広い美術館の片隅に、小さな鉢植えのシダが置かれている。
普段は誰の目にも止まらない、控えめな存在だ。
学芸員のケンジは、その鉢植えを自分のささやかな相棒のように思っていた。
「今日も誰にも気づかれないけど、俺はお前のこと見てるよ」
そう話しかけるのが、彼の日課だった。
来館者の賑わいとは裏腹に、静かな植物との時間がケンジにとっての癒やしだった。
仕事は忙しく、時に孤独を感じる。
誰かに理解されることも少ない日々の中で、
鉢植えの葉がゆらりと揺れるたびに、心のどこかがほっとする。
ある日、展示替えの準備で忙しくしていたケンジは、ふと鉢植えを見ると、
陽の光が葉の間から差し込み、緑がキラキラと輝いていた。
それはまるで、鉢植え自身が「ありがとう」と伝えているように感じられた。
「お前も頑張ってるんだな」
ケンジはそうつぶやき、鉢植えに軽く触れた。
その時、館内の喧騒が遠のき、心に小さな希望の灯がともった。
植物は言葉を持たないけれど、
確かに何かを伝えてくれる。
ケンジは今日も美術館の片隅で、静かな植物と語り合いながら、
また一日を乗り越えていくのだった。
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