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キーンコーンカーンコーン
今日の最後のチャイムが鳴り止むと共に、皆が一斉に喋り出した。まるで、ラジオの電源をいきなり着けた時のようだ。すぐさま逃げるように教室を出て階段を降りると、相変わらず、スキール音がうるさい体育館が見えた。僕はそれを背に下駄箱へ急ぐ。外に出ると、まだ六月だってのに真夏日の暑さに梅雨の蒸した嫌な感覚が出迎えてきた。途端に自分の足が重くなるのが分かった。いつも遠回りしているこの道だが、流石にこの暑さは耐え難い。僕は足早に家へと向かった。家が見えると、更に自分の足に重りがついたようだった。そんな、重い足を引きずりつつも家に着くと、いつものように母さんがいた。
「ただいま。」
「平汰おかえり。」
玄関にはよく分からない絵が部屋の奥にはよく整頓された壺やら像やらが敷き詰められている。
「今日は教祖様に会ってね、徐悪の壺を頂いたのよ。これで、もうこの家には悪魔は来ないわよ。」
「そっか―。」
また、どうせ何十万もする、壺を買ってきたんだろう。その、教祖様とやらに会った日には必ず、飲むと神の加護が与えられる聖水だとか、家に置くだけで幸運をもたらす壺だとかを、うん十万円も払って買ってくるのだ。だが、教祖様に会った日の母さんは昔の母のようで、どこか嬉しく思う自分も居た。
母さんは変わってしまったのだ。
兄が帰らぬ人となってから、母さんはがらりと変わってしまった。
だが、今日という今日は僕も怒らずにはいられない。なぜなら今日は兄と僕の誕生日六月九日なのだから。
「母さん。今日はなんの日か覚えてる?」
母さんは数秒ほど考えた顔をして、「鍵の日かしら。」なんてふざけた回答をニヤニヤしながら言ってきた。
「今日は兄さんと僕の誕生日だよ。」
母はまた少し考えた顔をした。このほんの数秒が僕にとって、退屈な学校の授業とは比にならないぐらい遅く感じた。
母の顔色が変わった。
「あー、そういえばそうだったわね。」さっきの明るい口調とは打って変わった喋りようだ。
「で、なに?プレゼントでもよこせって言いたいの?」
「プレゼントをねだるくらいなら早く稼げるようになってから言ってくれないかな。」
はあ、と、母の深いため息が部屋に響く。
僕はもう我慢の限界だった。
「なんで、他人事みたいに言ってるんだよ。お金が無いのも、母さんが変な壺とかを買ってくるからだろ。」自分でも驚くぐらい自分の声が木霊する。
「母さんが悪いって言いたいの。あの壺も、あなたを思って。」
「もう、いい加減にしてくれよ、母さん・・・」そうすると母さんは、何も言わず出て行ってしまった。
さっきまで、あんなにうるさかった部屋がまるでラジオの電源をピシャリと切った時みたいに、部屋には静けさで満ちていた。その静けさのお陰か、溢れ出ていた僕の感情にやっと脳が処理をし始めた。更に腹が立った。だが、この怒りをどこにぶつけていいかが分からなかった。すると、あの憎たらしい壺たちが目に入った。
「よし、壊そう。全部―。」
どれぐらい経っただろうか、平汰の周りには無数の壺の破片が飛び散っていた、そして一つだけ無傷の壺があった。
緑?青?紫?なんと言ったら良いかわからないような色をした不思議な壺だった。その壺は、叩きつけても屋上から落としても傷一つつかなかった。平汰は不思議そうにその壺をひょいと持ち上げると、中からカラっと音がした。気になったので中に手を突っ込んでみると、やはり何かあった。取り出そうと、中にある何かを握ると、突然腕が壺の中へと吸い込まれた。その後肩が、胸が、腹が、脚が、と身体全てがその壺に吸い込まれてしまった。
気づくと、そこは前に住んでいた家だった。視線が低い。香りが懐かしい。父親がいる。兄が座っている。風鈴の音がする。
「そこは、2020年、3年前の六月九日だった―。」