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夜の冷たい風が、都会のビルの隙間を縫うように吹き抜ける。
湊はカフェの裏口に立ち、静かに夜空を仰いだ。
——相沢が、自分に惹かれている。
それは、もう分かりきっていた。
彼の視線、言葉、仕草……どれをとっても、隠しきれない感情が滲み出ていた。
(……俺も、もう誤魔化せないのかもしれない)
カウンター越しの他愛ない会話が、ただのやり取りではないと気づいたのは、いつだったか。
相沢の隣にいると、ふと心が落ち着く瞬間がある。
その安心感が、どこか怖かった。
——気づいたら、お前のことばかり考えている
相沢が言ったあの言葉が、何度も頭の中でこだまする。
(でも、俺は……)
彼の前に立つ資格なんてない。
だって、自分は“怪盗レイヴン”だ。
相沢が追い続ける存在——捕まえなければならない相手。
(好きになってはいけない)
けれど、それはすでに遅すぎた。
◇◇◇
その夜、相沢はまた「ルミエール」に足を運んでいた。
いつもと変わらぬ店内。
いつもと変わらぬ湊。
だが、相沢の中では何かが変わっていた。
——俺はこいつが好きだ。
もう、その感情に蓋をすることはできない。
コーヒーを淹れる湊の手元をぼんやりと眺めながら、相沢はふと口を開いた。
相沢「なあ、湊」
湊「……はい?」
相沢「お前ってさ、本当にただのカフェ店員なのか?」
ピクリと、湊の指が止まる。
湊「……どういう意味ですか?」
相沢は、じっと彼を見つめた。
相沢「お前、時々遠くを見てるみたいな顔するよな」
湊「……」
相沢「まるで、どこにも居場所がないみたいに」
カップを置く音が、小さく響く。
湊「……考えすぎですよ」
湊は微笑んだ。
けれど、その微笑みがどこか苦しげで、作られたものであることが相沢には分かってしまった。
相沢「……なあ、湊」
湊「……?」
相沢「お前が、もし——どこかに行こうとしてるなら」
湊「……っ」
相沢「俺は、お前を引き止める」
その言葉に、湊の心臓が跳ねた。
(……何を言ってるんだよ)
そんなの、困る。
そんなこと、言わないでほしい。
(俺は、お前の敵なんだ)
それなのに、どうして。
どうして、そんなに優しくするんだ。
湊「……やめてください」
湊は静かに言った。
湊「俺は、相沢さんが思っているような人間じゃない」
相沢「……それでもいい」
湊「っ……」
相沢「お前が何者だろうと、俺は、お前のことが——」
湊「やめて!」
気づけば、湊は声を荒げていた。
相沢が驚いたように目を見開く。
湊の胸は、張り裂けそうだった。
(どうして……どうして、こんなにも)
こんなに、好きになってしまったんだろう。
湊「俺は……相沢さんの側にはいられない」
相沢「……」
湊「だから、これ以上……優しくしないでください」
相沢「……それは、お前の本心か?」
湊は答えられなかった。
答えたくなかった。
もし言葉にしてしまったら、すべてが崩れてしまう気がした。
だから、ただカウンター越しに相沢を見つめることしかできなかった。
心が叫んでいる。
——俺も、お前が好きだ。
——でも、俺は、逃げなきゃいけない。
言葉にできない想いを抱えたまま、湊は相沢から目を逸らすしかなかった。