「あー、マジかー」
俺、高橋修斗は大きなため息を吐いた。
きっと、目の前の光景を見れば誰だって同じ反応をするだろう。
二十六歳、中小ゲーム会社勤務のどこにでもいる平凡なクリエイター。
天才と呼ばれるわけでもなく、ただ仕事としてコンテンツを作り出す日々。
最近はスマートフォン向けの新作ゲームアプリ――いわゆるソシャゲの開発が忙しく、残業に追われていた。
今日だって、さっきまで会社にいたはずだ。
どんどんと積まれていくタスクに辟易しながら、栄養ドリンク片手に資料を作っていた。
そして、時計の長針が夜の十二時を回るのを自席のパソコンの前で迎え、二徹明けの寝不足の頭でコーヒーを飲もうと立ち上がった時、急な立ちくらみに襲われたのだ。
視界は真っ暗になり、意識も失った。
そして再び目を開けた時、俺は会社のオフィスではない場所に立っていた。というか、屋内でさえない。
というか――日本でもない。
どこまでも緑が広がっていた。ゲームなどでよく見る草原そのものである。
俺は丘のように少し高くなったところにいた。おかげで辺りを見渡すことができる。
丘を下った所には、幅三メートルほどの河川と、川沿いに街道のようなものが存在した。
右を向けば、少しいったところに小規模な森林が存在していて、何かの動物の鳴き声が聞こえてくる。
左を向けば、かなり遠くだが峡谷があるようで、地面は途切れているようだ。
「これ、まさか異世界ってやつじゃ……」
まだまだ下っ端とはいえ、俺は新作アプリの世界観やモンスターの設定、短いシナリオテキストなどを作っていた。
そんな業界にいるものだから、ゲームを初めとして、ライトノベルやアニメなどの流行りのエンタメ情報には自然と詳しくなる。
最近、異世界に転移したり転生したりするライトノベルが流行していると聞いていたが、今の状況はそれそのものだった。
「え、じゃあ俺死んだの?」
思わず、そんな言葉が口から出た。
もしかして、二徹の寝不足状態でいきなり立ち上がったことで、立ちくらみを起こして倒れ、そのままどこか尖ったところに頭でもぶつけたのかもしれない。
「まあ……でも、いいかもしれないな。正直、今の仕事、楽しくなくなってたし……」
子供の頃からクリエイターになるのが夢だった。
だが、理想と現実は違っていたし、その現実は過酷だった。
「ま、夢見てるのかもしれないしな。どうせなら、この状況を楽しもう」
自分が死んだのか、夢を見ているのかなんて、ここで考えても全く答えが出ない話だった。
ならば、今はこの世界を思いっきり楽しんだ方がいい。たとえ現実で死んでいたとして、この世界で今、俺は生きている。それでいいじゃないか。
「こういう異世界転移系の作品は、異世界に来るときに何らかの力を手に入れるのが王道だよな。さてと、俺も何かもらえたのかな?」
全身を確認してみるが、最強武器的なものを装備しているわけではないし、誰かに転生しているわけでもない。知っている自分自身だ。
「となると、特殊能力か? 素早く動ける……わけでもないし、魔法が使える……わけでもないな」
魔力みたいなものが身体を巡っている感じもしないし、いきなり戦闘をできるような運動神経も手に入っていない。
「あれ……これもしかして、何も能力を持ってないんじゃ……」
俺がそう、不安げに呟いた時だ。
そう遠くない緑の地面がうっすらと光っているのを見つけた。
俺は首を傾げながら近寄っていく。
そして、そこで輝いている物体を見つけて顔をしかめた。
「俺が作ってたモンスター設定の資料じゃねえか……」
草むらの中に、見覚えのある十枚ほどの紙をまとめた資料が、なぜか神秘的な光を放って鎮座していた。
謎の神々しさがある。
新作アプリ内で登場する大量の敵モンスターの設定を、徹夜で必死で書いた資料だ。ジャンルがRPGであることもあり、敵モンスターがたくさん必要だったのだ。
資料に書かれている情報は、モンスターの名前、種族と簡単な外見・能力の説明文だけの簡単なものである。昨日の残業で作ったからよく覚えている。
「しかし、なんで光を放ってんだ……まるで、伝説の道具みたいな貫禄あるぞ……」
そう言って、資料を手に取った瞬間。
突然、黒く禍々しい輝きが資料から放たれた。
「な、なんだ……!?」
うねるような黒い輝きに、俺の残業によって完成した大切な資料が飲み込まれていく。
「お、俺の徹夜の成果が~~~!!」
異世界転移してしまったのだから、もう必要のないものだと頭ではわかっていても、残業した四、五時間のことを思うと情けない声も出る。
そして、黒い光は一度強く輝いて紙資料を包み込んでから、高速で収束して消滅した。
何事もなかったかのように、静寂と草原のそよ風が戻ってくる。
「な、なんだったんだ……まさか俺じゃなくて、俺の資料が特殊能力をもらったのか? あの資料を主人公として異世界最強物語が始まるのか……?」
そんな意味のわからないことを口にするほど、資料が消失したショックは大きい。
だが、そんな落胆は一瞬で消し飛んだ。
俺が涙を滲ませて空を仰いだ瞬間、自分を取り囲むように先ほどの邪悪な黒い光が、天から大量に無数に降り注いだ。
強烈な衝撃が草原を揺らす。
立っていられずに、俺はその場に尻餅をついた。
「な、なんだよ!?」
まるで、ゲームの中で高威力魔法を撃ち込まれたかのような、派手な見た目の現象だった。
そして、その黒い光が全て消え、周囲をしっかり見回せるようになった時、俺は呆気に取られて口を大きく開いてしまう。
――さっきまで誰もいなかった草原に、百体以上にのぼる異形のモンスターが立っていたのだ。全員が、俺を囲んでいた。
骸骨のような姿のモンスターがすぐ隣で、人間のように腕や足首を回している。
二メートル以上の巨体にそれ以上の長さの翼を持ち、大きな角を二本生やした悪魔は欠伸をしている。
どこかから持ってきた玉座を草原に直置きして座っている、冠を被った人間型モンスターはよく見れば、身体が腐食していた。
「あ、これ死んだな」
俺は目を瞑る。どう考えても、この包囲を突破して助かる道はない。いっそ一思いにやってほしいと大人しく待ってみるが、襲われる気配がしなかった。
俺は疑問に思って、そっと目を開いていく。
そして飛び込んできた光景は異世界に転移した時以上の驚きをもたらした。
百体以上の醜悪なモンスター、俺のことを瞬殺できるであろうその異形の怪物たち。
――その全てが、俺を前にしてひれ伏していた。
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