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色々とあった結果、私はしばらく実家であるエリトン侯爵家の屋敷に帰っていなかった。
随分と久し振りに帰って来た我が家は、私のことを温かく迎えてくれた。王族との婚約という手土産には、お父様やお母様も喜んでくれているようだ。
ただ、そんな二人と比べてお兄様は少し不機嫌そうだった。一体どうしたのだろうか。私はとりあえず話を聞いてみることにした。
「リルティアがここに帰って来るのは、久し振りだね?」
「え? ええ、まあ、そうですね」
「寂しかったというのは、少々情けない話ではあるかな?」
「そ、そうですか……」
私がお茶に誘うと、お兄様は快く受け入れてくれた。
心なしか嬉しそうにしているし、本人が言っている通り寂しかったということだろうか。
そういえば、お兄様はそれなりに寂しがり屋である。そんなことは、すっかりと忘れていた。とはいえ、今回はどうにもいつもより変な気がする。
「ラフェシアの所には、よく行っていたみたいだね。彼女から連絡があったよ」
「え? ああ、そういえばそうですね。ラフェシア様とは、何度も会っています……というか、この屋敷から出発した理由は、そもそもラフェシア様が開くお茶会に参加するためだった訳で」
私がエリトン侯爵家の屋敷を経ったのは、メルーナ嬢から話を聞くためだった。
それから暗殺の事件があって、それの首謀者を裁き、次期国王を見定めて、メルーナ嬢の失踪があって。私はやっと家に帰って来たのである。
思えば、長い旅だった。そう考えると、体に疲れがのしかかってきた。あちこちと行った訳だし私もかなり疲れているのかもしれない。
「ラフェシアもあれからこっちには来ていないし、本当に寂しかったよ」
「ああ、それはまあ、メルーナ嬢のことがありましたからね。今も彼女のためにあちらの屋敷に留まっていますし……」
「友達思いであることは、誇らしいことだと思うのだけれど……」
お兄様が落ち込んでいるのは、ラフェシア様が来ていないことも関係しているようだった。
メルーナ嬢の関係で、彼女はどこにも行かずにディートル侯爵家の屋敷に留まっている。いつでもメルーナ嬢が、訪ねて来ても良いようにそうしているのだ。
それは彼女の優しさの表れなので、お兄様もなんとも言えなくなっているのだろう。しかし事情をある程度知っているお兄様なら、色々とできることはあったのではないだろうか。
「寂しかったなら、お兄様の方からラフェシア様を訪ねれば良かったのではありませんか? 色々と協力することもできたでしょうし……」
「いや、色々と取り込み中かもしれないし、気が引けてね。メルーナ嬢の失踪については、後から知ったからね……まあ、ラフェシアから手紙が届いてからは、こっちはこっちで探していて忙しくて」
「難儀なものですね、お兄様も……まあ、もう少ししたらラフェシア様も自由になりますよ」
「それなら、安心だ。しかし、お前はまたすぐに出て行ってしまうのだろうな」
「本格的に出て行くのは、もう少し先の話ですよ」
私はお兄様の言葉に、ゆっくりと頷いた。
イルドラ殿下との婚約、それは大きなことだ。このエリトン侯爵家の屋敷で過ごす時間も、後少しかもしれない。そう思うと、少しだけしんみりとしてしまった。
◇◇◇
「なるほど、そんなことになっていたとは思ってもいなかったわ」
私が帰って来てから少しして、エリトン侯爵家の屋敷にやって来たラフェシア様は苦笑いを浮かべていた。
それは私からお兄様の様子がおかしかった理由を、私から聞いたからだ。寂しかった。そんな理由を聞かされたら、それはもうそうやって笑うしかないだろう。
「遠慮なんてせずに、ディートル侯爵家の屋敷に来ても良かったのに……それとも、嫁の実家は緊張するということかしら?」
「ああ、言われみれば、それもあったのかもしれませんね」
「まあ、どちらにしても寂しいならそう言ってくれれば良かったのに」
「お兄様もラフェシア様の前では、格好つけたいということでしょうね」
今日のお兄様は、なんというか微妙な態度だった。
ラフェシア様に近づきたいが、それを抑えている。そんなぎこちない態度だったのだ。
その結果、ラフェシア様は疑問符を浮かべることになった。それを解消するために、私は彼女と話をしているのだ。
「そう言われると、悪い気はしないものね」
「え? そうなんですか? 結構格好悪いと、私なんかは思ってしまいますけれど」
「それは……リルティアが妹だからでしょうね。私とは立場が違うもの。感じ方も違って当然なのではないかしら?」
「惚れた弱み、みたいなものですか?」
「そうなのかもしれないわね。私にとっては、そういう所も含めて好ましいのだもの」
ラフェシア様は、本当に嬉しそうに笑っていた。
その笑みは、私には少し理解することができない。
ただ、良いことであることはわかる。やはりお兄様とラフェシア様の関係は素敵だ。
「まあ、リルティアだってその内わかるのではないかしら?」
「……どうしてですか?」
「だって、イルドラ殿下と婚約しているのでしょう? それも、あなたが彼を選んだと聞いているけれど」
「ああいえ、それはなんというか、語弊があります。私が選んだのは、あくまで次期国王であって……というか、ほとんど選択肢もありませんでしたし」
当然のことながら、ラフェシア様には私とイルドラ殿下の婚約は伝えている。
ただ、色々とごたごたとしていたため、あまり詳しく話す暇はなかった。その結果、誤った認識をされているらしい。
「それでも、あなたが婚約者として選択肢の中から選んだのは事実だもの。そこに個人的な感情はあったのではないかしら。特にイルドラ殿下とは、前々から親しくしていたみたいだし」
「いや、それは……」
ラフェシア様の言葉に、私は少しわからなくなっていた。
私はイルドラ殿下のことを、どう思っているのだろうか。素敵な人だとは思っていた。しかしもしかしたら、それ以上の思いを彼に抱いているということなのかもしれない。
◇◇◇
「いや、すまないな。急に訪ねることになってしまって……」
「い、いえ……イルドラ殿下も忙しいですから。もちろん、私の両親も暇ではありません。日程が丁度合うのが今日辺りしかなかったのですから、仕方ありません」
私は、イルドラ殿下に対する自分の思いについて悩んでいた。
ラフェシア様との会話で、私は少し混乱しており、それについて考える時間が必要だったのだ。
しかし、運が良いのか悪いのか、そんな折にイルドラ殿下がエリトン侯爵家を訪ねて来た。彼は諸々の報告も兼ねて、挨拶をしに来たのである。
「むしろ、イルドラ殿下の方が訪ねて来る立場であるのですから大変でしょう。大丈夫だったのですか、本当に?」
「ああ、そのことなら問題はないとも。色々とあった事件が片付いたこともあって、父上が少しの間休憩することを許してくれたんだ。まあ、その後は次期国王として扱かれる予定だが」
「それは大変そうですね……」
イルドラ殿下は、アヴェルド殿下の一件からずっと動いてくれていた。
そんな彼は、きっと大いに疲れていることだろう。その中でエリトン侯爵家を訪ねて来るなんて、大変だったに違いない。
そんな彼を、少しくらいは癒してあげたい。私の中には、そんな考えが過っていた。
「イルドラ殿下、少し歩きませんか?」
「歩く?」
「ええ、実の所、一緒に行ってみたい所があるんです。近くて危険はない場所ですから、ご心配なく」
「まあ、護衛はいるから大丈夫ではあるだろうが」
私の言葉に、イルドラ殿下は少し難色を示しているようだった。
次期国王として、気軽に出歩くのは危険だと認識しているのだろうか。それはもちろん必要なことだが、少々気にし過ぎのような気もする。
やはり彼も、急に王位を継ぐ立場になって気負っているのかもしれない。これから向かう場所は、そんな彼に対しては丁度良い場所だといえる。
「まあ、とりあえず行きませんか? 後悔はさせませんから」
「……リルティア嬢がそんな風に強引に誘うなんて、少々珍しいな」
「え? そうでしょうか?」
「あなたは、理性的な女性だからな」
イルドラ殿下は、苦笑いを浮かべていた。
私はそんなに強引だっただろうか。理性的でもない気もする。
ただ、今のイルドラ殿下の反応は悪くない。私の提案を受け入れてくれそうだ。
「しかしだからこそ、興味がある。リルティア嬢、俺をその場所まで連れて行ってくれ」
「ええ、もちろんです」
私はイルドラ殿下の言葉に、ゆっくりと頷いた。
こうして私達は、少し出掛けることにするのだった。