた男いたんだって」
「……は?」
カノンの動きが止まる。
ゴイチはそこで大したことじゃないみたいに続ける。
「店出たあと。お前ふらついてたから」
「なんか声かけてきたやつ」
少しだけ目を細める。
「俺いなかったら、普通に連れてかれてたぞ」
カノンは口を開きかけて、閉じた。
全然覚えていない。
というか、昨夜の自分はそこまで危なかったのか。
ルイのことで頭がいっぱいで、失恋会だなんだって騒いでいたくせに、ちゃんと酔って、ちゃんと危なかったらしい。
「……まじで?」
「まじで」
「え、何それ」
「こわ」
「だから送った」
ゴイチの声はあくまで平坦だった。
大袈裟に恩着せがましくもないし、守ってやった顔もしない。
ただ、当たり前のことを言ってるだけみたいな温度。
カノンはその顔を見て、少しだけ黙った。
ゴイチは一拍置いてから、ぽつりと落とすように言った。
「俺なら、カノンを傷つけない」
その声は低かった。
静かで、変に飾っていない。
カノンの目が、ほんの少しだけ揺れる。
ゴイチはそんなことに気づかないまま、続けた。
「だから、安心だろ」
当たり前みたいに言う。
本当に、何でもないことみたいに。
深い意味なんて一つもない顔で。
ただ事実を言っただけ、みたいな声で。
でも。
その言葉が、カノンの胸の奥にすとんと落ちた。
変なところに、まっすぐ。
さっきまで大騒ぎしていた頭の中が、その一瞬だけ変に静かになる。
「……お前さ」
ようやく出た声は、思ったより小さかった。
「ん?」
ゴイチは相変わらず無防備な顔で返す。
カノンはその顔を見て、すぐに視線を逸らした。
なんだよ、それ。
ずるいとか、そういういつもの返しが、今はうまく出てこない。
代わりに胸の奥が、じわっと変なふうに熱い。
昨夜だってそうだった。
失恋会とか言いながら、ちゃんと最後まで話を聞いてくれて。
笑わせて。
深刻にしすぎずに、でも雑にもせずに受け止めて。
そのまま酔っ払った自分を家まで送って。
変な男から守って。
何でもない顔で隣で寝て。
朝になったら、「相棒だから」で済ませる。
「ほんと、何なんだよ……」
カノンはぼそっと呟いた。
「何が」
「全部だよ」
「雑だな」
「お前が言うな」
そう返すと、ゴイチは少しだけ笑った。
朝の光の中で見るその笑顔は、変に穏やかで、また腹が立つ。
いや、腹が立つというより、落ち着かない。
ゴイチはベッドの端に座ったまま、大きく伸びをする。
「で」
「何」
「水ある?」
「あるけど」
「頭痛い?」
「……ちょっと」
「だろうな」
「お前のせいでもある」
「何でだよ」
「焼肉のあと追加で飲ませた」
「お前が勝手に飲んだ」
「止めろよ」
「止めたら怒るだろ」
「怒んないし」
「怒る」
あまりに即答されて、カノンはちょっとだけ悔しくなる。
「何でそんな断言できんの」
「知ってるから」
その返しに、また言葉が詰まる。
太陽の光が、二人の間をやわらかく照らしていた。
朝の空気は静かだ。
さっきまでのドタバタが嘘みたいに、部屋の中には少しだけ気だるい落ち着きが戻りはじめている。
ゴイチはそんな空気のまま、何気なくベッドから降りようとする。
「どこ行く」
「水」
「勝手に人ん家うろつくな」
「昨日からいるし」
「昨日からいるからって今日も自由でいいわけじゃないだろ!」
「細かいな」
「細かくもなるわ!」
カノンはまた騒ぎながら、でもどこか自分の声が前より少し軽くなっていることに気づく。
たぶん。
あの一言のせいだ。
俺なら、カノンを傷つけない。
何気なく言ったその言葉が、この時まさかカノンに刺さっていることなんて、ゴイチはたぶん思ってもみなかっただろう。
ゴイチにとっては、ただの事実だった。
相棒だから。
守るのは当たり前で。
安心させるのも、たぶん当たり前で。
でもカノンにとっては、その当たり前が少しだけ眩しかった。
「……カノン?」
ゴイチが振り返る。
「ボーッとしてるけど、大丈夫か」
その声で、カノンは我に返った。
「は? してねぇし」
「してた」
「してない」
「してた」
「うるさい!」
いつもの調子でそう返しながら、カノンは枕をひとつ掴んでゴイチに投げた。
ゴイチはそれを片手で受け止める。
「朝から元気だな」
「お前のせいだ!」
「何でも俺のせいにすんなよ」
そう言って笑うゴイチを見ながら、カノンは胸の奥の妙なざわつきを、ひとまず見ないふりをした。
今はまだ、そんな顔をする時間じゃない。
とりあえずこのマイペースな相棒をどうにかベッドから追い出すのが先だ。
でも。
その“先”のどこかで、今朝のこの一言がまた思い出されるんだろうな、と、カノンは薄くわかっていた。
朝日が差し込む部屋で。
騒がしくて。
少しだけあたたかい、そんな朝だった。
朝のスタジオは、午後の光で少しだけ明るかった。
窓の高い位置から差し込む白い光。
床に置かれたスピーカー。
隅に寄せられた機材ケース。
大型ライブ前の張りつめた空気はそのままに、今日は久しぶりに五人のスケジュールがきれいに揃っていた。
全員集合。
それだけのことなのに、スタジオへ向かう足取りは、誰も少しずつ違っていた。
最初に入ってきたのはゴイチだった。
キャップを後ろ向きにかぶって、片手にスポーツドリンク。
ドアを開けた瞬間、まだ誰もいないスタジオの静けさを見回して、小さく息を吐く。
「早ぇな、俺」
独り言みたいにそう言って、荷物を置く。
鏡の前で軽く首を回しながら、昨日までの流れを頭の中でなんとなく整理していた。
ルイとタイキ。
アダムの立ち位置。
カノンの失恋会。
その翌朝のドタバタ。
全部、誰かが何かを抱えたまま、ちゃんと今日ここに来る。
ゴイチはタオルを肩にかけ直した。
(ま、来るしかねぇよな)
このグループは、結局そういうやつらだと思う。
次に入ってきたのはカノンだった。
「おはよ……」
ドアを開けた第一声から、少しだけ覇気がない。
ゴイチが振り返る。
「死んでるじゃん」
「死んではない……」
カノンはそう言いながら、ゆっくりバッグを置いた。
目元が少し重い。
寝不足というより、二日酔いの残りみたいな顔だ。
ゴイチはあからさまに笑いそうになるのを堪えて、スポドリを一本投げる。
「飲め」
カノンが片手で受け取る。
「優し……」
「昨日のお前がうるさかったからな」
「朝のこと言ってんなら忘れて」
「無理」
ゴイチが即答する。
カノンはそこで少しだけ顔をしかめる。
「……相棒の特権ってことで、とか言ってたやつが何でまだ覚えてんだよ」
「面白かったから」
「最悪」
そう言いながらも、カノンはスポドリの蓋を開けた。
一口飲む。
その横顔を見ながら、ゴイチは少しだけ口元を緩める。
大丈夫そうではある。
でも、まだ少し引きずってる顔でもある。
そのちょうど中間みたいな顔だ。
カノンもそれに気づいて、横目で見る。
「何、その顔」
「いや」
ゴイチは肩をすくめる。
「既に騒がしいなと思って」
「それは元からだろ」
「元からだな」
やり取りのテンポが、少しだけ昨日より柔らかい。
それをカノン自身も感じて、なんとなく視線を逸らした。
そこへ、アダムとタイキが一緒に入ってくる。
「おはよう」
アダムの声はいつも通り静かだ。
でも、隣にいるタイキを気にしているのが、近くで見ればわかる。
タイキは「おはよ」と返しながら、キャップを外して前髪を軽くかき上げた。
顔色は悪くない。
ちゃんと寝た顔をしている。
でも。
完全に戻ったわけじゃないのも、見ればわかる。
目の奥に、まだ少しだけ夜が残っていた。
ゴイチはそれ以上何も言わずに手を上げるだけにした。
カノンも、普段ならすぐ茶化すところを今日はやめる。
アダムは荷物を置いてから、さりげなくタイキの隣に立つ。
近すぎず、遠すぎず。
でも必要ならすぐ届く距離。
その空気を、ゴイチもカノンも見ていた。
「タイキ、寝不足?」
カノンが軽く聞く。
タイキは少しだけ笑う。
「まぁ、少し。でも平気」
「ほんとに?」
「たぶん」
「信用ならん」
「お前に言われたくねぇよ」
「俺は寝た」
「にしては顔死んでるけど」
「うるせぇ」
そのやり取りで、スタジオの空気が少しだけいつもの温度に戻る。
最後にルイが入ってきたのは、その少しあとだった。
「おはよう」
やわらかい声。
いつもの表のルイ。
でも、その声が落ちた瞬間、空気のどこかがわずかに張る。
タイキの指先が、ほんの少し止まる。
アダムはそれを見て、何も言わないまま視線だけを一度落とした。
カノンはルイの顔を見て、昨日の夜のことを思い出す。
ゴイチは全員の空気を見て、心の中で小さく息を吐いた。
全員集合。
なるほどな、と思う。
何もないわけがない。
ルイはそのまま自然な足取りで入ってくる。
スタッフにも会釈をして、荷物を置いて、いつも通りの動作をひとつずつこなす。
でも、その視線だけがほんの一瞬、タイキを拾った。
タイキは気づく。
気づいて、でも見ない。
前みたいに、はっきり避けるわけでもない。
でも、すぐには受けない。
その一秒にも満たないやり取りを、アダムだけが静かに見ていた。
「じゃあ、今日は頭から通します!」
スタッフの声で、五人が立ち位置につく。
鏡の中、並んだSTARGLOWはやっぱり強かった。
誰が何を抱えていようと、立ち位置についた瞬間に空気は締まる。
それぞれの呼吸が揃って、音が入る前から絵になる。
曲が走る。
床を踏む音。
身体の抜き差し。
タイミングの揃い方。
大型ライブ前の今の五人だから出せる熱が、ちゃんとある。
その中で、ルイは初めて知る。
好きだと自覚したあとでタイキと同じフォーメーションに立つのが、こんなに難しい。
横顔ひとつで気を取られる。
呼吸が合うだけで胸の奥がざわつく。
でもそれを表に出すわけにはいかない。
だから余計に、目だけがタイキを追ってしまう。
タイキはそれを感じている。
感じているから、前だけを見る。
仕事に集中する。
歌の入り、振りの切り替え、表情の角度。
全部に意識を向けて、ルイの視線を拾いすぎないようにする。
それでも、視界の端でルイがいることは消えない。
好きだと言われた。
昨日の声が、まだ残っている。
だから今、何でもない顔で隣に立たれるだけで、神経がやたらと細くなる。
アダムはタイキのその硬さを感じ取っていた。
曲の合間。
移動の一瞬。
タイキの呼吸が少しだけ浅くなるところがある。
そこへ、アダムは本当にさりげなく立ち位置の確認を挟む。
「タイキ、次サビ終わり半歩左」
「ん、了解」
「その方が抜けやすい」
「助かる」
会話はそれだけ。
でも、それだけでタイキは少しだけ意識を戻せる。
ルイはそのやり取りを見て、胸の奥が少し痛む。
アダムが悪いわけじゃない。
むしろ、ありがたいことをしているのもわかる。
でも、自分の代わりみたいにそこへ自然に入られると、どうしてもざらつく。
カノンは鏡越しにルイを見る。
見すぎ。
昨日も思ったことを、今日も思う。
でも今日は、わざわざ言わない。
今のルイは、言われなくてもたぶん自分でわかっている。
その代わり、カノンは自分の横にいるゴイチの存在に少し救われる。
振り確認の途中で、ゴイチが小さく「大丈夫か」と聞く。
誰にも聞こえないくらい小さい声で。
「何が」
「二日酔い」
「ぶっ飛ばすぞ」
即答すると、ゴイチが少しだけ笑う。
「元気ならいい」
そのやり取りだけで、カノンの口元が少し緩む。
スタッフが通しを止める。
「今のすごくいいです」
「ただ、サビ前だけもう少し全員の視線の流れ揃えたいです」
五人がモニター前に集まる。
近い。
いつもなら何でもないこの距離が、今日は妙に濃い。
タイキの右隣にアダム。
左隣にルイ。
その少し後ろにカノンとゴイチ。
モニターに映る自分たちを見ながら、スタッフが説明する。
「ここ、ルイくんの視線を起点に全員ちょっと流したいんですよね」
「あー」
「なるほど」
ルイは画面を見ながら頷く。
でもその“起点”という言葉に、タイキは少しだけ肩が強張る。
起点。
ルイが、また。
その瞬間、隣からアダムがほんの少しだけ前へ出た。
自然に。
モニターを見やすくするみたいに。
その動きで、タイキの肩から余計な力が少し抜ける。
ルイはその細い動きまで見逃さない。
見てしまうから、また自分に苛立つ。
「じゃあもう一回いきます!」
スタッフの声で、全員が散る。
位置に戻る途中、カノンが小さくゴイチに言う。
「今日、空気えぐいわ…」
ゴイチは前を見たまま答える。
「えぐいな」
「お前よく平気だな…」
「平気じゃねぇよ」
少し間。
「でも仕事だからな」
その一言に、カノンは小さく息を吐いた。
ほんと、それなんだと思う。
どれだけややこしくても。
どれだけ好きだ嫌いだが交差してても。
結局、五人で立つ場所はここだ。
だから今日も、全員集合する。
曲がまた流れる。
ルイは前を向く。
タイキも向く。
アダムはその空気を見守り、カノンは横で呼吸を整え、ゴイチは全体を支えるように立つ。
鏡の中の五人は、やっぱりSTARGLOWだった。
その事実だけが、いちばん強くて。
いちばん残酷でもある。
でもたぶん、だからこそこの先も進むんだろうと、誰も口にしないまま思っていた。
コメント
2件
カノンの登場が嬉しい🩷ゴイチとのやり取り、笑いました😆
うわ、この第9話、すごく濃かったですね…。ルイが「好き」を自覚した後にくる「もう今までみたいにはできない」っていう自制の部分、すごくリアルで苦しかった。一方でカノンの「失恋会」は最高でした。ゴイチの「相棒だから」の重さと軽さのバランス、そして朝のドタバタからの「俺なら、カノンを傷つけない」…あれ、完全に刺さりました。最後のスタジオの空気も、全員が何かを抱えながらそれでも「STARGLOW」として立つ感じが切なくて、でも強くて。伏線の回収と新たな関係性の芽生えが一気に進んで、読んでて色々込み上げてきました。続きが本当に気になります。