テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
研究室の蛍光灯がちらついたかと思うと、次の瞬間、バンと大きな音を立ててあっという間に闇に包まれた。
「わっ……!」
くられは思わず声を上げ、暗闇の中で慎重に足を運ぶ。
「動かないで、ツナっち……確か、この辺に懐中電灯が……」
声の方へ目を向けても、ほとんど何も見えない。
聞こえるのは、静まり返った夜の空気と、遠くで鳴る外の風の音だけだった。
手探りで進むくられの気配が、かすかに机の向こうから伝わってくる。
言葉にしながら動く声が、普段よりか細く、どこか頼りなく感じられた。
次の瞬間――
「……いっ!」
乾いた音と小さな息が、暗闇を切るように響いた。
「先生、大丈夫ですか!」
ツナっちは慌てて机の上を探る。手に触れた冷たい感触を頼りに、自分のスマホを掴み取る。
急いででライトを点けると、柔らかな光が闇を押しのけ、少しずつ研究室を照らし出した。
光の輪の中、白衣の裾を押さえながらしゃがみ込むくられの姿が現れた。
床に散った資料と、少し乱れた前髪。その間から覗く額にはうっすら汗が光る。
「痛っ……大丈夫、ツナっち」
苦笑いを浮かべながら顔を上げたその表情は、どこか照れくさそうで――
ツナっちは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
いつもは冷静で、何があっても動じないその人が、今は小さな光の中で、少しだけ戸惑いを見せている。
その落差に、息をするのも忘れた。
「……先生、やっぱり可愛いな……」
こんな事態なのに、声にならない言葉が、喉の奥でそっと震える。
くられが立ち上がろうとした瞬間、ツナっちは反射的に手を差し出した。
触れた指先に伝わるのは、確かな温もりと、少し強張った緊張。
くられが一瞬驚いたように顔を上げる。光がその瞳をかすめ、まつ毛が微かに揺れた。
「……平気。ちょっと躓いただけだから」
その言葉にツナっちは、思わず安堵の息を漏らす。
けれど、胸の鼓動だけはなかなか落ち着かなかった。
「懐中電灯は見つかりましたか?」
「うん、棚の奥だと思う。ツナっちはそこ、動かないで」
くられはそう言って、ツナっちの手からライトを受け取る。
指がかすかに触れ合った一瞬、空気がふっと止まったように感じた。
再び闇を裂く光の筋が、棚の奥へと伸びていく。
その背中を見送りながら、ツナっちは手のひらに残るぬくもりを確かめるように握りしめた。
数分後、ブレーカーの音がして、蛍光灯が一斉に光を取り戻す。
白い光が戻った研究室は、何も変わらないはずなのに、どこか違って見えた。
くられが振り返り、少し息を弾ませながら微笑む。
「戻ったね」
「はい……」
ツナっちは頷きながら、まだ心の奥に残る熱を隠すように目を伏せた。
光が戻っても、あの瞬間の息づかいだけは――暗闇の中に、まだそっと残っていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!