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役員の会議室は、役員しか使えないフロアにあって、透子と使っていた会議室は何階か下の従業員フロア。
あの当時、何度も透子と会った会議室。
あの会議室こんなに遠かったっけ。
あの時は、あの場所に行く度、会えるのが嬉しくて浮足立っていて。
必ず行けば透子に会えた特別な時間がそこにはあった。
回数を重ねるごとに、透子との距離が縮まって。
最初はあんなにオレを警戒していたのに、少しずつオレに心を開いてくれるようになった。
ずっと接点がなかった透子と唯一過ごせた特別な場所と特別な時間。
ここだけで見せてくれた、オレだけしか知らない透子。
誰にも邪魔されない二人だけの場所と時間。
ようやく手に入れられた会社での特別な時間。
ずっとそこがあれば幸せだったのに。
ずっとまだ続くと思っていたのに。
息を切らしながら会議室へ向かいながら、もうあの場所で会えるのが最後のような気がして。
そしてもうあの場所に透子がいてくれない気がして、オレはずっと走り続ける。
「ごめん・・! 遅くなった!」
そして、ようやく会議室へ到着して中へ入ると・・・。
「よかった。来てくれて」
そこには透子の姿はちゃんとあって、そう言って優しく微笑んで出迎えてくれた。
「ここ来ようとしたら急用だって呼び止められてなかなか終わらなかった・・! 透子帰っちゃうかと思ってマジ焦った」
「大丈夫だよ。帰んないよ」
透子はそう笑って言ってくれるものの、オレはいつだってホントは透子が離れて行きそうで不安になる。
優しい透子は、オレに優しさだけ残して離れてしまいそうで。
いつだって透子はオレの手の届かない所にいて、そのまま消えていきそうで。
「透子・・・」
だから、オレは目の前にいる透子を引っ張って強く抱き寄せた。
透子はまだここにいる。
オレの目の前で笑ってくれる。
透子、どこにも行かないで。
ずっとオレのそばにいて。
何があっても離れないで。
オレは何度もそう心の中で叫びながら。
目の前にいる透子を抱き締めながら。
その感触、温かさを。
透子の愛しいすべてを。
この手で身体で。
オレのすべてで確認して刻み付ける。
ずっと忘れないように。
愛しくてたまらないこのすべてを、永遠に忘れないように。
「樹・・・」
そう切なく愛しく囁いてくれる声も、抱き締め返してくれる腕の力も、ずっと憶えてるから。
どうしてこのままじゃいられないんだろう。
どうして透子を放さないといけないんだろう。
オレのすべてはまだこんなにも透子を求めてるのに。
まだ透子のことが好きで好きで仕方ないのに。
永遠にこのままでいられたら、このまま透子を連れ去れたら・・・。
叶うはずのないそんな無意味な願いも今は次々と溢れ出て来る。
この手を放せば、最後だってわかっているから。
きっともうこんな風に抱き締めることが出来なくなるから。
だから、今はこのまま・・・。
透子も同じ気持ちでいてくれてるのか、今のオレを否定せず放すこともせず問い掛けもせず、同じように強く抱き締め返してくれたままで。
きっと、もうわかってる。
オレも透子も。
多分きっと、同じ想い。
言葉にしなくても感じ合える、今までで一番切なくて愛しい想い。
そして、それからしばらくすると自分の中で落ち着いて、ようやく抱き締めていた力を緩めた。
「よし。じゃ、話そっか」
透子の肩にそっと手で触れながら言葉をかけ、オレはやっと透子の顔を見ながら、心を落ち着かせた。
「うん」
「座ろっか」
そして会議室の椅子に透子と並んで座る。
「神崎さんから聞いた。二人でいろいろ話したって」
「あっ、うん。神崎さんと初めてあんなに喋ったけど、ホント樹のことすごく支えてくれてる人なんだなって、実際話してみてわかった」
「うん。神崎さんはいつでもオレのことホント親身になっていつでも支えてくれて助けてくれるんだよね」
オレにとって大事な人である神崎さんを、大事に想っている透子がそう思ってくれてオレの中ではそれもまた嬉しくて。
「なんか安心した。神崎さんが樹の傍にいてくれてるなら心配しなくて大丈夫だなって思った」
「なんの心配・・・? 透子はオレの傍にいてくれないの?」
わかってる。
そういう意味じゃないってこと。
ホントにオレを想って言ってくれてる言葉だって。
だけど、今はやっぱり。
透子の一つ一つの言葉が、オレから離れて行きそうな言葉に聞こえて寂しくなる。
だから、つい。
また透子にそんな風に言ってしまう。
「わかってるくせに・・・。それを樹が言うの・・?」
そして、やっぱり透子を困らせてしまう。
ごめん、透子。
最後にまだそんな意地悪したくなっただけ。
「だよね・・・」
こんな風に困る透子もホントは好きだった。
困らせたくはないけど、オレの為に一喜一憂してくれるのがすごく嬉しくて。
オレだけがそんな顔をさせて、オレだけが知っているそんな透子を独り占め出来ていたから。
だけど、さすがにオレもそれ以上はいつものような冗談言える気分にもならなくて。
ただまた沈黙が続く。
口を開けば、終わってしまうこの時間が怖くて、なかなか口を開けない。