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炎に包まれた幻獣は苦しそうにもがいていた。あちこちに伸びていた蔓にも炎は広がっていき、全く衰える気配を見せない。このままだとスティースは死んでしまうだろう。
自分を攻撃してきた相手を心配するなんておかしいとは思う。でも、このスティースは魔道士と契約をしているのだ。俺たちを襲ったのだって、その契約している魔道士の意思が強く反映されているはず。スティース側も拒んではいないので全く非がないとは言えないが、殺すのはやりすぎである。
幸いなことに俺たちに大きな怪我はない。結果論であるし、甘いと非難されるかもしれない。それでもスティースが目の前で死ぬところなんて見たくなかった。
「もういい!! もういいからっ……!!」
ごちゃごちゃと色んな感情が湧いてきて、どうすれば一番良かったかなんて分からない。とにかく今の状況をどうにかしたくて俺は叫んだ。
真昼がこちらを振り向いた。俺の声が聞こえたのだろう。彼女の隣にいた見知らぬ男も同じ反応を見せる。突然現れたこの男……スティースを燃やしている魔法は、彼によってもたらされたものである可能性が高い。
真昼と小夜子が彼に対して特にリアクションをしていないので知り合いなのだろう。ひょっとしたら、彼が彼女たちの先生なのかもしれない。
少し距離はあるが、男と目が合った。なんだか不思議な感覚だ。スティースの時みたいに意識が朦朧とするような危ない感じではないけど、変に引きつけられてしまうというか……。きっと側から見たら数秒程度の短い間であっただろうに、まるで何時間も見つめ合っていたみたいな錯覚を起こした。
男がこちらに向かって歩いてくる。重なっていた視線がズレたことにより、俺は我に帰った。男と自分の距離がどんどん狭まっていく。いつのまにか、スティースを包み込んでいた炎が消え去っていた。あれだけ勢いよく燃えていた炎が一瞬で……
あの男の意識がこちらに向かった直後にこうなったのだ。やはり男は魔道士で、炎は彼の魔法だったのだろう。
スティースはどうなったのだろうか。気になって仕方がなかったが、もう目の前まで男がやってきていたので、それ以上探ることは叶わなかった。
「えっと……俺は、その……」
俺の言葉が届いたから魔法を中断してくれたと思っていいのだろうか。お礼を言うべきかな。いや、自己紹介が先か。しどろもどろになっている俺の姿を男は黙って見つめている。
男はかなり印象的な見た目をしていた。歳は若そうで……多分20代くらい。服装はきっちりとしたビジネススーツなのに、髪の色は白っぽい金色で瞳は赤。なんて派手なお兄さんなんだろう。モデルとかやってそうな風貌だ。でもこの人も魔道士なんだよな。あまりジロジロ見たら失礼だけど、一度見たらしばらくは忘れられなくなりそうだった。
「とっ……」
「と?」
ようやく男が言葉を発した。学苑の関係者であるなら俺のことは知っていてくれるのだろうか。
男が何を言うのかドキドキしながら待っているが、なかなか続きを話してくれない。様子がおかしい。もういっそこちらから話を振ろうか。そう考えていた矢先のこと……全く予想していなかった展開が俺を襲ったのだった。
「とおるーー!!!!」
「うわっ……!?」
なんと、男は俺に抱きついてきたのだ。体格差もお構いなしに勢いよく。俺の体は衝撃を受け止めきれず、よろけてしまう。
「怖かったよね。僕が来たからにはもう大丈夫だから」
聞き覚えのある声と話し方……抱きつく直前に間違いなく俺の名前を呼んだ。どうして思いつかなかったんだろう。彼も今学苑にいるのだと散々聞かされていたはずなのに……
「くそっ……半分くらい侵食されてる。あの女、ぜってー許さない」
いきなり抱きついてきたと思ったら、今度は俺の顔を両手でがっちりと固定した。そのままの状態で瞳を覗き込み、何かぶつぶつと喋っている。怒気を孕んだ雰囲気に怖気付きそうになるけど、これだけは今すぐに確認しておかなければならない。
「あの……お兄さん、もしかして東野さん?」
「へっ?」
ほぼ確信を持って聞いたのに、男からは気の抜けた声が返ってきてしまう。まるで、聞かれた内容が理解できないかのような反応だ。
「……東野? あっ、そうか。そういえばそう名乗っていたんだった。忘れてた」
男はうんうんと頷いている。自分の中で納得がいったのだろう。俺の顔を掴んでいた手を離すと、近過ぎだった互いの距離を適正なものへと調整した。
「ごめんね。焦ってたから、説明とか色々すっ飛ばしちゃった。透の言う通りで間違いないよ」
「そっか。良かった……」
男の正体は東野だった。答え合わせが終了して、俺はようやく体の力を抜く事ができた。日雷に着いてやっと知り合いに会えた。安堵感で満たされていく。
「それはそうと、そこの女子ふたり。お前たちがついていながらこの状況はなんだ。透の目もやられてるし、匠の弟子が聞いて呆れるよ」
「……すみません。まさか相手がここまでしてくるとは思ってなくて……」
「そもそもの原因作った張本人に言われたくないんだけど。例の人がキレたの……あなたのせいだって知ってんだからね」
「……千鶴には後日正式に抗議する。このままでは済まさないよ」
真昼と小夜子も俺たちのもとに集まっていた。しかし、会って早々に東野と言い争いが始まり、俺は蚊帳の外に追いやられてしまう。
話の大半がよく分からない内容だったけど、俺の目について言及されているのだけはスルーできなかった。今のところ特に異常は感じないが、早く説明して欲しいと切に願いながら彼らのやり取りを見守った。