テラーノベル
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重力に逆らう意を持たずただただ地面に衝突する為だけに生まれたかのように引っ張られるがままの雨を眺めていた。時亀の事を考えながらぼんやり学校の窓の外を眺めていた。
稀有な事があった。茶柱が立ったとか、いや違う。じゃあこの僕、蕪木智鶴(かぶらぎちづる)に友達ができたとか。残念ながら違う。
半年間学校を休んでいた、うちのクラスの女子生徒高音萩さのれ(たかねはぎ)が学校に来たのだ。一年時も同じクラスで、体が弱く以前からも休みがちだった。少し奇妙な事があった。
その子は学校行事に参加しないのだ。奇妙と言っても僕にとってなのだけれど。校外学習や文化祭、体育祭などそのどれにも参加した事がなかったのだ。更にはこれは僕の推測に過ぎないが、体育の授業がある日もよく休んでいたような気がする。休みがちとはいえ、友人と呼べる人間はいたらしい。升沢だ。高音萩も重度の人見知りではなく、誰かと話したかったのだと思う、升沢と話している時よく笑みをこぼしている。升沢は教室に入って来た瞬間高音萩を見つけると、静かで穏やかではあったものの、足早に近づき、優しく、囁くように
「おはよう」と前と変わらず挨拶をした。
「おはよう」高音萩は遠慮気味にも返した。
しかし不思議だ。多少たじろいではいたが、大して不安がっていないのだ。空白の時間とは恐ろしいもので、誰しもをを不安にさせるというものだと思っていたが、高音萩の心臓には毛が生えているのだろうか、かなり堂々としている。いや、元々おずおずしているような人間ではなかったがそこまでだったかという具合だ。
升沢と高音萩の会話に聞き耳を立てる。
特に意味はない。
「升沢さん、私またちゃんと学校に来れるようになったの。」
「そうなの、よかった。もう来なくなっちゃうんじゃないかと心配したんだよ。」
「心配かけてごめん」
「いいんだよ。別に。あ、それより、もうすぐテストが近いんだよ。きて早々大変だね。」
升沢はあえて聞かなかったのだろう。休んでいた理由を。
屈まないと取れないないほどの細かなゴミを塵取りと箒で狭い空間で追い詰めていると、
「あなたが蕪木君」
一年以上同じクラスだったはずのその聞き慣れたようなないような声からは考えられない質問が飛んできた。
「うん、そうだよ」屈みながら見上げる。
やはり問い質してきたのは高音萩だった。僕が一方的に知っていただけだったらしい。しかし僕自身目立つ人間ではないからすぐに納得する。いや納得はしていない。何故話をかけてきたのか。さして優秀でもない僕の頭を巡らす。
久しぶりにきた高音萩。升沢ぐらいしか話しているのをみた事がない。ああそうか、十中八九升沢に紹介されたのだろう。すると高音萩は案の定
「升沢さんから聞いたの。私が知らないうちに新しく友達ができたって。私も升沢さんの事は友達だと思っているから、どんな人なのか話してみたくて。」
トモダチ、升沢はそう思っててくれたのか。友達のいない僕の話し相手になってくれているんだと思ってた。ていうか、高音萩の言ってる事、要は品定めって事か。というか同じクラス内だってのに。
高音萩は突飛な事を言い出した。
「何か面白い話をしてみてよ。」
「え」
絡みが完全に職場のうざい上司だ。慣れていないからこそだとは思うのだが。こう冷静に分析している僕だがはっきり言って頭の中は冬のスキー場のゲレンデさながらだ。
思いつきを口にしてみた。
「抹茶って緑色じゃん、たとえば抹茶アイスのせん」
「もういいです。」
「え」何度感嘆を漏らした。ああ2回か。
「抹茶菓子の染料に蚕の糞が使われている事ぐらい知っているわよ。というかあなた無神経ね、もし私が抹茶を好きな人間だったらどうするのよ。私がその事実を知らなくて、それを聞いて金輪際抹茶を飲食できなくなったらどうするの。」
仮定の話をそこまでされると考えずにはいられない。罪悪感さえ覚えてしまう。
「わ、悪かったよ」
「素直なところは評価するわ」
鼻筋が通り、絹のような白い肌にそれまで無造作だったものを何とか整えた黒い前髪がかかり更には鋭くも柔らかみを持った目で高音萩が少し口を緩めこちらを覗くものだから、この奇想天外な性格を忘れてしまう。僕はにやけていたのだろうか。こう言われてしまう。
「にやけ顔は墓場まで持っていくといいわよ。」
性格をすぐに思い出す。初めて喋る人間にこんな事を言われた事がない。
「あら、悪かったわね」
「それより、どうだ。」
「どうだって、何が」間の抜けた顔をされる。
「僕は君のお眼鏡にかなったのかな」
「私、口説かれていたの、だとしたら申し訳ないけれど全くと言っていい程心は動かなかったわ」
「て、違うよ。僕は升沢の友達に足る人間かどうか、測ってたんじゃないのか」
「気づいていたの」
「ええ、まあ」じゃないだろ。仕方なく聞いてみる。
「で、どうなんだ。」
「全然ダメね」
「そうか、ダメか、え」3回目か。
「私から見たら、人が損をするような豆知識を平気で話すような不調法者にしか見えないわ。」
否定ができないのが悔しい。
「けれど升沢さんが友達と認めたのだから、私がどうこうする事じゃないわね。色々言ってごめんなさい。」
素直に謝られると調子が狂う。
「それはもういいよ」
「だから、その升沢さんの友達同士よろしくということで。言っておくけど私はさっきも言った通り認めてはいないので。」
そう、やはりというか残念ながら友達はできなかった。
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