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スタジオに夜が落ちた。
滉斗と涼ちゃんは、控え室で汗まみれの身体を寄せ合い、
荒い息を吐きながら、沈黙していた。
交わした温もり。
重ねた罪。
——でも、それだけじゃ、足りなかった。
そのときだった。
控え室のドアが、ノックもなく開いた。
「……やっほー」
無邪気な声。
顔を覗かせたのは、
血走った瞳に、狂気を隠しきれない元貴だった。
「……元貴……っ」
涼ちゃんが、ビクリと震える。
「なにしてんの? ふたりとも、こんなとこで」
元貴は、にこにこと笑いながら、
ゆっくりと部屋に入ってきた。
滉斗も、涼ちゃんも、
まともに動けなかった。
背中に、冷たい汗がつたう。
「……や、やめろよ……勝手に入ってくんなよ……!」
滉斗が必死に声を絞り出す。
けれど、元貴はまったく動じなかった。
元貴は、ふたりをじっと見つめた。
そして、わざとらしく、楽しそうに声を上げた。
「……なんかさぁ、二人とも、服乱れてるよ〜?」
ニヤニヤと笑いながら、
涼ちゃんの少しはだけたシャツに視線を這わせる。
滉斗の首筋に残る微かな赤みも、
しっかりと捉えている。
「まるで……何かしてました、みたいな?」
ひそひそと、
囁くように言葉を落とす。
涼ちゃんは顔を真っ赤にして俯き、
滉斗も必死に袖を直そうとした。
だが、そんな仕草すら、
元貴にとっては、最高のごちそうだった。
「なに? 隠しごと?」
首をかしげながら、
一歩一歩、ふたりににじり寄る。
——その瞳には、
「全部知ってる」
という、絶対的な支配の光が宿っていた。
「……元貴、お願い……今日は……」
涼ちゃんが、震える声で訴える。
だが、それすら元貴は楽しげに受け流した。
「ねぇ、涼ちゃん。滉斗」
控え室の中央に立った元貴は、
まるで教師が生徒を叱るみたいな口調で言った。
「俺に隠しごとなんか、しないよね?」
優しい声だった。
けれど、優しさの奥には、
凍るような冷たさが潜んでいた。
「……俺さ」
元貴は、ポケットから取り出した鍵を、
涼ちゃんと滉斗の目の前で、カチャリと鳴らした。
「この部屋の鍵、持ってるから」
にこりと笑う。
——つまり、逃げ場はない、ということ。
ふたりは、絶望的な気持ちで見上げた。
「さぁ……」
元貴は、ポケットからもうひとつ、何かを取り出した。
小さな瓶。
透明な液体が入った、妙な光沢を放つ瓶。
「今夜はさ、俺も混ぜて?」
囁くように、甘ったるい声で言った。
その瓶の中身が何かなんて、
聞かなくても、直感で分かった。
——媚薬。
「……っ、やめろ、元貴っ……!」
滉斗が叫んだ。
だが、元貴は涼やかに微笑んだままだった。
「ねぇ、涼ちゃんも、滉斗も……」
瓶を指でトントンと叩きながら、
元貴は舌なめずりした。
「俺のこと……ちゃんと、好きでいてね?」
にじり寄る。
その目は、すでに正気を失っていた。
まるで、獲物を追い詰める肉食獣のように。
滉斗と涼ちゃんは、
机に追い詰められ、
肩を寄せ合ったまま、息を呑んだ。
(どうする……?)
(どうすれば……この地獄から……)
でも、
答えなんて、どこにもなかった。
ただ、
この夜が、すべてを壊す夜になることだけは——
確実だった。