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その時、神崎さんの携帯の着信が鳴る。
「あっ、ごめん、樹。ちょっと出ていい?」
「どうぞ」
神崎さんはその相手と少し話してまた戻って来る。
「樹。この後の会食なくなった」
「え?」
「向こうの社長が急遽外せない予定が入ったとかで、後日にまた延期してほしいって、今連絡あった」
「そうなんだ」
「樹。望月さんに今から連絡してみたら?」
「あっ、そっか・・そうだね・・・」
このタイミングで会食がなくなったのが、よかったのか悪かったのかわからないけど。
だけど、きっと、今透子は一人で不安がっている。
あの透子が神崎さんに相談するだなんて、今までの透子ならきっと考えられない。
きっと自分で解決しようと、勝手に決めてしまっていたはずだから。
今までずっとそうだった。
きっと自分の気持ちに気付いていたとしても、透子は誰かを傷つけてまで手に入れようとはしない人。
だけど、たまにそんな透子に切なくなる。
我儘言って、誰かを傷つけてまでも、オレを求めてくれないんだと。
そこまでして透子はオレを選ばないのだと悲しくなる。
オレはどんなことをしてでも透子を手に入れたくて。
その為ならどんな手段も選ばない。
自分に出来ることならなんだってする。
きっとそれが誰かを傷つけることになったとしても。
ここまでしてでも手放したくない人。
どこまででもきっとオレは透子を求めてしまう。
どう考えてもこのオレの想いと、透子の想いの大きさは違いすぎることなんて、最初からわかっていたはずなのに。
オレほど想ってもらえるなんて思っていなかったはずなのに。
だけど、やっぱりもっと欲しくなる。
透子の想いがオレと同じくらいになればいいのにって求めてしまう。
どんなことも投げ出して、オレを必要だと、オレを求めてほしいと、そんなことまで望んでしまうくらい。
だけど、そんな透子だからオレは好きになった。
そんな透子だから、きっとオレはこんなにも透子を求めてしまうのだと思う。
だから、神崎さんと話をしてくれたということ自体が、いつもと違う透子で。
別れると決めた透子が、納得出来るように話し合いたいと思ってくれたことが、なんだかオレをまだ求めてくれているような気がして。
周りの障害に負けずに、オレを諦めずに向き合おうとしてくれていることが素直に嬉しくて。
きっと今は、透子もオレと同じくらいの想いになってくれているのかもしれないと、そう思えるだけでも、オレは嬉しくて胸がいっぱいになるから。
そして透子が恋しくなって、とにかく連絡だけでも入れてみようと携帯を確認すると・・・。
「え・・・?」
「どした樹?」
オレの様子に気付いて神崎さんが声をかける。
「透子から”会いたい”ってメッセージが・・・」
たった一言それだけなのに。
どれほどその言葉はオレをこんなに幸せにして満たしてくれるのだろう。
透子もオレを必要としてくれている。
会いたいと思ってくれている。
きっと今、透子もオレと同じ気持ちでいてくれている。
「神崎さん。ちょっと電話していい?」
「どうぞ。会食なくなったから、もうここからは自由にしてくれていいよ」
「ありがと」
神崎さんのその言葉を聞いたと同時に、人気のない所まで移動しながらオレはすぐに透子の番号を発信する。
『もしもし・・』
「もしもし。・・・透子?」
『・・・樹? 』
「オレも・・透子に会いたい」
ただ当たり前の言葉も、オレの名前を呼ぶ声も、どうしてこんなに切なく愛しく響くのだろう。
今すぐ会いたい。
今すぐ会って抱き締めたい。
『樹・・・会いたい・・』
初めて聞いた素直な透子からのその言葉。
だけど、今にも泣きそうな声で、静かに切なく響く。
嬉しくて愛しくて、だけど切なく悲しく胸を締め付ける。
「透子・・今どこ?」
『会社』
「今から抜けられる?」
『えっ? あっ、うん。今特に誰もいないし自分一人で仕事してるだけだから大丈夫だけど・・・。樹こそ、今大丈夫なの?』
「さっきまで会議してたんだけどもう終わった。この後、会食あったんだけど急遽なくなって。だから今はオレも大丈夫」
『ビックリした・・』
「ん? 何が?」
『樹から電話かかってくるとは思ってなかったから』
「こっちこそビックリした」
『え?』
「会いたい、とか送ってくるから」
『あ、あぁ・・うん・・』
「だから嬉しくてさ。オレも今すぐ透子に会いたくて、透子の声が聞きたくなって電話した」
『うん・・。私も・・樹の声聞けて、嬉しい』
「今からいつもの会議室来れる?」
『うん。今からすぐ行く』
「待ってる」
透子との電話を切って、すぐに神崎さんの元へまた駆け足で戻る。
「神崎さん!」
そして神崎さんを見つけ声をかける。
「今から会いに行って来る」
「そうか。お互い悔いのないようにな」
「うん」
そう神崎さんに報告して、すぐに会議室へと戻ろうとしたら・・・。
「社長代理! ちょっとこれ急用で確認して頂きたい案件があるのですが」
「えっ!?」
廊下の先から、オレを見つけて近づいて来た別部署の人が、ちょっと焦りながらオレへと声をかけてくる。
「あ、あぁ・・うん。何?」
「これ、なんですけど。すいません。今日中に連絡入れなければいけないのに、確認までなかなか回せなくて。よかった。まだいらっしゃって」
そう言いながら見せて来た書類を確認すると、確かに今日中に回さないといけない案件。
しかもまた軽く目を通せないやつだな、これ・・・。
「ずっとこれ前から長引いてたやつみたいだけど、結局これはもう先方は了承済なんだよね? うちはこれ今どうなってんの?」
「あっ、ようやくそれは大丈夫になりました。で、うちの方もですね・・・」
前から気になる案件だったので、オレもちょっと気にかけていただけに、透子のことが気になりつつも、確認を怠らずしっかり目を通す。
だけど話が終わるまでに思っていたより時間がかかってしまって、気持ちだけがまた焦り出す。
そして、急いでまた会議室へと走り出す。