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そういう経験を重ねていくうち、家から逃げ出す必要なんて、もしかしたらないんじゃないかと思えてきた。そんな矢先、国境はついに、家の中に飛び込んできた。
まず、玄関一体が自由共和国領に編入された。翌日、階段と二階が編入された。数日後、リビングが向こう側に属した。その翌日、玄関から延びる廊下。その翌日、台所。翌日、風呂場、トイレ。
一週間後、とうとう国境は俺の部屋の中にまで入り込んできた。ベッドの縁が国境となると、朝起きてベッドから降りたとたん、すでにそこは「向こう側」だった。
数日後、ついにベッドが編入されてからは、夜の夢さえ自由共和国の領内となった。その日初めて、心安らかな眠りの意味を知った。
そうして気がつくと、残った俺の古い国は、机と椅子を囲む窓際の一帯のみとなっていた。
それから国境は机の上のボールペンに遷り、
その翌日、初めて城壁に登った日から数えて二年と十ヶ月経った昼下がり、ついに国境は、俺の視野から完全に消滅した。