【お願い】
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ご本人様方とは一切関係ありません
家のインターホンが鳴ったのは、夜10時を回った頃だった。
その日は在宅勤務で、長引いたリモート会議のせいで処理すべき仕事がいくつか残っていて。
ちょうどそれに終わりが見えてきて、一息つこうとしたところだった。
外を映し出すモニターに視線をやろうとしたその瞬間、俺が呼び出しに応じるよりも早く玄関のドアが開かれる音がした。
「え」と思う間もなく、「まろーっ」と陽気な声が廊下の向こうから聞こえてくる。
「…何で? 俺カギ閉めてなかったっけ?」
「この前泊まったとき、返すの忘れてた」
目を丸くする俺に、突然の来訪者―ないこは悪びれる様子もなく答えた。
簡素なキーホルダーの輪っかに長い人差し指を入れ、鍵ごとクルクルと回してみせる。
そう言えばつい先日、泊めたはいいものの翌朝家を出るのが俺の方が先だったから合い鍵を預けた、なんてことがあった気がする。
「あー疲れたーーーー」
言葉とは裏腹に楽しそうに笑って、ないこはソファになだれこんだ。
「…めっちゃ酔うとるやん」
微かに頬を紅潮させているないこに、肩を竦めながら水を差しだす。
「今日は会食やったっけ?」
「そう。すんごい豪華なメシだったー」
社長として、取引先などの仕事相手と食事に行くことも多いないこ。
今日も例外ではなく、どこかの高級店で食事を楽しんできたらしい。
表情を見るにビジネスとしての収穫もそれなりにあったようだ。
「そんで何しに来たん」
俺が渡した水に口をつけたないこが、子供みたいに無邪気に笑う。
「会食早めに終わったしーまろとーー遊ぼうかなと思ってー」
意味もなく伸ばされた語尾がこいつの酔い具合を物語っている気がした。
「いや俺まだ仕事しとるし」
「……」
「寝るんかい」
答えた瞬間目を閉じたないこに、間髪入れずにツッコミを入れてしまう。
「しゃあないなぁ」と苦笑いを漏らして、隣の寝室から毛布を引っ張ってきた。
ソファに座ったまま眠るないこに、それをかける。
静かに眠るあいつを残して、俺は今日のノルマである仕事を片付けてしまおうと再びデスクに向かった。
それから1時間ほど放置しただろうか。
その日終わらせておきたいところまでの作業を終え、仕事用のPCを閉じる。
クルリと椅子ごと振り返ると、ソファのないこは身じろぎすることなく先ほどと同じ態勢で眠っていた。
「子どもか」
そっとソファに近づき、小さく肩を揺する。
「ないこ、本気で寝るんやったらベッド行けよ」
風邪ひく、と付け足すと、「うーん」と小さく唸った。
「…手間かかるヤツやなぁ」
普段はリーダーと社長なんて肩書のせいでそれなりにしっかりして見えるっていうのに、俺やアニキの前ではこんな風に手がかかる園児みたいになることもある。
そこがまた人間味があるので、ないこの魅力の一つなんだろうけど。
「よっと」
ぐいっと引っ張り上げると、ポスンと全力で寄りかかってくる。
ベッドまで肩を貸して運びながら、その軽さに相変わらず驚かされた。
身長もそれなりにあるし、いつも「ダイエット」と言いながらあれだけ食ってるくせに。
あのカロリーは一体どこへ行くんだろうと感心するくらい腕も腰も細い。
男相手だし、多少雑に扱っても大丈夫だろう。
ないこの体をぽいとベッドに投げるように軽く放ると、「うーん」とまた同じように唸りながら眉間に皺を寄せている。
その上にさっきの毛布をかけると、暖かさに満足したのか目を閉じたまま笑ったように見えた。
「おやすみ」
暗い部屋の中にないこを放置して、俺は自分も寝る支度を整えるべく風呂へ向かった。
ないこの寝相が悪いのはいつものことだ。
ベッドの隅でちょこんと寝ていたはずが、俺が再びそこを訪れたときには真ん中で大の字になっていた。
「ないこー、ちょっとよけて」
額をぺし、と軽く叩く。
ないこの家のベッドほどの広さはないが、男2人でも眠れないことはない。
これまでも泊まるときには何度もそうしたことがあるように、俺はその隣に潜りこもうとした。
「…んー…」
寝ぼけた目を薄く開いたないこが、小さく身じろぎする。
うつろな瞳がこちらを向いた気がした瞬間、俺は思わずベッドに入り込もうとしていた態勢のまま固まってしまった。
毛布をめくった手はそのまま、息を飲む。
力なく向けられたはずのないこの目が、それでもまっすぐに俺を捕らえていたからだ。
視線が絡み合った気がした瞬間、ふっと目の前のピンク髪をした男が小さく笑んだ気がした。
「……すき」
ベッドに身を沈めたまま、ないこがそう小さく言う。
そしてそのまま俺の首に絡みつくように腕を回してきた。
口元に薄く浮かんだ笑みは、艶やかでゾクリと体のどこかが震えるのを感じる。
「……え?」
何が起こっているのか理解できない。
ついていかない頭で、何とかそう声を発するのが精一杯だった。
その俺の声にハッと我に返ったのか、勢いよく顔を上げたないこが弾かれたように身を起こした。
「まろ…!? …ごめん、俺…」
寝ぼけていたところを完全に覚醒したのか、自分でも信じられないというように大きく目を見開いている。
「間違えた…」
俺から身を離しながら、さっき甘い言葉を吐いたのと同じ唇がそう続けた。
「……寝ぼけすぎやろ。そんなんえぇからちょっと奥つめて。俺もう眠いねん」
苦笑いを零しながら、俺はないこをベッドの奥へ押す。
空いたスペースに潜りこんでから、背を向けてないこに「おやすみー」と声をかけた。
それからないこがどんな顔をしていたのかは分からない。
俺はすぐに寝たフリをしてしまったから…。
多分、自分はひどい顔をしていたと思う。
何でもないフリをしたけど胸が軋むように悲鳴を上げている気がした。
(間違えたって…何やねん)
一体誰と?
ないこにそんな相手がいるなんて聞いたことがなかった。
ましてやあんな甘えるような声で「好き」だと告げるような相手なんて。
「……」
呼吸がしづらい。
急にこみあげて来た感情は、自分でも予想すらしていなかったものだった。
今まで、俺にとってないこは家族みたいなものだった。
誰よりも信頼できるし、きっと一生何があっても裏切ることはない相手。
それは他のメンバーにも言えることだったし、メンバー全員が特別であってないこだけが特別なわけじゃなかったはずだ。
それなのに、この胸の痛みは何だ?
ズキンと痛むそれに合わせて、こみ上げる感情から喉が焼けつくようにヒリヒリする。
(…知りたくなかったな)
無自覚だった自分の気持ちになんて。
うつろな目をしたないこが俺の向こう側に見ていた「誰か」に嫉妬する感情なんて。
(自覚したと同時に失恋って、シャレにならんて)
自分でも持て余してしまう予想外の衝撃に、俺は耐えるようにぎゅっと固く目を閉じた。
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