テラーノベル
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今はただ、恩返しとして彼の役に立ちたい。スタートからここまで、彼はずっと自分の心を支えてくれたから。
しかしやはり尊敬の念が色濃く出ている。彼に対するこの想いは恋愛感情とは違うんだろうか。
考えれば考えるほど分からず、冷静を奪われる。感情を絡めた全ての疑問は、解のない方程式のようだ。
「な、涼……お前には、そういう特別な人いないのか?」
「……」
顔に被せたタオルをどけて涼を見た。暗がりの中でも分かるぐらい、何故か涼の顔は曇っている。瞳だけが生き物としての光を放っている。その光がこちらを向いた時、背筋が凍った。
いつも笑っているせいか、無表情になると別人のように見える。その麗容は人形のようだが、だからこそ未知の恐怖を覚えた。
なんて、普段くだらない事ばかり言ってる二十歳に対して思うことじゃない。自身の熟考に呆れていると、涼は静寂を破らない声で話し出した。
「俺にも大切な人がいます。けど恋愛感情じゃない。好きだけど、嫌いなんです。いっそ突き放して、捨ててくれたら楽なのに、中々そうならなくて。……時々、無性に怖くなります」
抑揚の無い、淡々と紡がれた言葉。
彼の話し方があまりに自然で、その言葉の意味を理解せず聞き流してしまった。
「でも、貴方が加東さんを好きな理由がわかりました。今のお話から、あの方なら准さんのことを支えてくれる気がしますし……うん、今までどおり、いや今まで以上にお手伝いさせてください!」
「お、おう。……サンキュー」
変にやる気満々なのも困るけど。
一応感謝の気持ちを伝えると、彼は笑った。
変だな……俺も。
胸の中に、知らない感情が生まれつつある。その正体が分からなくて、どうも反応に困った。
笑ってる彼を見ると、こっちも笑ってしまうんだから。とりあえず今は、こんなやり取りだけで満足だ。
ひとりで過ごす時間とは全然違くて、暖かい。
加東さんが心を支えてくれる存在なら、涼は心の隙間を埋める存在かもしれない。そう、密かに思った。
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