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100日後の代わりの小説!
青桃です!
生徒会室、放課後の仮面
放課後の生徒会室は、秋の日差しを受けて薄いオレンジ色に染まっていた。
机に広げられた資料を前に、俺――ないこはため息をつく。
文化祭準備の進捗確認。各クラスへの催し許可書のチェック。予算の再調整。
そして、目の前に座る、生徒会長の黒い仮面。
「まろ。ここの承認印、押してくれる?」
俺が声をかけると、黒い仮面がゆっくりとこちらを向いた。
ツヤ消しのマスクは目元と口元を隠し、表情を一切読み取らせない。
でも、その奥から聞こえる声は、落ち着き払っていて少し鼻にかかった関西弁だ。
「おう。ほな、そこ持ってきいや。」
まろはペンを受け取ると、流れるように書類に署名し、印を押す。
指先は細くて綺麗で、動きは無駄がない。
完璧な生徒会長だ。
けど、その仮面が。
ずっと、気になって仕方がなかった。
「……なあ、まろ。」
「なんや。」
「なんで、ずっとそれ、つけてるんだ?」
一瞬、手が止まった。
仮面の奥の目が、ほんの少しだけ細められた気がした。
「前も聞いたやろ。それは企業秘密や。」
「生徒会長の顔が秘密って、変だろ。」
「ほっとけ。」
会話は、いつもここで終わる。
俺はペンを握りしめて息を吐いた。
「……別に、外せって言ってるわけじゃない。ただ、理由ぐらい教えてくれたらって思ってるだけ。」
まろは印を押し終えた書類を無言で差し出した。
やっぱり、目は合わせない。
「お前には関係ないやろ。」
刺すような声だった。
その瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。
関係ない。そう言われたら、それまでだ。
けど、副会長としても、友達としても、俺は……
「でも、俺は会長のこと、信頼してるつもりだよ。」
思わず、言ってしまった。
まろの指が、机の上でかすかに動いた。
「……仕事終わったんやったら、もう帰れ。」
それ以上、会話は続かなかった。
生徒会室の時計の針が、カチリと一分を刻む音だけが響いた。
翌日も、同じような時間。
まろと俺は生徒会室にいた。
他の役員は用事があるとかで帰った。二人きりだ。
「ほら、この掲示予定のポスター確認して。文章崩れてるって言ってたの、直した。」
「……おう。見せてみ。」
まろは椅子を引き寄せ、俺の隣に座る。
仮面の奥から漏れる吐息が近くて、ちょっとだけドキっとする。
なんでだろうな。
顔を見たことないのに、声とか仕草とか、意外に気になる。
まろが視線を落としてポスターを読み込む。
仮面は無表情なのに、不思議と「真剣な顔」をしてるように感じる。
俺はこっそり口を開いた。
「……噂、聞いたことあるよ。」
「……噂?」
「会長がなんで仮面つけてるかって。」
まろの手が止まった。
「事故で顔に傷があるんだって。」
静かだった。
空気が、ほんの少し冷たくなる。
でも、俺は続けた。
「逆に、イケメンすぎて騒がれるから隠してるって言うやつもいた。」
その時、まろの肩がピクリと動いた。
それが「笑った」のか、「怒った」のか、分からなかった。
けど、俺は目をそらさなかった。
「どっちでもいいけどさ。俺は、会長がどういうやつなのか、ちゃんと知りたいだけなんだよ。」
静寂。
秋の夕日が、窓を赤く染めていた。
まろはゆっくりと椅子を引き、背もたれに寄りかかる。
「……お前、アホか。」
「なんでだよ。」
「どっちでもええ言うといて、知りたいとか矛盾しとる。」
低く、笑うような声だった。
でもその仮面の奥の瞳は、少し寂しそうに見えた。
「……なあ。」
「……なんや。」
「そんなに見せたくない顔なの?」
まろは、今度は完全に視線を外した。
そして、机に置いていたペンをトントンと叩く。
「……お前には関係ないやろ。」
さっきよりも、もっと低い声だった。
追い詰めるみたいなことを言った自分を後悔した。
でも――でも、引けなかった。
「関係あるだろ。」
「なんでや。」
「副会長だし、同じ生徒会だし。友達だし。」
まろは動かなかった。
ただ、ペンを握る指に力がこもっていた。
「帰るわ。」
そう言って、まろは椅子を引き、立ち上がった。
背中越しに声が聞こえた。
「もう今日はええ。お前も帰れ。」
無理やり終わらされた会話。
背中は大きいのに、なんだか小さく見えた。
俺は言えなかった。
「ごめん」も、「待って」も。
夕暮れの校舎の廊下を歩く仮面の後ろ姿が、ずっと目に焼き付いて離れなかった。
次の日も、その次の日も、まろは仮面をつけたまま会議を進めた。
完璧な進行、的確な指示。
周りの一年や二年の役員は「さすが会長」と息を呑む。
でも、話すたびに、どこかぎこちない空気が残った。
書類を整理しながら、俺は小さく呟いた。
「……関係ない、か。」
本当は、もっと近くにいたいと思った。
俺の知らない仮面の奥の「会長」に、触れてみたかった。
それはただの好奇心じゃなくて――多分、好きってことなんだろう。
でも、まだその言葉を飲み込んだ。
窓の外では、もう秋の風が吹いていた。
文化祭が近い。
その準備が忙しくなるたびに、俺たちは何度も顔を合わせる。
何度もぶつかるだろう。
でも、絶対に諦めたくなかった。
「絶対、聞き出してやるからな。」
小さな決意を呟いた声を、誰も聞いてはいなかった。
ただ、薄暗い生徒会室で、黒い仮面がこちらを向く気配がした。
コメント
4件
仮面!だああああ! 青さん何があって顔隠してるんだろうか..................
🎭 いいねぇ、、、、、、