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ナーシャが驚いている間にも、馬車はかなり進んでいた。外の景色は次々に変化していて、王都に長く住んでいるナーシャの知らない景色が流れていたのだが、ナーシャは気付けないでいた。
「セリナ、ごめん」
「⋯畏まりました。ですが急いで下さい」
「分かってる」
ジェストとセリナがナーシャの分からない会話をした後、ジェストが御者席に合図を送った。
するとガタゴトと少し大きく横に揺れたあと、段々ゆっくりな動きに変わりやがて止まった。
ナーシャは、そんな馬車の一連の動きの中、まだ目が覚め切らず、全く頭の働かない朝の時間のように、ぼんやりとしていたら、セリナが突然馬車の扉を開けて下り始めた。
「セリナ?」
「ナーシャ様、素直に、ご自分の気持ちに正直にお願いしますね」
「えっ?」
セリナが言葉を残し、馬車から出ると扉は閉まったが、馬車が動くことはなかった。
戸惑うナーシャの手を、ジェストが握った事でナーシャは驚いて彼と漸く目が合った。
ジェストの瞳は、コバルトブルー。
同じ青でも、ナーシャの瞳の深い青とは違い、彼の瞳は澄み切った空のように明るく、それが彼の事を正確に表しているようにいつも思っていた。
今も、どこまでも澄んでいる。
「ナーシャ、ごめんね。ゆっくりと話をしなければならないし、お座なりにしたくはなかったけれど、正直に言えば時間がないんだ。だから単刀直入に言うね。このまま俺と結婚してください。絶対に幸せにすると約束する。ミゼラ様にセリナに、ナーシャを大事にしてくれる全ての人に誓うよ」
「!」
ジェストの突然のプロポーズに、ナーシャの戸惑いは最高潮に達した。どうしていいか分からなかった。でも、先程下りかけに掛けてくれた、セリナの声が脳裏に蘇った。
『素直に正直に』
ナーシャはジェストを慕っていた。始めはもう一人の兄のような感覚だった。段々と大きくなるに連れ、その気持ちはまだナーシャには、変わらず延長し続けていた。
そんな時、祖母が倒れた。父も兄も素っ気なかった。
“もう歳だしな”“かなりご高齢でしたから”
ナーシャには、二人のそんな声はとても冷たく聞こえて、その冷たさはナーシャにも向けられているように感じた。
弱る祖母の手を握り、心細くて堪らなかった。
そんな時、ジェストは父や兄を諌めてくれた。
そしてナーシャに優しく寄り添って、父と兄から向けられて冷えたナーシャの心を、優しく優しく温めてくれた。
『ジェストと仲良くね』
体が弱ってからもミゼラはよくナーシャにそう言った。ナーシャは頷きながら、自分の心の変化に気付いて行く。ジェストはとても温かい。この温かさにずっと包まれていたい。そして自分もジェストを温かく包みたい。
(ジェスト様の側にずっとずっと居たい、他の誰でもなくお兄様としてではなく)
いつしか兄のようではなく、婚約者として男の人としてジェストを見始めていた事を自覚し始めた。それが突然父によって切り離された。
既に婚約者として側に居てくれるジェストだったから、気持ちを自覚してもナーシャはそれを彼に告げる事はなかった。
だって二人の婚姻は決定事項だと思っていたからだ。離れてしまった直ぐは胸が潰れるほど辛かった。忘れようと努力すればするほど忘れられなくて、その気持ちを何とか心の隅に追いやって自分を誤魔化し続けていた。
だけど今、再会したジェストはナーシャに誓ってくれている。
『素直に正直に』
ナーシャの心にセリナの言葉が聞こえる。
「ジェスト様、嬉しいです。私も貴方を幸せにしたいです。貴方を大切に思う全ての人に誓います」
ナーシャが返事を返すと、握っていたジェストの手に力が込められた。その手が離れたと思ったらグイッと体を引き寄せられて、ナーシャはジェストに抱きしめられていた。
抱きしめ合う体がゆっくりと離れた時、ナーシャとジェストは目が合った。
そして、ジェストはナーシャの額に優しくキスをくれた。ジェストの唇は温かかった。
その温もりを感じながら、ナーシャが目を閉じると、その眦に溜まった涙をジェストは優しく吸い上げる。なんだがナーシャの周りの時間が、ゆっくりと流れているような感覚で、心ここに非ずだった。
時間の感覚が分からないまま、急にふわりと体が浮き上がって、ナーシャはジェストの隣に席を移動させられた。
直ぐにセリナをジェストが呼んで、セリナが再び馬車へと乗り込む。席を見てセリナはナーシャの向かいに腰を下ろした。
その動きは目に入っていたけれど、ナーシャはセリナに声が掛けられない。なんだがとても恥ずかしい気持ちが湧いて俯いてしまっていた。
「ナーシャ様、良かったです」
セリナから掛けられた言葉で、気恥ずかしくて俯いていたナーシャが顔を上げると、セリナは涙を流していた。
ずっとナーシャの側にいてくれたセリナの、初めて見る涙だった。
そしてセリナも涙を流しながら思っていた。顔を上げたナーシャの頬は、ほんのりと紅が差している。涙が残る睫毛がキラリと光っている。
(ナーシャ様、とても綺麗です)
ナーシャのそんな幸せそうな顔を、セリナは久しぶりに見る。それを見るとセリナも幸せな気持ちになる。
ジェストはそんなセリナを見て、自分がいない間も、ナーシャの側で彼女をずっと守ってくれた事に深く深く感謝していた。
コメント
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うわあ、ついに来ましたね、このプロポーズのシーン! セリナの「素直に正直に」という言葉がナーシャの背中を押す流れ、すごく良かったです。二人の距離が再び縮まって、セリナが初めて見せる涙もジェストの感謝も、全部が温かくてじんわり来ました。コバルトブルーの瞳の描写とか、細かい伏線みたいなものも好きです。続きが気になりますね!