夕方。陽が赤く輝き、山の稜線に徐々に沈み込む頃に、ムツキや女の子たち、妖精たちも含めた全員が勢ぞろいで外に出ていた。
近くには、色とりどりの野菜や様々な部位の肉がテーブルいっぱいにひしめき合っている。肉は牛、豚、鶏など各種取り揃えており、その肉も脂の少ない赤身から霜降り肉まで、いい肉がこれでもかと揃っている。
クーが生肉をつまみ食いしたことがバレ、隅の方でケットに怒られていた。
「よーし、それじゃ今からバーベキューを始めるぞ!」
ムツキの言葉に全員が反応する。石を積んだかまどをいくつも用意して、その中に薪を入れたり炭を入れたりと種類を分けて、その上に鉄板なり鉄の網なりを置いていた。種火はもちろん、ナジュミネお手製のものである。
その後、鉄板や網が十分に熱されたことを確認し、ムツキやほかの調理担当の妖精たちが一斉に串を焼いたり肉や野菜を置いて焼いたりしていく。
「いい匂いだな」
肉の焼ける音と香ばしい匂い、野菜に付けたソースの少し甘めの匂いが広がり、みんなのお腹の虫も反応する。野菜はいくつか味付けを変えたりしていて、飽きないように工夫されているようだった。
「にゃー……にゃ、にゃ、にゃ、にゃ……」
少し前から飯盒炊飯もしており、そろそろ炊ける頃か、猫たちがじぃーっと飯盒のフタの動きを見つめて、指折りで時間を数えている。
「はぁー、ムツキの顔が活き活きとしていていいよね。ずっと眺めていられちゃう……」
ユウは誰が咎めるわけでもないので先ほどから手が止まっており、ずっとムツキを眺めている。
「あぁ……旦那様がいつもより素敵で、できる男って感じがするな」
「……ケット様に逐一指導されながら焼いているから、ムッちゃん、料理ができないんじゃないかと思うけど……。でも、たしかに普段しない腕まくり姿でちょっとドキッとするわね。いつもと違う無邪気にはしゃいでいる笑顔も……いいわね」
盲目的なユウやナジュミネと比べて、リゥパは冷静にツッコミを入れているものの、楽しそうにしているムツキを見て微笑んでいる。
「そうそう。意識してないのか、普段は出ない汗まで出ちゃってるね。僕が拭いてあげようかなー♪」
「メイリさんやサラフェでは身長差で他のみんなよりうまくできませんよ」
「ふふっ。サラフェもしようと思ったのですね」
メイリに何気なく反応するサラフェの言葉に、キルバギリーは面白さを見出す。
「……言葉のあやです」
「別に、ハーレムの一員なんだから、サラフェがハビーのことを好きだとしても普通だろう?」
コイハが頑ななサラフェに一言呟くも、サラフェはそれさえも首を横に振ってしまう。
「サラフェはまだムツキさんに肌を許していません」
「まあまあ、それは人それぞれだ。そこに良い悪いはもちろん、あるべき何かなどないさ」
「……もちろんです」
サラフェはナジュミネ以上に素直になれない。それに加えて、ムツキが怒った時の絶対に勝てないと思わされた恐怖が心のしこりとなって、彼女の好きという気持ちを自由にさせない。
「おーい、みんな、次の串とかを持ってきてくれるか?」
ムツキのその声にユウが反応した。それと同時に、ナジュミネが近くの妖精たちを手招きする。
「はーい。私が持っていくね」
「ユウのフォローを頼めるか?」
「にゃー」
「わん」
「ぷぅ」
大皿にたくさんの串焼きを置いて、ユウがムツキのもとへと急ぐ。ポロポロと落ちる串を妖精たちが器用にキャッチしていた。
「持ってきたよ」
「みんな、ありがとう。そこに置いてくれるか?」
ムツキは串を見た後にちらっとユウの方を見てから、彼女の頭を軽く撫でる。
「えへへ……戻るね」
「あぁ……ありがとう」
ユウが戻る頃に焼いていた串が良い具合になってきて、ケットがムツキに指示を始める。
「ご主人、それいい具合ニャ」
「そうか! ありがとう」
「本当に楽しそうニャ。あ、次はこれニャ」
「そりゃ楽しいさ。大好きなみんなが楽しそうに笑顔でいるのを見られるなんて、最高だろ。まあ、パーティーが多すぎると大変だろうけどな」
ムツキがケットの指示を真剣に聞いて、串を順々に皿に移していく。
「これとこれはいいニャ。……ご主人はいい人ニャ」
「みんながいいから、俺も気兼ねなくいい人みたいになれるだけさ。周りが嫌な奴だと、俺もどうしても嫌な奴になってしまうからな」
ムツキが何かを思い出したのか、少しトーンダウンした声色になるが、ケットは大して気にした様子もなく指示を続ける。
「これがいいニャ。さて、前のことは知らニャいけど、少ニャくとも、今のご主人がいい人だから、周りにいい人が集まるニャ。これもあげるニャ。周りの人がいい人だから、ご主人もいい人のままでいられるニャ。いいことニャ。あ、それも焼けているニャ」
「ケットって、本当におじいちゃんみたいだよな」
ケットが衝撃を受ける。
「おじっ! ……もっと言葉を選んでほしいニャ……たしかに年齢はご主人よりも遥かに上だけどニャ。あ、ここにその串を移動させて、別の串をそこで焼くニャ」
「すまん、すまん」
「さて、みんニャがご主人に食べさせたくてうずうずしているようだから、あの大仕掛けを披露してから、後は任せてほしいニャ。たくさん食べてほしいニャ」
「分かった。いつもありがとうな」
「そう言ってもらえるだけで光栄ニャ」
ムツキは昼頃から用意していた横長のバカでかい金属の前に立つ。その金属は箱状になっており、数時間ほど炎で熱されていた。
「みんな、見てくれ! これがバーベキューの神髄だ!」
ムツキが手袋をして金属の箱を開けると、そこには表面が黒く焼け焦げた豚が丸々収まっていた。
「これこそ、豚の丸焼きだっ!」
ムツキは嬉しそうに笑顔を振りまきながら、その後、妖精たちに豚の丸焼きを切り分けてもらい、女の子たちに食べさせてもらうのだった。