TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

DEBT NOTE -借金-1000万の探偵 VS 所持金13円の神-

一覧ページ

「DEBT NOTE -借金-1000万の探偵 VS 所持金13円の神-」のメインビジュアル

DEBT NOTE -借金-1000万の探偵 VS 所持金13円の神-

1 - 全話 -借金-1000万の探偵 VS 所持金13円の神-

♥

53

2025年09月08日

シェアするシェアする
報告する

世界一の探偵・L。

──借金、-1000万円。


新世界の神・夜神月。

──所持金、13円。


本来なら史上最大の頭脳戦になるはずだった二人の戦いは、 気づけば“金欠サバイバル”になっていた。


これは、そんな彼らの泥臭くて滑稽な物語である。


DEBT NOTE


「……ワタリ、どうやらプランBは失敗しました」

Lはいつもの姿勢のまま、スプーンでチーズケーキをつつきながら、淡々と告げた。

「L、まさか……また投資を?」

ワタリの声には珍しく焦りが混じっていた。

「ええ。確率論的には勝率72%でしたが……市場は甘くありませんでした」

Lは無表情のまま、パソコンの画面に映る赤字のグラフを指先で示す。そこには「―1000万円」の数字が冷たく輝いている。

「つまり……『借金』ですか?」

「はい。正確にはマイナス1000万円。ケーキを我慢すれば、返済は27年で可能です」

「え、L……」

机の上には甘ったるいチーズケーキと、真っ赤に点滅するモニター。数字の冷酷さと甘味の無邪気さが、奇妙に同居していた。ワタリがため息をつくより早く、Lの目は別の画面に移る。

「……ワタリ、そしてもう1つ判明しました」

Lはパソコンの前で身を縮め、モニターに映るニュース映像を凝視していた。

「世界各地で起きていた心臓麻痺。……その発生頻度と、最初の被害者から計算すると──キラは日本にいる確率が99%です」

「……つまり、キラは日本にいると」

「はい。私が直接赴く必要があります」

Lはクールに答えたが、その横でワタリの眉間の皺は深くなっていた。

「L……ご存知でしょうが、現在の我々の資金は“-1000万円”です」

「ええ、承知しています。正確には-1024万3千円。プランB投資の清算でさらに膨らみました」

「その状態で日本へ? 航空券も、宿泊費も、調査の経費も出ませんよ」

「……方法はあります」

Lはフォークに刺したケーキをじっと見つめ、まるで将棋の駒を打つように口を開く。

「日本行きを“調査リアリティ番組”として売り込みます。スポンサーを募れば渡航費用は賄えます」

ワタリは沈黙した。Lが本気で言っていることを理解するのに、数秒を要した。

「……つまり、テレビ局を利用すると?」

「はい。視聴率さえ取れれば、借金も返済できます」

「L……あなたは本当に探偵なのですか。それとも──興行師ですか」

こうして、人類史上最大の頭脳戦は、まさかの借金返済計画と同時進行することになった。


◈◈◈


スポンサー企画はあえなく頓挫した。番組企画書は各局に笑顔で突き返され、「そんなに借金がある人を信用できません」と門前払い。結果、借金は減るどころか手数料で数万円増えていた。

──それでもLとワタリは日本に降り立った。空港ロビーに並んだ二人の姿は、どう見ても観光客には見えない。

「L、宿泊先はどうされたのです?」

「……ホテルには泊まりません」

「……はい?」

「宿泊費を削れば、1日あたり2万7千円の節約になります。つまり借金返済が1年早まる」

そう言って、Lはコンビニのビニール袋からプリンを取り出し、ベンチに腰を下ろした。

「では、どこで寝るおつもりですか?」

「24時間営業のインターネットカフェです。個室にすれば盗聴の可能性も低い。しかもドリンクバー付きです」

ワタリは目を閉じ、何も言わずに深く息を吐いた。

「……世界を救うための拠点が、ネカフェ、ですか」

「ええ。日本の文化に馴染むことも、重要な調査の一環です」

こうして、世界最大の犯罪者キラに挑むための日本本部は──駅前のインターネットカフェの一角から始まることとなる──


◈◈◈


夜神月は机に突っ伏し、溜め息をひとつ落とした。

財布の中身を確かめる。小銭入れには、わずかに光る──『13円』。

「……ありえない」

完璧な秀才、警察幹部の息子、将来を約束された高校生──そんな肩書きを背負いながら、実際の資金力は駄菓子も買えないレベルに落ち込んでいた。

原因は明白だった。

「なぁ月、今日の分はまだか?」

後ろから顔を出した死神リュークが、リンゴを食べたそうに口を歪めている。

「……お前、どれだけ食べれば気が済むんだ」

「人間界のリンゴはうまいんだよ。俺の世界のとは比べものにならねぇ」

月は眉間を押さえた。

この一週間だけで、リンゴ代に消えた額は軽く一万円を超える。バイトをしていれば別だが、彼はしていない。お小遣いも底をついた。結果、貯金残高は13円という地獄の数字に。

「……だが、それでも構わない」

月は自室の引き出しを開き、黒いノートを取り出した。

「金がなくても、デスノートさえあれば犯罪者を裁ける。世界は変わるんだ」

そう、ペンとノートさえあれば、財布がスカスカでも──神にはなれる。


◈◈◈


ネカフェの個室。壁は薄く、隣の咳払いすら聞こえるような環境で、Lは独特な座り方でパソコンに向かっていた。

モニターには世界地図と、犯罪者の死亡リスト。カフェ特有の蛍光灯が白々と光り、カップにはドリンクバーのアイスコーヒーが置かれている。

「……ワタリ、思いつきました」

「今度は何です?」

「キラを炙り出すため、インターポールからの“全世界同時特別生中継”を行います」

Lは、当然のように言った。

「L……わかっているのですか。生中継には莫大な予算が必要です」

「はい。しかし我々の資産はマイナス1000万円。ですから──世界各国の放送局に“逆に払わせる”のです」

ワタリはまた沈黙した。Lの詐欺師じみたロジックを理解するのに、数秒を要した。

「……つまり?」

「キラとの直接対決を全世界に放送できる。視聴率は保証します。スポンサーは雪崩のように集まるでしょう。広告収入で、借金も返済できます」

「L……あなたが本当に倒そうとしているのは、キラではなく借金なのでは」

「どちらも同じです。借金を返せなければ活動は継続できませんから」

Lはマウスを摘み持ち、深夜のネカフェ回線からインターポール本部への交渉メールを打ち始めた。

「──世界最大の犯罪者に挑む舞台。それが“ネカフェ発信”だと知ったら、誰も信じないでしょうね」

机の上では、安っぽいプリンが震えていた。

世界を揺るがす計画が、駅前のネカフェの個室だとは、誰も夢にも思わない。


◈◈◈


ネカフェの個室の中。狭い机の上でノートPCが唸り、Lの瞳はモニターを射抜いていた。



──全世界同時特別生中継。



大仰なタイトルでインターポールに売り込み、スポンサーからの資金をどうにかひねり出した命綱の作戦。

画面には「リンド・L・テイラー」と名乗る男が映し出される。

『おまえのしている事は悪だ!!』

──その瞬間、男は痙攣し、カメラの前で崩れ落ちた。

「……!」

Lの身体がわずかに揺れる。普段は微動だにしない彼が、椅子の上で姿勢を崩した。

「ありえない……!」

拳を握りしめ、爪が掌に食い込む。

「顔を映しただけで……直接手を下さずに……殺した……!?」

Lは動揺を隠すように、机の端に並べていた無料コーナーから持ってきたガムシロップを手に取る。カプセルを次々と剥がし、ためらいもなく口に流し込む。机の上には既に20個以上の空カプセルが積み上がり、まるで安物の塔のようになっていた。

「キラの能力は、遠隔での即時殺害……!常識では考えられません……」

──しかし。

この“全世界同時中継”と銘打った放送は、実は日本の関東地区にしか流れていない。

本来は順番に世界各地へ時間差で放送する予定だったが、テイラーの死をもって必要性は消えた。

結果。

視聴率は爆発したが、範囲は関東限定。

スポンサー料も雀の涙。

借金はほとんど減らず、収入は大して得られなかった。

「……ワタリ」

Lは額を押さえ、暗い声で呟く。

「命を懸けた男を一人失い……得られたのは、放送手数料の請求書だけです」

机の上のアイスは、誰にも手をつけられずに溶け始めていた。


◈◈◈


夜神月の部屋。机の上には教科書と参考書がきちんと並び、その中に一冊だけ異様な存在感を放つ黒いノートが置かれていた。

「……リューク。こっちにも解決しなければならない問題がある」

「ん? 腹でも減ったか?」

「違う。デスノートだ。もし他の人間がこのノートに触れたら……お前の姿が見えてしまう。そうなればすべてが台無しだ」

リュークは肩をすくめ、にやにやとリンゴをかじる。

「つまり隠し場所を考えなきゃならねぇってわけだ」

「その通りだ」

月は机の引き出しを開け、ノートを見下ろした。

「……二重底にして、簡単には見つからないようにする。それが理想だ」

しかし財布を開けた瞬間、現実が彼を打ちのめした。

小銭入れの底に転がるのは、たったの──13円。

「…………」

「……くっくっく! 天才高校生が、まさかの13円!」

リュークは腹を抱えて笑い転げる。

月は額に手を当てた。

「……状況は深刻だ。犯罪者を裁く力を持ちながら、木材すら買えないとは……」

結局、月は家の押し入れから余った段ボールや木片をかき集め、カッターとガムテープで即席の二重底を作り出した。

「……資金がない以上、工夫するしかない。これは一時的な処置だ」

リュークはリンゴをかじりながら、その様子を見ていた。

「いいじゃないか。神になる男の隠し場所が、ガムテとダンボールか」

「……笑うな」

月の瞳は13円の現実を超えて、なお神の光を宿していた。


◈◈◈


ネカフェの個室。

Lは例の姿勢でノートPCに向かい、甘ったるい無料ガムシロを口に流し込みながらキーボードを叩いていた。

「……ワタリ、FBIを動かしてください。日本の警察関係者を徹底的に調べます」

「承知しました。しかし、L……ご存知のはずです」

「ええ。FBIの調査協力費用──本来なら万単位。しかし我々には……」

Lの瞳が赤字の残高を映し出す。

「マイナス1000万です」

ワタリは額に手を当てる。

「……では、どうやってFBIを雇うつもりですか?」

Lはケーキのフォークを持ち上げ、真顔で言った。

「……“成果報酬型”です」

「せ、成果報酬型?」

「はい。キラの正体が判明した時点で、報酬を支払うという条件で契約します」

「しかし、支払う原資は?」

「その時点でスポンサーを募ります。『世界を救った探偵の特番』は確実に視聴率が取れますから」

「またスポンサーですか、L……それは契約ではなく、ほとんど空手形では」

「大丈夫です。私は借金取りよりも恐ろしい存在──“FBI”にツケを回しただけです」

モニターには、すでにFBI捜査官の名簿が並んでいた。

「……彼らには、無料航空券と“ネカフェドリンクバー使い放題”を特典として提示しましょう」

ワタリは深くため息を吐いた。

──世界を救う頭脳戦の裏側で、資金繰りは完全に破綻していた。


◈◈◈


夜神月は、夜の街を歩きながら内心で息を整えていた。

──FBIに尾行されている。

気づいた瞬間から、頭の中ではシミュレーションが何百通りも回転していた。

(殺す方法はある。死に場所の選定、そしてデスノートの効率的な利用……)

彼は結論を導き出し──いざ、実行する。


──翌朝。

月は完璧な笑顔を浮かべ、同級生のユリと並んで歩いていた。

「今日は楽しみだね!ライト」

「……ああ、スペースランドだろ?」

彼女の手を軽く握りながら、内心は冷や汗が止まらなかった。


──財布の中。

小銭入れの底で、転がる13円。


(まずい……! バス代も、入場料も、食事代も、すべて計算が合わない……!)

月の天才的頭脳がフル稼働し、暗算が飛び交う。

「バス代往復680円……入場料4800円……昼食2000円……合計7480円……対して所持金13円……」

差し引き-7467円。

リュークが後ろでガハハと笑う。

「おい月、どうするんだ? 13円でスペースランドに行けるのか?」

(……黙れリューク)

月は笑顔を崩さず、必死に考える。

──ここはバスに乗らず、徒歩で?

──いや、尾行はどうする?

──ユリに財布を忘れたフリをして立て替えさせる? プライドが許さない。

──それなら、遊園地をデートの目的地にしたのがそもそもの失策では……?

「ライト?」

ユリが小首を傾げる。

「……ああ、大丈夫だ。僕に任せて」

笑顔の裏で、キラは史上最大の難問──“13円デート問題”に直面していた。

月の脳裏に最悪のプランが浮かんでいた。

──この日のために用意していた「バスジャック犯」。奴をデスノートで操って殺し、混乱を起こせば自然にデートは中止できる。事故に巻き込まれかけたユリを守れば、株も上がる。完璧だ。

月の作戦通り、気狂ったバスジャック犯はバスを飛び出すと、車に轢かれ──死亡した。

これを機に、ユリにはデートを中止しようと声を掛けたが、ユリが月の袖をぐいっと引っ張った。

「なに言ってるの! すぐそこにスペースランドが見えてるじゃない! 行くわよ!」

「……えっ」

強制的にバスから降ろされ、月は遊園地のゲート前に立たされていた。

目の前にそびえる入場ゲート。人々の笑い声。楽しげに弾む音楽。

──そして、財布の中に眠る13円。

「…………」

(どうする、どうする……! ここで『実はお金がない』などと言えるはずがない……!)

リュークがゲラゲラ笑いながら耳打ちする。

「どうするんだ月? 世界の救世主が、入場料すら払えないのか? 13円でどう遊ぶんだ?」

(……黙れ、リュークッ!)

月は必死に頭を回転させる。

──財布を忘れたフリ? ユリに奢らせる? いや、完璧な仮面に傷がつく。

──入場ゲートを突破する新しい方法? ……だが、泥棒まがいは目立つ。

──このまま倒れて病院送り? 保険証忘れてる、13円しかない。

「ライト?早くしないと列が進んじゃうよ?」

ユリの笑顔が迫る。

「…………」

天才・夜神月、世界を救う神を目指す男は、入場料すら払えない13円問題に完全に追い詰められていた。

ユリの手には期待とワクワク。

──ここで「金がない」とは、絶対に言えない。

月は決意した。

「ユリちゃんは先に入っていてくれ」

「えっ? どうして?」

「僕は、別ルートで入る」

──その瞬間、月の脳内では超高速演算が始まった。

【プランA】スタッフ用通路から堂々と侵入→身分証がない、即終了。

【プランB】係員に心理戦を仕掛け「すでに払った」と錯覚させる──確率27.3%、失敗時は通報。

【プランC】13円を寄付金箱に投げ込み「特別待遇」と言い張る→99.9%失笑される。

「…………」

額に汗を滲ませながら、月はゲート横の案内係にすっと近寄った。

「……失礼ですが、僕は“特別調査員”です。園内に重要な調査で入る必要があります」

「……え?」

「──これは国家機密です。あなたの判断で歴史が変わります」

冷たい瞳と完璧な笑顔。係員は数秒固まり──

「……ど、どうぞ……」

月はそのまま、入場料を払わずにゲートを突破した。

背後でリュークが爆笑している。

「ガハハハ! ただのイケメンスマイルで通ったぞ! 世界を変える神が、たった13円で遊園地に入るとはな!」

月は胸を張った。

「──これが新世界の神だ。13円でも、神は負けない」


◈◈◈


 「ライト、死神とデスノートを持った人間とでは、ふたつの大きな違いがある」

 「……違い?」

 「なぜ死神が人間の名前を書くか、知ってるか?」

 「僕が知るわけないだろ」

 リュークはわざとらしく肩をすくめて言った。

 「死神はな、人間の寿命を“回収”してんだよ。いわば──取り立て屋だ」

 「……取り立て?」

 「例えば、人間界で普通に60歳まで生きる奴を、40歳でデスノートに書いて死なせる。そうすると差額の“20年分”の寿命が余るだろ?」

 リュークは指でチップを弾くようにして笑った。

 「60 − 40 = 20。つまり20年の“利息”が死神にプラスされる。寿命は借金みたいなもんだ。死神はそれを“利回り”として回収してるんだ──しかしな、ライト。お前がデスノートに人間の名前を書いても、お前の財布は一円も増えない。利子も返済もゼロ。これが死神と、ただノートを持ってる人間との違いだ」

 「……つまり僕は働き損ってことか」

 「そういうことだ。だが──ふたつめは、たぶんライトにとってもっと“おもしろい”。ふたつめは──寿命を伸ばす話じゃない。むしろ“縮める”、いや“削られる”方だな」

 月が怪訝に眉をひそめる。

 「……削られる?」

 「何故、俺たち死神が見てるだけで人間の名前がわかるか……知ってるか?」

 「……」

 「死神の目には、人間の顔を見ると──その人間の“名前”と“寿命”だけでなく、“口座残高”と“借金額”が数字でドーンと浮かぶんだよ。つまり、“いくらで命を切り売りしてるか”が丸見えってわけだ」

 リュークは楽しそうにゲラゲラ笑った。

 「目が違う。それが俺とライトの決定的な違いだ。そして……死神はデスノートを持った人間を“死神の目”にしてやることができる」

 月は息を呑む。

 「……死神の眼玉の値段は──」

 リュークの赤い瞳がギラリと光った。

 「──お前の“残高の半分”。つまり、13円の半分だ」

 「…………ッ!」

 月の顔が青ざめる。

 「は、半分って……端数はどうなる……」

 「小銭は切り上げだ。だから7円だな」

 「僕の財布から7円も消えたら、残りは──6円!!」

 月は震える指でポケットの中の小銭を握りしめた。

 「7円払えば……顔を見るだけで全ての人間の名前がわかる……」

 深く息を吸い、赤い目のリュークを睨みつける。

 「リューク。この取引──」




 「──論外だ」




 「はあ?おいおい、たった7円だぞ?」

 「バカを言うな!」

 月は拳を震わせ、机をバンッと叩いた。

 「……7円も無くなったら、僕にとっては死活問題なんだ! いいかリューク──」

 その目は異様に血走っている。

 「二度とそんなくだらない取引を口にするな」

 リュークは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、喉の奥でゲラゲラと笑い声をあげた。

 「ははははは! ……死神の目より7円の方が大事って人間、初めて見たぜ」

 月は顔を赤らめながらも言い放つ。

 「当たり前だ! 13円で僕は──明日も人間の尊敬を保てるんだ!」


 ◇◇◇


 「しかし──“目だの、命だの”とくだらない取引を繰り返しているうちに、気づけば人間じゃなくなって、本物の死神にされてしまう……そういう話も、案外リアルで面白いと思わないか?」

 リュークは一瞬沈黙し、口の端を吊り上げた。

 「……へぇ……。金も寿命も尽きて、最後は死神に就職か。お前らしいブラックジョークだな、ライト」

 月は机に視線を落とし、静かに笑った。

 「フッ……就職先としては、悪くないかもしれないな。少なくとも“無収入のまま餓死”よりは」


◈◈◈


新宿駅の地下街。

雑踏の中で、夜神月は人々の波を縫うように歩いていた。



標的──FBI捜査官、レイ・ペンバー。



「……振り向いたら殺します」

月は低く、冷徹な声で背後から囁いた。

ペンバーの背筋が硬直する。

「キラだという証拠を見せます」

月は前もってノートに名前を書いた喫茶店の男が突如胸を押さえて崩れ落ちた。

「……っ!?」

ペンバーの瞳が動揺に揺れる。

(さて、ここからどう通信を……)

月は一瞬だけ焦った。

本来ならばおもちゃのトランシーバーが理想的。だが所持金は13円。トランシーバーなど買えるわけがない。

月はポケットから、苦し紛れの“代用品”を取り出した。



──紙コップと、長い糸。



「……これを使ってください」

震えるペンバーの手に、月は即席の糸電話を押し付けた。

「な、なんだこれは……?」

「これで会話します」

「…………」

雑踏の中、FBI捜査官と正体不明のキラが、紙コップを糸で繋いで耳に当て合うというシュールすぎる光景。

やがて月が低く囁いた。

「……山手線に乗ります。いいですか、絶対に糸電話を人目に晒さないように」

「!? ……そ、そんな無茶な!」

ペンバーの顔が引きつる。

「あなたが持っているそれは“命綱”だと思ってください。」

「(命綱って……紙コップじゃないか!)」

改札を通り、二人は山手線の車内に乗り込んだ。

混雑する通勤客の中で、ペンバーは必死に紙コップをコートの中に隠し込む。しかし──どうしても糸がピンと張られてしまう。

「……い、糸が……」

「声が大きいです。気づかれた瞬間殺します」

「いや、どう見ても気づかれるだろ! 糸が車両の端から端まで……!」

サラリーマンが不審そうに視線を送る。学生がクスクス笑う。

リュークは空から腹を抱えて爆笑した。

「ガハハハハ! 最高だな! 神とFBIが糸電話で山手線に乗ってるなんて、人間界は面白すぎる!」

月は表情を崩さず、冷ややかに命じた。

「……レイ・ペンバーさん。無理を承知で言います。この糸を、誰にも悟られずに隠してください。できなければ……死ぬだけです」

「……っ!!」

ペンバーの額に冷や汗が滴った。

──世界の命運を懸けた、前代未聞の「糸電話サバイバル」が、山手線の一角で始まった。


◈◈◈


レイ・ペンバーは震える手で紙コップを握りしめ、必死に考えた。

(糸……糸を隠せって……どうやってだ!? こんなの無理だ……!)

彼はとっさに上着を脱ぎ、ぐるぐると自分の体に糸を巻き付け始めた。

「な、なにしてるんだあの外国人……」

「新宿、やべぇやついる……」

周囲の乗客がざわつく。

「…………」

月は冷ややかに見つめ、車内の子供が指差して言った。

「ママー、あの人コップで遊んでる!」

「見ちゃいけません」

──こうしてレイ・ペンバーは、山手線で紙コップを身につけた怪人として乗客の記憶に刻まれたのだった。


◈◈◈


山手線が停車し、ペンバーはヨロヨロとホームへ降り立った。

──その瞬間、胸を押さえて崩れ落ちる。

「……っ!」

周囲の人々が悲鳴を上げる中、レイ・ペンバーは心臓発作で絶命した。


だが。

彼の手からは、まだ紙コップが離れていなかった。

床に転がる彼の亡骸と、電車の中に座る月の手元。

──二人はなお、一本の糸電話で繋がれていた。

「……っ、これは……!」

乗客の視線が集中する。糸の先を辿れば、そこには冷静な顔の夜神月。

しかし彼は何事もなかったかのように紙コップをバッグに突っ込んでいた。


◈◈◈


数日後。ネカフェの個室で、Lはニュース映像を巻き戻していた。

「……ワタリ、見えましたか?」

「ええ、確かに。糸……ですか?」

「はい。ペンバーは心臓発作で死亡。しかし、死の瞬間まで糸で繋がれていた。これは偶然ではありません」

Lの赤い瞳が鋭く光る。

「……つまり、犯人──キラはあの電車の中にいた。

この“糸電話”こそ、最大の証拠です」

「しかしL、あまりに滑稽な……」

「笑ってはいけません、ワタリ。推理とは時に、紙コップ一つでも真実に至るのです」

机の上。積み上がった無料ガムシロの空カプセルをかき分けながら、Lは決意を固めた。


──13円の神と、マイナス1000万円の探偵。

戦いはますます泥臭く、そして滑稽に転がり始めていた。


◈◈◈


Lはネカフェの個室で背を丸め、プリンを突きながら言った。

「……ワタリ、遂に捜査本部を立ち上げます」

「L……しかしご存じでしょう、資金はマイナス1000万円です」

「ええ。正確にはマイナス1028万5千円。昨日、ネカフェの延長料金を払い忘れて自動引き落としされました」

ワタリは顔を覆う。

「では……本部の場所は?」

「ここです」

Lは机の周りをぐるっと指した。ネカフェの個室。隣からはゲームをしている客のクリック音が響く。

「まさか、ここを捜査本部に……?」

「はい。遮音性は低いですが、ドリンクバーが無料です」

数日後、集められた警察関係者たちは愕然とした。

「竜崎……これは……?」

「日本における捜査本部です。空調費・電気代ゼロ、全席リクライニング可能」

松田が小声で「これ、ただのネカフェじゃ……」と呟く。

机の上には証拠資料と一緒に、ガムシロの空カプセル山盛り。

壁には「料金延長注意」の張り紙。

入口には「本日満席」の札が掛かっていた。

Lは真剣に言い放つ。

「──資金がない以上、知恵と甘味で戦うしかありません」

こうして、世界最大の犯罪に挑む本部は、駅前のネカフェに開設されることになった。


◈◈◈


Lは姿勢を崩さず、囁くような声で言った。

「……話す時は小声でお願いします。隣のブースにまで会話が筒抜けです」

「す、すみません……!」と松田が慌てて口を押さえる。

しかし──ネカフェの時間は刻一刻と迫っていた。

「竜崎、もうすぐ延長料金が……」

ワタリの声に、Lは頷いた。

「ここに長居することはできません。経費はゼロに近づける必要がある」

「で、でも、どこに行くんですか?」

「……松田さん」

「は、はい!」

「あなたの財布を確認しました。所持金は34,000円ですね」

「な、なんで知ってるんですか!?」

Lはフォークをつまみ持ち、淡々と告げた。

「次の本部は“サイゼリヤ”です。あそこならドリンクバー付きで、最低3時間は居座れます」

「えぇぇ……」

こうして警視庁キラ対策本部は、駅前ネカフェから徒歩3分、サイゼリヤの四人掛けボックス席へと移動することになった。

Lは真剣な眼差しで、サイゼの紙ナプキンに事件の相関図を書き始める。

──最大の頭脳戦は、ミラノ風ドリアとドリンクバーの間で進行するのだった。


◈◈◈


サイゼリヤ本部。

Lはデザートの皿を片付けもせず、膝を抱えて座り込んだ。

「……皆さんにお伝えしなければなりません。私は、日本警察の内部にキラがいる可能性を疑っています」

ざわめく警察関係者たち。

Lは冷静に続けた。

「特に……夜神総一郎さん、あなたのご家庭が怪しい」

「……な、なんだと……!」

総一郎は顔を真っ赤にして立ち上がる。

「私や家族を疑うとは……!」

「ええ。ですので、夜神家に監視カメラを設置させてください」

Lは淡々と言い放った。

場の空気が凍る。

だが次の瞬間、ワタリが小声で告げた。

「……竜崎……資金がありません。監視カメラを設置するのに必要な額は、少なく見積もっても30万円。無理です」

「…………」

Lの背中が沈黙で震えた。

「ま、まさか……」と松田が恐る恐る尋ねる。

「竜崎、監視カメラを買うお金が……ないんですか?」

Lはプリンのカップをつまみ、真顔で言った。

「はい。借金は現在マイナス1000万を突破しています。カメラの購入は不可能です」

警察幹部たちは一斉に崩れ落ちた。

「じゃ、じゃあどうするんですか……」

Lは沈黙ののち、プリンのスプーンを持ったまま呟いた。

「……中古市場を利用します」

「中古?」

「はい。秋葉原のジャンク屋で、壊れかけのWEBカメラを一台980円で入手可能です。それを改造すれば監視用途に転用できます」

松田が目を丸くする。

「WEBカメラ!? そ、それってパソコンに挿すやつじゃ……」

「ええ。夜神家の観葉植物の中に差し込めば、ほぼ監視カメラと同等です」

総一郎は頭を抱えた。

「そ、そんなお粗末な……!」

Lはスプーンを置き、無表情のまま告げた。

「……あるいは、別の方法があります」

「ど、どんな方法だ?」と総一郎が顔を上げる。

「──夜神さん。あなたが最も信頼できる監視カメラです」

「……な、何!?」

「つまり──息子さんを、あなた自身が四六時中監視してください。そして、常にビデオカメラを回し続けるのです」

「なっ……!!?」

室内が凍りつく。

松田が震えながら小声で漏らした。

「ちょっ……それってただの家庭崩壊じゃ……」

Lは平然と続けた。

「費用はゼロです。ビデオカメラは警察備品を流用。テープ代は自費になりますが、夜神さんの給料で十分まかなえるでしょう」

「わ、私に……息子を、ずっと撮影しろと……!?」

「ええ。あなたが帰宅した瞬間から、朝まで。トイレも風呂も見逃さないように」

総一郎は両手で顔を覆った。

「……そんなことをしたら、私は父親ではなく、ただの盗撮魔だ……!」

しかしLの瞳は一切揺れなかった。

「──世界を救うためです。借金-1000万円の現状では、これが最も合理的な策です」

ワタリが横でため息をつき、松田は「地獄だ……」と呟いた。

こうして、父親による“息子リアルタイム監視”という悪夢の作戦が現実味を帯び始めたのだった。


◈◈◈


その夜。

夜神月は自室で椅子に座り、妹・粧裕(さゆ)の宿題を教えていた。

「ここは分数の約分から、こうやって……」

「わぁ、さすがお兄ちゃん!」

月は微笑んで頷く。──完璧な優等生の顔。

だが、その視界の端に映るのは──父・夜神総一郎の姿。

手には古びたビデオカメラ。

ガタガタと震えながら、こちらを必死に撮影している。

月は一瞬だけ息を止め──すぐに、きらきらとした笑顔を浮かべた。

「父さん? どうしたの?」

総一郎の手が震え、カメラがぶれる。

「い、いや……その……仕事の一環でな……!」

「へぇ……」

月は柔らかい声で笑みを浮かべながら、視線だけ冷ややかに父を射抜いた。

(何をやっているんだ父さん……この状況、どう見ても盗撮魔じゃないか)

「勉強中の月をな、こう……未来に残しておきたくて……」

「ふふっ、父さんったら、そんなの恥ずかしいよ」

表面上は朗らかな声。しかし内心は鋭く苛立っていた。

(監視だな……Lの指示か? 馬鹿馬鹿しい。僕を疑うなど……)

月はペンを走らせながら、ちらりとレンズを見やった。

「──父さん。そんなにずっと撮ってて、バッテリー切れない?」

「だ、大丈夫だ! 予備のバッテリーもある!」

「(用意周到だな……本気か)」

総一郎はぎこちない笑顔を浮かべながら、ビデオカメラを回し続けていた。

「……そ、それと粧裕、お前も少しこっちに……」

「え? わたしも?」

「い、いや、特に理由は……ただ……家族の記録だ!」

粧裕は首をかしげつつも、宿題をする様子を撮られる羽目になった。

「な、なんか落ち着かないよぉ……」

月は机に向かいながら、レンズの赤い光を睨んだ。

(妹まで撮影……これは完全に一線を越えている。Lの命令とはいえ、父さん、あまりに無様だ)

ペンを握る手を止めずに、月の思考は冷酷に巡る。



そして──

「ちょっ……父さん! 風呂くらい一人にさせてくれ!」

「いや、これも仕事の一環で……!」

バスルームの外から、ビデオカメラの機械音が響く。

月は頭を抱えた。

「どんな仕事してるんだよっ、父さん」

リビングでは粧裕がジュースを飲みながら、その光景を見ていた。

「……お父さん、さすがにやばいよ。ドン引きだよ」

「わ、私は仕事で……!」

「だってお兄ちゃんがお風呂入ってるのにカメラ回すとか……普通に通報案件じゃん」

月はタオルを肩に掛けて現れ、冷ややかな目を向けた。

「……父さん。これが“正義”のやり方なのか?」

総一郎は震えながらカメラを下ろした。

──その映像の先で、リュークがリンゴをかじりながら爆笑していた。

「ガハハハ! 最高だな! 家族みんなドン引きの監視作戦! 人間界はやっぱり面白ぇ!」


◈◈◈


後日、サイゼリヤ本部。

机の上には、夜神家から回収された大量のビデオテープが山積みになっていた。

Lは姿勢を崩さず、無表情でテープを再生する。

──だが、映し出されるのは月が机に向かって勉強している姿ばかり。

次のテープも、また次のテープも同じ。

Lの口元がわずかに動いた。

「……夜神さん。全然撮れてないじゃないですか」

総一郎は顔を真っ赤にし、机を叩いた。

「当たり前だろう!! 私は父親だぞ!? 息子が勉強してる横でカメラ回すだけでも地獄だったのに、風呂やトイレまで撮れるわけないだろう!!」

Lは冷ややかにプリンを一口すくいながら言った。

「任務です。正義のために犠牲は必要です。」

「お前に言われたくないわぁぁぁ!!」

松田が慌てて割って入る。

「ま、待ってください! こんな親子喧嘩みたいな本部、ありえないですよ!」

「……では仕方ありません。夜神家に監視カメラを設置させていただきます」

「さっきお金がないって……」と松田が声を上げる。

「はい。ですから“ローン”で購入します」

総一郎が椅子を蹴って立ち上がった。

「おい竜崎! これ以上うちの家族を疑うつもりか!?」

Lはモニターに表示された通販サイトを指差す。

「監視カメラ16台セット、分割払い24回」

「聞いてるのか!!」

ワタリが冷たい声で告げた。

「竜崎、現在の負債額はマイナス1032万6千円に膨らみました」

Lは表情を変えずにフォークを持ち直す。

「……必要経費です」

松田は頭を抱えた。

「こ、この本部……監視どころか、借金で潰れるんじゃ……」

Lはプリンをもう一口すくい、真剣に言った。

「──借金が増えても、キラを捕まえればスポンサーがつきます。むしろ大きな負債は、大きな宣伝効果になるのです」

総一郎は机を叩きながら叫んだ。

「そんな理屈があるかぁぁぁ!!」

こうして、Lの借金は更に膨らみながらも、夜神家への監視カメラ導入計画は強行されることになった。


◈◈◈


翌朝。

「──ワタリ、チケットを」

「……竜崎、まさか」

「はい。今すぐ『イギリス』に戻ります」

サイゼリヤのボックス席がざわめく。

「えぇぇ!? 竜崎! 昨日あんなに騒いで監視カメラをローンで買ったばかりじゃないですか!」と松田が悲鳴を上げた。

Lは平然とプリンのカップを積み上げながら答える。

「ですが、借金はさらに増えました。追加で資金調達の必要があります。『実家』に戻れば……クラウドファンディングで資金確保ができる」

総一郎が机を叩いた。

「ふざけるな! うちに監視カメラを取り付けておいて、当の本人が帰国とはどういうことだ!」

「大丈夫です。夜神家の監視は松田刑事に任せます」

「えぇぇぇぇ!!?」

「……ワタリ。成田からロンドン経由、最安プランで」

「はい。ただし、格安チケットなので座席はトイレ横になります」

「問題ありません」

こうしてLは──借金-1032万6千円を抱えたまま、夜神家監視を丸投げして、ワイミーズハウスへとトンボ帰りすることになった。


◈◈◈


──ワイミーズハウス。

重苦しい空気をまとったLが帰ってきた。子供たちはざわつく。

「Lが……帰ってきた?」

「すごい事件が動いてるに違いない!」

期待に胸を膨らませる孤児たちの前で、Lは無表情のまま椅子に座った。

そして目の前に座る二人、メロとニアをじっと見据える。

「……単刀直入に言います。お金を貸してください」

「……は?」

メロがチョコバーをかじったまま固まった。

「正確にはマイナス1032万6千円。監視カメラのローン返済と、サイゼリヤのツケが残っています」

ニアは手を止め、無表情のまま積み木を崩した。

「……L、あなた本気で言っているのですか?」

「はい。本気です。あなたたちは将来、私の後継者になる人材。その前に“投資”と思って融資してください。年利は……そうですね、プリン一個で」

メロが机を叩いて叫んだ。

「フザけんな! 世界一の探偵が子供に金借りるなよ! 僕は銀行じゃないぞ!」

Lは真顔で返す。

「世界一の探偵だからこそ、返済計画は立っています。スポンサーがつけばすぐに返せます」

ニアはジッとLを見つめた。

「L……あなたは本当にキラを追っているのですか? それとも借金返済が目的なのですか?」

「……両方です」

孤児たちの間に、妙な沈黙が流れた。

──こうしてLは、ワイミーズハウスで真剣に“後継者ローン”を申請するという前代未聞の事態を引き起こしたのだった。


◈◈◈


ワイミーズでメロとニアに見限られたLは、暗い声で言った。

「……仕方ありません。最後の手段です」

ワタリが眉をひそめる。

「……竜崎、まさか」

「はい。刑務所にいるBに連絡します」

──あのロサンゼルスBB連続殺人事件の犯人。

ワイミーズの“失敗作”。

Lは電話をつまみ持つようにダイヤルし、無表情で言った。

「……B。私です」

受話器の向こうでくぐもった笑い声が響いた。

『……ふふふ……L……。わざわざ獄中のBに何の用だ?』

「B、単刀直入に言います。あなたの貯金を寄越してください。牢獄にいるあなたは、お金を使う機会がありません。ですので、私が代わりに有効活用します」

『なんだそれは……無茶苦茶だ』

「それと……もう一つ」

Lは無表情のまま、とんでもないことを言い出した。

「あなたが起こした“L.A.B.B事件”を、小説として出版したいのです」

「……は?」

Bはポカンと口を開ける。

「現在、我々の資産はマイナス1032万6千円。スポンサーも尽きました。しかし、君の事件は刺激的で大衆受けする。ノンフィクションとして映画化・ドラマ化すれば、一気に資金を回収できます」

(……何言ってんだこの人。商売人にでもなるつもりか?)

Lは真剣そのものの顔で頷いた。

「借金を返すにはエンタメが最速です」

「Bの事件を商品化? L、死神も呆れるレベルだ」

ワタリが横で静かに補足した。

「……竜崎、著作権料や印税の仕組みは理解されていますか?」

「ええ、印税は10%ほど。しかしベストセラーになれば億単位の収益です。借金など一瞬で返済できます」

Bは髪をかきむしり、狂ったように笑った。

「くくくくくっ……世界一の探偵が、金欲しさにBの殺人を金に変える……! これはもう、茶番だな」

だがLは平然と返した。

「──茶番でも、借金が減れば勝ちです」




1月17日──。

ニュースでは全国一斉にセンター試験が始まったことを報じていた。

Lはネカフェの薄暗い個室でモニターを見つめながら、甘ったるいプリンを口に運ぶ。

「……ワタリ。夜神月は受験生です。確実にセンター試験会場に現れるでしょう」

「ええ、しかし問題がひとつあります」

「何でしょう」

「資金です。借金はマイナス1000万円。受験会場に入るための受験料、交通費、宿泊費──すべて工面できません」

Lは指先でプリンのカップを回し、黙り込んだ。

「……受験費はいくらですか」

「一科目あたり1万8千円。彼は五教科受けますから……」

「つまり、約9万円……」

「はい。竜崎が“受験生になりすます”には、その額が必要です」

「………………」

ワタリは淡々と資料を広げた。

「──選択肢は三つです。

一、センター試験の運営本部に『世界を救うためだ』と直談判し、タダで受験する。

二、受験生の座席を奪う。

三、監視カメラを設置した“模擬会場”を作り、夜神月を誘導する」

Lは無表情で答えた。

「一は、交渉が失敗すればただの不審者。

二は、犯罪です。

三は……模擬会場を作るには、さらに数十万必要です。つまり不可能」

Lはしばし沈黙し、ガムシロを一気に三つ飲み干した。

「……徒歩で会場に行き、外で張り込みます。交通費ゼロ。合法。接触の確率は低下しますが、選択肢はそれしかありません」

ワタリが深いため息をついた。

「──世界最高の探偵が、センター試験会場の前で徒歩張り込みですか」

Lは冷徹に言い放った。

「借金-1000万円における最適解です」



センター試験前日。

Lは、姿勢を崩さぬままプリンを口に運びながら呟いた。

「……やはり。夜神月に接触するためには、同じ大学に入学する必要があります」

松田が机に突っ伏した。

「えぇぇぇ!? 竜崎が大学入学!? いやいや、いくら何でも……」

ワタリが冷静に頷く。

「しかし合理的ではあります。入学すれば、より自然に監視できます」

Lは指を咥え、冷ややかに言い放った。

「問題は、学費です」

ワタリが資料を広げる。

「……授業料、年間53万円。入学金28万円。その他雑費を含め、初年度納入金は約100万円です」

松田が悲鳴を上げる。

「借金マイナス1000万ある人間が、さらに100万の学費!? 無理に決まってるじゃないですか!」

Lはプリンのスプーンを握りしめた。

「……方法はあります」

「まさか……」

「──奨学金です」

うわぁぁぁぁ!!と松田が頭を抱える。

「借金背負ってるのに、さらに奨学金!? それ、もう人生詰んでますよ!」

ワタリが淡々と補足する。

「もしくは、夜神総一郎さんに“捜査協力費”として学費を立て替えていただくという方法もあります」

「な、なんで私なんだ……!」総一郎が机を叩いた。

Lは無表情で締めた。

「──どちらにせよ、借金が1,100万円に増えるだけです。問題ありません」

松田は絶叫した。

「問題しかないですよ!!!」



──結果。

Lは全教科満点という前代未聞の成績で、夜神月と同じ大学に合格した。

松田が震える声で言う。

「竜崎……すごい……! 偏差値トップ校に全教科満点で合格なんて……!」

だがワタリは冷静に一枚の書類を差し出した。

「……入学金、28万円。授業料その他合わせて、初年度納入金は約100万円」

Lの表情は変わらない。

「……つまり、払えない」

松田が絶叫する。

「ここまで完璧に受かっておいて!? え、え、どうするんですか!? 入学式に出ないと怪しまれますよ!」

Lはスプーンをつまみ持ち、冷ややかにプリンをすくった。

「……方法はあります」

「ま、まさか……」

「──入学式は“潜入”すればいいのです」

総一郎が机を叩いた。

「おい竜崎! それはただの不法侵入だろう!!」

ワタリが補足する。

「竜崎は、警察身分を利用して“特別来賓”として出席するつもりですね」

Lは小さく頷いた。

「はい。私は探偵です。学生ではありません。しかし、外見上“学生に見える”だけで十分。……入学金を払わずに、入学式に出席する。これが最適解です」

松田は頭を抱えた。

「えぇぇ……そんなのありえない……! でも竜崎ならやりそうだ……」

総一郎は机をドンと叩き、怒気を込めて叫んだ。

「竜崎! そんな不法侵入みたいなことは許されん! いくらキラのためでも、正義の名が泣くぞ!」

Lは無表情でプリンをひとすくい。スプーンを口に運び、もぐもぐと噛みながら静かに言った。

「……では、夜神総一郎さん。解決策はひとつです」

「……なんだ」

「“もう一人息子が増えた”と思って学費を支払ってください」

「はああああ!?!?」

松田はずっこけ、椅子ごと倒れそうになる。

「竜崎ぃ!? まさかのタカリですか!? もう詐欺ですよ!」

総一郎は額に手を当て、わなわなと震えながら反論した。

「ば、馬鹿なことを言うな! 君は探偵だろう!? なぜ私が……!」

Lは冷静に続ける。

「私は捜査のために大学に潜入しなければなりません。しかし借金-1000万円で支払えません。

──つまり、親の援助が必要です」

「誰が親だ!」

ワタリが静かに口を挟んだ。

「……夜神さん。竜崎は本気です。彼にとっては学費も“捜査経費”。つまり、国のために払うのと同じことです」

「いやいやいや! そんなのただのたかりだ!」

しかしLは無表情のまま、さらなる一撃を放った。

「……ご安心ください。支払っていただいた瞬間に、私は“夜神L”として夜神家の次男になります」

「誰が認めるかッ!!!」

こうして、世界最高の探偵は、受験料すら払えないのに、堂々と入学式に現れる計画を立てたのだった。

◈◈◈


「新入生代表、夜神月」

「……新入生代表、流河旱樹」

場内がざわめく中、二人は交互に挨拶を行った。月は完璧な笑顔と滑らかな言葉で聴衆を魅了し、Lは姿勢の悪さと場違いな服装で淡々と宣言した。

挨拶を終えて席に戻る途中、Lは月の横に歩み寄り、小声で囁いた。

「……あなたの父親には感謝しています。学費の半分を負担していただきました」

月の瞳が驚きに揺れる。

「はい?父さんが……?」

「ええ。ですので、これから私のことは“お兄さん”と呼んで頂いて結構です」

月は足を止め、思わず声が漏れた。

「……は?」

Lは相変わらず無表情で膝を抱え、ずるずると隣の席に腰を下ろす。

「お兄さん、です。義務教育の延長として、あなたの父親が学費を支払いました。ゆえに、私は形式上“夜神家の長男”です」

「…………」

月は冷ややかにLを睨みつけた。

「……あなた、誰なんですか」

Lは月に接近し、答えた。

「初めまして。私はLです」

その一言に、月の脳裏が真っ白になる。

──目の前の、奇妙な姿勢の男が……世界的探偵L?

「……あなたと僕は何の関係もないだろ」

「いいえ、弟。関係はあります。家計を共にしている時点で、私はあなたの兄です」

「はあ???」

月は必死に表情を取り繕った。

(……父さん、一体裏で何をしたんだ……!? よりによって、こんな変人に“お兄さん”呼びを強要されるなんて……!)


◈◈◈


入学式を終え、月は人混みを抜けて駅へと向かった。

財布を開く。中身は──やはり13円。

(……往復の電車代すら払えない。だが父さんに情けない姿は見せられない……)

そんな月の後ろから、ひょこひょこ猫背の姿勢で歩くL。

「……弟。帰宅はどちらの路線ですか?」

月は振り返り、絶句した。

「なんでついてきてるんだ……」

「私は兄ですから。弟を守るのは当然です」

(……やばい。完全に変人ストーカーだ……)


◈◈◈


帰宅中。

電車に乗り込む。月はICカードをかざすフリだけして改札を通過した。

「……ふぅ」

──13円では到底足りない。今日も“キセル”で乗り切るしかない。

ふと横を見ると。

Lも無表情で、堂々とキセルして改札を通過してきた。

「……おい。今、払わなかっただろ」

「はい。借金が-1032万円なので、支払いは不可能です。弟と同じ手法を選びました」

「一緒にするな!!!」

車内。

月は必死に表情を繕いながら座席に腰を下ろす。隣には例の姿勢で座るL。

周囲の乗客が、異様な空気にざわついていた。

「……弟。これからは、同じ大学に通う兄弟として行動を共にしましょう」

「…………」

(なんで僕は……神になるはずが……“借金まみれの兄”とキセル帰宅なんてしてるんだ……!?)


◈◈◈


玄関の扉を開けると、リビングから元気な声が飛んできた。

「おかえりーっ、東大生!」

粧裕が満面の笑みで飛び出してきた──が、月の後ろに立つ奇妙な男を見て固まった。

「……えっ!? だれ!?」

月はすかさず遮る。

「違う、粧裕! こいつは……その……」

Lは平然と粧裕を見下ろし、自己紹介をした。

「初めまして。今日からあなたのお兄さんになります」

「はあああああ!?!?」

粧裕はドン引きして後ずさった。

「ちょっと待って、お兄ちゃん……なんで“変なやつ”連れて帰ってきたの!? ていうか“お兄さん”って何!?」

月は必死に取り繕う。

「ち、違う! こいつが勝手に言ってるだけだ! 僕とは関係ない!!」

Lは涼しい顔で続けた。

「いいえ。私は夜神総一郎さんから学費の半分をいただきました。つまり、形式上は家族です。あなたにとっても“お兄さん”です」

粧裕はとうとう堪えきれず、玄関の廊下を走って叫んだ。

「お母さぁぁぁん!! 変な人が家にいるぅぅ!!」

キッチンから慌てて出てきた夜神家の母。

「えっ!? ど、どうしたの粧裕!?」

粧裕は泣きじゃくりながら母に抱きついた。

「お兄ちゃんが変な人連れてきたの!! “あなたのお兄さんです”とか言ってて……! やだぁぁぁ!!」

母は困惑のまま月を見やる。

「月……そちらはお友達……?」

月は顔を真っ赤にして必死に否定した。

「ち、違う! 僕じゃない! 勝手についてきただけなんだ!」

しかしLは平然と前に出て、堂々と名乗る。

「初めまして。私はLです。今後こちらのお宅に“もう一人の息子”としてお世話になります」

「…………」

母は一瞬フリーズした後、粧裕をさらに抱き寄せた。

沈黙が重く垂れ込める玄関。

母も粧裕も完全に凍り付いたままなのに、Lは靴を脱ぎ始めていた。

「……竜崎!? 勝手に何を……」と月が制止するも、Lは涼しい顔で答える。

「問題ありません。私は“家族”ですから」

そして堂々と廊下を進み、階段を上がりながらさらりと言った。

「部屋は弟と一緒で結構です。監視の観点からも最適解です」

「誰もそんなこと言ってないだろう!!!?」

月が叫ぶが、Lはまるで聞いていない。

ドアを開け、月の机やベッドをジロジロと観察する。

「……いい部屋ですね。机の引き出し、何故二重底なんでしょう」

「おいっ!!!」

粧裕は母にしがみつきながら、声を震わせて訴えた。

「お母さん……変な人が勝手にお兄ちゃんの部屋に入ってる……」

母は困惑を極め、月に視線を向ける。

「……月。本当にこの人、ただの“お友達”じゃないの?」

「違う!! お兄さんでも友達でもない!!! 勝手についてきただけだ!!!」

そのやり取りを背に、Lはベッドに腰を下ろし、膝を抱えて満足げに呟いた。

「……弟。今日からここが私たちの巣です」

月はついに堪えきれず、携帯を掴んで叫んだ。

「父さんに連絡する! こんな勝手なこと、絶対に許されない!」

粧裕も涙目でうんうん頷く。

「そうだよお兄ちゃん! 警察官の父さんが来たら、この変な人すぐ追い出してくれる!」

しかし。

通話の向こうから返ってきた声に、家族全員が凍りついた。

『ああ……竜崎のことか。知っている。私が“学費の半分”を払ったんだ』

「……………………は?」

月の手が震え、粧裕の目は大きく見開かれる。

母は受話器を持ち替え、思わず叫んだ。

「あなた……何をしてるんですか!?」

『……竜崎は正義のために必要な存在だ。彼を家族同然に迎え入れるしかなかった……(月監視節約のため)』

月は顔を真っ赤にして絶叫した。

「家族同然!? 正気か父さん!!」

Lはベッドの上で膝を抱えたまま、無表情で小さく頷いた。

「……ですから、私は正式に“夜神家の長男”です。弟、よろしくお願いします」

母と粧裕をなんとか部屋から追い出し、月は荒々しくドアを閉めた。

静寂の中、月の鋭い視線がLを射抜く。

「……どういうつもりだ」

Lはベッドに膝を抱えたまま、無表情で答える。

「監視のためです」

「……監視?」

Lはスプーンで持ち込んだプリンをすくい、淡々と続けた。

「はい。今、私が最も疑っているのは──夜神月、あなたです」

月の心臓が一瞬止まったように感じた。

「…………僕を、キラだと?」

Lは小さく頷いた。

「ええ。確率的にはまだ50%程度。しかし、あなたの父親が警察幹部であること、成績が国内トップであること、そして……あなたが最も“理想的なキラ像”に合致している」

月は冷ややかに笑う。

「……ふざけているのか? 初対面で“お兄さんだ”なんて言っておきながら、裏では僕を疑っている?」

Lはスプーンを置き、月の瞳を真っすぐ見据えた。

「ええ。弟であり、容疑者。それがあなたです。──本当は、監視カメラを大量に設置するか、あるいは専用の施設であなたを監禁して様子を見る予定でした」

月の眉が動く。

「……監禁、だと?」

Lは小さく頷く。

「はい。しかし……借金が-1032万円。資金的に不可能です」

「…………」

「ですから──仕方なく、こうして直接監禁することにしました」

月は額に青筋を浮かべた。

「……いや待て、今さらっと言ったけど、“直接監禁”ってなんだ!?」

Lは当然のように説明する。

「同室で生活し、四六時中あなたを監視します。トイレも風呂も外出も、すべて同行。これはカメラ設置よりも経済的であり、効果的です」

Lは月の目を真っ直ぐに見据え、淡々と告げた。

「ですので、これからよろしくお願いします、弟」

「誰が弟だッ!!ふざけんな、この野郎!」



──こうして、Lの“夜神家ルーティン”が始まった。


総一郎と一緒に新聞を読みながらショートケーキを食べる

「物価の上昇は私の借金に直結します」とぼそっと言い、家族をドン引きさせる

粧裕の弁当のフルーツをこっそり奪い、「調査のためです」と正当化

総一郎と一緒に新聞を読み、真顔で「この国の司法は機能不全です」とコメント。


夕方

粧裕の宿題を手伝う

母と台所でプリンの在庫を確認し、勝手に買い物リストを書き換える。


月の部屋に戻り、弟の机で勉強を監視。

トイレに行く月をストーカーのように同行。

「おやすみなさい、弟」と言いながら月のベッドを半分占領。


──その夜。

月は布団にくるまり、隣で膝を抱えて座る“借金兄”を横目で見ながら、深い溜め息を漏らした。

外では総一郎が「兄弟仲良くな……」と虚しそうに呟き、母は「プリンの減りが異常に早いわね」と首を傾げ、粧裕は「新しいお兄ちゃんとか嫌だ」と布団に顔を埋めていた。

──夜神家は完全に“L同居モード”に突入していた。

月は歯ぎしりしながら心の中で呻いた。

(……僕は……神になるはずだった……なのに……)

リュークは天井からひっくり返って爆笑する。

「ガハハハ! ストレスで死にそうな顔してるぞ月! 神になるどころか家庭崩壊に巻き込まれてるじゃねぇか!」

月の赤い瞳がかすかに潤んだ。

…………もう、いっそ──キラやめようかな……。





おまけ


1月21日。

ニュース速報のテロップが、ネカフェの安物モニターに流れた。

──死神のような連続殺人犯、ビヨンド・バースデイ死亡。

Lは椅子の上で膝を抱えたまま、冷静に呟いた。

「……ワタリ。これで資金は補填できます。Bはワイミーズの出身。遺族補償金として、相応の額が下りるはずです」

ワタリは資料をめくりながら静かに首を振った。

「竜崎……残念ですが、その希望は打ち砕かれました」

「……?」

「ビヨンド・バースデイが起こした連続殺人事件。被害者遺族からの慰謝料請求が、正式にワイミーズハウスとあなたに届いています」

Lの指が止まった。

「……いくらですか」


「合計……3,000万円」


「…………」

Lは黙ったまま、机の上のプリンをひと口すくい、そして深々とため息を吐いた。

「つまり……我々の借金総額は、マイナス4,000万に跳ね上がったのですね」

松田が絶叫する。

「4,000万!? キラどころじゃないですよ! もう自己破産コースじゃないですか!」

総一郎も机を叩いた。

「L! こんな状態でどうやって捜査を続けるつもりだ!?」

Lは無表情でガムシロを5つ一気に飲み下した。

しかしLは真剣だった。

「このままでは、キラを捕まえるより先に、借金取りに捕まります。どちらにせよ死は免れません」

「そんな理屈あるか!」

ワタリは冷静に口を開いた。

「……竜崎。自己破産という選択肢があります」

「……それではスポンサーがつきません」

「スポンサーの話ばかりするなぁぁぁ!!」と松田が絶叫する。

Lはプリンのカップを机に置き、無表情のまま告げた。

「……仕方ありません。ワタリ、最終手段です」

「最終手段……?」と総一郎が眉をひそめる。

Lは真顔で指を組んだ。

「──私のサインを売ります。そして、ワイミーズハウスの子供たちにクラウドファンディングを行い、投資してもらいましょう」

「サイン……!?」松田が声を裏返す。

「はい。『世界一の探偵L直筆サイン色紙』。限定100枚、1枚5万円。希少価値は高いはずです」

「いやいやいや! そもそも誰もLの顔知らないじゃないですか!」

「だからこそ価値があるのです。『正体不明の探偵のサイン』──幻のグッズとしてマニアに売れます」

総一郎が頭を抱える。

「そんな薄っぺらい紙切れで資金を……!」

Lはさらに続けた。

「加えて、ワイミーズハウスの子供たちにはクラウドファンディングを立ち上げてもらい、タイトルは──」

Lは小声で読み上げた。

「『世界を救うために借金を抱えた名探偵を助けてください』」

松田は吹き出した。

「いや、ただの同情ビジネスじゃないですか!」

Lは冷静に指を折って計算した。

「サイン販売で500万円、クラファンで最低2000万円。合計で借金は半分以下に圧縮可能です」

ワタリは眼鏡を押し上げて小さく頷いた。

「……現実的に成立するのが恐ろしいですね」


◈◈◈


英国・ワイミーズハウスの重苦しい応接間。

ロジャーが両手を組み、真剣な顔で二人の少年を見据えていた。

「メロ、ニア。君たちに話がある。──Lがもしもの時、君たちのどちらかが後継者になるべきだと考えている」

メロがチョコを齧りながらニヤリと笑った。

しかしロジャーは深刻な表情のまま続けた。

「……ただし、Lには現在“マイナス4,000万円”の借金がある。その負債を引き継ぐ覚悟が必要だ」

「は?」メロがチョコを落とした。

「…………」ニアはパズルを投げ出し、ため息をつく。

「……絶対に嫌です」

ニアは即答した。

メロも椅子を蹴って立ち上がる。

「僕もやだね!探偵はいいけど、借金までは背負いたくない!」

ロジャーは額に手を当てた。

「しかし……いずれかがLを継がねばならない……!」

沈黙。

そしてメロがニアを指差した。

「おい、ニア、お前がやれよ」

「……私はやりたくありません。メロ、あなたがやればいいんです」

「冗談じゃない、借金4,000万円だぞ!絶対嫌だね」

「私も同意見です。むしろLは自己破産すべきです」

押し付け合いはヒートアップしていく。

「お前がLやれよ!」とメロ。

「私は絶対やりません。メロがやってください」とニア。

ロジャーは額に汗を滲ませ、頭を抱えた。

「……世界最高の後継者争いが……ただの借金の押し付け合いに……!」

その様子を見ていたワイミーズの子供たちは、一斉に口を揃えた。

「僕はやらない!」「私も嫌!」「借金なんて絶対無理ー!」

──こうして、Lの後継者問題は「誰もやりたくない」という前代未聞の大混乱に突入したのだった。


◈◈◈


……ついに来た。僕が“L”を継ぎ、キラとして新世界を導く。その二重の仮面を同時にかぶる時が──

「ライトくんが2代目Lか……!」

「やっぱり適任だ!」

称賛の嵐。月は冷静に笑みを浮かべた。

その時。

「……でもさぁ」

空気をぶち壊す声を出したのは、松田だった。

「Lって、4000万も借金してたんだよな。ライトくん、大変だなぁ~」

「…………」

室内が凍りついた。

「……えっ?」と月。

総一郎が目をそらす。ワタリは沈黙。誰も言葉を返さない。

「ちょ、ちょっと待ってください。借金……4000万……?」

松田は慌てて両手を振る。

「い、いや! 違う違う! 正確には3700万くらいかも! あ、でも利息入れたらやっぱり4000万……」

月の瞳孔が開いた。

(な……なんだそれは……! Lを継ぐ=頭脳と名声だけでなく……借金も継ぐのか……!?)

総一郎が苦い顔で口を開いた。

「……月。実はまだ伝えていないことがある」

「まだ……?」

ワタリが無言で資料ファイルを机に置いた。

表紙にはでかでかと赤字で── 《L借金リスト》 と書かれていた。

月は震える指でページをめくる。


──

・プランB投資失敗 -1024万円

・リンド・L・テイラー特別番組制作費 -500万円

・サイゼリヤ本部でのデザート代(松田ツケ) -12万4千円

・ネカフェ利用料&プリン代 -36万円

・監視カメラ設置ローン(分割24回払い) -180万円

・慰謝料(Bの犯罪被害者遺族) -3000万円

・WiFi不正接続がバレた損害賠償 -28万円

──


月の顔から血の気が引いた。

(な……なんだこのふざけたリストは……! ほとんど甘味代と犯罪のツケじゃないか!)

松田がオロオロしながら言った。

「で、でも月くん、これも任務の一環だから……」

「………………」



その夜。雨に濡れた墓地。

夜神月は傘も差さず、黒い石碑の前に立っていた。

その墓にはLが眠っている。

月の拳は震えていた。

「……ふざけるな……」

低い声が雨音にかき消される。

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

夜空に怒号が轟いた。

「借金を残して死ぬな!! 4000万もツケ回して死ぬなんて、探偵のやることかぁぁぁ!!」

雨に濡れる墓石を両手で殴りながら、月は叫び続けた。

「借金返済してから死ねぇぇぇぇえええ!!! 僕が払うと思ったら大間違いだぁぁぁ!!!」

遠くで雷鳴が響き、リュークはリンゴを抱えて転げ回るように笑った。

「ガハハハ! 最高だな! 殺したのはお前なのに、墓の前で借金取りみたいに叫んでやがる!」

月は髪を濡らし、肩を震わせながら唇を噛み締めた。

「……借金地獄まで継ぐとは思わなかった……これが世界一の探偵の正体か……!」

墓前に残されたのは、怒りと絶望、そして払えない請求書だけだった。



「くそっ!──殺すんじゃなかった!」



DEBT NOTE -借金-1000万の探偵 VS 所持金13円の神-

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

53

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚