水の魔女〜願い〜(単行本)

​私は水の魔女。今日も各地を旅していた。山を越え谷を越え、雑木林に入ると、ところどころ木々が枯れ始めている。しばらく進むと、どこからか声をかけられた。

​「ねぇ、あなたって魔女？」

​振り向くと、大きな木の上に建つ家から、私と同じくらいの年の頃の魔女がこちらを見ていた。

​「ええ、そうですけど」

「ちょっと手伝ってくれない？ 見て通りの有様で、このあたりの植物が枯れ始めているの。新しい芽が死なないように私の魔法で守ってはいるんだけど、私は水の魔法が使えなくて困っていたところなのよ。あなた、水の魔女でしょう？」

​「なぜ、それを？」

「この前手伝ってくれた子がね、『あなたよりも適任な人が通りかかるはずだ』って言っていたの。それで、偶然あなたを見かけたから声をかけたってわけ」

​なるほど、先をゆく知人がいたらしい。確かに私は水の魔法を得意としている。

​「そうでしたか。ですが、あなたはどなたです？」

「ごめんごめん、私は香草の魔女のエリカ。お願い、この地に雨を降らせてほしいの」

「……いいですよ。ですが、天候を変えるほどの魔法は魔力を激しく消費します。それに、いくつか必要な薬草があるのですが」

「分かったわ、何でも言って。とりあえず中に入って」

​彼女に促され、私はツリーハウスへ足を踏み入れた。カランカランと軽快な音を立ててドアを開ける。

​「ようこそ、私の家へ。狭くてごめんね、とりあえず座って」

​エリカは机に地図を広げた。

「だいたいこの範囲に雨を降らせて欲しいんだ」

「分かりました。では、甘露（かんろ）、オモダカ、サイカチ、サカキ。それと、あなたの魔力を少し貸してください」

「ええ、これくらいで足りるかしら」

​彼女が差し出した植物の質は十分だった。

「助かります。あ、それから釜を貸していただいてもいいですか？」

「いいわよ、これを使って」

​私たちは外へ出た。太陽が激しく照りつけるその地に、再び足を下ろす。

まず、釜に刻んだ植物と水を入れ、じっくりと混ぜ合わせる。

​「エリカさん、私の手の上に、手を重ねてくれますか？」

「ええ、いくわよ」

​私が呪文を唱え始めると、足元に水色に輝く魔法陣が浮かびあがった。釜の中の水が、まるで泡のようにキラキラと天へと昇っていく。

呪文の終わりとともに、空からサアァ……と透き通った晴天の雨が降り出した。

​「待ちに待った雨だわ！」

「お疲れ様でした」

​魔法の雨が降り注ぐと、枯れかけていた花や木々がみるみるうちに活力を取り戻していく。

雨に濡れる森を眺めていた私がエリカの方を振り向くと、彼女は静かに手を合わせていた。

​「……このお墓はね、私の恋人のものなの。彼はこの森が大好きだった。よく、この先にある花畑に遊びに行ったわ。でも、彼は急な病で倒れてしまった。私の薬草でも、どうしても治せなかった……。ありがとう。あなたのおかげで、彼との思い出の森を守れたわ」

​そう告げたエリカの身体が、温かい光に包まれて透き通っていく。

消えゆく彼女に、私はそっと声をかけた。

「無事に、彼に会えるといいですね」

「ええ……」

​それが最後の言葉だった。彼女は光とともに天へと昇っていった。

ふと気づくと、そこにあったはずのツリーハウスは、もともと何もなかったかのように消え去っていた。

​私は涙を拭い、そこへエリカのための墓を立てた。彼女が言っていた花畑から摘んできた花を添え、静かに手を合わせる。

再び、あの二人が巡り会えるようにと祈りを込めて。

​あの時、エリカさんが見せた晴れやかな笑顔を、私は一生忘れない。

彼女の植物の魔法と、私の水の魔法が混ざり合い空へ昇っていったあの瞬間、きっと彼女の魂は自由になれたのだと思う。

今頃、あのお花畑で彼と再会できているだろうか。

私の旅はまだ続くけれど、雨が降るたびに、私は彼女の優しい声を思い出すだろう。